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2020年8月16日 (日)

この割れ切った世界の片隅で <ふつうはふつうではない>

「この投稿をシェアされたい!!」と成毛眞がおっしゃるのでシェア。

以下↓は、山邊鈴氏のnoteへの投稿からの引用。

山邊鈴氏は

「人はその周りの五人の平均値だ」という言葉がある通り、社会的ステータスの近い人々は集まりやすく、自分の見えている物が世界の「ふつう」であると錯覚してしまいます。しかし、自分の見ている世界は社会のほんの一部にしかすぎません。校外で活動するにあたり世の中の「ふつう」の感覚があることを強みにしてきた私ですが、その「ふつう」の感覚はその人の生育環境にあまりにも依ってしまうこと、また、自分自身の「ふつう」の感覚に頼り過ぎている自分の存在にも気が付きました。そこで今回は、私にとっての「ふつう」について書きたいと思います。あなたのふつうも、教えてください。

とおっしゃるので、考察してみた。

◯ 「ふつう」は居心地が良い

 「ふつう」な場は相対的に居心地が良いが、「ふつう」ではない場は居心地が悪い。
例えば貧乏でも周りが貧乏ならそれはそれで居心地が良い。 しかし、貧乏人がいきなり金持ちの間に入ると居心地が悪くなる。

 「ふつう」ではない居心地が悪い場を経験することは重要だと思う。 居心地が良い場に居て「ふつう」と思っている人は成長しないからだ。ここが「ふつう」ではないと思うことで、人は成長することができるのだと思う。

 昔は「自分の世界」は物理的に移動できる範囲とほぼ同じだった。 いまでも多くの子供の世界は物理的に移動できる範囲だ。 若者にとって「ふつう」は退屈だから、「ふつう」ではない世界を求める。 「ふつう」な世界から外にでるには、旅立つしかないので、若者は故郷を後にするのだろう。

◯ 多くの世界に属すると「ふつう」ではなくなる

 大人になると、複数の世界に属するのでそれぞれの世界での「ふつう」がある。 
例えば、職場、地域、趣味のサークル、同窓会などだ。しかも、今時はネットの仮想空間も「自分の世界」になってきた。
多くの世界に属している人は「周りの5人の平均値」から離れてきて、周りの「ふつう」が「ふつう」でなくなってくる。

 ところが、大人は「ふつう」でない世界は居心地が悪いので、居心地の良い「ふつう」の世界に引きこもり、「ふつう」ではない世界を見なくなる。

経験では

 経験では、就職して家と職場の往復だけになると、世界が狭くなり「周りの5人の平均値」になってくる。ところが同じ職場ではない人と交流すると職場の「ふつう」が「ふつう」ではなくなってくる。

 そして、この気づきが自分自身の成長や、職場が改革のきっかけになる。

オジサンも「ふつう」な世界から旅に出よう

 「ふつう」な世界から外に出るのは、旅立つ若者だけではない。おじさんも「ふつう」な世界から旅に出てみよう。

 と、考えて、思った。

 若いうちに気付いた山邊鈴氏は、世界を変えようと思っているようだ。

 年寄りからすると、無限の可能性だ。 ウラヤマシイ。
 年寄でも応援くらいはできる。


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