書籍・雑誌

2022年4月30日 (土)

ワークスタイル変革 <使う人が作るしかない>

ワークスタイル変革実践講座 変われる会社の条件 変われない会社の弱点
編:森戸 裕一,JASISA インプレスR&D

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サイボウズ、日本マイクロソフト、セールスフォース・ドットコム、ソフトバンク、グーグル、シスコシステムズ各社のエバンジェリストへのインタビュー集。
2015年10月から2016年1月にかけてインタビューされたものだから、もう6年以上前の話だ。
また全然追いついていない会社もあるのではないだろうか。

◯ 転機は2011年の東日本大震災

マイクロソフトの西脇資哲氏、ソフトバンクの中山五輪男氏、シスコシステムズの八子知礼氏は、2011年の東日本大震災がワークスタイルの転機だったとおっしゃる。

いずれもITのトップランナー企業だから、2011年より前に変革は始まっていて、東日本大震災をきっかけに完全に変わったのだろう。

この度のコロナ禍への対応を見ても、それまでにワークスタイルを変えようとしていた企業は変われたようだが、未だに変われない企業もあるようだ。

周回遅れどころか、トップランナーがゴールしたときにまだスタートラインに立っていないようなものだ。

◯ 偶然だけど
情報システムをクラウド移して、コミュニケーションをビデオ会議とチャットにした職場と、情報システムをインターネットから切り離して、コミュニケーションは会議室での会議と紙の職場を知っている。

情報が共有できて意思決定が速いの断然前者だ。
対面でのコミュニケーションの方がより多くの情報を共有できそうな気がするが、四六時中顔を合わせていないと情報は共有できない。しかも、意思決定は遅い。

意思決定の速度を比べると感覚的だが3~4倍違うような気がする。

◯ グーグル 佐藤芳樹氏は

Google Appsはもともと我々の社内システムなのです。それを他社にも使ってもらえるよう公開したのがクラウドのサービスなので、それを使う人たちは当然その人たち独自のワークスタイルを作っていくべきなのです。グーグルから「こうした働き方をしたほうがいいですよ」と提案することは、これまでもこれからもないでしょう。

とおっしゃる。

情報システムをクラウドに移行しても、情報の扱い方が変わっていないこともあるようだ。
昔のやり方を、新しい技術を使ってやっているから、ボトルネックはたいてい人だ。しかも、人が楽になっていない。
コンサルはアドバイしないようだ。契約にないこともあるが、ワークスタイルを押し付けても無駄になる可能性は高い。

ワークスタイルは使う人達が作るしかないのだと思う。


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2022年4月 9日 (土)

ビジネス力養成講義 プログラミング/システム <世界が変えられる>

実況!ビジネス力養成講義 プログラミング/システム 岡嶋裕史 日経BP

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書きたかったのは最後の一節だろうか。

 後ろ向きな撤退戦を戦うのは飽きました。ぼくが生まれた頃はいまより貧しかったですけど、みんなもうちょっと楽しそうでした。誇れる技術があって、自分の技術で社会を変えると本気で思って仕事をしていました。いま、世界は複雑になって、手仕事で世界と関わるのは尻込みします。
 でも心配ありません。ぼくらには新しい、いい武器があります。プログラミングを介して、情報システムを駆使して、世界を変えるような大仕事を始めましょう。

非IT系の人にはこの本くらい、噛み砕いて説明しなければ通じないのだと思う。
でも、噛み砕いた文章をこれだけの分量書く根気が無いなあ。

技術者に向けた本ではないからだろうか、マネジメント層にこそプログラミングの知識が必要ととおっしゃる。
しかし、これまで紙とハンコと気合と根性に頼ってきた古いマネジメント層には難しいだろう。
だから、これから新しい価値を生み出そうとしているマネジメント層を対象としているのではないだろうか。

そのために教育は重要だ、岡嶋裕史氏は教育者だけあって、プログラミング教育についても多くの頁を割いてある。

 私も色々実験してみたのですが、モチベーションがさほどでもない一般的な小学生にScratchを一から教えるとなると、S/T比(教員1人あたり学生数)は7~8にしないとクラス運営が怪しくなります。S/T比7~8なんて、どんなお金持ち私学もやっていません。現場はかなりつらいことになっています。

岡嶋裕史氏は生徒と教師の比を7~8にしないとクラス運営が怪しくなるとおっしゃる。
この感覚は実際に教えた人でないとわからないだろう。
1人で30人の児童・生徒を相手にするのは困難だ。
講義して、ハンズオンをやって、疑問に答えるのは1人ではできない。

悔しいのは、全く理解されなかったときではなくて、もう少しで理解できそうな状態になっている児童・生徒を見守れないことだ。

教育の現場には、全員がプログラマーになるわけではないとおっしゃる先生が少なからずいらっしゃる。
プログラマーでなくてもプログラミングの知識は必要なのだ。
教師がプログラミングの知識を得れたら教育が変えられる。


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2022年3月 8日 (火)

「やめる」という選択 <「やる・やらない」なら「やる」方を選ぶ>

「やめる」という選択 人生の「埋没コスト」 澤 円 日経BP

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澤円氏は、

「やる・やらない」という選択肢があるときは、必ず「やる」ほうの選択肢を選び続けたことは、ひとつの効果的な行動方針としてみなさんにおすすめできます。

とおっしゃる。

1年前誘いを受けて転職した。
そのときに、転職するか結構迷った。そして、迷った結果「現状維持でない方を選ぶ」ことにして、転職することにした。

結果が良かったか悪かったかはまだ分からないが、悪くはないと思う。
もし、よくなかったら、戻るか、違う選択肢を選べば良いだけのことだ。

今考えると、なぜ迷っていたのだろうかと思う。

無意識に続けていることを、考えてみてメリットが無いなら「やめる」。
そうすると「やる、やらない」の選択肢が現れたときに、「やる」方を選びやすくなるようだ。


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2022年2月11日 (金)

手紙屋 <僕の就職活動を変えた十通の手紙>

手紙屋  僕の就職活動を変えた十通の手紙 喜多川泰 ディスカヴァー・トゥエンティワン

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物語の中で手紙屋氏は

天秤の片方の皿の上には、あなたの手に入れたいものを載せます。そして、それと釣り合うものを、釣り合う量だけ、もう片方の皿の上に載せたときに、あなたの欲しいものが手に入るのです。

とおっしゃる。この考え方はわかりやすい。

自分が載せるものは、金銭とは限らない。
知識、技能などの能力や労働力、時間など、欲しいものを持っている交換相手にとって価値があるものだろう。
成績やスキルなど相手がいないものは努力のように定量的でないものになる。すると、天秤が釣り合っているのか、あとどれくらいで釣り合うのか分からなくなる。

物語の中で手紙屋氏は「ピンチ」について、

自分が手に入れたいものに対して、反対の皿に載せているものが違っていたり、足りていなかったりするにもかかわらず、それが手に入ってしまうことが、人生の中では何度かある。それこそが『本当のピンチ』なんです。
そういうことが一度あると、その後も人生においてそれを期待することになるかもしれません。

とおっしゃる。
本当の「ピンチ」は「待ちぼうけ」状態になることだとおっしゃる。

「ピンチ」と「チャンス」について考えてみた。
たしかに、「待ちぼうけ」状態になるのはピンチだ。

明らかに、載せているものが少ない場合は、釣り合っていないのに欲しいものを手に入れたことがわかるだろう。
しかし、少なからず何かを載せている場合には、釣り合って手に入れたのか、釣り合っていないのに手に入れたのかは、分からないと思う。

更に、欲しいものの価値は時代と共に変化する。
普及して供給が増えたり、需要が減ると価値が下がるから、自分が載せるものも少なく釣り合う。

例えば、昔はコンピュータは高価だったし、プログラミング言語を習得しなければ使えなかったから、載せるものはかなり多かった。
ところが今は、コンピュータは安価になり、専門的な知識がなくても使えるようになった。

つまり、自分が載せるものを増やさなくても、欲しいものが手に入ることはよくあることだ。
逆に、自分が載せるものを減らしていないのに、今まで得られていたものが得られなくなることもある。

天秤のたとえ正しい。
自分が何を載せるかは重要だ。一方でどれだけ載せるかは簡単には判断できない。

だから、欲しいものが得られた時に、釣り合っているかどうかより、その後どうするかの方が重要だと思う。

経験では、得たものを、他に欲しいものの天秤に乗せると好循環が生まれるようだ。


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2022年2月10日 (木)

おっさんの掟

おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」 谷口真由美 小学館

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サンデーモーニングのコメンテーターで見かける谷口真由美氏がラグビー協会のゴタゴタに巻き揉まれたお話。

谷口真由美の「オッサン」は

オッサン」に、年齢や見た目は関係ありません。「独善的で上から目線、とにかく偉そうで、間違っても謝ることもせず、人の話を聞かない男性」を指します

らしい。
さらに「令和のおっさん」も定義しておられる。

  • 上司や目上の人間の前では平身低頭。
  • 口癖は「みんながそう言っている」「昔からそうだよ」「それが常識だ」という3つの思考停止ワード
  • とにかく保守的。
  • そのくせ「アレオレ詐欺」の常習犯。

〇おっさんの言動

「おっさん」の言動の原則は「オレの想定範囲で」だ。
だから、話を聞く時には、頭に「自分の想定範囲で」を、最後に「後は知らん!」補って聞くと良い。

「好きなようにやっていいよ」は
「(オレの想定範囲で)好きなようにやっていいよ(後は知らん!)」
だ。
「責任はオレがとる!」は
「(オレの想定範囲で)責任はオレがとる!(後は知らん)」
だったりする。

「オレの想定範囲」は明言されないから、「オレの想定範囲」が忖度できる人は「おっさん」の支援を受けて出世(序列の階段をのぼること)ができる。
「オレの想定範囲」を超えてしまうと「後は知らん」となって、干されたり村から追放される。

「おっさん村」では忖度できない人、忖度したくない人には住み難い。

〇おっさん村とマイノリティ

「おっさん村」でマイノリティは権利を与えられなかったり、いわれなく権利を侵害される。
これが、〇〇ハラスメントだ。
「おっさん」はマイノリティを排除することで「おっさん村」を守っている。

マイノリティを排除するのは世界中のどこの社会にもあることだが、それを認識している人は少なからずいて、自分の中にある矛盾と葛藤しているものだ。
しかし、「おっさん」は葛藤しない。

ハラスメントを指摘された「おっさん」の反応は、「そんなつもりはなかった」だ。
悪気はない、本当にマイノリティの存在を考えたことが無いのだから。

東京五輪のゴタゴタも「おっさん村」の常識で仕切ろうとしたのが原因だろう。
「おっさん」たちが〇〇ハラスメントと取られる発言で退場させられたことは記憶に新しい。

マイノリティは「おっさん」を追放できるようになってきたのかもしれない。

ただし、マイノリティが力を持ったわけではないと思う。
力を持っているのは「モラル警察」と、なんでも批判するマスコミとネット民だ。

一回の失言で一発退場はやりすぎではないかと言う「おっさん」は多い。
「おっさんが」敵視しているのは、「モラル警察」や、なんでも批判するマスコミとネット民だ。
そして「おっさん」にはマイノリティは見えていない。

〇自分はどうか

還暦を過ぎて思う。居心地の悪い「おっさん村」で40年も過ごしてきた。居心地が悪いなりに「おっさん村」から恩恵を受けて、それなりに適応したから、「ひねたおっさん」になっているのではないかと思う。

年寄りというマイノリティに属すようになってきたので、「おっさん村」にいるメリットは少なくなってきた。
心がけて、脱おっさん化しよう。クソジジイ化しないように気を付けよう。


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2021年12月 4日 (土)

「仕事ができる」とはどういうことか?


「仕事ができる」とはどういうことか?  楠木 建 山口 周 株式会社 宝島社

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「仕事ができる」は個別の職場、職種ではなんとなくイメージできるけれど、抽象的に捉えようとするとかなり難しい。

楠 木建氏の言う「仕事ができる」は「スキルがある」とは似て非なるもので、簡単に言えば「成果を出せる」ことらしい。
具体的には「頼りになる」「安心して任せられる」「この人ならなんとかしてくれる」、極論すると「この人じゃないとダメだ」と思わせる人らしい。

「仕事ができる」ためには「スキル」だけでなく「センス」が必要とおっしゃる。しかし、「センスを磨く」という言葉は知っているが、具体的な方法論が明文化できないように「センス」は言語化しにくい。

そこで、センスがある人を多く語ることで、捉えどころのない「センス」を理解しようという内容。
つまり「要するにこういうことだよな」という抽象化が重要だとおっしゃる。

他人や他業種の成功例を自分や自分の仕事にそのまま使えることはない。
だから、この本に登場する、著名な人の手法をそのままパクれない。
そもそも、経営者の問題と現場で働いている読者の問題は違うから、経営者の手法ではなく、考え方を自分の行動に反映できるまで抽象化しなくてはならない。

「〇〇技術」や「〇〇の方法」のようなハウツー本は、抽象化しなくても、自分の行動に反映することができる。
ところが「スキル」をいくら重ねても「センス」にはならない、「センス」は抽象化から得られる。

技能職の場合はどうだろうか?

若い頃は、抽象化ができなかったから、技術書ばかり読んでいた。
技能職の命は「スキル」だから仕事ができるためには「スキル」高めなければならない。
技術書は「スキル」を得るためのものだから、自分の仕事に使える。

「スキル」を高めようとすると具体化、先鋭化してくるから、抽象化が必要な「センス」とは相容れない。
ある程度「スキル」が高くなると、思うように高くならなくなってくる。
いわゆる伸び悩みだ。経験では、そこで一旦、抽象化すると、壁を破ることができる。

プログラムを作ることはできるけれど、特定の言語でしかプログラミンでできないと言う人がいる。
特定のプログラミング言語を扱う「スキル」は高いが、プログラミングの「センス」が無いいから、異なる言語の習得が困難なのだ。

プログラミング言語は流行りすたりがあるから、流行らないプログラミング言語の「スキル」はいくら高くても、市場価値は低い。

そこで、抽象化してプログラミング言語に依存しないプログラミングを理解すると、どのようなプログラミング言語でも比較的簡単に習得できるようになる。

具体化と抽象化を行きつ戻りつしながら「スキル」と「センス」両方を習得することで、仕事ができるようになるのだと思う。


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2021年11月18日 (木)

ぜんぶ、すてれば

ぜんぶ、すてれば 中野善壽、宮本恵理子 ディスカヴァー・トゥエンティワン

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中野善壽氏の生き方は軽やかで、安定を求めていない。
それは見出しに表れている。

  • 未来を語れる仲間だけでいい。
  • こだわりを捨て、相手が求めるものを差し出す。
  • 思い出も捨てる。役立たないから。
  • 人付き合いを捨てる。未来を語れる仲間だけでいい。
  • 世の中に安定はない。常に流れるのが自然の摂理。

重要なのは未来で、あえて現在と過去を評価しないようにしているように見える。

現在を評価しようとすると、現在につながる過去を評価せざるを得ない。

過去は全て事実で変えることができないから、過去に失敗や後悔があると、それに囚われてしまうことがある。
過去に成功や達成感があると、やはりそれに囚われてしまい、未来に目を向けることができない。

過去を志向するか未来を志向するか、それは個人の生き方だから、どちらが良いというものではないだろう。

未来を志向したいのに過去の失敗に囚われていたり、過去を志向したいのに成功や達成感が少なかったりすると、思い通りにならないものだ。そのようなときには、良い過去も悪い過去も、その評価を時間と共に下げると良い。

過去を全て否定する必要はないし、一度に下げなくてもよい。
良い過去の評価を下げることには抵抗があるが、運が良かっただけかもと思えるようになると、悪い過去も運が悪かっただけかもと思えるようになる。

すると軽くなれる。


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2021年7月15日 (木)

なぜデジタル政府は失敗し続けるのか

なぜデジタル政府は失敗し続けるのか
消えた年金からコロナ対策まで
 日経コンピュータ  日経BP

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日経コンピュータの動かないコンピュータお役所版という感じだ。

IT人材という言葉がたくさん出てくる。そしてIT人材の不足が原因として挙げられている。

IT人材不足と言うが、日本の社会はIT人材を消耗品扱いするから当然のことだ。35歳限界説は都市伝説では無い。

役所はIT人材のキャリアパスが無い。ゼネラリスト用のキャリアパスしか用意されていない。さらに、転勤サイクルが短いから専門性を高めることが困難だし、専門性を高めたところで、処遇されない。だから、IT人材は不足する。

平井デジタル大臣は、「デジタル庁に求める人材像は」との問いに対して、

 一言で言うなら、「次の時代をこうつくりたいという熱意と技術、能力を持った人」になると思います

とおっしゃるが、現状ではかなり多い困難が待ち構えているだろう。

熱意と技術、能力を持った人が失望しない組織にするには、熱意と政治力、能力を持ったトップが不可欠だ。平井デジタル大臣がそのような人材であることを願っている。

デジタル庁は省庁・官民の寄り合い世帯だ。今後独立した省庁になるのか寄り合い世帯のまま、省庁間、企業間の代理戦争の場のなるのか注目しておこう。

既に、刺し合いが始まっているのかもしれない。真っ先に刺されたのが大臣とは先が思いやられる。


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2021年7月12日 (月)

The Intelligence Trap

The Intelligence Trap(インテリジェンス・トラップ)
なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか
 デビッド・ロブソン 日経BP

Intelligencetrap

デビッド・ロブソン氏は、

一般的知能や学校教育は、私たちをさまざまな認知的過ちから守ってくれないだけではない。賢い人はある種の愚かな思考に人並み以上に陥りやすいのだ。

とおっしゃる。これを「知性の罠」「インテリジェス・トラップ」と呼んでいる。そして、一般的な知能が高いほど正しい判断ができると思いがちだが、この前提は間違っているという。

一般的な知能はIQテストで数値化できるから、IQの値が賢さを示していると思われている。日本ではIQの代わりに、なんだかわからない偏差値という数値が賢さを示していると思われている。

IQが高い人の方がより妥当な判断ができるとは限らないことは、40年働いてきてわかった。

IQと学歴の相関はかなり高いという前提で考えると。経験的には学歴と仕事ができるかどうかの相関はかなり低い。

判断を伴わない作業ならば、IQが高い方が処理速度や出来栄えが良いから、判断を伴わない作業を行う者が多く必要なら学歴を重視するのは、あながち間違いではないだろう。しかし、判断や意思決定、創造性はIQとの相関は低いから、リーダやマネジャーを学歴で選ぶと、

 意思決定しない、前例踏襲の組織になる可能性が高い。

意外だったのは、日本教育が絶賛されていることだ。

デビッド・ロブソン氏によると、日本の教育はインテリジェンス・トラップが起こりにくい教育方法らしい。

しかし、
日本人が考えている「賢さ」はIQではなく偏差値だからだろうか、同じように「インテリジェンス・トラップ」はある。


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2021年5月 6日 (木)

日本の教育はダメじゃない

日本の教育はダメじゃない ─国際比較データで問いなおす
小松 光(こまつ・ひかる)ジェルミー・ラプリー 筑摩書房

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 何かと批判される日本の教育について、データを見ると識者が言うほど悪くわけではなく、エビデンスベースで議論すべきとおっしゃる。ピザティムズピアックなどのデータを示して客観的に論じてある。

 結論は、日本の子供は学力が低くないし、創造性も低くないという。

 教育は効果が現れるまで時間がかかるから、現在の社会の状況と、現在の教育制度を関連付けて議論するのは無意味だ。 現在の教育制度の評価が明らかになるのは、現在教育を受けた子供たちが未来社会を担うようになってからだ。

 ピザでは「創造的問題解決」のテストも実施していて、参加44カ国日本は3位らしい。しかし、違和感がある。 実感としては「問題解決能力」の高低より、問題を解決しようとしない姿勢に問題を感じる。

 ICT業界にいたときに感じたことは、最近の若い人たちは能力がありながら、その能力を身近な問題解決に使わず、誰かが問題を解決した手法を真似ようとする。後に、小学生にプログラミングを教えたときに感じたことは、先生が答えを言うのを待っている子が多いということだ。 中には、違う問題の答えを考えたり、アートに没頭したり、違う楽しさを発見して、先生の答えを待たない「創造性」を発揮する子が少数だけどいる。

 仕事を始めた若い人たちが、自分の能力を問題解決に使わないのは、教育の結果なのか、日本人の習性なのかはわからない。しかし、少なくとも小学生ですでに「創造性」より、先生が言う正解を待っている子は多い。

 考えてみると、それは、大人の要請ではないかと思う.大人や大人の社会が「創造性」より「正解」を求めているのだ。

 この本では、「キャッチアップ精神」と表現されている。明治以来の、欧米の成功例をなぞる姿勢だ。

キャッチアップ精神が生き続けているから、日本人はアメリカ人・イギリス人と比較して、能動性・自立性が欠けている(アクティブでない)と感じられるのです。そして、その欠落を埋めるために教育を変えれば、日本の子どもたちは創造的になり、最終的に日本の経済や社会が良くなると信じられるわけです。

とおっしゃる。

 冒頭に述べたが教育において成果が現れるには時間がかかる。 だから、欧米に成功例を発見したら、それは何十年か前の教育制度の成果だ。 今時、何十年か前に欧米で流行った教育制度で、未来を生きることどもたちを教育するのは無理があるよなあ。


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