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2013年1月17日 (木)

体罰

 子供のころからスポーツ(少年野球、水泳、バレーボール)をやってきたが、幸いにして体罰を受けたことはない。勝利至上ではなかったし、 チームは強くもなかったので指導者もそこまで本気ではなかったように思う。

 学校では、昔のことだから体罰があったが、両親は叩かれるお前が悪いという考え方だった。

 幼い頃から思ったことを後先考えないでものを言う性格なので、普通の子が言わないような、先生の癪に障ることを言ってしまい叩かれることがよくあったが、叩かれることで反省したことはなかった
平手で叩かれることはあっても拳で殴られることはなかった。叩かれる方も心得ていて今日のはちょっと力が入っていたとか今日は遠慮したなと思っていた。

 小学校の高学年から中学校在学中に男の先生には(担任以外の先生も)ほぼ叩かれた記憶がある。(ツッパっていたわけでも不良でもなかったのだけれど) その中で1人だけ叩かれなかった先生のことを40年経った今でも覚えている。
 その先生は強面で一見恐そうなのだが、よほどの信念をお持ちだったのか一度も叩かれた記憶が無い。その頃は何も思わなかったが、子供を育てるようになって気が付いた。

 子供を育てるようになったら体罰はしないと心に決めていた。大人気なく子供相手に腹を立てることもあるだろうけれど。 叩いたところで、相手の気持ちを変えられるわけではなく反省を促すことなどできないことは自分の体験から良く知っている。 言って分からない者に対して更に言う。ここが人か犬畜生かの違いだと思っている。

 体罰に関する桑田真澄氏の意見は正論である。対する体罰肯定派は、部活動はスポーツではなく教育の一部であると言うのでであろう。愛の鞭というやつだ。
 いずれにしても、体罰に依らなければ指導できない指導者・教育者は未熟であるという以前に、指導者・教育者としての資質が無い。
 また、マネージメントにおいて、アメとムチ理論を持ち出す人はマネージメント対象にムチを振るうことを是としているわけだから、根本的に体罰肯定派である。

 自分の子供を育てるときにもこの問題は付いて廻る。幼い子供が言うことを聞かない時に体罰を容認するのかという問題である。
 子供は判断力が備わっていないので、動物と同じだから叩いて教える必要があると主張する人がいるけれど、叩かないで言葉を使ってコミュニケーションができるのが人間である。

 子供が動物と同じだと主張する人は、きっと自分も犬畜生の類なのだろう。

 指導者・教育者・マネジャが、「自分も根本は動物だから叩いて指導する。」と主張するなら筋は通っているが、犬畜生の類に指導・教育・マネジメントされたくない。

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