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2020年8月26日 (水)

「勇気を与える」 <エラそうに!!って思わないのかな?>

「勇気を与えられるよう」とか「感動を与えられるよう」と言う言い回しをよく聞くようになった。アスリートがインタビューに応えるときに多いような気がする。

 最初に聞いた時には、その人の癖かと思っていたが、最近増えてきて高校生でさえ使うようになってきた。もはや定番の言い回しになっている感がある。

 しかし、この言い回しには慣れない。聞くたびに気持ち悪さを感じる。

広辞苑によると「与える」は

自分の物を目下の相手にやる。授ける。

だ。勇気や感動を与える対象は、国民の皆様であったり、被災者の方であったりだ。

 勇気を与える対象が、我が子や教え子のように目下なら良いのだが、国民や被災者の方には、目上の人も含まれる。目上や同等の場合は謙譲語を使うのが日本語の作法だろう。 日本では敬語が使えないと教養が無い人と思われる。

 「与える」が謙譲語でないこともさることながら、目下に使う「与える」を目上に使う無神経さが、違和感の正体かもしれない。

 つい最近も、高校生の全国大会の開会式の選手宣誓で、この言い回しを聞いて違和感を感じた。指導者が教えるべきだと思う。今後彼らがアスリートとして成長したときに国民に対して礼を失することがないように。

 違和感を持っている人は他にもいるようだ。


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