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2022年1月16日 (日)

「生涯エンジニア」になるための選択肢

IT以外の仕事を下に見る時点で嫌な奴、チヤホヤされても年を取ればお払い箱だよ
お題:デジタル時代を担う若きITエンジニアに贈る言葉
沢渡 あまね  (2020/10/07)

沢渡あまね氏は「生涯エンジニア」になるための選択肢として、6つの選択肢を挙げておられる。

  1. ハイパーエンジニアになる
  2. 経営トップがエンジニアの会社に勤める
  3. あなた(エンジニア)自身が、経営/業務とITの橋渡しができる存在になる
  4. 経営/業務とITの橋渡しをできる人にくっつく
  5. 高齢化したエンジニア組織から逃げる
  6. 下請けで細々と、かつ淡々と作業をこなす

40年技術分野で「生涯エンジニア」でいたいと思いながら働いた経験と一致している項目が多い。

ハイパーエンジニアになる

ハイパーエンジニアを目指したいところだが、沢渡あまね氏によるとハイパーエンジニアになれるのは1割くらいで、さらにハイパーエンジニアを厚遇する職場に出会える確率をかけると1割未満だろうとおっしゃる。

1割が妥当な数字かどうかわわからないが、実感としてかなり少ないのは確かだ。
エンジニアが多くいる会社でもハイパーエンジニアを厚遇してくれるとは限らない。
例えば、
Stephen Wozniakは優れたエンジニアだが、HPを辞めなければハイパーエンジニアにはなれなかっただろう。

あなた(エンジニア)自身が、経営/業務とITの橋渡しができる存在になる

ハイパーエンジニアとエンジニアとしての自分とのギャップを客観的に見れる人は、自身が経営/業務とITの橋渡しができる存在になれる可能性は高い。

沢渡あまね氏は、橋渡しができる人材の重要性について、

 まずは「説明力」をつけることだ。自分たちがどんな仕事をしていて、どんな価値を出しているのか。その技術はどういうもので、どんな課題を解決し得るのか。こういう言語化や説明を怠って、オタクエンジニア同士で自分たちにしかわからない言葉で会話し合っていても、その価値は他の誰からも認められない。そういうことばかりしているから、IT組織やエンジニアのプレゼンスがますます低くなるのだ。

とおっしゃる。更に

 「私はエンジニアだから」と言って、IT以外の仕事に見向きもしない人が大勢いる。それでは視野は広がらないし、説明力も高まらない。そもそもIT以外の仕事を下に見ている時点で嫌な奴だ

と。 ああ耳が痛い。

とはいえ、橋渡しができる人材も、実感として少ない。
エンジニアでありながら、橋渡しができる人材もハイパーエンジニアくらい稀だ。
なぜなら、橋渡しができる人材は貴重だから、ともすれば橋渡しの能力だけで、ハイパーエンジニアより厚遇される。

経営/業務とITの橋渡しをできる人にくっつく

これは、現実的な方法だ。
技術的には大したことはないけれど、橋経営/業務とITの橋渡しが上手な人がいる。
このような人と組むと、技術力、橋渡し能力共に高くなり、貴重な存在になる。ニコイチ作戦だ。

沢渡あまね氏は

エンジニアとしての価値を淡々と発揮することで評価されるかもしれない。
ただし、経営/業務とITの橋渡しをしてくれる人を決して傷つけてはいけない。

とおっしゃる。
これは、とても✕2重要だ。

世間や経営層が評価するのは、橋渡しができる人であって、エンジニアではない。
橋渡しができる人は他のエンジニアを選ぶことができる。
つまり、橋渡しができる人にとってエンジニアの価値が無くなれば、コンビは解消される。

ウォズニアックとジョブズも結局別れてしまった。
そして、2人に対する世間の評価は、圧倒的にジョブズの方が高い。
ジョブズの名声は、ウォズニアック無しにはあり得ないのにである。

高齢化したエンジニア組織から逃げる

経験では、「○○の神様」と呼ばれている老エンジニアがいる職場はアブナイ。

 

転職してわかったのは

  • 日本の社会は技術と技術者を評価しない(できない)。
    「生涯エンジニア」を目指すなら、この事実を肯定も理解もしなくて良いけれど、知っておくべきだ。
  • 世間の認識は「年寄りは技術は時代遅れ」
    技術や技術者を評価できないから、年齢だけで評価される。
  • 橋渡人材に必要な「説明力」は説明しにくい
    「説明力」は説明しにくいし、評価しにくい能力だ。経歴書にも書けない。
    実際に話してみたり、一緒に働いてみるとわかるのだが。

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2022年1月13日 (木)

運転免許更新 <DX化できる??>

先日、日曜日に免許センターで運転免許を更新した。
前回の更新は2時間かかったが今回は3時間30分かかった。
前回も今回もゴールド免許なので講習は30分だ。

変わった原因はコロナ禍で建物の中に入れないこと。
入場するまでに1時間30分屋外で待っていたのだが、幸いにも天気が良く凍えることはなかったのだが。
ソーシャルディスタンスと言われ始めて1年以上経過しているが、屋外で1時間以上待たされているのだろうか?

免許センターでの更新は、会場に大量の人を入れて、申請者が窓口を順番に巡り、30分の講習が終ると、新しい免許証が交付される仕組みだ。会場に更新者を大量に入れることができなくなったためロスが生じたことが原因のようだ。
建物の外で1時間30分も待たせるのは行政サービスとしては褒められものではない。

商売柄デジタル化したらどうだろうか?考えながら待っていた。
結論は、デジタル化しても改善できないだろう。

設備が現状の更新フローに特化して効率化してあって、担当も熟練しているのでこれ以上処理速度を上げることはできないだろう。
フローを変えようにも、更新者が申請書を持って窓口を巡るという、旧来の役所の申請受理フローに特化した設備だからフローを変えるのも困難だ。

ICTを使用すれば旧来の役所の申請受理フローを変えることができるだろう。
しかし、期待はできないだろうな。警察の行政サービスは二の次だからなぁ。


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2022年1月10日 (月)

役職定年 <モチベーションの保ち方>

役職定年はサラリーマンの「新天地」、手応えは自分で作れる 日経ビジネス (2021/12/28)

ユニー・ファミリーマートホールディングス元相談役の上田準二氏が相談に答えるという企画

55歳で役職定年となり、仕事のモチベーションが保てなくなりました。あと10年間、どのように働き続ければいいでしょうか。

との問に対して、上田準二氏は

そこは文字通り、心機一転するしかないよね。

手応えがなくなったと投稿にはあるけれど、それは働く人それぞれがつくっていくものだと思うよ。

とおっしゃる。それができるくらいなら相談しないよね。

相談者は、管理職だったときに役職定年した年配者にどう接していたんだろう?
役職定年した年配者がモチベーションを保てる職場にしていたら、自分がその立場になったときに、そんなに悩むこともないもないと思う。
自分が管理職だったときに、モチベーションが下がった年配者を疎ましく思い、ぞんざいに扱っていたとしたら、因果は巡るよね。

多くの人が言うように、現役の間に準備が必要だ。
その前に、会社と自分との関係を考え直すと良いと思う。
自分の給料やポストは、何を評価されて得たものかを真面目考えてみるとわかることがあるんじゃないかな。

管理能力や経験と答えがちだが、よく✕2考えると、勤務年数や転勤回数だったりする。
役職定年は、勤務年数などの経歴をリセットする仕組みだから、他に評価されている要素がなければ、役職定年と共に新入社員と同じ扱いを受けることになるよね。

専門知識や上層部とのコネクションが評価されているならば、その方面の仕事でモチベーションが保てるだろう。

自分に対する評価は能力ではなく勤務年数という事実は受け入れにくいかもしれない。
でも、不都合な事実から目を逸らすと、自分のモチベーションが下がるだけでなく、若い人たちのモチベーションを下げてしまう。
そして終いには人罪と呼ばれてしまう。(悲しすぎる)

住宅ローンが残っているとか、子供の学費や介護など家庭の事情で会社にしがみつかなければならないこともあるだろう。
「そんなの、何十年も前から分かっていたことだろう」と言われるが、わかっても行動できないことは多いし、そもそも目を逸らしがちだ。
だから、しがみつくには覚悟が必要だよね。

役職定年前のポストや評価は自分の能力によるものではないことを認めると覚悟ができる。
そして、せめて、周りの人のモチベーションを下げない、人畜無害レベルにはなれるじゃないだろうか。


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2022年1月 7日 (金)

事実が歴史になる

先月12/8は開戦の日で80年の節目なのか、戦争に関する放送が多かった。

内容は、相変わらず、戦争に至る軍部の暴走や、その結果である戦争の悲惨さが多い。
今年変化を感じたのは、開戦前の国民の熱狂について取り上げていたことだ。

これまでの論調を単純化すると、軍人が加害者で、国民が被害者という構図だ。
しかし、国民もそれを熱狂的に支持していたのではないかという問いかけだろう。

先の戦争が歴史になろうとしているのかもしれない。
事実が歴史になれば、学ぶことができ、今後の判断に役立てることもできる。
しかし、事実は、当事者が生きているうちは歴史にならない。
当事者は事実を客観的に見ることが難しいからだ。

黒い雨裁判も国が上告を断念したことから解決に向かっている。
もし、国が上告して裁判が続いていたら、それが事実だとしても「あなた方も戦争を支持していたのではないか」とは言えないだろう。

当事者が減ってきて来たからこそ、今まで言えなかった事実が客観的に評価できるようになり、その評価が積み重なって歴史になるのだろう。

人の愚かさが招く結果はを忘れないためには、悲惨さを語り継ぐ必要があるだろう。
同時に、事実も同様に伝えていく必要があるのだと思う。

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マスコミは、自分たちが国民を煽動したことについては触れないから、いつまで経っても歴史にならない。


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2022年1月 4日 (火)

思考実験 <雇用契約は、最大20年間とする>

島田正樹 Facebook (2021/12/15)

 

島田正樹氏は

民間も公務員も。

今、正規とされるひとはみんな、採用されてから20年間勤めたら、一度退職しなければならない。

を、「思考実験として面白がっていただけたら嬉しいです。」とおっしゃる。
確かに面白い。

転職する際に、御多分に洩れずスキルや実績の棚卸しののようなことをやった。
棚卸ししてみてみると結果はイマイチで、自信はなくなくなり不安になった。
しかし、転職してみると、意外にできるものだということがわかった。

仕事をする上で、棚卸できなかった能力の割合は結構大きい。
過去の経験や、現状の分析、問題・課題の抽出、目の前の不具合をとりあえず解決する瞬発力、話し方、説明力、資料の作り方、果ては、検索エンジンの使い方まで。

これらの能力や特性は、「センス」と言ったり、「橋渡し力」と言ったり、「人間力」と言ったり、「非認知能力」といったり様々だ。
とても定量化できない。しかし、定量化できる「スキル」同様に重要な能力だとわかった。(還暦を迎える頃に...)
汎用的な非認知能力があれば、どこに行っても食っていける自信が持てる。

定年が近くなって受けた高齢者向け転職セミナーでは、非認知能力の自己診断テストがあったから、非認知能力はかなり形式知化されているようだ。
これらの能力が言語化、形式知化できれば、転職も楽だろうと思う。

閑話休題

20年働いたときの自分を思い出してみると、非認知能力が低かったと思う。
スキル至上主義だったので、捉えどころがなく測定できない非認知能力のことを考えていなかった。
流行り廃りがある「スキル」で食っていくのは、結構度胸が必要だ。
「スキル」はトップレベルでなければ評価されないから。

雇用期間を20年と決めてしまうと、

  • 自分が持っているスキルに需要があるか
  • 非認知能力は、その職場に特化したものではなく汎用的なものか

を考えるようになるだろう。
つまり、自分を客観的に観ることができるようになる。

長く働いていれば、ポストや報酬に対して自分の脳力がオーバスペックのこともあるし、アンダースペックのこともある。
自分の人生を自分でコントロールしようとするならば、自分を客観的に見ることは重要だから、

定期的に思考実験は有効だと思う。


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2022年1月 1日 (土)

2022年の目標 <いつでも変われるように>

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いします。

2022

今年の目標は、

  • 新しいことを始める
  • スキルを向上する
    今年はAWSの知識・技能を向上させよう。
  • 教育分野に関わる
    一昨年教育業界で働き始めたが、去年IT業界に舞い戻ってしまった。
     将来を担う子供たちが、教育業界で言うところの「プログラミング的思考」を獲得するために活動するという目標は捨てていない。

現場に戻ったので、スキル向上は重要だ。

面白そうなことを見つけるためにアンテナを高くしておこう。そして面白そうなことが見つかったら、ためらわず始められるように心を軽くしておこうと思う。


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2021年12月31日 (金)

2021総括 <新しいことと変わらないこと>

2021年4月にIT業界に舞い戻り「ほぼ1人情シス」を始めた。
Windows95+UNIXのころ情シスの経験はあるのだが、すっかり景色は変わっていて、日々雲の中でAzureとM365の森を探検している。

今年できるようになったことは、

  • AzureADでのユーザ管理
  • ノーコード・ローコードプログラミング
  • PoweShellのスクリプト

昔から変わらず重要なことは、

  • 現状を分析して課題を設定できる
  • 業務フローを再構築できる
  • なぜ、業務を合理化・効率化するのか考える

ことだ。

ロートル技術者でもこの辺りに需要がありそうだ。

一方で、
読書量と駄文のアウトプットが減った。
プログラムのアウトプットが増えたので仕方がない。
プログラムを書き始めると、プログラムのことで頭の中が一杯になる癖は若い頃と変わらない。

総括
クラウドの知識・技能は必須、その技術を活かす「考え方」は昔から変わらない。
図らずもクラウドの知識・技能が得られたのは良かった。


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2021年12月 9日 (木)

物事が出来るようになるための思考法 <唯一の方法ではない>

プログラミングというより物事が出来るようになる思考法 牛尾 剛 (2021/11/22)

牛尾剛氏は、

皮肉なことに「早く出来るように頑張る」ということが最終的な生産性を圧倒的に下げていたのだ。理解が十分でないから、努力しても空回りになるし、身につかないし、忘れやすくなるので頭にのこらないのだ。

とおっしゃる。

働いていると、知っているだけでは仕事に使えないことはわかってくるものだ。
理解(分かる)していてしかも仕事に使える(できる)状態になるのが理想だけど、時間がかかる。
例えばエンジニアとテクニシャン、技術と技能のように「分かる」と「できる」は分業できるのだが、今時は「わかって、できる」テクノロジストが求められる。

知っている状態からわかってできるようになるためには、理解してできるようになる、できるようになって理解するという2つのアプローチがある。
できると分かるは明確に分離しているわけではなく、できると分かるは並列に進むのだが、どちらかが優勢になるようだ。

「分かるが」優勢のアプローチは、できるようになるまで時間がかかる。
一方、「できる」が優勢のアプローチは、早く使えるようになる。

「できる」が優勢のアプローチは、できるようになると、わかることを止めてしまいがちだ。
一方で、「わかる」が優勢のアプローチは、高いレベルに達することができる。

牛尾剛氏は「できる」が優勢のアプローチだったのだろう。
経験則だが、牛尾剛氏に限らず「できる」が優勢のアプローチの人は多い。
わかる前にまず覚えるという日本の人材育成方法が少なからず影響しているのではないかと思う。

投稿に登場する、できる人たちは分かるが優勢のようだが、ビデオを何十回見るよりも、ざっくり理解したところで、やってみることで効率的に理解できることもあるだろう。と「できる」が優勢の凡人は考えてしまう。

よく考えると
物事が出来るようになるための唯一の方法はなくて、人それぞれではないかと思う。

牛尾剛氏の素晴らしいところは、自発的に、能力が高い人の行動を観察して、自分に足りないことを分析して、言語化し、それを補うための行動ができるところだ。

だから
物事ができるようになる普遍的な方法は、牛尾剛氏が発見した方法ではなく、発見までの行動そのものだろう。

ところで、前々職で若い人の研修に携わっていたときに分からなかったことは、若い人たちが知っているのにやろうとしないことだった。
彼らが投稿を読んだらどう行動するのだろうか?
周りのできる人の観察と自己分析から始めるのか、単純に牛尾剛氏の手法を真似るのか、興味がある。


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2021年12月 4日 (土)

「仕事ができる」とはどういうことか?


「仕事ができる」とはどういうことか?  楠木 建 山口 周 株式会社 宝島社

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「仕事ができる」は個別の職場、職種ではなんとなくイメージできるけれど、抽象的に捉えようとするとかなり難しい。

楠 木建氏の言う「仕事ができる」は「スキルがある」とは似て非なるもので、簡単に言えば「成果を出せる」ことらしい。
具体的には「頼りになる」「安心して任せられる」「この人ならなんとかしてくれる」、極論すると「この人じゃないとダメだ」と思わせる人らしい。

「仕事ができる」ためには「スキル」だけでなく「センス」が必要とおっしゃる。しかし、「センスを磨く」という言葉は知っているが、具体的な方法論が明文化できないように「センス」は言語化しにくい。

そこで、センスがある人を多く語ることで、捉えどころのない「センス」を理解しようという内容。
つまり「要するにこういうことだよな」という抽象化が重要だとおっしゃる。

他人や他業種の成功例を自分や自分の仕事にそのまま使えることはない。
だから、この本に登場する、著名な人の手法をそのままパクれない。
そもそも、経営者の問題と現場で働いている読者の問題は違うから、経営者の手法ではなく、考え方を自分の行動に反映できるまで抽象化しなくてはならない。

「〇〇技術」や「〇〇の方法」のようなハウツー本は、抽象化しなくても、自分の行動に反映することができる。
ところが「スキル」をいくら重ねても「センス」にはならない、「センス」は抽象化から得られる。

技能職の場合はどうだろうか?

若い頃は、抽象化ができなかったから、技術書ばかり読んでいた。
技能職の命は「スキル」だから仕事ができるためには「スキル」高めなければならない。
技術書は「スキル」を得るためのものだから、自分の仕事に使える。

「スキル」を高めようとすると具体化、先鋭化してくるから、抽象化が必要な「センス」とは相容れない。
ある程度「スキル」が高くなると、思うように高くならなくなってくる。
いわゆる伸び悩みだ。経験では、そこで一旦、抽象化すると、壁を破ることができる。

プログラムを作ることはできるけれど、特定の言語でしかプログラミンでできないと言う人がいる。
特定のプログラミング言語を扱う「スキル」は高いが、プログラミングの「センス」が無いいから、異なる言語の習得が困難なのだ。

プログラミング言語は流行りすたりがあるから、流行らないプログラミング言語の「スキル」はいくら高くても、市場価値は低い。

そこで、抽象化してプログラミング言語に依存しないプログラミングを理解すると、どのようなプログラミング言語でも比較的簡単に習得できるようになる。

具体化と抽象化を行きつ戻りつしながら「スキル」と「センス」両方を習得することで、仕事ができるようになるのだと思う。


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2021年11月18日 (木)

ぜんぶ、すてれば

ぜんぶ、すてれば 中野善壽、宮本恵理子 ディスカヴァー・トゥエンティワン

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中野善壽氏の生き方は軽やかで、安定を求めていない。
それは見出しに表れている。

  • 未来を語れる仲間だけでいい。
  • こだわりを捨て、相手が求めるものを差し出す。
  • 思い出も捨てる。役立たないから。
  • 人付き合いを捨てる。未来を語れる仲間だけでいい。
  • 世の中に安定はない。常に流れるのが自然の摂理。

重要なのは未来で、あえて現在と過去を評価しないようにしているように見える。

現在を評価しようとすると、現在につながる過去を評価せざるを得ない。

過去は全て事実で変えることができないから、過去に失敗や後悔があると、それに囚われてしまうことがある。
過去に成功や達成感があると、やはりそれに囚われてしまい、未来に目を向けることができない。

過去を志向するか未来を志向するか、それは個人の生き方だから、どちらが良いというものではないだろう。

未来を志向したいのに過去の失敗に囚われていたり、過去を志向したいのに成功や達成感が少なかったりすると、思い通りにならないものだ。そのようなときには、良い過去も悪い過去も、その評価を時間と共に下げると良い。

過去を全て否定する必要はないし、一度に下げなくてもよい。
良い過去の評価を下げることには抵抗があるが、運が良かっただけかもと思えるようになると、悪い過去も運が悪かっただけかもと思えるようになる。

すると軽くなれる。


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