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2020年12月

2020年12月20日 (日)

プログラミングが嫌いになる子が出てきた

Fasebookにこんな↓投稿があった。

 

小学校プログラミング教育に関する概要資料 文部科学省
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/05/21/1416331_001.pdf

によると、小学校で必修化されたプログラミング教育は大まかにいうと

  • 「プログラミング的思考」を育む

  • ・プログラムの働きやよさ、情報社会がコンピュータをはじめとする情報技術によって支えられていることなどに気付く
    ・身近な問題の解決に主体的に取り組む態度やコンピュータ等を上手に活用してよりよい社会を築いていこうとする態度などを育む
  • ③各教科等の内容を指導する中で実施する場合には、教科等での学びをより確実なものとする

で、キーワード「プログラミング的思考」

自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力

と定義している。

具体的には、

  • 分解
    大きな動きを解決可能な小さな動きに分けること。
  • 抽象化
    目的に応じて適切な側面・性質だけを取り出し、他の部分を捨てること。
  • 一般化
    ものごとの類似性や関係性を見出すこと。さらにそれを別の場合でも利用できる内容にすること。
  • 組合せ
    目的に合わせて試行錯誤しながら、明確でより良い手順を創造すること。

だ。

 プログラミング教育でよく使用されるプログラミング言語、ViscuitやScratchなどを使用したコーディング技能は、「組合せ」の一部だから、「プログラミング教育」は「プログラム言語を使用したコーディング技能の習得」ではない。 ところが、多くの大人は、「プログラミング教育」=「プログラム言語を使用したコーディング技能の習得」と勘違いしているようだ。 システム開発に例えるなら、上流工程ではなく下流工程にフォーカスしてしまう。

 「プログラミング言語を使用したコーディング技能の習得」(ViscuitやScratchなどの使い方)は技能の習得なので、例えば、逆上がりの習得や、九九の暗唱のようなものだ。特に練習しなくても習得できる子もいるし、練習してもなかなか習得できない子もいる。当然、嫌いな子もいるし、好きな子もいる。

 「プログラム言語を使用したコーディング技能」を習得している大人は、教えればどの子供もも習得できると勘違いしているのではないだろうか?前職でレベルが違う大人30人を相手にICT関係の講師をやっていたときには「受講者のレベルがそろってないと大変だよね」「もっとサポート要員が必要だよね」などと愚痴を言っていた。

 小学生を相手に「プログラム言語を使用したコーディング技能」の授業は、経験も能力もモチベーションも違う30人超の授業を1人でやらなければならない。 教えられる側にしてみれば、解決すべき課題も要件定義も機能定義もできていないシステムのコーディングをやれと言われているようなものだから、嫌いになるのもうなずける。

小学校のプログラミング教育は教師では無理だからIT業界から講師を招くべきだという意見を目にすることがある。 しかし、下流工程が得意で上級工程が苦手な講師に任せたら、かえって、プログラミングが嫌いな子供が増えるのではないだろうか。


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2020年12月14日 (月)

フリック入力 <今後タイピングは必要か?>

最近の大学生はレポートをスマホで書く? おじさんライターが聞いてみた TIME&SPACE (2018/12/14)

 若者のフリック入力の速さはハンパない速さだ。オジサンが本気でキーボード入力しても負けるかもしれない。

 最近、子供たちにキーボードのタイピングを教えることがあるのだけれど、正直タイピングはいつまで必要なのかわからない。10年後キーボードを使う必要が無ければ、小学校でタイピストを育成するような授業は必要ない。

 中学生になるとタイピング技能の差が顕著になるけれど、フリック入力できれば技能の差は小さいだろう。そして、近い将来キーボードで入力しなくてよいなら、今から無理にキーボードを使う必要はない。

 現在は、仕事でパソコンを使おうとすると、タイピング技能は必要だ。データ入力などの他人が書いた文章をコンピュータに入力する仕事では、高度なタイピング技能が必要だ。 しかし、多くの職業では自分が考えたことを文章にすることを求められる。 ゆっくり話すくらいの速度でタイピングできるようになると、思考を中断せずに文章を入力できる。そうなれば、ICT機器が思考の道具になる。

つまり、
データを入力する職業に就かないなら、思考を中断しないで入力できる技能を身に付ければよい。

ところで、
転職した会社ではグループウェアが無ければ仕事ができない。ところが、UIはパソコンを使用する人を前提に設計されているようだ。出先で使うことが多くスマホで使おうとすると使いにくい。スマホで使うことを前提に設計してあれば、パソコンを使わなくても完結するのにと思う。

この先、
世の中のシステムがスマホで使うことを前提に設計されるようになれば、多くの仕事はスマホで完結するのではないだろうか。そうすれば、必然的にタイピング技能の重要性は低下する。

そう考えると、
今後は、少なくともタイピストを育成するような方法で訓練しなくてもよいのではないだろうか。

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 フリック入力できる入力デバイスがあれば解決するだろう。良いことを思い付いたと思ったら、既にあった。


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2020年12月 1日 (火)

GIGAスクール構想とデジタル庁

GIGAスクール構想で配付されたiPad、カメラが使えないようになっている…等、各地で端末に制限がかかる (2020/11/16)

 GIGAスクール構想で児童・生徒に1人1台タブレットが支給される。この計画がコロナの影響で前倒しされたので、今年度中に整備されるらしく、自治体によっては整備が始まっているところがあるようだ。ところが、iPadのカメラが制限されていたり、インターネット接続回線が貧弱で多数接続できないとか、問題が出ているようだ。

 このような記事にネット民は反応するわけだが...足りない観点は、どのような授業をやるのかということ。そして、誰のために整備するのかということ。

ところで、

デジタル庁を作ると息巻いているけど、担当大臣が政治資金収支報告書をオンライン提出してなかったらしい。

 政治資金収支報告書をオンライン提出 20億円投入も利用は1% NHK (2020/11/28)

大臣は会見で

そのうえで「国が、すべてのシステムのデジタル化を進めていくなかで、使われていないということは、大きな問題だ。使われないデジタル化は、やっても意味がないので、抜本的な見直しが必要だ」と述べました。

とおっしゃったらしい。このコメントも、誰のためにデジタル化するかという観点が抜けている。

 このシステムの使用者は政治家だ。だから、政治家が使わないならデジタル化しても意味がないという主張は一見妥当かもしれない。しかしである、国民のためにデジタル化すると考えれば、政治家の手間がかかってもデジタル化すべきだ。

 いうまでもなく、デジタル庁は政治家のために作るものではない。デジタル庁を作ったら、国民がそれを使えるようにしなければならないのは、冒頭の、GIGAスクール構想の端末と同じだ。

 iPadのカメラを制限したことを批判している人は、まさか、カメラを制限しなければすべてが解決すると思っているわけではないだろう。カメラを制限を解いたら、カメラを使って授業する人の技能はだれが向上させるのかという大きな問題がある。

 これこそ、デジタル庁の役割だろう。決して箱物と法律を整備するするだけが目的ではない。


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