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2018年2月20日 (火)

「気をつけろ」が有効なのは気を付ける方法を知っているとき

 幼いころから注意散漫な性格だから「気を付けろ」とよく言われた。大人になってからは注意喚起という「気を付けろ」をよく聞いた。

 「気を付けろ」について考えてみた。

 「気をつけろ」と言うのが有効なのは、言われた人が気をつける理由と、気をつける方法を知っているときにだけ有効だ。

 例えば、小学校低学年くらいの子供が1人で出かけるときに、「道路を渡るときに気をつけろ」と注意して有効なのは、その子供が

  • 道路を横断するとき車に轢かれるかもしれない。

ことを認識していて。

  • 道路の横断は横断歩道を渡る。
  • 信号が青だったら次の青になって渡る。
  • 右を見て、左を見て、もう一度右を見て、手を挙げて渡る。

を知っているときだ。

 大人は「気をつけろ」しか言わない。情報提供という体裁の「気を付けろ」もある。そして問題が発生すると「気をつけろと言ったじゃないか」と言われる。

 でも、問題が発生するのは、「気をつけろ」と言う人が気をつける方法を知らないのと気をつける方法を教えないからだ。


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2018年2月18日 (日)

努力と才能と結果と

努力できない人もいる、結果が出ないこともある……
努力できるのは才能だから「できて当然」はやめてほしい

キャリコネ 2018.1.22

もとは2chのスレらしい。

それに、常に話題になるのは成功者。負け組がどれほどもがいて努力をしていようと、失敗すれば「それはお前の努力が足りない」と切り捨てる人の多いこの社会では、たとえ努力の才能のある人でも、結果次第では努力もしていない連中に貶されるのだ。

恐らく世間には、死に物狂いの努力をしたものの、結果が出ずに埋没していった社会人なんて山ほどいるだろう。「努力をしても結果が出ないことがある」ということを無視して、努力は誰にでもできる、努力さえすれば結果は出るはずというのはどう考えてもおかしい。

について考えてみた。

◯努力は誰にでもできるのか?

 広辞苑で「努力」は「目標実現のため、心身をろうしてつとめること。ほねをおること。」とある。

 だから、努力する才能というものはなくて、努力は誰でもできる。あるのは、目標を実現するとき効率が良いか悪いかの違いだ。つまり努力は才能ではなく方法論だから誰でもできる。

◯努力さえすれば結果は出るはず?

 努力は方法論なので、努力すれば必ず(望む)結果が出るとは限らない。しかし、(望む)結果が出る可能性を上げることはできる。これが「努力」の中で最も重要なところだろう。

 行動して結果を評価して行動と結果に因果関係があるか考える。行動を変えながら結果を評価して、効率の良い行動を見つける。これが「努力」の中身だろう。

 (望む)結果が出ないのは、行動と結果の因果関係を考えず、効果が無い行動を続けているからだ。

 体育会系は今でも多い。昔は練習中に水をを飲んではいけなかった。運動系の部活をやっていた人は経験があるだろう。  (望む)結果を出す人は、辛い|辛そうな練習をしていることが多い。しかし、辛いかどうかは表面的なことで、重要なことは効果があるかどうかだ。 練習中に水を飲まないという行動は辛いだけで効果はない。

◯努力をしても結果が出ないことがある

 「努力をしても結果がでないことはある」これは真実だ。
一方で、努力さえすれば結果は問われないという側面もある。つまり、「頑張ったからいいじゃないか」とか「よく頑張ったよね」とか。

 アタマがいい奴は最初から結果を求めないで、頑張ったフリや努力したフリをして頑張りや努力を評価してもらおうとする。

 「良い評価」を狙うなら、堅実な方法かもしれない。 

◯(望む)結果

 目標は自分で設定できることもあれば、与えられることもある。

 結果を出すために、先天的な才能や、幸運が必要な場合は、努力しても結果は出ないことが多くなる。 しかし、先天的な才能や幸運は自分では制御できない。自分で制御できるのは努力だけだ。

 つまり、自律的な活動で(良い)結果を出すためのには努力するしかない。

まとめると

  • 努力は才能ではなく方法論
  • 良い結果が欲しいなら努力するしかない
  • 努力しても良い結果が得られるとはかぎらない
  • 努力すれば結果にかかわらず評価されることは多い

 戦略を考えると、

  • 効率を考えて努力する
  • 天性の才能を持っている分野で努力する

「結果ではなく」「努力すること」を求められるのは、たいていブラックだ。 健康被害を防ぐために、

  • 努力したフリをする

という戦術はある。


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2018年2月16日 (金)

大量採用 <キーマンは採用担当>

教員不足解消のための大量採用が「学級崩壊」を招いていた! まいじつ (2017/12/13)

 笑えない。

 ウチは年齢構成がいびつだからこれから大量退職時代がやってくる。当然大量採用しなければならないから、全く笑えない。

 優れた採用担当者がいるかどうか?

 学校内における教師の最大の仕事は“学級運営”だという。こう考えれば、量より質重視であるべきという結論にたどり着くのは明白だ。

「大量採用は、当該自治体の予算が付くなら断行するに越したことはありません。しかしその場合、試験内容を吟味し、適した人材を厳選することが肝要です。ただし、“質”とは、一流大学出身であるとか、試験点数が高いということではありません。教育に真剣に向き合えること、何事にも一生懸命であること、どちらかひとつがあれば、さまざまな問題にも対応していけるはずです。こうした観点でみると、むしろ採用担当者に優れた人材がいるかどうかかが、鍵になると思います」(同・教師)

 ウチは技術を扱う仕事だ。
昔は余裕があったから、とりあえず採用しておいて、採用後に教育すればよかった。
逆説的には、学校を出てから仕事に必要な技能を習得する余裕があったということだ。
職場に人的な余裕があったらからOJTができたし、適性が無くてもそれなりに仕事があった。 

 今は、職場に人的な余裕がない。適性が無い新人が来ると結構大変だ。気合と根性では仕事にならない。

 ところが、採用に関わっているオジサンたちは、何とかなるだろうと思っている。
他所と競合しているとか受験者に選ばれているという意識が無いから、「どうしても希望するなら試験受けさせてやるよ」的な上から目線だ。

 採用試験や面接で適性を見抜けるかというと、おそらく無理だろう。
面接官に採用人数が足りないからレベルを下げろ的な圧力があると、スペックは良いが適性が無いように見える受験者を落とすことはまず無理だ。

 なぜかというと採用担当と面接官が役職で選ばれているから。
人の適性を見抜く能力がある人が採用担当と面接官なら適性がある人を採用できる確率は増える。しかし、人の適性を見抜く能力が無い人はスペックで選んでしまうから、適性がある人を採用できる確率は下がる。

 組織の根幹にかかわるところだけど、改善するのは難しいだろう。

 スペックで選ばれた人が役職で採用担当や面接官になるからスペックで採用するという負のスパイラルが生じている。


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2018年2月14日 (水)

こころのマネジメント

こころのマネジメント 田坂広志 東洋経済新報社

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田坂広志氏は

「顧客の気持ちを読むためのノウハウとは何か?」を直接的に教えるのではなく、「こうした体験をつうじて、顧客の気持ちを読むためのノウハウを身につけることができた」という体験談をこそ語るべきなのです。

とおっしゃる。 腹に落ちる体験談を見出すことが必要だと。

 労働集約型の仕事はマニュアルなどでハウツーを分かり易く伝えることができるし、効率が良い。 一方、知識集約型の仕事はハウツーではなくノウハウとノウハウを得る術が必要だ。

 ノウハウを直接伝えるとハウツーになることは多い。重要なことはノウハウを得る方法だ。この方法が分かると教えてもらったノウハウ以外のノウハウを得ることができるようになる。

 ところがノウハウを得る方法は伝えにくい。ほとんど暗黙知だと思う。教え方が上手な人は、暗黙知を形式知化しているのだろうか。

 形式知化していない者は、田坂広志氏が言うように、伝えたい相手が暗黙知を汲み取ってくれることを期待して、経験談を語るしかない。

 逆の立場では、先達のノウハウを聞いて喜んでいてはいけない。ハウツーが1つ増えるだけだ。ノウハウを得た経験談の「なんとなく感じた」や「ふと思った」を、何故そう感じたのか、何故そう思ったのかを考えるしかないのだろう。同じような体験をしている場合には、何故自分はノウハウを得ることができなかったのだろうと考えなければならない。

 以前から若い人の教育や訓練に関わっている。いつ頃からか分かりやすいハウツーを欲しがる人が増えてきたと感じる。

 アンケートに、現場ですぐに使える知識を教えて欲しいなどと書いてあると、教える側が受講生に阿ってハウツーてんこ盛りにしたりする。しかし、ICT業界にいるとハウツーの賞味期限は短いから、てんこ盛りのハウツーは結局消化しきれず、使われることもなく忘れ去られる。

 教える相手のレベルが低い場合は、とりあえずハウツーを教えなければ仕事にならないという事情はある。また最低限必要な知識や経験が無い場合はノウハウを伝えられない。

 関わっている教育や訓練は少なくとも初心者や入門者向けではない。以前はハウツーの先にある暗黙知を得ようとする人が少なからずいた。 暗黙知を得ようとする人が減ったのか、それとも暗黙知を得るために必要な知識や経験が足りないのか?

 ひょっとして、彼らの仕事が知識集約型から労働集約型に変わっているのではないだろうか。


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2018年2月12日 (月)

勉強しようよ <教えてくれ!の先>

 とある判断基準を管理部門に尋ねると「判断はケースバイケース」でと言う。さらに「その都度判断するので早めに相談してほしい」と言う。 一方、現場はケースバイケースの判断では困るので「きちんとした基準を示せ」と言う。

 ここ数年オフサイト・ミーティングを企画していて、毎回このやり取りがある。

 現場はからすると判断基準が分からないととても困る。その判断ミスが地雷を踏む原因だったりすると余計心配だ。 そして、実際に地雷を踏んだ人はことさら管理部門を責める。 その気持ちはよく分かる。

 さすがに、何度も同じやり取りを繰り返しているには能がないとおもうのだが、管理部門も現場もミーティングのテーマに取り上げて徹底的に解決しようという雰囲気でもない。

 現場の個々の意見はもっともなのだが意見を総合すると。

「管理部門は複雑な問題は整理して、他部門と調整して、誰でも簡単に判断できる基準を決めて、文書で通知せよ」

のようだ。 ここまで来るとさすがに無理難題だと思い調べてみることにした。

 参考になりそうな本を買おうとAmazonで検索したら、なんと18,000円だ。ジャケ買いするには勇気がいるので図書館で借りてきた。

 分かったことは、複雑だと思っていた問題の根拠となっているのは、わずか7条の法律で、問題に関係するのはほとんど第1条だ。
しかもこの法律には訓令や規則がない。 若い頃勉強した電波法に比べたらまったくたいしたことはない。しかし、逆に下位の令規がないので解釈に困ってしまう。 解説を読むと通説が定まっていない解釈もあるようだ。

 何となくざっくり大枠は分かった。想定されるケースでは違法性や過失の判断が必要だ。 つまり、判断はケースバイケースだということ。

 何だ。管理部門の言ってることと同じじゃないか。(^^;

 判断基準を示せと言っている人は、物理の公式教えてもらって、その公式に条件を機械的に代入すれば答えが求められると思っているのではないだろうか。 残念ながら世の中は、物理の公式のようにきれいに書きあらわすことはできないということだ。

 管理部門が判断基準を示せないことは分かった。 しかし、それでは現場は困るのでどうすれば良いのか考えた。

 皆で勉強すれば良いのだ。細部の判断は専門家に委ねるしかないにしても、管理部門や関係部署と折衝する際に、基本を知っているかどうかは大きな違いだ。 基本を知らないまま最初の折衝を間違えると後々の折衝が面倒になる。

オフサイト・ミーティング参加者に、勉強しようよと提案してみよう。


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2018年2月10日 (土)

空気が読めない君へ

 とある会合で、若手を対象に実施した研修のアンケートが話題になった。

その研修は全国から対象者が研修施設で宿泊しながら実施している。そして、最後にアンケートを集めいているらしい。 参加者の1名が研修全体の感想を「良くない」と回答したとのこと。1名だから目立ったらしい。 どうやら講義のレポートを執務時間外に書かせていることが不満だったようだ。

 その研修は幹部の講義が結構ある。そのアンケートで空気を読まずに「良くない」と答えるところを見ると、なかなかやるな^^)という感じだ。

 オジサンたちの意見は、

  • ウチの職場には向かない
  • 将来幹部になると困る
  • 権利ばかり主張している
  • 将来バケるかも

など。さんざんな言われようだ。

 オジサンたちがコキ下ろすのを聞いていると、違和感がムクムクと湧き上がってきた。

 これって、昔の自分のことじゃないか!?。

 ここは空気読めない人間を代表してオジサンたちに反論してみよう。

◯ウチの職場には向かない
 単にオジサン達と価値観が違うだけだろう。昭和のオヤジの価値観を押し付けているからガラパゴスなシステムしか提供できないのではないか。 

◯将来幹部になると困る
 幹部にするかしないかはオジサン達が決めるのだから、オジサンたちが幹部に登用しなければ良い。自分の責任を放棄してはいけない。 そもそも空気が読めることは幹部登用の必須要件なのだろうか。
 忖度野郎ばかり登用するとトップが裸の王様になるが、オジサンたちはそんなに裸の王様になりたのだろうか!?
 
◯権利ばかり主張している
 公に認められている権利を主張することは悪いことではない。一方で、集合研修で明日までにレポートを仕上げる意味はある。 その意味について説明しないで、小学生を相手にするように、明日までに宿題やってこい的な対応をしているのではないだろうか!?
 
◯将来バケるかも
 大きなお世話だ。空気読むだけで世の中渡ってくくらいなら認めてくれなくて上等だ。

 結局昭和のオジサンたちの価値観に適応できない者を排除しようとしているだけではないだろうか。

 空気読めないオヤジから空気読めない君へ

  • 空気を読もうとか忖度しようとか考えなくていい。
    しかし、自分の能力を磨くこと。空気は読めなくてしかも能力が低いやつは相手にされない。
     
  • 正当な権利は主張すれば良い。
    一方で義務は果たすこと。最低限ではなく十分に果たすこと。
     
  • 「ウチの職場に向かない」という妄言には反論せず無視すること。
     本当にウチの職場に向かないのは、使命が分かっていないヤツだから。
     
  • 同期より昇任が遅れても焦らないこと。
     空気が読めないけど能力が高いやつが無理やり空気を読むようになって輝きを失ったのをたくさん見てきた。 
     
  • 義理は通すこと。
     奇特な人が現れて助けてくれたら素直に感謝すること、そして受けた恩は決して忘れないこと。
     
  • 重要なこと。
    「空気読めないわけじゃない。あえて空気読まないんだ」と言うのは空気が読めてない証拠だから (^^ゞ

 難しいことではない。
 空気を読まないことも、誰かの役に立つ仕事をするのも、自分で考えて行動して、その結果を自分で引き受ける覚悟があれば良いのだ。


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2018年2月 8日 (木)

仕事は楽しいかね ?2 <人を惹きつける職場にする作戦を 十個ほど>

仕事は楽しいかね?2 デイル ・ド ーテン きこ書房

2

 「仕事は楽しいかね?」 は仕事に悩んでいる人に対するアドバイスだったが、

 「仕事は楽しいかね?2」は、マネジャに対するアドバイスだから、自分に問いかけられているようだ。

「ここにあるような部下を持てるのは 、 〝ほんもの 〟の上司だけだ 。なぜって 、こういう部下は彼自身がリ ーダ ーになってしまうからだ 。ほかの部下は彼を頼りにしてなんでも相談に行く 。並みの上司では疎外感を覚えてしまうよ 。目を見張るような仕事もしなければ 、魅力的な職場をつくりもしない上司ではね 。そうだろう ? 」

 優秀な部下を持とうとするなら優秀な上司 でなければならないのは、当たり前だと思う。優秀な部下は優秀な上司を探しているからだ。

 優秀な部下をスカウトしたのに彼らの働きが期待以下なのは上司が優秀でないからだ。 ところが、普通の上司は部下のせいにしてしまう。

 経験では、過去に成果を挙げられたのは良いマネジャがいたときだ。良いマネジャは上司のときもあるし同僚のときもあった。

 優秀な人が腐っていたら「ウチにおいでよ。楽しいよ。」と言える職場にしたい。

「そう 。きみの部署を飛び抜けた職場に 、人を惹きつける職場にする作戦を 、十個ほど用意するといい 。

考えてみよう。


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2018年2月 6日 (火)

Vieraの障害 <画面中央付近に黒い帯>

 先週からテレビ(Viera)の画面に黒い帯が映るようになった。
電源を入れてしばらくするとチラつき始め最後に黒くなって、帯状に映らなくなる。

Viera1

画面の裏のパネルを叩くと一時的に症状が治る。いかにも接触不良だ。

画面の端なら我慢もできるが中央付近なので困る。家人から直らないのかと言われたので、ぐーぐる先生に聞いてみたら、プラズマディスプレイではあるあるらしい。

原因は接触不良らしく出張修理でも直るらしいが修理費は高そうだ。分解してケーブルを抜き差ししたら直ったという記事があったので分解してみることにした。

Viera3

裏パネルの矢印があるネジを緩めると分解できる。

地デジになるときに買ったので6年くらい使っていて分解清掃したことはないので、埃が積もっている。特に上部にある4個のファンと下側の吸気穴付近が多い。2人がかりで掃除した。

Viera5

↑この辺りのコネクタが接触不良になっているのだろう。
ケーブルを外して接点を清掃しようと思ったら、綿棒もアルコールも無かったので、コネクタ抜き差しするだけにした。

下側のコネクタはケーブルがアルミ板で固定されているので抜き差しできない。コネクタのロックを緩めてもう一度ロックするだけにした。

通電すれば接触不良のコネクタを特定できそうだが、さすがに50インチは大きいし重い。動かすのも2人がかりになるので、確認しないで閉じることにした。

かみさんは新しいのを買う気になってる(気前良すぎ)けど直らなかったら修理を頼もう。

Viera2

どうやら直ったようだ。 問題はいつ再発するかだな。


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2018年2月 4日 (日)

働き方改革(4) <時短勤務>

 今はまだ時短勤務は女性の方が多い。しかし、今後少子高齢化が進むことを考えると男性も時短勤務するようになるだろう。

 既に育児に参加する男性も増えている。残業して当然の職場で残業しないで定時で帰るのも時短勤務のようなものだ。

 時短勤務の負担について考えてみた。

 例えば2時間の時短勤務をした場合、つまり1日6時間労働した場合を考える。(皆2時間残業している職場で定時に帰るのも同じ)

心理的負担

 負担感は同僚が働いているときに1人だけ早く帰ることへの罪悪感だろう。正当に認められた権利とはいえ、日本人的な感覚では後ろめたさを感じてしまう。 これは、自分が時短勤務者に抱いていた感情の裏返しではないだろうか。

 時短勤務者が残した仕事をかたずけていた人は、他人の仕事をやらされていると感じるものだ。 いつか自分が時短勤務する側になると分かっていても釈然としないものは残る。
そして、自分が時短勤務するようになると、同僚に良く思われていないのではないかと疑心暗鬼になる。

 労働集約型の仕事でありがちだ。労働時間が減った分のツケを他の社員に転嫁している管理者に問題がある。

業務的負担

 時短勤務が出来ることだけでもラッキーという職場もあるが、時短勤務できても成果を配慮しない職場がある。

 時短勤務すると当然給与は減る。これはいたしかたない。
困るのは、フルタイムで働いているのと同じ成果を求められることだ。2時間の時短勤務では6/8時間分の成果になるのが道理だが8時間分の成果を求めてしまう。つまり、時短勤務者にガンバりを求めてしまう。

 メディアで取り上げられる人は、自主的に業務を効率化して時短勤務でもフルタイムと同じ成果を上げた人だ。 このような人は労働時間以上の成果を上げているハイパフォーマーだから基準にしてはいけない。

働き方改革

 では、2時間の労働時間は誰が負担するのか?。
知識集約型の業務は成果は労働時間に比例しないので同じチームで吸収できる。(業務内容は同じでないと難しいが)

 労働集約型の業務では、アウトプットが減る。
同じ成果を維持しようとするならば、業務の効率化か成果の見直しが不可欠だ。
多くの場合アウトプット全てが成果になるわけではなく、成果にならないアウトプットはあるものだ。

〇理由はわからないけどなぜかやっている成果にならない仕事を止める。
〇それができないなら、成果を定義し直してやらない仕事を減らす。

 業務を効率化、合理化しなければ、時短勤務していない者にガンバりを求めてしまう。

 昔からやっているからと理由では、漫然と仕事をしていては働き方改革は夢のまた夢だ。

 時短勤務は誰かにガンバりを求めないことが重要だと思う。

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 今の職場は、知識集約型の仕事だ。 成果はチーム毎に定義してもらうようにした。さらに、ガンバリは評価しないと宣言した。

 時短勤務には、良い環境ではないかと思うのだが。(自画自賛か^^)



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2018年2月 2日 (金)

人と組織の問題を劇的に解決するU理論入門 <分かりやすいけど消化不良>

人と組織の問題を劇的に解決するU理論入門  中土井 僚 PHP研究所

U

前書きに

「上が変わらなければ」という経営陣に対する批判とは裏腹に、カリスマ的なリーダーが現れ、危機的状況をなんとかしてくれることを望む「救世主待望論」。「みんなが危機意識を持たないので会社は変わらない」という諦めとともに、「もう後がない!」というくらいの危機に陥れば一致団結して大逆転できるのではないかと淡い期待を抱く「危機団結論」。そして、なんのかんの言いながら最終的にはどうにかなるのではないかという「ポジティブ幻想論」などです。

とある。 まるでウチの職場のこと見て書いたのかと思える内容だ。

U理論は

U理論とは、一言でいえば「過去の延長線上にない変容やイノベーションを個人、ペア、チーム、組織やコミュニティ、そして社会で起こすための原理と実践手法を明示した理論」です。

らしい。

 著者は本家「U理論」の訳者である中土井僚氏である。本家「U理論」は読んでいないのだが、この本は非常に読みやすい。 冒頭の引用のように、組織の問題は一般論のように書いてあるが身の回りに沢山ある。これが読みやすい要因だろう。

 「なぜ人と組織は変われないのか」
 「実行する組織」
 「学習する組織」
等、似たような内容の本を読むと、内容は何となくわかる(分かった気になる。
しかし、いざ、実践しようとするとハタと困ってしまう。

 U理論を考案したオットー・シャーマー博士もこの本の著者の中土井僚氏も思考と実践を積み重ねているから分かる境地があるのではないだろうか。

いまのところ、消化不良だ。


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