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2018年12月12日 (水)

「トヨタが明日つぶれるかもしれない」 <末端まで危機感をもっているのか>

トヨタが明日つぶれるかもしれない」 Yoshi品質研究所  第1726回

 15年前にトヨタの担当に言われた言葉らしい。 「御冗談でしょう ^^)」という感じだ。

ところが、最近では東芝、シャープ、三菱自動車、ちょっと前ならJALや船場吉兆など、悪い冗談ではなくなった。

 この記事の最後に書いてある、「一人一人が危機感を持つ」は言うのは簡単だが、かなり難しいと思う。 組織ができて間もないときは危機感を維持しやすいが、安定すると危機感が無くなる。 組織とはそのような性格を持っているから、危機感を維持し続けるのは難しい。

 誰か一人が組織に致命的なダメージを与えるケースもあるが、むしろ、問題なのは皆が少しづつダメージを与え、気が付くと取り返しのつかない状態になるケースだろう。

 トヨタのような製造業なら品質は重要で、サービス業で重要なのは顧客の信頼だ。 自分一人くらいいいだろうと考える者が増えると、顧客の信頼を失わないまでも、信頼を低下させてしまう。 そして信頼の低下が積もり積もったところに環境の変化があると、問題が顕在化して最悪組織が無くなってしまう。

 問題が顕在化したときに経営者や問題を顕在化させた者が責められることは多い。 しかし、皆同じ穴の貉ではないだろうか。

 信頼を低下させる行為や不正を許すことが常態化して、それを改善しようとしないのは大なり小なりどこの職場にもあるものだ。 それを組織風土が悪いと言ってしまうのは簡単だが、組織風土を作っているのは経営者だけではなく、全員だ。

 問題が顕在化したときに被害者ぶるのは簡単だ。 しかし、

  「 一人一人が危機感をもって小さな問題をつぶしてゆくこと」

こそが重要なのだろう。

 トヨタは大企業になっても、創業時や経営危機の時のことを忘れないように、次の世代や取引会社に伝える風土があるのだろう。


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2018年12月10日 (月)

得意分野は隙間 <隙間だけではないけどね>

 とある飲み会の席で「あなたの得意分野は?」と尋ねられたので「隙間です」と答えた。

 ICT関係の技術部門での経歴が長いので、技術の分野を尋ねられたのだ。  尋ねた人は「またまた、ご謙遜でしょう」と言われるのだが、謙遜ではない。

 移り気+凝り性+ひねくれ者だから、だれも取り組んでいない技術に反応して、人より早く勉強を始めていた。

技術にも流行りがあって、
流行り始めると情報が爆発的に増える。 インターネットが無かった頃は専門書で情報を得ていた。 流行る前は大きな本屋でも3冊くらいしか無かった書籍が、流行り始めるとあっという間に棚一杯になったりする。そうすると勉強は簡単になる。

 勉強している人が多い分野は、勉強しやすいが勉強している人が多い分競争が激しいので、優位性を保とうとするとかなり勉強しなければならない。 一生懸命勉強しても、地頭が良い奴や要領が良い奴には負けてしまう。

 このようなときに、負けないように頑張るのも1つの手段だが、隙間を見つけて勉強する方が断然効率が良い。

 流行りの技術には人がたくさん集まっているので、流行りと流行りの間に隙間があるものだ。 隙間は勉強している人が少ないので、ちょっと勉強すると、隙間分野で第一人者になれる。

第一人者になれば仕事が来るようになる。
第一人者と言っても相対的に知識が多いだけだが、仕事や情報が集まって来る。 そうなればしめたもので、仕事をしながら勉強できるようになる。

 勉強を始めようとすると自腹を切ったり、自分の時間を削って勉強しなければならない。 しかし、オイシイ隙間を見つけると仕事をしながら、他人の金で勉強ができるのである。 こんなオイシイことはないだろう。

 しばらくすると、オイシさに釣られて隙間に人が集まって来る。
そのときには、先に勉強を始めたアドバンテージがあるので、自分と同程度のレベルの人達は追いつけない。 とこが、地頭が良い奴や要領が良い奴が参入してくると、優位性は長くは続かない。

 優位性を保とうとするならば、後から参入してきた奴と同じスピードで学び続ける必要がある。 とこが、ある程度レベルが上がると成長の速度が鈍って、そして優位性は無くなる。

 隙間でオイシイ思いをしてるところに誰かが参入してきたら、その隙間はあっさり捨ててあたらしい隙間を見つけ方が良い。

ニーズがある隙間のほうが良い。
とこが、隙間を見付けても将来その隙間のニーズが増えるかどうかはわからない。 それが分かるくらいなら参入してくる人は多いから、そもそも隙間にならない。

 一つの隙間に賭けるのはリスクが大きいので、たくさんの隙間を見つけて、取り掛かる。
そして、少し勉強すると様子が分かるので、目がありそうな隙間に集中する。

 まあ、そんなに上手くいかないのだけれど・・・

これまでの経験を振り返ってみると、
隙間かどうか、将来ニーズがあるかどうかは考えていなかった。 (^^ゞ
隙間を選ぶ基準は、オモシロイかどうかだ。 オモシロくない勉強は続かない。

 たまたま興味を持った技術が隙間でしかもニーズがあったのは、単に運が良かっただけなのかもしれない。 (^^;

ふと考えた
 隙間が見える人や隙間に取り組める人は、隙間だけ得意というわけではなく、隙間の両側も得意か、そこそこできるようだ。 広い知見をもっているからこそオモシロイと感じるし、学習速度が速いのかもしれない。

 そして、問題を解決するときに、隙間だけの狭い能力だけではなく総合力を持っているから、誰も解決できない問題が解決できるのだと思う。

 オモシロイと感じる分野を複数見付けたら、やってる人が少ない方に注力した方が良い。


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2018年12月 8日 (土)

ぶっ潰す <タコツボか迷走か>

 飲んでいたときに、近くのテーブルから「あいつは分かってないんだよ!」とか「ぶっ潰してやる!」とか「黙らせてやる!」とか物騒な台詞が聞こえてきた。

 某体育会系団体ではあるまいしと思いながら耳ダンボにしていると、どうも同じ職場で違う業務をしている人の事を言っているらしい。

 酔っ払うと普段抑えていることが口を突いて出てくるものだ。余程根に持っているのだろうか? 妙に引っ掛かってしまった。

 翌日、シラフになっても「ぶっ潰す」が頭から離れない。
 翌翌日になっても引っ掛かったままなので考えてみた。

 「ぶっ潰す」と言っている人はかなりの負のエネルギーを溜めている。0:100(白黒付ける)の決着を望んでいる 。「ちょっと懲らしめてやる」ではない。 相手が100%悪いと思っているようだからWin-Winの関係になれそうにないようだ。

 なぜ、「一言文句を言ってやる」ではなく「ぶっ潰す」なのだろうか?
同じ組織にいても利害が相反する部署や個人はいるものだ。 しかし、現在の関係がWin-Winとまでいかなくても多少でも益があるなら「ぶっ潰す」必要はなくて、「一言言って」分からせるだけで良いと思おう。 それだけにかなり大きい負のエネルギーを感じた。

 盗人にも三分の理というように、世の中はどちらか一方が100%正義でもう一方が100%悪ということはまず無い。 と考えると。「ぶっ潰す」と言う言葉は出てこないだろう。

 考えられるのは

  • 仕事の目的が違うか、共有していない。
  • 自分の業務の目的が、職場の目的だと思っている
  • 利害を調整する人や部署がない
  • 互いに関係修復方法を知らない

古い組織なら、一番簡単な関係修復方法は飲み会だ。今時ならFaceToFaceの対話だろう。 おそらく、シラフで会ったときに対話できる雰囲気でもなく、対話をコーディネートする人もいないということだろうか。

 職場の目的、仕事の目的が同じなら、利害関係があっても、小異を捨てて大同に付くことはできるだろう。 とこが、職場の目的や仕事の目的が無かったり、明確でない場合は、目標が目的になってしまう。 目標は業務ごとに違ことが多いから、目標が目的になったら、他の業務をしている人達とは相容れない関係になるだろう。

 目的を明らかにするのは、リーダーの仕事だ。 古い組織では管理職の仕事とされていた。
リーダーは、ビジョンを示して、目的を末端まで浸透させようとする。
管理職は、与えられた目的を、部下に浸透させようとする。
大きな違いは、管理職は自分たちの目的は何かという問いかけをしない。
なぜならば、目的はリーダーや上位の管理職から与えられるから。

 若いときは視野が狭いから 目標と目的を混同してしまいがちだが、管理職は少なくとも目標と目的の違いは理解していることを前提に、目標の違いのよる利害の調整が求められる。

 組織の目的は環境の影響を受ける。
環境の変化が、緩やかなときは、目的も目標も変わらない。
環境の変化が激しいときには、環境に合わせて目標は変えなくてはならない。

 ともすれば、目的まで変えなくてはならないこともあるだろう。
そのような事態になったときに、組織全体が新しい目的を共有できていれば良いのだが、
古い目的を引きずっている人や部署があると利害関係は調整できない。

 そして「ぶっ潰す」になってしまうのだろう。

 「ぶっ潰す」発言が聞こえたら

  • セクショナリズムが蔓延ったタコツボ組織になってる
  • ビジョンが無く組織の目的が分からない迷走組織になっている

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2018年12月 6日 (木)

「理想的設計」の陰

田坂広志 「風の便り」 第156便は「理想的設計」の陰

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 田坂広志 「風の便り」 四季  第156便
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 「理想的設計」の陰


 1960年4月21日、ブラジルにおいて、
 都市設計の最先端技術を用いた首都、
 ブラジリアが生まれました。

 それから10年後、
 ある雑誌に載せられた写真が
 印象に残っています。

 それは、理想的に設計された都市に、
 理想的に配置された道路があるにもかかわらず、
 それを無視して、ビルからビルへの近道を求め、
 多くの人々が歩くことによって作られた
 「けもの道」のような小道の空撮写真でした。

 なぜか心に残っている、この一枚の写真。

 その意味が、
 マネジメントの道を歩むようになって
 分かりました。

 なぜなら、
 このブラジリアの「陰の道」の現象は、
 マネジメントの世界においても、
 しばしば、目にするからです。

 理想的に設計された組織。
 理想的に配置されたマネジャー。

 その組織やマネジャーに対して、
 人々は、常に、
 現実を動かすために最も有効な
 「陰の組織」や「陰のマネジャー」を
 生み出していくからです。

 そして、そのことに気がついたとき、我々は、
 マネジメントに携わる者が理解すべき、
 一つの心得を学びます。

  「理想」を描き、実現するためには、
  「現実」の陰の動きを見つめなければならない。

 そのことを学ぶのです。


 2005年2月24日
 田坂広志

↓こんな感じ? ブラジリアの"けもの道"(Google map  15°47'31.4"S 47°52'03.9"W)

 陰の××はどこの組織にもある。 陰は制御できない。
人はいつも、論理的に考えるわけではないし、合理的に行動するわけではない。
理想が光ならば反対側に陰ができるのだろう。

 う~ん。これは難しい。


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2018年12月 4日 (火)

〝誰も管理職になりたくない〟時代だからこそみんなでつなぐリーダーシップ

〝誰も管理職になりたくない〟時代だからこそみんなでつなぐリーダーシップ 高橋克徳 実業之日本社

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 高橋克徳氏が東洋経済に書かれた記事は年寄り向けだったのかイマイチぴんとこなかったので著書を読んでみた。

 「組織論」「リーダーシップ論」としては、よく纏まっている。 管理職、マネジャー、リーダーの役割が曖昧な気もするが、きちんと分離しない日本的組織が前提ということであろうか?

 高橋克徳氏曰く、年寄りは、最近の若者が出世したくないと言うことが理解できないと。

 若手世代が突きつけているのは、本当に企業のために、上司のために働けば、わたしたちは幸せになれるんですかという問いです

とおっしゃる。
そして

「管理職になりたくない」=「人の上に立ちたくない、責任を負いたくない」という心理は、実は多くの日本人の中にすでに広がっている感情なのではないでしょうか。

とおっしゃる。

 管理職やリーダーを目指すと誰でも幸せになれるわけではないことは、若者だけでなく年寄りも知っている。

 年寄りは知らないフリをしているのだが、「分からないことは何でも聞きなさい」と言われて育った若者は年寄りに問いかける。「本当に幸せになれるのですか?」と。

 ところが、年寄りは本当のことが言えない。 管理者をやっている多くの年寄りが持っている「幸せになる方法」は自ら考えたものではなく与えられたものだから。 そして、その「幸せになる方法」は揺らいでいるから。

 こんな年寄りにとって、管理職になりたくないという若年層への対応は大きな問題だ。

 高橋克徳氏の主張は、「若年層の意識を変えるのではなく、組織を創り直すべき」だ。 20代、30代の若年層、管理職、経営層それぞれにリーダーシップが必要で、それぞれが対話して連携しながらリーダーシップを発揮する組織にすべきとおっしゃる。

 新たに、組織を創る場合は、管理職の定義やリーダーシップの考え方を定義することは簡単だ。 また、小さい組織の場合は、旧来の強力なリーダーシップを利用して定義し直すこともできよう。

 組織の将来を真面目に考えたことがある管理職なら、高橋克徳氏の提唱するリーダーシップや組織のあり方は考え方としては分かる。 しかし、小手先の改善では現状を打開できないこともよく知っている。 

 問題は実現方法だ。

大きい組織や、古い組織は

経営層が変わっても、組織全体の考え方を変えるのは難しい。
管理職が単独で組織を変えることも困難だ。
若年層は岩のように変わることを拒む(ように見える)組織を変えるという発想すら浮かばない。

 だから、全員が自分に応じたリーダーシップを発揮すれば組織は変わるという考え方は理解できる。 しかし、方法論の無い原理は絵に描いた餅だ。

 高橋克徳氏がいう、3つのリーダーシップが後天的に獲得できるならば、管理職に対して教育やトレーニングすればよい。

 ところが、大きな組織は往々にして官僚型だ。 官僚型の組織はリーダーシップ獲得の教育やトレーニングをやらない。 官僚型の組織では管理職に管理能力しか求めていないからだ。 当然、リーダーシップを持った管理職は希少だ。

 このような状況で、全員がリーダーシップを発揮できるようにするには、自分は何をすべきかと考えると、途方に暮れてしまう。 そして、政治を変えたいならまず選挙に行くような結論に至る。

 この本のような立派な「組織論」「リーダーシップ論」を読み終わったときに、心躍らない理由は歳を取ったことだけではないと思う。

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 それでも、自分ができることをやるしかない。



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2018年12月 2日 (日)

無線と實驗 501回路集

【復刻版】無線と實驗 501回路集

501

 1960年に刊行された無線と實驗 501回路集の復刻版。 紙質が良くなっているような気がする。

 1960年は生まれる前だから覚えていない。 物心ついたころ家にあったラジオはナス管だった。 もちろんテレビも真空管だった。

 この本に収録されている回路は真空管の回路が多い。
SONYが初めてトランジスタラジオを発売したのが1955年だから、1960年頃にはトランジスタラジオが販売され始めていたのだろう。 しかし、アンプはまだ真空管が主流だったようだ。

 この本や401回路集を初めて見たのは学校の図書館だった。
就職したころにはまだ書店で売っていたような気がするが、真空管の回路が多かったので買わなかったのだと思う。

 最近、空虚な数字ばかり見ているし、読む本はビジネス本が多くなった。 たまには回路図を眺めてほっこりしよう。


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2018年11月30日 (金)

ずれた反論 <わざとずらすヤツは厄介だ>

NHK高校講座 ロンリのちから(19) ずれた反論
スクリプトは→(https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/ronri/archive/resume019.html)

 たまたま休みだったので、何気無しにEテレを見ていたら、ロンリのちからをやっていた。一般社会では、ずれた反論はよくある。 社会に出る前に論理的思考ができるようになっておくのは重要だ。さすがEテレ。

 非論理的な人はずれていることを認識していないし、ずれた反論をするのがカッコイイと勘違いしている人も見かける。

反論がずれるのは↓のような場合だろう。

  • 感情的になっている
  • 議論するつもりが無い
  • わざとずらしている。

感情的になっている

 自分が咎められたときに、「お前もやっているじゃないか」という反論。
 論理的な正解を求めているわけではなく、咎められたから感情的になって反論しているだけだ。
 感情的になって論点を無視して反論するからずれる。

議論するつもりが無い。

 よくあるのは「お前が言うな」という反論。
議論するつもりはなく相手を叩きたいだけだけだ。
特にネットは多いように気がする。

わざとずらしている。

 会議などでわざとずらす輩が一番厄介だ。
 わざとずらす輩は賢い奴が多い。

###

 なぜ意図的にずらすのか考えてみた。

 わざとずらす輩は議論したくないのだろう。
 会議は、論点を明らかにして議論して正解なり最善策を見付けるのが目的だ。 ところが、正解なり最善策が見付かると、行動しなくてはならないし、それまでの考え方や行動を変えなくてはならないことがある。

 意図的にずらす輩は、賢いが故に結論が早く見えて自分のやるべきことが分かる。 
だけど、それをやりたくないのだろう。

 一般的には、生産性の低い組織には、ずれた議論が多い。 逆に言うと、ずれた議論が多い組織は、正しい議論、合理的な行動ができない組織だ。

 「組織」を「人」に変えても同じ。



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2018年11月28日 (水)

発達障害 <グレーゾーンを認識する>

発達障害 岩波明 文藝春秋

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 「発達障害」という言葉はメディアで多く取り上げられるようになってきた。 

 岩波明氏は、

特に問題だと思うのは、業務におけるパフォーマンスの問題と発達障害を安直に結び付けてしまうことです。もちろん、仕事がうまく進められなかったり、失敗を繰り返したりしてしまう背景には発達障害の特徴が隠れている可能性もあります。しかし、あまりにも拙速かつ無責任に障害を持ち出すことで、働く人それぞれの個性を見極め、能力を活かし、育てるといった社員育成の視点が軽視されてしまうのではないかと危惧されるのです。

とおっしゃる。

 「発達障害」という言葉が一般的になっても、サポートできる人が増えたわけではないし、人事が適材適所になるわけでもない。 もっと困るのは、自分がグレーゾーンだという自覚なく昇任した人がクラッシャー上司(2018/05/10)になることだろう。

 ASDとADHDの人の能力については

 いわゆる「天才」と呼ばれる常人とはかけ離れた能力をもつ人たちは、明確な診断がつくかどうかは別として、発達障害的な特徴を持っていることがかなりの割合で認められる。これは特に自然科学と芸術の分野で顕著であり、ASDの特徴を持つ頻度が高い。
 一方で、ADHDの特性を持つ人は、その過剰な集中力により、デザイナー、イラストレーター、小説家などの専門分野において才能を示すことがしばしばみられる。

らしい。

 芸術や自然科学には関係ない職場でなくても、調査や研究、プログラミングなど高い集中力が活かせる職場はある。 だからグレーゾーンの人でも高い能力を発揮できる可能性はある。 

 しかし、経験則ではグレーゾーンの人が高い能力が発揮できるかどうかは運しだいだと感じる。

 芸術家のように個人で仕事ができる職業ならば人間嫌いのような対人関係構築・維持能力の低さはキャラクタの一部としてとらえられる。 しかし、たいていの職業では対人関係が重要だ。 重要どころか対人関係を構築・維持する能力(対人関係能力)が許容値に入っていなければ、そもそも能力が評価されない。 よく聞く「適材適所」は対人関係能力を持つ者が対象だ。

 対人関係能力に着目して特殊能力が発揮できる条件を考えてみた。

 当然のことだが、対人関係は人と人との間で存在する。 
そして、対人関係を構築・維持できるのは、関係する2人の対人関係能力の総和が閾値を超える必要があるのだと思う。 

↓のように、対人関係能力の総和が閾値を超えると、高い能力が発揮できるようになる。

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↓のように、一方の対人関係能力が低くてももう一方の対人関係能力が高ければ、対人関係は構築できるし持続できる。 

Photo_2

しかし、↓のように、相手の能力が普通以下だったら対人関係を構築することはできないから、高い能力は発揮できない。

Photo_3

 つまり、特殊な能力が高く、対人関係能力が低い者がその能力を発揮できるかどうかは、相手次第、環境次第ということだ。

 特殊な能力が高く、対人関係能力が低い者の戦略は3つ。

  1. 自分の能力を評価してくれる対人関係能力が高い人が現れるのを待つ。
  2. 自らの対人関係能力を向上させる
  3. 自分の能力を評価してくれる対人関係能力が高い人を探す。

1. 自分の能力を評価してくれる対人関係能力が高い人が現れるのを待つ。

 この戦略は対人関係を自分から開始しない受け身だから成功するかしないかは運次第だ。戦略が無いとも言う。 過去の自分を考えるとこの戦略だったような気がする。

2. 自らの対人関係能力を向上させる。

 能動的に対人関係を開始するところが1の戦略とは根本的に違う。

 高い能力を獲得する必要はない。 許容値に入ればよいのでHowTo本を読んでできそうな項目から始めてみるとか、人と会話する機会を増やすなど。 (世間話の難度は高い)

 経験では、部外の人と話す機会を増やすために技術系の展示会に行って世間話の訓練をしたら、名刺交換してもらえるくらいなった。

3. 自分の能力を評価してくれる対人関係能力が高い人を探す。

 この戦略も能動的だ。 能力を評価してくれそうな人を探してマネジメントをお願いする。

 当然、評価してもらうだけの能力があることが前提だ。 マネジメントをお願いできるくらいなら最低限の対人関係能力はクリアしているのかもしれない。

まとめ

 特殊な能力が高く対人関係能力が低い人は 「自らの対人関係能力を向上させる」という戦略がよさそうだ。

 目標とする対人関係能力は高いレベルでなくて良い。 最低限レベルをクリアすれば良いので、決して無理ではないと思う。



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2018年11月26日 (月)

もし部下が発達障害だったら <もし自分がグレーゾーンだったら>

もし部下が発達障害だったら 佐藤恵美 ディスカヴァー・トゥエンティワン

 

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グレーゾーンと管理職

 グレーゾーンでなんとかやってきて、管理職(上司)になった人は参考になると思う。

 グレーゾーンの人がこの本を読むと改めて自分の足りないところと、適応したところ(代償的機能)が分かってくる。 目立った問題が発生いないグレーゾーンの人は今の仕事が向いてるか、周りの人にサポートしてもらっているのではないか。

 管理職になると向いてない仕事もやらなければならないし、サポートも受けにくくなる。 何より部下をサポートしなければならなくなる。

 管理職をやる上で、他人の心情を察することができないことは致命的だ。

 サポートが受けられない状況で向いてない仕事や他人の心情を察する仕事をやらなければならなくなると問題が顕在化する。

クラッシャー上司 (2018/05/10)

 問題が顕在化したときに最も困るのは、グレーゾーンの人がクラッシャー上司化することだろう。 長く仕事をしていると一度や二度見たり聞いたりしたことがあるだろう。 部下を次々と病院送りにする上司だ。

 一種の代償的機能なのかもしれない。自分が傷付かないようにすることが周りを傷付けてしまう。 階層的で縦割りの組織は管理職に権限が集中力しやすいから影響が大きくなりがちだ。

 特にグレーゾーン上司とグレーゾーン部下の組み合わせの場合は双方とも相手の心情を理解しようとしないので、どちらかが健康被害に至る可能性が高い。

 また、グレーゾーンのクラッシャー上司は「合理的配慮」ができない。 自らの保身を図ることはできるけれど。

佐藤恵美氏は

発達障害の特徴を持つ人は、自分自身の特徴について的確に理解することがとても大事です。「自分はこういうことにこだわる傾向がある」とか「聞き取ることが苦手だ」などを知っていることによって、いたずらに自分を責めたり、防衛的な気持ちから周囲に攻撃的・他罰的になったりすることなく、自分が最もうまく働ける方法を工夫したり調整したりする方法を見つけていける出発点になるからです。

とおっしゃる。 これは今までなんとかやってきたグレーゾーンの人にも当てはまる。

 診断を受けなくても、自分にそのような気質があると認識すれば自分を客観視する際にバイアスをかけることができる。 自分を客観的に認識できれば対策ができるようになる。

もう一度、グレーゾーンと管理職

 特に、管理職に求められる能力が欠けているなら、昇任には慎重になった方が良い。 「発達障害」という言葉は広まったが、誰でも無条件にサポートしてくれるわけではない。

 組織は人を正確に判定しているわけではない。特定分野で高い能力を持っている人が、周囲のサポートを受けて成果を上げた場合、サポートを受けた能力までも高いと誤認されることは多い。

 管理職に必要な能力のサポートを受けた人はサポートが無ければ管理職に必要な能力が足りない。 当然のことだが、管理職に必要な能力が足りなければ業務に支障が生じる。

 しかし、自分の能力を客観的に認識していれば、足りない能力を補ってもらうことができる。 補ってもらうのは、上司であったり、同僚であったり、部下であったりだ。

 能力を補ってもらった場合、世の中はギブアンドテイクだから、少なくとも補ってもらった分は得意な分野で貢献しなければならない。

その覚悟が無いなら、管理職にはなるべきではないと思う。



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2018年11月24日 (土)

高専ロボコン2018

 NHKで高専ロボコン関東甲信越地区予選をやっていた。

 今年のお題はペットボトルを投げて8つの台に立てるというもの。ルールブックには、ボトルはフリップ(宙返り)させなくてよいとある。 しかし、フリップにこだわるチームもある。

 高専ロボコンは手動操縦ロボットだったが、今年から自動制御ロボットが導入されたようだ。 

 最近のABUロボコンを見ていると東南アジア諸国との差が気になる。 インターネットは地域格差を解消したから、情報や部品が無いとか、あっても入手できない時代ではなくなっている。 アイディアとそれを形にする能力、創造力で勝負できる時代になったということだ。 それが、ABUロボコンでの日本の低迷の一因なのだろう。

閑話休題

 関東甲信越地区予選は、東京高専Bが優勝、産技高専荒川キャンパスAが準優勝。
全国大会出場はこの2校と推薦で群馬高専Aと長岡高専Bが出場する。

 長岡高専Bのアイディアはトランポリン。 手動ロボットが投げたボトルを自動ロボットがトランポリンで弾いて台の上に立てるというもの。 残念ながら地区大会では立てることができなかったが、わざわざ難しいアプローチで挑むのが高専ロボコンの醍醐味だ。
(長岡高専Bだけでなく長野高専Aもトランポリンだった。)

 技術を職業にすると課題を効率良く確実にクリアすることを求められる。 言い換えると、いかに100点満点に近づけるかというアプローチだ。 一方、自ら課題の難度を上げるのは100点満点を超えようとするアプローチだ。

 わざわざ課題の難度を上げるのは、金を儲けなくて良いという環境が与えられた若者の特権だ。 オヤジ達は「技術の無駄使い」と言うけれど、かなり羨ましかったりする。

 11/18日のサイエンス・ゼロでも高専ロボコンを特集していた。
都城高専Aはトランポリンで一番高い台に立てることに成功していた。 試合には負けたけど優勝したような喜びようだった。

 全国大会は11/25日に生放送するらしいが見れそうにない。12/24日に収録版の放送を見ることにしよう。


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