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2017年10月24日 (火)

9 9 %の人がしていないたった 1 %のリ ーダ ーのコツ

99%の人がしていないたった 1%のリ ーダ ーのコツ  河野英太郎 ディスカヴァ ー ・トゥエンティワン

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 河野英太郎氏はリーダーとマネジャーの違いを

私なりに整理すれば 、 「リ ーダ ーは性善説にもとづき人をやる気にさせる仕事 」 、 「マネジャ ーは性悪説にもとづき人を管理する仕事 」となります 。

だとおっしゃる。

 以前はリーダーは先天性の資質が必要だと思っていので、自分はリーダーの器ではないのでマネジメントをやろうとしていた。その後、いろいろな本を読むとリーダーも後天的に獲得できる能力と書いてあった。この本も、リーダー・シップは後天的に獲得できると書いてある。

 リーダーとマネジャーは分離できないことが多く兼務せざるをえないことはある。しかも、組織からは管理者を期待されることも多い。

 リーダーとマネジャー、管理者を上手く使い分けることができれば良いのだろうが。性善説のリーダーと性悪説のマネジャーを使い分けることはできないと思う。 性悪説の人格と性悪説の人格を一人が使い分けるのは無理がある。

 一人でリーダーとマネジャーを兼ねることが無理なら二人で役割を分担すればよい。しかし、古い組織では明示的に分担することは難しいから、管理者が積極的にどちらかの役割を委譲しなければならないのだろう。


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2017年10月22日 (日)

「ホウレンソウ」は不要 <ホウレンソウはマイクロマネジメントのツール>

「ホウレンソウ」は不要 グーグルが訴える管理職改革
グーグル日本法人CMO・専務執行役員の岩村水樹氏
2017/10/11

  デキナイおやじはホウレンソウが大好きだ。
岩村水樹氏のおっしゃるとおり、心理的に安全な環境では、目標を設定して、成果を管理すればことは足りる。

 では、デキナイおやじは、なぜホウレンソウが重要と言いながら箸の上げ下ろしまで指図(マイクロマネジメント)したがるのか?

 おやじ達は心理的に安全ではないのだろう。箸の上げ下ろしまで指図する管理職が圧倒的少数ならば、「大丈夫ですよ」と安心させれば良い。しかし、おやじの上司も心理的に安全でないから、おやじもまた箸の上げ下ろしまで指図されている。お手上げだ。

 減点主義の組織では皆心理的に安全ではない。管理職は心配だから、箸の上げ下ろしまで指図するし、無意味なホウレンソウを要求する。 従業員も心配だから、無意味なホウレンソウする。

 そして、ホウレンソウが大繁殖する。

 つまり、ホウレンソウはマイクロマネジメントのツールだということだ。

###

 先日、「ハンコ下さい」といわれたので、「この件は、意思決定を求めているの? それとも

、情報共有なの?」と聞くと(意地が悪いか?)「はぁ?」のような反応。

 「そもそも、だれが意思決定すべきなの? そもそも、この情報を知っておかなければならないの?」と畳みかけると、「はぁ~何言ってんの?」のような反応。

 生産性を上げよう。そのためには重要でないことをやらないようにしようと思う。7つの習慣(2013/04/02)

 自分が意思決定すべきでない案件を意思決定すること、それは自分にとって重要なことではない。 下位レベルの意思決定は簡単だ昔の経験でできる。問題はそれで仕事をした気になって、本来自分が意思決定すべき意思決定をしなくなることだ。

 知らなくてよい情報を知っておくこと、それは自分にとって重要なことではない。歳を取ると記憶容量が減っていから重要なことしか記憶できないから、誰が知っているかを記憶するしかない。

 相談に乗ることは重要だ。


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2017年10月19日 (木)

事実と意見 <感情的にならないように>

事実と意見を区別する (http://ohimhouse.cocolog-nifty.com/me_like_chocolate/2017/08/post-dbfd.html)  を読んで考えた。 

 事実と意見との区別は欧米では幼いうちに教えているというのを 本で読んだことがある。(たしか木下是雄先生の本)。欧米では誰でもが習得すべき能力なのだろう。

 ところが、日本人は事実と意見の区別は重要視していないと思う。
日本人の社会は事実よりも多数派の意見(世間の意見)や空気が重要視されるので、客観性よりも、誰々さんが言ったのような伝聞の方が説得力がある。

 よく聞くのは、「みんな言ってる」とか「みんな持ってる」とかだ。生来天邪鬼なので反射的に「みんなって誰よ。」と思う。時に本当に言ってしまうので空気が読めない奴になってしまう。

 経験では、理性的に考えることができている間は、論理的に考えられるので事実か意見かは分かる。 ところが、感情的に考えるようになると、事実か意見かを判断しようとしなくなる。

 一旦感情的になると、事実と意見の混同→的外れな反論→反論の不備を指摘される→更に感情的→ウキー!、の悪循環に陥ってしまう。

 分かっているのでなるべく感情的に反応しないようにしているのだが、不意を突かれると、つい感情的に反応してしまう。

 他人に都合の悪い事実を伝えなければならないときには注意が必要だ。こちらは事実を伝えたいのに、相手が感情的になると事実が伝えられなくなってしまう。事実だから良いだろう(普通はそんなふうに思わない^^;)とストレートに伝えてしまうと相手が感情的になる。

 上手な人は相手が感情的にならないように伝えているんだよね。


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2017年10月17日 (火)

サイバー犯罪入門

サイバー犯罪入門 -国もマネーも乗っ取られる衝撃の現実- 足立照嘉 幻冬社

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 情報セキュリティの啓蒙書。素人を対象にわかりやすく書いてある。

 足立照嘉氏は、具体的なセキュリティ対策はアウトソーシングすべきだとおっしゃる。

 外部のサービスやアウトソーシングを利用すれば、自社単体で対策をするよりも、幅広い知見と具体的な方策を得られる。また、彼らを通して、同業他社の実情が分かれば、自らに不足しているところも浮かび上がってくる。
 これを、自分たちだけでやっていこうとするのは、非常に難しいし効率が悪い。

確かに一理ある。

 例にあるような航空会社の予約システムなら実に効率的だ。
しかしである。情報セキュリティを扱うということは、秘密を扱うとということだから、自社の秘密にアクセスを許すことにはリスクは伴う。

 外注先のセキュリティ業者と守秘義務契約を結んだとしても、意図せず他社に秘密が漏れないとも限らない。秘密保持契約は情報漏洩の抑止力にはなるが、秘密保持契約ではペイできないリスクもある。そして、毀損したブランドの価値は損害賠償してもらったところで戻らない。

 ところで、弁護士も、クライアントの秘密に触れる職業だ。しかし、弁護士に相談する際にはリスクは小さいと感じる。なぜならば、弁護士には守秘義務が課せられ、社会から倫理感が求められる。その対価として社会的な地位と収入が得られる仕組みができているからだ。

 弁護士が非倫理的な行動をとった場合、社会的地位と収入を失うことになるから、コスト的に非倫理的行動を取りにくい。
つまり、弁護士は高い職業倫理とコスト面でクライアントの秘密が漏れるリスクを小さくしているわけだ。

 一方で、情報セキュリティ技術者に弁護士と同じような、社会的地位と収入があるかといえば疑問だ。更にセキュリティ業の倫理は確立していない。業界の識者がニューカマーに教えているのは「法に触れてはならない」だ。

 クライアントからすると情報セキュリティ業社や技術者を信用して秘密を預ける際にはリスクは高いと感じるのではないだろうか。

 それでもなぜ、経営者はリスクの高いと感じる者に秘密を預けるのか?というと、多くの経営者や意思決定者がロジカル・シンキング{しない|できない}からだろう。

 そもそも、情報セキュリティのリスクを考えていないし、情報セキュリティ対策を行ったとしても、アウトソーシングする場合のリスクも考えなていない。

 リスクを過小評価する日本人の特性ではないだろうか。

 情報セキュリティ業界にいる人は倫理感に欠けると言っているわけではない。事実、
情報セキュリティ業界にいる知り合いは、倫理観を持っている。

 業界の構造、業界のイメージが成熟していないのだろう、だから、サイバー犯罪を犯したスクリプトキディを雇うべきだという、見当はずれなことを言う輩が出てくる。

 いまのところ、前述したように経営者や意思決定者がリスクを分かっていないから、情報セキュリティ業者に外注するだろう。また、情報セキュリティ技術者の絶対数が足りないから、外注せざるを得ない。

 しかし、経営者にとって情報セキュリティが当たり前になり、情報セキュリティを理解するようになると、遅かれ早かれ、この業界が抱えた構造的なリスクに気がつくだろう。

 それまでに、この業界は、信用に足りる業界にならなけれならない。


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2017年10月15日 (日)

優れたエンシ゛ニアか゛集まり継続的に成長する会社にする方法

優れたエンシ゛ニアか゛集まり  継続的に成長する会社にする方法 ~組織を急拡大させる採用育成評価カ゛イド~ 田村 祐樹

「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2017」(CEDEC 2017)での田村祐樹氏の講演。

ポイントは

ポイント1
同じことを続けず できる事は人に任せ、常に成長を意識し採用と権限委譲する
ポイント2
人選に正解はない 人を信じ支えてリスクは管理しどんどん任せる
ホ゜イント3
成した事だけが評価に繋がる 正しく 評価せよ/されよ

結論は

  • 組織か゛向かう方向と沿う人を採用する
  • 人に成長に繋がる責務を任せる
  • 人が成したことをきちんと評価する

    これか゛全て

これは厳しい。↓ 

組織批判する人間に
役職を与えてはいけない(重要)

  • スキルがあるからといって組織を批判する人を上にあげる と、その人が及ぼす影響力が必ず組織をダメにする
     
  • 「One bad apple spoils the barrel」
    (ひとつの腐ったリンゴが樽全体をダメにする)
     
  • どれだけ成果を出しているとしても
    組織をダメにする人間に影響力を与えてはいけない
    負の影響力を発揮するた゛けて゛組織全体の成長を妨げる

 正当な評価ができないと組織を批判する者が出る。批判者の意見は正しい部分も多いから、評価者は批判者を正当に評価ができなくなる。 ところが、批判者の批判(意見)が正しいことと、批判者がマネジメントできることとは別の問題だ。よく考えればわかることなのだが、評価者は批判者を正当に評価できないから役職を与えてしまう。

 批判者が評価者になると、それまで批判していたことが改善できない現実に直面するが、大抵は何もできない。そして、かつて批判者だった者も批判される側に回り、気が付くと批判者だらけの組織になる。

 経験では、ミドルのオフサイト・ミーティングを企画すると、組織や制度の不備を指摘する意見が多く出る。「じゃあ解決しませんか」と言うと乗ってくる人は少ない。批判することは簡単だが、解決することは困難だ。

 田村祐樹氏がいう「組織批判する人間」は正確には「組織批判するだけで問題解決ができない者」と言う意味で、簡単に言うと、組織を批判することで存在感を保っている者に役職を与えてはならないということだろう。

 評価の注意点↓は多くの本に書いてある、誰でも言っていることだけど、なぜか実現できない。

評価軸は明確であり
周囲が納得できる 必要がある

  • 「君はいつも遅くまで頑張っているよね」
    という理由で 昇給させてはいけない
  • 「あのプロジェクトはあの人がいないと回らないから」
    という理由で 昇給させてはいけない
  • 「長く居るし家族もいるから昇給ないと可哀想だよね」
    という理由で 昇給させてはいけない

評価はその人が 成果を出し
成長できたか 確認の場

  • 「頑張ります」という目標は目標にならず評価できない
  • できたかできなかったか、できたらどれだけできたか
  • しかし「C#を書けるようになる」「Unityを習熟する」 のようなものは 測定不能なので評価に値しない
  • 「C#で共通認証モジュールを作成し、 全プロジェクトに導入する」といったような
    可否、度合いで 評価できる内容でなければならない

 客観的な事実で評価するのは、分かりやすいし、不公平感がない。ところが、この評価方法が良くないと思う者がいるのは事実だ。多くは、客観的な成果を挙げられない人だ。他人の評価や他人の給料が上がったことに敏感に反応するのですぐに分かる。しかも口に出す。

 全ての評価者がこの基準で評価すれば良いのだが、誰かが主観で「頑張っているが成果を挙げられない人」を評価したら、悪貨は良貨を駆逐してしまう。

 例えば、他の評価者が主観で頑張ったが成果を挙げられない部下を高く評価したとする。自分の部下は成果はあげたものの、もう一息だった場合、他の評価者が評価した「頑張った君」よりも、成果を挙げた「もう一息君」の方が評価されるべきだ。しかし、多くの場合、主観で高評価をもらった「頑張った君」の評価が高くなる。

 評価者としては、成果を挙げていない「頑張った君」より成果を挙げた「もう一息君」の評価を下げるのは忍びない。そして葛藤の末、客観的な評価は行われなくなる。悪貨は良貨を駆逐するのである。

 ことさら「頑張り」を重視する評価者は、多くの場合マネジメントできない人だ。「頑張り」が客観的な成果になるようにサポートするのがマネジャの仕事だ。そして「頑張った」人に成果を挙げさせるのがマネジメント能力だ。 おそらく、ことさら「頑張り」を重視する評価者は、マネジメント能力が足りず成果を挙げさせることができないから、闇雲に「頑張れ」と言っているのだろう。

 見方を変えれば、ことさら「頑張り」を評価する人にとって、成果を挙げた者を評価することは、成果が挙げられないマネジャ自身を否定することになるから、「頑張り」を評価せざるをえない。

 簡単に言えば、成果を挙げていないけど頑張っている評価者自身を評価してもらいたいのだ。

 組織が大きくなると、「頑張り」を評価されて、管理者になる者が出てくる。「頑張り」だけではマネジメント能力は獲得できないのに。 そして、「頑張り」を評価されて昇任した者は、ことさら「頑張り」を重要視する。

 そして、気がついたら、頑張っているけど成果の上がらない組織になっている。

 葛藤している人達と話したいなあ。


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2017年10月13日 (金)

仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?

仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか? 安達裕哉 日本実業出版社

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安達裕哉氏は、
「コミュニケーション能力」とは具体的に「自分のアウトプットを誰かに利用してもらうための力」で、知識労働においては、仕事の成果は「知的能力」×「コミュニケーション能力」で決まる。

 そして、
コミュニケーション能力の本質は「自分自身を俯瞰する能力」であり、「コミュニケーション能力」とは、うまく話す能力でもなければ、相手に気に入られるテクニックでもなく、「相手のことをひたすら深く知ろうとする」姿勢のことを指す。
とおっしゃる

 安達裕哉氏はこの本で単に理論を述べるだけではなく、「簡単にいうと」、「具体的にいうと」、など分かりやすい表現で説明したり、先輩と後輩の会話の中の先輩のアドバイスとして表現してある。

 私はそこではじめて「知っている」と「知っていることを聞いてもらえる」の溝の深さについて、学んだのだった。

聞いてもらえる(読んでもらえる)ようにという配慮だろうか。

 理論が説明できるようになると具体例や概要が説明しにくくなる。理論を理解しているつもりになっているが、実は細部まで理解できていないからだ。本当に理解した人は、具体例や概要を簡単な言葉で説明できるようになる。これは知的能力.。

 さらに、相手に聞いてもらえるように簡単な言葉で説明しようと考える。これはコミュニケーション能力。

 仕事の成果 = 知的能力 × コミュニケーション能力

ということだろう。

###

安達裕哉氏は、会議の生産性を高める方法として、
 

  1.  発言しない人
  2.  発言しすぎる人
  3.  空気の読めない人

を出席させてはならないとおっしゃる。

 3の空気読めない人間としてはツラいなあ。空気が読めないことを気にすると1の発言することを躊躇するから1の発言しない人になってしまう。(^^;

それでも、

コミュニケーション能力の本質は「自分自身を俯瞰する能力」である。

なら何とかなりそうだ。


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2017年10月11日 (水)

年功制 <時代に適していない>

辞めてほしくない社員が辞めてしまった、一番の理由とは? 2017/03/29 明日の人事
に<辞めてほしくない社員(優秀な社員)が辞めてしまった理由・原因 10位~1位まで>がある。

10位 ワンマン社長だった 10.7%
9位 上司との信頼関係の欠如 12.2%
8位 社風が合わなかった 12.6%
7位 昇進と頑張りの連動がない 13.0%
6位 寿退社・出産等 16.0%
5位 上司とのコミュニケーション不足 17.6%
4位 労働時間・社内環境が悪い 17.9%
3位 仕事内容・部署による事情 18.7%
2位 家庭の事情 31.3%
1位 給与と頑張りの連動がない 37.4%

デキる社員確保のカギは「給与と頑張りの連動」

らしいが、「頑張り」が気になるなあ。
頑張っても業績残さなければ食っていけないよなあと思うのだが。

年功制の弊害 平等という名の不平等

も短絡的というかウケ狙いではないだろうか?

 年功制は若いときは、労働以下の賃金しか貰えないが、歳をとると労働以上の賃金が貰えるという、生涯雇用を前提としている。退職まで同じ職場で働いた場合に、総労働量と総賃金が釣り合うシステムだ。

 時代の変化の速度が緩やかな時代には、経験が重要だから同じ職場で長く働く年功制は、それなりに機能していた。しかし、今時は、時代の変化が速いから、経験はそれほど重要ではなくなってきたから、若い世代は歳をとってからではなく、若くても働いた分の賃金を払えという。これは合理的だ。

 別の見方をすると年功制では若い時期に賃金以上の労働をしているわけだ。これは職場に対して労働力を貯蓄していると考えられる。そして、歳をとったら若いときに貯蓄した労働力を引き出して賃金を貰っている。

 当然、職場は定年まで存在することが前提だ。ところが今時は同じ職場で長く働こうと思っていても、突然職場が無くなることもあるから、労働力の貯蓄はリスクが大きい。だから、若い世代は労働力の貯蓄をしない。賃金分の労働しかしないから、サービス残業はやらない。これも合理的だ。

 若い世代が残業をしないことに、オヤジたちが目くじらを立てるのは、オヤジたちが若いころ貯蓄した労働力分を脇世代が賄ってくれないと、年功制が継続できなくなるからだ。(もう無理だけどね)

 不測の事態の備えとして貯蓄は有効だ。
年功制で若いころに労働力の貯蓄ができれば、運悪く在職中にイノベーションが起こって自分の能力が不要になっても、若い時の貯蓄分の賃金は貰える。
前提は、貯蓄した労働力や賃金が引き出せること。つまり、将来に亘って職場が存続することだ。

  つまり、年功制はそれなりにメリットはある。制度自体が悪いのではなく、年功制は時代に適した制度ではなくなったということだ。

具体的な成果報酬連動型の賃金制度があります。それぞれの社員に成果を出すための具体的な行動目標を立ててもらい、その目標の達成度を正しく評価する仕組みをつくることが第一歩です。

この評価方法の実現は極めて難しい。この記事を書いている人は実際に業績評価をしたことがないのだろう。

 目標の達成率で評価することが平等か考えてみる

 この方式は、単に業績だけで評価すると、能力が低い者はどれだけ頑張っても能力が高い者に敵わないから、能力が低い者のモチベーションが上がらない。組織は能力が低い者の方が多数派だから、モチベーションが低い組織になる。だから、業績の絶対値ではなく、達成度という相対値で評価するという考え方だ。

 しかしである。業績の絶対値が低い者が高い者より賃金が多くなるのは平等と言えるのだろうか?

 達成目標は能力の120%程度に設定するのが良いとされている。 能力の高い社員Aは高い業績目標を設定させられ、能力の低い社員Bは低い業績目評を設定する。そして、期末に社員Aは目標を未達できず、社員Bは目標を達成したとする。 この場合でも、目標未達成の社員Aの方が社員Bより業績の絶対値は高い。

 社員Bより社員Aの方が高い評価だったら、能力の高い社員Aは不満を募らせて辞めていくことになるのではないだろうか?

 つまり、目標の達成度で評価しているからこそ、優秀な社員が辞めていくのではないだろうか。

 さらに、この方法方法は評価の不正を防ぐことが難しいので、破綻している評価制度だ。

 この記事を書いた人は「デキる社員確保のカギは「給与と頑張りの連動」」と「頑張り」を強調する。 残念ながら「頑張り」だけでは食っていけない。食っていくためには業績が必要だ。

 記事の最後に、いきなり「仕事の効率性」ということばが出てくるが、いかにもとってつけたような感じだ。

 頑張らなくても仕事を効率よく済ませて定時で退社できるのは、一部の優秀な社員だろう、優秀ではない多くの社員は業績を残すために、効率が悪くても「頑張って」残業しなければならないのが、日本的な会社の現状だ。

 だから、日本的な会社は残業を「頑張り」として評価している。そして「頑張り」を評価する体質こそが優秀な社員が不満を抱く原因だ。 このような、構造的な問題をすっ飛ばして、効率性を評価すれば、問題が解決するというものではない。

 「デキる社員確保のカギは「給与と頑張りの連動」」ではなく「デキる社員確保のカギは「給与と成果の連動」」だろと思う。 成果は部署ごと、業務ごとに定義できる。能力の低い社員でも成果は上げることができるし、成果に関与できる。

 業績は成果と同じではなく、業績は成果の一部だ。 成果を上げることに関して誰がどれだけの貢献をしたかを測って、給与に反映させればよい。(どの程度反映させるかは経営方針による)

 例えば売り上げや契約数を指標(数値)にする。同じ指標(数値)を得るために、残業しようが、定時で帰ろうが評価は同じにすれば良い。

 「頑張り」を給与に反映させ、しかも、頑張りの評価指標を残業時間にしているうちは、ワークライフバランスなど夢のまた夢だ。


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2017年10月 8日 (日)

STC12C2052(2) <8Queen問題>

aitendoで買ったSTCmicroのSTC12C2052でプログラミングできるようになったので、8Queen問題を解くプログラムを走らせてみた。

 以前作った8031SBC用に書いたソースを変更した。 (8Queen2011/09/15)
 8031(8051のROM無し)は内臓RAMが128byteしかないので、スタックを消費する再帰プログラムは厳しい。
 ↓オプション --idata_loc 0x0000 --idata_size 128(8031用)でコンパイルするとスタックは98byteとれた。

-- 8031; ---
Internal RAM layout:
      0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F
0x00:|0|0|0|0|0|0|0|0|a|b|b|c|d|e|e| |
0x10:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0x20:|T|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|
0x30:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|
0x40:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|
0x50:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|
0x60:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|
0x70:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|
0x80:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0x90:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0xa0:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0xb0:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0xc0:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0xd0:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0xe0:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0xf0:| | | | | | | | | | | | | | | | |
0-3:Reg Banks, T:Bit regs, a-z:Data, B:Bits, Q:Overlay, I:iData, S:Stack, A:Absolute

STC12C2052は256byteの内臓RAMが載っているので、オプション --idata_size 240でコンパイルするとスタックは192byte確保できている。(なぜ--idata_size 256で無いかは後で)

-- STC12C2052 ---
Internal RAM layout:       0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F 0x00:|0|0|0|0|0|0|0|0|a|a|a|a|a|a|a|a| 0x10:|a|b|b|b|b|b|b|b|b|b|b|b|b|b|b|b| 0x20:|b|b|b|b|b|b|b|b|b|c|d|d|e|Q|Q|Q| 0x30:|Q|Q|Q|Q|Q|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0x40:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0x50:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0x60:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0x70:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0x80:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0x90:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0xa0:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0xb0:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0xc0:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0xd0:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0xe0:|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S|S| 0xf0:| | | | | | | | | | | | | | | | | 0-3:Reg Banks, T:Bit regs, a-z:Data, B:Bits, Q:Overlay, I:iData, S:Stack, A:Absolute

 プログラム用のメモリが2kbyteしかないので、printf()は使えない。
↓実行結果

Stc12c2052_8q

 ところで、内蔵のR/C発振器でUARTを使おうとしたら、一発では動かない。ソースはそのままで動くと思っていた。

 通信速度の設定はTH1、TL1に設定する値で決まる。

   TH1 = TL1 = 256 - (クロック周波数 / 12 / 32 / 通信速度)

 SDCCのライブラリに autobaud()と言う関数がある。この関数を呼んでRxDにCR(0Dh)を送ると1byte(8bit)分の時間を測ってTH1、TL1レジスタを自動的に設定してくれるという便利な関数だ。 

 この関数を使ってみると、4,800bpsでは文字化けが多い、4,800bpsで動いていも次の日には文字化けが多くて使い物にならなくなる。確実に動かすには1,200bpsまで下げなければならない。

 TH1、TL1レジスタにセットされている値を表示させてみると大きい。 (TH1,TL1=FDh @4,800bps)
この値が大きいとズレが大きくなる。または正確なクロック周波数の発振器が必要だ。

 データーシートではクロック周波数は18.234MHzと書いてあることが多いので、R/C発振器の周波数も18.234MHzかと思っていた。 よく読むとそんなことは書いてない。

 データーシートに「R/C発振器の周波数を知る方法」が載っている。
電源ON直後、内蔵RAMのF8h~FBh、FCh~FFhを読むことで分かるのだそうだ。F8h~FBhに直前の設定値、FCh~FFhに工場出荷時の設定値が書かれている。この領域はRAMとして普通に使えるので当然データを書いたり読んだりできる。

 確認してみようと、この領域を読みだすと全て 00hだ。 (?_?

 SDCCはstart_up時にIDATA領域をクリアする。 (SDCC/lib/src/mcs51/crtclean.asm) つまり、IDATA領域の末尾の部分(F8h~FFh)も00hでクリアされているようだ。

 SDCCは --idata_loc と --idata_size オプションでIDATAのサイズと位置を指定できる。そこで、内蔵RAM(IDATA)は256byteあるけど --idata_size 240 とすると、F8h~FFhがクリアされなくなる。

 読んでみた。
Stc12c2052_freq  

 工場出荷時の設定値は 5,619776MHz、電源投入時の設定値は5,669,485MHzのようだ。

 よく見たら、stcgal.pyのメッセージで表示される値だ。



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2017年10月 6日 (金)

Excel方眼紙 <一太郎の様式と大して変わらない>

 最近職場のとある様式が一太郎 (^^;からExcelに変わった。
ウチの職場は未だ紙文化なので、一太郎で罫線を使った立派な様式がゴロゴロしている。

 Excelに変わった様式も、昔はペンで書いていた罫線が多い様式をそのまま一太郎で様式化したものだった。悪いことに、年齢など毎年必ず変わる入力項目があるので去年のデータをそのまま使えないので、毎年年齢などをインクリメントして提出していた。

 何を考えたか、この様式がExcelに変わったのだ。
年齢などは、マクロで計算してくれる。データを抽出してCSVで保存するマクロもついている。

 どうだ便利になっただろうと言わんばかりに様式変更のお知らせが来た。

 しかしである。そもそも、なぜ毎年提出しなければならないのか? なぜ差分ではダメなのか?

 彼らが考えているのは、データを使う人(彼ら)の手間が減るかどうかということで、データを入力する人(大勢の人たち)の手間が増えようが減ろうが知ったことではない?。

 おそらく、彼らにはマスターデータという考え方が無い。ICT関係の仕事をしているので、おそらくマスターデータとは何かを知らないわけではないだろう。

 単語は知ってはいるが、自分の業務で何をマスターデータとするか、その結果どれだけ省力化できるかのイメージできないのだろう。紙に印刷できれば全てOKという考えだ。
つまり、残念ながら情報リテラシーが無いのだろう。

 情シス部門にいる人たちはというと、彼らもExcel方眼紙に入力しているはずだが、アドバイスもしないようだ。

 情シス部門の人たちは、バ~ンと企画をブチ上げてシステムを導入することは成果になるが、自分たちの業務が効率化するような地味な仕事は成果にならない。成果にならないので、自分たちの仕事が効率化・省力化されようがされまいが無関心だ。

 ユーザにとっては、ハッキリ言って一太郎の様式だろうがExcel方眼紙だろうが、一旦入力したあとは使い回ししているので手間は変わらない。面倒なのは入力フォームを頻繁に変えることだ。

 情報リテラシーの重要性を感じる。


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2017年10月 3日 (火)

 「いいね!」が社会を破壊する

「いいね!」が社会を破壊する 楡 周平 新潮社

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 「週刊新潮」の連載コラム「考えない葦」(2012年6月28日号~2013年5月23日号掲載)を基に、加筆・修正したものらしい。

 書評は書かないようにしているのだけれど、最初は、経験談、最後は愚痴(警鐘)だ、あとがきも愚痴だ。

この手の本を書く場合、ならばどうしたらいいのか。解決策を提示するのが常であることは重々承知しております。

と言いながら、更に愚痴(警鐘)が続く。

 イノベーションに由来する社会の変化を止めることはできない。社会の変化に警鐘を鳴らすのは年寄り(楡周平氏は1957生れの59歳)の役目かもしれない。

 ただ警鐘を鳴らすだけの年寄りにはなりたくないと思う。社会の変化に抗うことはできないのであれば、良い方向へ導くのが年寄りの役目と言うものだろう。

 と、勢いで年寄りのハードルを上げてしまった(^^ゞ

 良い方向へ導く前に自分のことを考えてみた。

 「会社は存続しても雇用が継続するとは限らない」という主張は理解できる。

 会社にとって価値がある者を雇用するのは合理的だ。昔と変わったのは、価値が無くなった者が会社に残れなくなったことだろう。

 会社が合理的な判断をすれば組織としての会社は残るのだろう。生涯雇用が当然だった世代は会社が残れば自分の仕事がある、自分に存在価値があると考えてしまう。

 しかし、社会が変化すれば、自分の仕事がなくなり、自分の価値が無くなることは、楡周平氏が指摘するとおりだろう。社会の変化を追いかけていない者にとっては切実な問題だ。

 自分の価値を考えてみよう。今の職場で価値が無くなったとしても、どこかに価値が発揮できる仕事があるはずだ。


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