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2012年7月25日 (水)

理科系の作文技術

理科系の作文技術 中公新書 木下是雄

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 以前、文章の書き方に関する本を片っ端から読んでいたことがある。
(最初に読んだ本には「本を読んでも文章は上手にならないので、自分で文章を書きなさい」と書いてあったのだが)
行きつけの書店にある「文章の書き方」本をすべて読み、次に読む本は今まで読んだ本の巻末の参考文献に挙げられている書籍から読むことにした。そのときに気が付いたことは「理科系の作文技術」はどの書籍にも参考文献として挙げられていることである。

 「文章の書き方」本は数多く出版されており、文法について詳しく書かれた書籍もあるし、小説やエッセイの書き方のように読者に感情を伝える手法について書かれた本もある。

 この本は、
広い意味で理科系の、若い研究者・技術者、学生を対象に、
他人に読んでもらうことを前提として、理科系の人が仕事で書く文書
「理科系の仕事の文書」
の書き方について述べた本である。
この本で読むべきは

6章 はっきり言い切る姿勢
7章 事実と意見

である。

6章 はっきり言い切る姿勢
 明言を避ける心理は日本の文化に根差すものであり、日本の言語習であって日本人的教養の一つである。
しかし、「理科系の仕事の文書」に必要なことは

  •  心理的要素を含まない
  •  政治的考慮とも無縁である
  •  明解を旨とする

である。
 木下是雄先生は、明快な日本語を<日本語ではない>日本語と言い、「理科系の仕事の文書に関する限り、あえて<日本語ではない>日本語、明解な日本語を使うことにしようではないか」と書かれている。

 どのような場面でもやみくもに明解な日本語の使用するのではなく、明言を避ける日本語を日本の文化として尊重したうえで、「理科系の仕事の文書」に限って明解な日本語を使用するべきという主張である。

 <はっきり言い切る>覚悟をせよ、とも書かれている。
まず、普通の日本人であれば自然にぼかし言葉を使ってしまうということを自覚した上で、使わないという覚悟をしなければ、誘惑に負けてついつい、ぼかし言葉を使ってしまうからである。また、知らず知らずのうちに、ぼかし言葉を使ってしまうこともあるから相当の覚悟が必要である。

7章 事実と意見
 事実と意見を分けて書くことの重要性は、多くの「文章の書き方」本が指摘している。
この本は指摘だけでなく、事実と意見の定義から初まって、米国の教科書から引用した例文を示して事実か否かを判断する演習が含まれている。
 例えば

  •  ジョージ・ワシントンは米国で最も偉大な大統領であった。  
  •  私たちは、殺人犯人スニードハートが出納係を射つのを目撃した。

は事実かという問いである。
前者が事実ではないことは容易に判るが、後者については事実と判断の区別が明快でなく、判断を含む可能性がある。「目撃した」は事実だが「殺人犯人」は判断の可能性があるからである。

 ぼかし言葉と同様に、日本語は事実か意見かについても明確にしないことが多い。
事実を記述する際には

  •  ぼかし表現を使用しない
  •  できるだけ名詞と動詞で書く
  •  主観に依存した修飾語を混入させない

意見を記述する際には

  •  (私は)...(と考える)を省略しない

と具体的な注意点が書かれている。

経験的には
 「理科系の仕事の文書」を書いた経験から言えば、気を付けているつもりでも、事実に意見が混入することがあり、その判断が曖昧な場合には書いている当人は気づかないことが多い。中には意図的に事実の羅列に意見を混入させる確信犯と思しき輩もいる。

 他人が書いた文書を読んだときに、その内容を理解していない場合には比較的容易に混在に気が付くのだが、内容を理解している場合には混在に気が付かないことが多いので困る。

現場では
 若い人達の前で喋るときには必ずこの本を読むように薦めている。学生時代にこの本を読んだことがあるかを尋ねてみると(皆理工系出身なのだが)読んだことがある人が意外に少ない。
 これまで受けた国語の授業を思い出してみても、6章、7章に書かれていることは教えてもらった記憶がなく、ぼかし言葉を使わない文書の書き方や事実と意見の判定方法の訓練をしていないのだから、いきなり「理科系の仕事の文章」が書けないのは仕方がないことである。
 娘が学校から指定された「論文の書き方」本を読んでみた。かなり売れている本のようだが、「理科系の作文技術」とは違って、その内容は体裁などのHowTo本だった。

 「理科系の作文技術」の初版は1981年であり、現在も書店に新品が並んでいる。
大袈裟かもしれないが日本中の「理科系の仕事の文書」を書く必要がある職場のおじさん達が薦めている結果ではないだろうか。

ところで
 上の写真に何故2冊写っているかというと、(実は職場の机の引き出しにも3冊あるのだが)
若い人の文書を添削することがあり、初めて添削する際には「理科系の作文技術」を読んだことがあるかを尋ねることにしている。読んだことがない人には「読め」というのだが、「読め」と言われてすぐに本屋に行かない人もいるので、この本を渡して「読め」と言うようにしている。「読みました」と言われたら「返さなくてもいいから持ってたら」と言うことにしているので何冊も必要となる。

若いときには
 この本が出版されていなかった頃、書いた文書を上司に添削してもらうと確かに良くなったと感じるときと、「好き嫌いの問題じゃネ、直せというなら直すヨ」と思うときがあった。
当時添削してくれる上司になぜ修正しなければならないかまで説明してくれる人はいなかったからだ。
 恥ずかしいことだが、他人の文書を添削する立場になってから、切羽詰って「文書の書き方」のお勉強を始めたので、文書の書き方についてはハッキリ言って付け焼刃だ。
 しかし、添削する際に「理科系の作文技術」を基準として示すことで、添削される側も諒解しやすいのではないかと思っている。


理科系の作文技術(2) (2013/12/20)

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