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2019年10月21日 (月)

やりたいこと、やるべきこと、できること

 ある人と「やりたいこと」「やるべきこと」「できること」の話をしていたら、どうも話がかみ合わない。
自分は、まず「やりたいこと」をやる、それをおいても「やるべきこと」があればやると言ったのだが、「できること」があるだろうと言われるのだ。後で冷静に考えてみると、かみ合わないはずだ。「できること」の話なんかしてない。

 知人曰く、「その人は「やるべきこと」が何なのかが分からないから、できる人に「できること」を期待しているのでは?」とのこと。

 たしかに、「できることは」わかりやすい。「やりたいこと」は時にわからなくなることがあるけど「やりたくない」を考えるとわかってくる。それに比べて「やるべきこと」はわかりにくい。だから「できること」を考えるのだろう。

 なるほど。主体を個人ではなく組織に変えると、自所属が「やるべきこと」がわからないから、とりあえず「できること」をやろうという発想になるのか。腑に落ちてしまった。

 何をやるか考えるときに「やりたいこと」「やるべきこと」「できること」を考えると良いと言われる。
これら3つが一致していれば良いのだが、一致しないことはよくある。いや、一致することが稀だ。だから、何を優先するか決断しなければならない。

18歳のときに技能で食っていこうと決心した。
41歳のときに「やりたいこと」を最優先しようと決心した。
50歳のときに「やりたいこと」をおいても「やるべき」ことがあることがわかった。

60歳を前にして、耳順の域には達していないと思う。しかし、これから先は「やりたいこと」をやろう。


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2019年10月19日 (土)

トロッコ問題 <スタンスを取る>

死ぬのは5人か、1人か…授業で「トロッコ問題」 岩国の小中学校が保護者に謝罪 (2019/9/29) 毎日新聞

 毎日新聞によると、山口県の中学校と小学校でトロッコ問題を題材にした授業を行ったところ保護者から「授業に不安を感じる」と指摘され、両校の校長が謝罪したという。学校は保護者に対して何を謝罪したのか記事からはわからない。

 学校に苦情を言った保護者はモンスターペアレントではないと仮定して、小中学校において、トロッコ問題を扱うことの是非について考えた。

 結論は賛成だ。小学校5、6年生になれば十分考えられるだろう。中学生なら十分に考えられる。

〇具体例

 具体的な例があったようだ。

Mr.サンデーで語った橋下徹の日本の治水行政の闇が怖すぎると話題に (2019/10/14) 秒刊SUNDAY

 若い頃に思考実験していないとショックなのかもしれない。

 為政者はいつか決断しなければならない問題だ。
トロッコ問題に正解は無いから、判断するのはエネルギーがいるし、その判断に異論を唱える者は少なからずいる。「命は地球より重い」と決断しないのは簡単だが、為政者としての覚悟はいかがなものか。政治家である橋下徹氏は、この問題が発生したときには、自らが決断しなければならないと考えたのだろう。当然だ。有権者は決断できない者を首長にしたくない。

 では、一般市民はどうか。
「治水行政の闇」と切り捨てるのは簡単だ。しかし、思考実験して自分のスタンスを決めることが重要だろう。この問題は、橋下徹氏の発言のようにどこにでもある問題だ。つまり、被害を受ける側になる可能性があるということだ。

 殺されないようにするためには、トロッコ問題は形を変えてどこにでもあることを受け入れるところから始まる。


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2019年10月17日 (木)

現役高校教師座談会 <「論理」は「文学」で学ばなくても>

特集<特集「文学なき国語教育」が危うい!>現役高校教師座談会 「文学」で「論理」は十分学べる 文藝春秋BOOKS (2019/08/21)

 文藝春秋BOOKSの文學界立ち読みで、高校国語の指導要領の改訂に関する現役高校教師座談会の一部が読める。続きは「文學界」9月号で。らしいので読んでみた。

現役教師曰く

 正直に言いまして、誰もが読めばわかるように書かれているものを、どのようにして高等学校で教えていけばいいのか、考えあぐねている状態です。

と。

 この座談会に参加している教師は皆、偏差値60点以上の高校に勤務しておられる。高校は偏差値で輪切りにされているから、読めばわかる生徒しかいないから戸惑うではないだろうか。

 つまり、この座談会の参加した現役国語教師は現在の国語教育の現場を代表しているとは言い難い。このバイアスがある前提で読むことが必要だ。

 また、

私は、やはり、法律に関する文章や規約などが読める力っていうのは義務教育で身に着けないといけないと考えます。高等学校に進学しない生徒もいるわけですから。それを高等学校に持ち越すことには少し問題があるんじゃないかなと思うのです。

ともおっしゃる。

 正論だ。問題は2つ。

  • 残念ながら義務教育で身に着けるべき能力を高校まで持ち越してしまった生徒に対してどのような教育を行うのか
  • パターンマッチングで高偏差値を獲得し、実は能力を身に着けていない生徒をどのように発見し教育を行うのか

この座談会は、読めばわかる生徒しかいない前提での議論のように見える。それとも、「文學界」が編集したのか?

 高校の予備校化が指摘されて久しい。中学・高校教師は、偏差値を上げること、希望校に合格させることを有料で請け負う塾教師と比較されるから、純粋に生徒の理解、能力の獲得を目標にできない現実はあるだろう。これは、教師だけの問題ではなく保護者の問題でもある。

を読むと、国語の問題に答えるには作品を読む必要はなく出題者の意図を推測することが重要と解説されている。中学・高校の国語教師がこのように指導していないことを期待するが、進学塾に通っていた生徒はこのような対策を行っているだろう。とすれば、偏差値が高い生徒の中には、文章を理解せず高得点を取った生徒が少なからず含まれているのではないだろうか。

 なぜ、高校の国語教師は、この仮定を無視するのだろうか。そして、なぜ、義務教育で身に着けるべき能力を高校で解決せず、大学まで持ち越すのだろうか。

 そもそも「論理」か「文学」かの議論は論点を誤っていると思う。 高校国語学習要領 <問題の所在が誤っている?> (2019/10/11)


読んでも分からない国語の問題



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2019年10月15日 (火)

文學界 2019/9月号 <文学なき国語教育が危ういと文学界隈の人は言う>

文学界 2019年9月 特集「文学なき国語教育」が危うい!

201909

 高校国語の指導要領が改訂され、文学から論理的な文章や実用的な文章へシフトしたようで、方々で議論がおこっている。

 寄稿している人、インタビューを受けている人は、文学の研究者、文芸評論家、作家、国語教師、哲学者、数学者、物理学者で、工学系の人の寄稿が無く残念だ。編集者は理学と工学が同じだと思っていたのだろうか?

 「理系教育にも文学は必要だ」はわかるが、工学では実用文を読み書きする能力は必須だ。仕事柄、技術報告書を読み書きする機会が多い。特に感じるのは、採用間もない若い人はおしなべて、実用文が書けないということ。高等教育を受けていないわけではなく、ほぼ大学を卒業しており、しかも縁故ではなく簡単ではない試験に合格して採用されている。

 大半は訓練すれば実用文が書けるようになるところを見ると学校で教えていないか、あるいは教えたが学生がその能力を獲得していないのだろう。念のため繰り返すが、簡単ではない試験に合格している。

 「文學界」という専門誌の特集だから寄稿した人たちの周りには、文章を読み書きする能力を備えていて文学に興味を持っている人しかいないのだろう。そして、その上での議論なのだろう。

閑話休題

 子供頃から行間が読めないので苦労した。今でも行間は苦手だ。

 紅野謙介氏の「教科書が読めない学者たち」を読んで、紅野謙介氏が数学者の新井紀子氏が嫌いなのは分かった。しかし、結論は直接的に書かれていないようだ。紅野謙介氏の主張は行間に書かれているのだろうが、行間が読めない人間には読むのが辛い文章だ。

 高校で国語の授業を受けたのは50年前で、「こころ」も「山月記」も「枕草子」も「徒然草も」習ったけど、この文章の結論が読めないのはなぜだろう。



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2019年10月13日 (日)

XTECH EXPO 2019

日経XTECH EXPO 2019に行ってきた

【ディスプレイ付きシューズ】

Displayshose

スマホで表示する文字やスクロールを設定してBluetoothでシューズに送る。
バッテリー内蔵で8時間くらい使えるらしい。長ズボンをはくと隠れてしまう。

「使えるところありませんか」とのこと。

【Opensource Ramen】

Opensourceramen

オープンソース活用研究所のオープンソースラーメン。

Githubにレシピが公開されている。

【バックホーモニターシステム】

Backhouemoniter

浚渫用のバックホーのリアルタイムモニターシステム。
事前にSONARで取得した海底の地形データに、操作しているバックホーを重ねて3Dで表示するシステム。熟練オペレータの技能に頼らなくても操作できるようになる。

熟練技能者がいなくなる問題はどの業界でも同じだ。

【早期離職者対策ソリューション】

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どういう仕組みで早期退職を防止するのか興味があった。
最近は何でもAIだから、AIで予兆を見付けるのかと思ったら、アナログ的な方法だった。

まず、社員に適性検査を受けさせて、個人の価値観の傾向や会社や部署のカルチャー(何を重要とするのか)を見える化し、採用者に同じ適性試験を受けさせてマッチングするという仕組み。

会社や部署のカルチャーと同じ価値観を持った人を採用したり、多様性を重視して、あえて違う価値観を持った人を採用するなど、採用担当の感覚だけでなくデータを基にした戦略的な採用ができる。また、人事異動にも使えるらしい。

先端のITを使っているわけではないのに、なぜ今までなかったのか?
昔は、会社や部署にマッチした人を積極的に採用しようと考えていなかったのだろう。新入社員は自分を殺して組織に適応しようとしていた。ところが、今時の新入社員は無理して組織に適応しようとせず離職してしまう。


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2019年10月11日 (金)

高校国語学習要領 <問題の所在が誤っている?>

 高校の国語の学習指導要領が新しくなって「論理国語」が新設されたらしい。著名人のウケは芳しくない。

 この変更の背景はOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の読解力の成績が低下したことが影響しているらしく、「論理国語」の新設は読解力を向上させることが目的だろう。

問題の所在

 日本語で記述された文章から内容や情報を読み取るには。

文字→単語→文→文章→意味→意思・情報

の変換が必要だ。文字や単語、文は初等教育で学習する。

 読解力が低いのは「文章→意味」の変換能力が不足しているということだ。これは、Reading Skil Test(RST)を実施している「教育のための科学研究所」の所長新井紀子氏が「AIに負けない子供を育てる 東洋経済新聞社」で指摘しておられる。

 これまでの国語教育は、日本語の、表現手段、伝達手段と表現された内容、伝達された情報を区別していなかった。また、文学作品において登場人物の心情や作者の意図を教える内容が重要視されているから、文学偏重という人は多い。今回の変更で新設された「論理国語」で文章から論理的に情報を読み取る方法を教えるのだろう。ところが、文学も論理構造も文章によって表現された内容や伝達された情報に変わりはない。

 ネットでは「文学なき国語教育」などの議論が多い。しかし、これらの議論の多くは問題の所在を誤っているのではないだろうか。問題は国語教育で扱う「文学」か「論理」かではなく、文学作品や論理的な文章を読み解くために必要な、文章の意味を理解する能力が不足している生徒がいること。さらに、文章の意味を理解することができない生徒がいる事実を、国語科の教師が認識していないことだ。

 国語科の教師には「読めばわかる」ことをなぜ教えるのかという。しかし、意識することなく「読めばわかる」ようになったであろう国語科の教師には「読んでもわからない」生徒がいることが解らないのではないだろうか。

  「AI vs 教科書が読めない子供たち 新井紀子 東洋経済新報社」にある「アミラーゼ問題」は次のような問いである。

次の文を読みなさい。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
セルロースは(     )と形が違う。
(1)デンプン (2)アミラーゼ (3)グルコース (4)酵素

 正答は問題文の中に書いてあるから、読めばわかる。しかし、新井紀子氏は答えられない日本人が多いことを指摘している。ネットの議論でも、意識せず「読めばわかる」ようになった識者は、「読んでもわからない」人がいることを認識していないのではないだろうか。

 国語科以外の教師は、「読んでもわからない」生徒がいることを知っている。「読めばわかる」ように書いてある文章問題を出題したときに、生徒は答えが分からないのではなく、題意が理解できないことは、教師なら容易に判定できるだろう。

 読解力が不足している問題は国語科だけの問題ではない。国語科以外の科目の教師は、まず、国語科の教師にこの事実を理解させる必要があると思う。

高校国語の指導要領改訂の影響

 新井紀子氏の著書によるとRSTのスコアと偏差値に相関が認めらるらしいので、読解力も偏差値と相関があると考えられる。高校生は偏差値で入学できる学校が輪切りにされているから、偏差値の高い高校では読解力向上の授業は必要はなく、読解力向上の授業は偏差値の低い高校で必要だろう。つまり、「論理国語」はすべての高校生が学ぶ強化ではないということだ。

 文科省は、「論理国語」「文学国語」を選択にしており、必要に応じて選択するべきと主張している。しかし、多く識者が指摘するように、大学入試対策という観点では難解な科目より容易な科目が選択される。その結果、「文学国語」が選択されなくなるのではないだろうか。

 指導要領改訂の改訂が「文学」が理解できる能力を持っている生徒の文学を学習する機会を奪うとすれば問題だ。


参考



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2019年10月 9日 (水)

AIに負けない子どもを育てる

AIに負けない子どもを育てる 新井紀子 東洋経済新報社

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AIvs.教科書が読めない子どもたち
で紹介されていたRST(Reading Skill Test)のお話。

 新井紀子氏はAIの研究をやめて教育 研究に分野を変えたのかと思ったらそうではなく、RSTを最先端AIに解かせることでAIの弱点や限界を把握しようととしていとのことで、

私はAIへの関心を失ったわけではないのです。RSTを武器に次のステージに進んだだけです。

らしい。
とは言いながら、国語教育の改革への 思いを感じる。

 とある記者にこんなことを言われました。

 「先生の教育論は、スパルタで古臭くて記事になりにくいのですが……」

 そういう了見の新聞社には、記事にしていただかなくて結構です。私は、今書いていることに自信があります。

とおっしゃる。
旧来の国語教育で獲得した、行間を読む能力をフル稼働すると。
「日本語を生業とする新聞屋がそんな了見でいいのか」
のように読める。

 子供の読解力の低さについては、RSTで客観的な結果が示されている。
読解力が無いから暗記している。この事実を国語以外の科目の教師は認識しているが、国語の教師は受け入れられないらしい。国語の教師だけが論理的な思考ができないわけではないだろう。

 推測すると、教師は、生徒が理解することではなく、教えた(授業した)内容のテストで高得点を取ることを目的にしているのではないないだろうか。

 この行動様式は国語の教師も他の科目の教師も同じだろう。保護者から商業主義の塾と同列に扱われるので、同情すべき事情はあるのだが...

 どの教科も穴埋め問題、択一問題、数学の計算問題はパターンマッチで回答できるし、化学や歴史、国語の漢字は記憶だから読解力は必要ない。

 読解力が必要なのは文章問題だ。文章問題が国語と国語以外の教科で異なるのだろう。国語以外の科目の文章問題は読解力がなければ回答できない。ところが、国語の文章問題は、文学偏重の影響で、登場人物の心情など、問題文に記述されていない内容を問う設問がある。(多い)

 合理的に推測できるならまだしも誰かの主観が正解とされていて、文章を読解する能力ではなく出題者の主観を推測する能力が問われる。
つまり、国語のテストで高得点を取るためには読解力は必要ないのだ。

 だから、国語の教師は生徒が読解力が無いことに気がつかないのではないだろうか。

 指導要領が改正されて、国語は高校で「論理国語」が導入され、これまでの、文学偏重が変わるらしい。良いことだ。

閑話休題

 自分のことを考えて見ると、子供の頃からキーワード読みだと思う。
途中のストーリーは合っているけど結論が逆ということがよくあった。今もだ。日本語は文末で意味が逆転するから、文末まで注意して読まなければならないのだが、途中で分かったことにしてしまう。

 パターンマッチで回答できる穴埋め問題も「次の文の[  ]に入る言葉を下の語群から選んで、その記号を解答欄に記入しなさい。」という問題は、語群を見ないで回答したり、記号でなく単語を記入したり、解答欄でなく問題の空欄に記入したり、していた。

 なぜか、テスト終了3分前に気がつく。orz

 子供の頃からパズルが好きで、頭の体操シリーズをよく読んでいた。この手のパズルはパターンマッチでは解けないので、理解して読むようになった。引っ掛けは、論理的にカバーされていない条件にあることが多い。

 おかげで、モードを変えることができるようになった。

 今でも、他人が書いた文章の添削をするときには、モードを変えて読むようにしている。



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2019年10月 7日 (月)

50代は使えないの嘘

50代は使えないの嘘、言葉にできない暗黙知を生かせ 日経ビジネス 河合 薫 (2019/9/24)

 ついつい私たちは言葉にできる知識こそが「真の知識」だと考えがちだが、実際には暗黙知のような言葉にならない知識の方が、物事を遂行し、諸問題の解決するのに役立つ。危機を乗り越えるには必要なのだ。

 世間では「会社の外に居場所を作れ!」がシニア社員の定説だが、「会社の中で居場所を作れ!」。そのために緩いつながりを作る。ますます50代のおじさん社員が増えていく職場で、会社にも、社員にも、まだまだできることはあるように思います。

 同じところで長く働いていると経験値はそれなりに増える。
暗黙知も増えているのだろう。しかし、残念ながら、暗黙知だけにどのような暗黙知を持っているのか自分では分からない。

 50代のおじさんたちは、学生時代には入試を目標に勉強し、就職して定年を目標に働いてきた。特に安定しているといわれている職に就いた者はそうだろう。出世(死語か?)しようがしまいが、定年は人生の大きな目標だったのだ。

 ところが、定年間際になったら、役職定年とか再雇用というこれまでにない働き方ができてきて、目標どおりにならなくなってきた。しかし、いきなり適応するのは難しい。

 河合薫氏がおっしゃるように、齢50にもなれば経験に基づく暗黙知はあるだろう。今でも現場の問題解決に役立つ暗黙知もあるかもしれない。

 しかし、昭和の価値観、昭和の働き方が活用を阻んでいる。
昭和の働き方では、歳をとっても組織から排除されることは少なかったので、50代の暗黙知が活用できた。「あのオジサン普段はお茶飲んでるだけだけど、困った時には役に立つ」ポジションがあった。

 暗黙知は文字や言葉、図表などの形式知にできないから、暗黙知があることを期待して、普段はお茶を飲んでいるポジションが必要だったのだ。

 ところが今時そんなポジションは無くなってしまった。

 50代のおじさんたちは意識を変えなければ暗黙知は活用できない。昭和の価値観にとらわれている限り、暗黙知は使えないのだ。

 それは、会社も同じだ。


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2019年10月 5日 (土)

テレビ買い替え <4Kって必要?>

 1年半前にテレビ(Viera)の画面の真ん中に黒い帯が現れた。

Viera1

 内部のフラットケーブルの抜き差しして回復していたのだが、再びこの症状が現れたので買い替えることにした。
消費税増税前なのと、モデルチェンジ時期で前のモデルが値下がりしているらしい。

 4Kに興味は無いのだが4K対応にした。ところが、BS4Kが映らない。(;_;

20190916_aquos4k

どうも電界強度が低いようでだ。

 受信強度確認画面で60必要なところ40しかない。ケーブルや分波器を変えても変化がないので、アンテナから壁のアウトレットまでの問題のようだ。

 台風でアンテナの向きが変わったのかと思ったが、BSの受信強度は十分なのでBS4K特有の問題のようだ。

 マンションなので、他に見えない十人もいるだろうと管理人さんに尋ねたら、問い合わせは無いとのこと。まだまだBS4Kを見ようとしている人はいないのか??

 アンテナ以外の受信設備はJ:COMが保守していて問合わせてもらったら、ブースターの交換時期で順次交換の予定だという。しかし、交換は2月先だと...

 障害対応ですぐに変えてくれてもよさそうなものだが、「すぐに変えろヤ!!オラ~!!」と言うとクレーマーみたいなので、管理組合に報告することにした。

 それはさておき、

〇Android TV

 買い替えたテレビは、Andorid TVらしく、miracastに対応している。 chromecast買わなくてヨカッタ。

 アプリを見るとprime videまであるじゃないか。 Fire TV stick買ったのに。 Fire TV stickはwifiでネットに接続するけどテレビはハブに直結しているので安定しているようだ。

 bluetoothにも対応しているのでワイアレス・スピーカに音声を出力できるのかと思ったら、できないらしい。orz

 カスタムファームウェアってないのかしら? /☆(oo

〇BS4K

 BS4Kはコンテンツ不足だ。NHKはそこそこ4Kコンテンツがあるようだが、民放のBS4Kを見る必要性は全くない。

 民法のBS4Kはネットショッピングか既存コンテンツの再放送、しかも、HDになる前のコンテンツだったりする。

 展示会で8Kディスプレイを見ると感動するのだけど、あれは100インチ超だからね。画面サイズが小さいと正直違いが分からない。



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2019年10月 3日 (木)

NEWTYPE ニュータイプの時代(2) <量的指標は「意味がある」市場では有効でない>


時代を生き抜く24の思考・行動様式 NEWTYPE ニュータイプの時代 山口周 ダイヤモンド社

Newtype

山口周氏は

「役に立つ」市場では評価指標が収斂するため、いわゆるKPIを設定してそれを改善するという「量的指標のマネジメント」が有効に機能しました。しかし、このアプローチは「意味がある」市場では有効に機能しません。当たり前のことですが「ある人にとっての意味の大小は」数値化できないからです。

 人も組織もオールドタイプなので、量的指標に惑わされている。よその部門がIT人材育成にKPIを導入したという話を聞くと、心配になるエライ人がいて、じゃあウチもということになった。

 そのときに、腑に落ちなかったことがわかったような気がする。人材育成にKPIを導入を導入した部門とは、そもそもビジネスモデルが違うから、求める人材も違う。

 よその部門は専門は別にあって、ITの一般的な知識を持った者の数を増やそうとしていた。ITは専門でないが、質より量を増やすことで組織的なITスキルを向上させる戦略だ。マニュアルが理解できる程度のワーカーならば、市販のテキストを使って教育して、マークシートでテストすれば管理できる。

 一方、ウチはITで食っていて、しかも、必要な人材は専門家そして尖った人材だ。

 そもそも尖った者の評価は難しい。評価指標を考える段になってハタと困るのだ。

 無理やり評価しようとすると、その評価は使い物にならない。 数合わせのためだけの評価になり、不毛な作業が増えることは、わかっていた。わかっていながら止めることができなかった。

 まだ見つけていない数値指標があるのではないかと思っていたからだ。

 なぜ、ありもしないKPIを探していたのか?

 山口周氏は、オールドタイプは「役に立つ」で差別化し、ニュータイプは「意味がある」で差別化するとおっしゃる。

 ウチのビジネスモデルは「意味がある」で差別化しなければならなかったのだ。

 つくづく、自分はオールドタイプだと思う。



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