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2013年7月

2013年7月30日 (火)

評価者講習

 評価者講習なる講習を受けてきた。 
以前、成果主義が話題になったときに評価制度について考えたことがあったので、別の意味で興味があった。
 講習自体は業者に委託したようで、40分の座学の後、ケーススタディとして与えられた情報から評価するという内容である。

 実は、今の評価制度には不備を感じている。今の評価制度は、いわゆる「能力主義、成果主義に基づく評価」で、、導入時には方々でこの評価方法は破たんしていて、評価制度を見直している企業の例も多く紹介されていたのだが導入されてしまったものである。

 現在の評価制度の問題は1つではないが、最も問題なのは客観的評価の実現である。
客観的評価の実現方法としては、

  • 客観的評価は困難として、評価者の主観を補正する手段を講じるか、
  • あくまで客観的評価を目指して、評価者の客観性を高めるか

である。

 「能力主義、成果主義に基づく評価」では、評価者の評価が客観的であることを担保する必要があって、評価制度は多かれ少なかれこの問題を解決するための措置を講じている。例えば、360度評価であったり、クロス評価であったり、顧客へのアンケートであったり、
あるは、見切りをつけて、「能力主義、実績主義に基づく評価」だけの評価を止める。
などだ。

 評価者の客観性を高める具体的方法として、この講習が存在するのだろうけれど、評価者が客観的でない評価した場合に評価者や被評価者が利益を得ることができて(一時的にでも)、それを咎められる可能性が{ない|少ない}のであれば。モラルハザードの発生を止めることはできない。この点を顧慮しなければ、この講習も絵に描いた餅になる可能性は高い。

講師は「能力主義、実績主義に基づく評価」の注意点・問題点としてとして、

  • 寛大化傾向
  • 中心化傾向
  • 逆算化傾向

をあげて、「こんな評価はしていないと思いますけど...」を連発するのだが...

 寛大化傾向、中心化傾向、逆算化傾向の対策は、

  • 評価者の資質に頼るのではなく制度面で考慮すべきだ

と言いたかったのか

  • この制度は評価者の良心と資質にかかっている

と言いたかったのか?

 客観的評価は思うより困難である。評価者と被評価者は上司・部下として同じ業務に従事しているのだから浅からぬ人間関係が存在する。人間関係にとらわれず客観的にに評価するのは極めて大変な作業である。

 評価者の資質に頼った場合、客観的な評価をする評価者に評価された者と、
寛大化傾向、中心化傾向、逆算化傾向があることを良しとしている評価者に評価された者では、評価に著しい差が生じる。

 最終的(退職するとき、臨終のとき)には、この差は{無くなる|逆転する}かもしれないが、それまでの間は、この差に煩わされることになるし、被評価者に、「まじめに評価したから他の評価者に評価された人より評価が低いかもしれない」と言っても受け入れられることはないだろう。

 講師がこの評価制度をどう考えていたかは聞かなかったのだけれど、
講習後に評価者の主観の影響について質問したら「あなたがそう考えていて評価しているなら良いのでは」という玉虫色の回答であった。
不備がある評価制度の講習を請け負ったけれどクライアントの評価制度自体は批判できない。という大人の態度を感じた。(詰まるところ講師も金儲けだからね)

 「評価」は手段であって目的ではないと、何年かぶりに考えた。

2013年7月28日 (日)

大学ロボコン(2)

NHK大学ロボコン2013を見た。横浜国大チームと代表者を取材していた。

 代表者は工学部を希望していなかったが、ロボコンに参加するためにプロジェクトを立ち上げ、ロボットを作成して、ロボコンに参加したそうだ。この経験で「ものづくり」が好きだといえるようになったとインタビューに答えていた。

 彼は、工学を希望せず進学して、今後技術者になる不安を解消するために行動し、社会に出る前に技術者として働く決意ができたわけだ。

 身近では、技術者を希望していないように見える若い人を結構見かけるようになった。
周りに技術者を希望していない人は昔からいたけれど、昔昔、就職して仕事を始めた頃に出会った先輩や同僚の多くは技術者を目指していたように思う。

 ある人に言わせると理系とは高校で微分・積分、三角関数で落ちこぼれなかった者なのだそうだ。あとは偏差値で入れる学部を探すので、理系だからといって技術者(科学者)を目指しているわけではないのだそうだ。

 「分かりやすい説明」(2013/7/7)にも書いたけど、技術者を目指していない人に何かを伝えようとするときに、自分が常識と考えている「技術者として当然でしょう」から説明しなければならないので厄介だ。

 問題は、技術者を目指したことがない者が増えたことではなく、キャリアパスが限られていることなのだけれど。

2013年7月26日 (金)

ドコモショップ中野駅前店

中野駅北口の中野サンプラザのはす向かいにある黒いのっぽのNTTビルの周りにフェンスが立てられて工事をやっていた。
解体作業ではなさそうなので「ドコモショップにでもする気か?」と言っていたら本当にドコモショップになった。
Docomoshop1 Docomoshop2 Docomoshop3

 これまでドコモショップは中野通りに面した、以前銀行だったところで営業していた。

 以前はNTTビル方面への人の流れは税務署に行く人くらいだったが、セントラルパークができてから人の流れが変わり、朝の通勤時間帯には北口改札からセントラルパークまで人波が途切れることなく続いている状態だ。

 この方面の人の流れが増えたのでNTTビルで営業できると判断したのだろうか。

 昔昔PHS(ああ懐かしい)のサービスが始まった頃、たしか中野駅にしかアンテナがなかった。中野体育館方面はNTTビルの陰になって通話できないところが多く、「自分の電波を自分のビルで邪魔してどうする!!」と言っていたのを思い出した。

2013年7月24日 (水)

零戦

零戦 堀越次郎 角川文庫
Photo

 初版は1970カッパブックスで、角川版は1984の発刊だ。ジブリの「風たちぬ」を当て込んで増刷したのだろう(いかにもという帯だ)、いつも立ち寄る書店で苦も無く見つけることができた。

 初版は1970なので、堀越二郎氏は零戦について、技術的意義、社会的意義について整理ができていたのではないか。

 兵器は人を殺すために存在する。事実ゼロ戦は少なからぬ敵兵を殺し、少なからぬ自国兵が死んだ。
 リチャード・ファイマン氏も何かの本に書いていた、核分裂の兵器への利用は間違っていなかった。のだそうだ。

 この本を、戦争に利用された技術者の自叙伝として読むか、戦争に参加した技術者の自叙伝として読むかは読者次第だろう。

 戦争は、軍人、技術者を問わず人の死を考えられなくする。そういうものなのだろう。


 NHKで半藤一利氏と宮崎駿氏の対談を見た。 対談の中でこの本のことが話題になっていた。 この本の違和感は、当時の国(軍部)の方針や自分の責任についての記述に当事者感が無いことである。

 両氏とも堀越二郎氏はこの本で本音を語っておらず、奥歯に物が挟まったようだと言う。
本音を言うつもりは無かったのではないのかとも言う。

 なるほど、そうかもしれない。(2013/8/3)



零式艦上戦闘機 清水政彦 新潮社
Photo_2

 この本の著者は昭和54年生まれ、初版は2009で、客観的に技術的面を研究した本である。零戦について知りたいなら客観的な本の方がよいと思う。
設計した人、操縦した人、戦闘した人など当時を知っている人が書いた「零戦」は客観的でない。

 結論は、
零戦の運用という観点で考えると、パイロットの訓練に必要なコスト、損失時のコストが最も高い。
零戦は熟練パイロットに頼る戦闘機運用を前提に設計された機体であるが、熟練パイロットの育成、損失について考慮されていなかった。ということか。

 同じようなことは普遍的に存在する。
熟練技術者に依存した組織運営をしておきながら熟練技術者を育成せず、外部委託すればよいという人たちがいる。熟練技術者がその組織に不可欠であるにもかかわらず。である。
「熟練技術者」を「イノベーション」に変えても同じことである。

現代人は先人に学んでいるのか

2013年7月22日 (月)

宮崎駿

 宮崎駿氏のインタビュー記事が取りざたされているようだけど、都合のいいところだけ切り取って報道するマスコミを鵜呑みにしないで、インタビュー記事全文を読んでから議論すべきだと思う。
 マスコミやネットの記事で世論が扇動されるのはきわめて危険だ。
全文はスタジオジブリのサイトに「『熱風』2013年7月号特集「憲法改正」(852KB)」のリンクがある。

直リン→http://www.ghibli.jp/docs/0718kenpo.pdf

2013年7月21日 (日)

大学ロボコン

NHKで大学ロボコンをやっていた。今年のお題はここにある。

 ロボコンを見ていて気になるのは。無理やりヒューマンドラマにしようとしているNHKの編集だ。この傾向は高専ロボコンが顕著で、操縦者の根性と努力で勝利を勝ち取ったという結末にしたいらしい。

 これまでのお題は複雑で操縦者のウエイトが大きかったような気がするが、今回のお題はシンプルである。

 ロボコンの趣旨は、課題をクリアするためのロボットのアイディア・製作技術・動作を競うもので、未熟なアイディア・製作技術・動作を根性と努力でカバーするというのはちょっと違うような気がする。

 努力と根性という切り口は技術に興味がない人には分かりやすいと考えているのであろうか、NHKはプロジェクトXや電子立国もそうであったように技術的な内容の番組を根性と努力にすり換えることが多い。

閑話休題
 今年の大学ロボコンの決勝は東京大学と金沢工業大学であった。

 ロボットは人間が操縦する手動ロボットと自律動作する自動ロボットが連携して動作する。両校のロボットの詳細は分からないのだけれど、紹介された情報では手動ロボットのコンセプトに違いがあるようだ。

  • 東大は、操縦者の技量に依らないシステム
  • 金沢工大は、操縦者の熟練が必要なシステム

である。

 ロボコンの趣旨からすると、ロボットが操縦者をアシストして操縦者の技量に依らず一定の動作が行うことができる東大ロボットのコンセプトのほうが麗しい。

 だだ、東大が使用していたレンジセンサは結構高価だ。 どのくらい金銭的な補助があるかが重要なファクタになっているのかもしれない。大学生くらいになると、自分のアイディアを実現するための資金集めもコンテストの一項目ということであろうか。

 金銭的に足りない部分をアイディアで補うのは評価できるけれど、努力と根性で補うのはいかがなものか。将来の技術者として方向が違うような気がする。

 金沢工業大学チームには、ABUロボコン本番で操縦者が上がってしまっても確実に「グリーンプラネット」が達成できるような、操縦者の熟練にたよらないシステムにグレードアップしてABUロボコンに挑戦して欲しいものだ。

2013年7月19日 (金)

ビアガーデンフェスタ

中野セントラルパークで、7/15からビアガーデンフェスタが始まるらしい。
Photo

仕事帰りが楽しみだ。
Beergardenfesta2 Beergardenfesta1

さすがに一番絞りだ  Ub^^)

セントラルパークウエスト最上階でビアガーデンやろうよ > キリンさん

2013年7月17日 (水)

いい会社をつくりましよう

いい会社をつくりましよう 文屋 塚越寛
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かんてんぱぱ」で有名な伊那食品工業の社長塚越寛氏の経営理念を紹介した本。
伊那食品は「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司)で知った。

 伊那食品工業に自動車で通勤している社員は必ず左折で会社の敷地に入るのだそうだ、右折による渋滞で迷惑をかけないようにという気遣いらしい。また、病院やスーパーの駐車場に車を止めるときには、なるべく離れた駐車場に車を止めて建物まで歩くのだそうだ。これも、妊婦や高齢者、障害者のことを気遣ってのことらしい。

 他人を気遣うことが自然にできるようになる会社、人間性が磨かれる会社は素晴らしい。人間性を高める経営があるからだろう。

 売り手、買い手が共に損をしない価格は1点しかないという信念のもと適正価格であれば値切らないらいのだそうだ。

 見積もりで値切って、そこからまた値切るという京都の有名な会社とは対極だ。

 どちらも経営者のビジョンどおりだから、どちらが良いという問題ではない。確実に言えることはどちらの会社も継続的に利益を上げ存続しているということ。その会社で働く人、取引する人が選べばよい。

冒頭に紹介されている、21世紀のあるべき経営者の心得その八に

専門知識は部下より劣ることはあっても、仕事に対する情熱はだれにも負けぬこと。

がある。

 組織の中のそれぞれの立場の人に向けたメッセージだろうか。

2013年7月15日 (月)

分かり易い説明(2)

 「分かりやすい説明」(2013/7/7)で「分かりやすい」を考える前に「分かりにくい」について考えたので、分かりやすいについて考えてみた。

  • 誰が分かるのか
  • 何を分かるのか
  • 分かりやすさと正確性は両立可能か
  • 分かったつもりにさせる説明
  1. 誰が分かるのか
     
     説明する相手や文章を読むであろう読者はあらかじめ想定する必要がある。

     万人に対して分かりやすい説明や分かりやすい文章が極めて難しいのは、万人が共通して持っている常識や概念が無いからである。

      例えば、日本人は災害時においても略奪してはならないという常識を持っているが、海外ではそうでない人たちもいる。日本人の常識が世界の常識ではないので、 世界の人を対象に説明する場合には、説明の内容が日本人の常識に基づくものでないか考え、日本人の常識に基づくものであれば、別に説明する必要がある。

     予め説明する相手や読者を想定し対象を絞ると、想定した対象が共通して持っている常識については説明する必要が無くなり、簡潔な説明ができる。
     
  2. 何を分かるのか

     説明の結果、理解を求める項目を明確にする必要がある。

     説明や文章において理解というゴールを予め明確にすることで、説明者を受ける人や読者の理解が容易になる。

     ゴールの見えない説明を聞くのは辛い。
     説明の全体像とゴールを示さない説明は論理構造をつかみにくく。端から端から詳細に説明されると論理構造が理解できず、全体が理解できなくなる。(論理構造の森で迷子になる)

     特に、口頭でこのような説明をされると、迷子どころかすぐに眠くなる。 >  ^^;)
     
  3. 分かり易さと正確性は両立可能か

     分かり易さと正確性が両立できるのは、
    • 説明を受ける人や読者の知識が説明する人や筆者の知識と同等かそれ以上
    • 説明者を受ける人や読者が理解のための努力を惜しまない
    場合ではないだろうか。

     例えば、小学生に微分・積分を正確に説明しようとすると高校1年までの算数、数学の内容を説明する必要があるが、それを正確に理解するには天才小学生でない限りハードルは極めて高い。
     教師を職業とする者が説明しても誰もが分かるわけではない。

     説明される人や読者の知識と説明する人や筆者の知識がかけ離れている場合には、短時間で分かりやすさと正確性を両立することは極めて困難である。説明を受ける人が理解のための努力をするならば、分かり易く正確な説明が可能であるが、時間が必要である。

     勢い「○○は××だと思いねえ」的な説明をしてしまうけれど、これを目立たないようにすると「分かったような気がする」説明になる。
     
  4. 分かったつもりにさせる説明
     
     専門書に限らず書籍を読んでいると、「分かった!」と思うことがある。しかし、更に思考を深めると、最初の「分かった」は全く分かっていなかったことに気がつく。つまり、最初の「分かった」は錯覚で「分かったつもり」になっているだけである。
     この状態を利用して、説明者を受ける人や読者が本当に分かっていなくても「分かったつもり」にさせると、説明者を受ける人や読者にとって「分かりやすい」と思える説明や文章になる。

     ただし、あくまで「分かったつもり」であるから、相手が真に理解しているわけではない。

     難しくとっつきにくい内容でも「分かったつもり」にして、相手に自習を促し、その後の説明効果を増大させ、結果的に「分かる」まで導くことができる。(上手く行けば) しかし、「分かったつもり」から「分かる」までのケアが必要であり、時間が必要である。

     説明者される人や読者の知識と説明する人や筆者の知識がかけ離れている場合や説明される人や読者が理解のための努力をする用意が無い場合は、分かりやすく、なおかつ正確な説明は諦めて

    • 理解しにくいとしても、正確に説明したり、正確な文章を作成する
    • 正確でなくても、比喩等を使用して「分かったつもり」にさせる

    かの選択が必要になるのではないだろうか。

 「分かりやすい説明」が求められているが観点を変えると、問題は、説明を受ける人や読者が 「素人にも分かるように説明してよ」という態度で、理解のために努力する用意が無い場合にでも、説明する人や筆者には分かりやすい説明や文章が求められることではないだろうか。 

 Interface 2012/12「なぜエンジニアは文章が下手なのか」 にもあるように、真に理解を求める相手に対する説明は「分かったつもり」にさせてはならないのだと思う。


分かりやすい説明(3) (2013/8/9)
分かりやすい説明(2)(2013/7/15)
分かりやすい説明(2013/7/7)

2013年7月13日 (土)

いい酒を飲んだ

今日もいい酒を飲んだ。恩人との酒席だ。

退職された今でも後輩(我々)を心配して頂いて貴重な示唆を頂いている。

帰りの総武線満員電車で、自分は退職後恩人と同じようなことができるのだろうかと考えた。

が、結論が出ないうちに駅に着いたので、ここはポジティブシンキングで、今自分ができることをやるしかないと思うことにした。
(よ)

2013年7月11日 (木)

仕事に幸せを感じる働き方

仕事に幸せを感じる働き方 横山信治 あさ出版
Photo

 この本に書いてある「人の心と行動は変えることができない。変えられるのは自分の心と行動だけ」や「自分の自分に対する評価と他人の自分に対する評価のギャップが職場への不満の正体」は正しいと思う。

 15年前精神的にまいっていたときにこの本を読んで腑に落ちただろうかと思う。説教くさいと感じたのではないかと思う。

15年間で変わったことは

  •  15年分歳をとった
  •  技術書以外の本を読むようになった
  •  病気で入院した
  •  15年前の自分を少し客観的に見られるようになった
      (今の自分は客観的に観られない)

 本に限らず物事の道理は、理解できる"時"が来ないと理解できない。15年過ぎて、この本が読める"時"が来たのであろう。
 もう少し早くその"時"が来ていればと思うが、そう都合良くいかない。

2013年7月 9日 (火)

ロジアナ(4)

 Windowsでsigrokが動かないので、Linuxで動かしてみた。といってもVMWare上のUbuntuだけど。

apt-get install sigrok

でインストールできるパッケージはバージョンが古いので
libsigrok , libsgrokdecode , sigrok-firmware-fx2lafw , pulseview
をソースからコンパイルしてインストールした。

sigrok-cliはエラー無く動作したので、pulseviewを起動してEZ-USB FX2ボードを繋ぐとちゃんとキャプチャできる。
Puleview_saleaelogic
↑9600bpsのシリアルをキャプチャしたところ。カーソルは1キャラクタ(20h)。
1/(1.04ms/10) = 9615.38bps

ちゃんとキャプチャできているようだ。ただし、1回だけ!
Pulsview_error

2回目にキャプチャしようとすると↑だそうだ。

libsigrokをconfigureする際に

./configure --enable-alldrivers=no --enable-fx2lafw --enable-zeroplus-logic-cube

でドライバを fx2lafw と zeroplus-logic-cube だけ有効にすると、続けてキャプチャできるようになった。


 トリガの設定が分かった。
チャネルをクリックするとトリガメニューが表示される。←(トリガかけれないなんてありえないよな)

fx2lafwではエッジトリガはできずレベルトリガしかできないようだ。
Pulsview_trigger1

でも、トリガがかかると落ちてしまう。
Pulsview_trigger_failed

ソースを眺めてみようか。


ロジアナ(2013/06/23)
ロジアナ(2)(2013/06/25)
ロジアナ(3)(2013/07/05)
ロジアナ(4)(2013/07/09)

2013年7月 7日 (日)

分かりやすい説明

 「科学を熱く語って!」や 「学び続ける力」でメリッサ・マーシャル氏や池上彰氏は、科学者、技術者は分かりやすい説明をすべきであると仰るので、「分かりやすい」について考えてみた。

 まず、「分かりやすい」の逆、「分かりにくい」について考えてみた。
「分かりにくい」には次の3つのパターンがある。

  • 説明や文章に使用する単語の意味が分からない。
  • 説明や文章の論理構造が理解できない
  • 文章から論理構造を抽出できない
     
  1. 説明や文章に使用する単語の意味が分からない。

     説明に使用した単語の意味が分からなければ、説明が分からないのはあたりまえである。
     重要なことは、単語の意味だけではなく概念や 暗黙の了解の部分も含めて理解、共有することであり、概念や暗黙の了解の部分を共有していないのであれば、この部分を丁寧に説明しなければならないということである。

     意味が分からない単語の代表は専門用語であろう。メリッサ・マーシャル氏も池上彰氏も指摘している。
     専門用語は一般的でない概念、暗黙の了解を含んでいることに注意が必要だ。
    例えば「DRAM」は、「記憶保持動作が必要な随時読み出し書き込みメモリ」と説明されることが多く、なんとなく分かる気がするが理解できたとは言えない。DRAMという専門用語は、文脈によって異なる概念を含むからである。
     「貿易摩擦」という文脈では「1980年代政府主導で微細技術を完成させ世界を席巻した。」は暗黙の了解事項かもしれいないし、「経営のスピード」という文脈では「DRAMは資本集約型産業であり投資の規模と判断のスピードが重要である。」が暗黙の了解事項である。このように「DRAM」という単語が異なる文脈で登場した場合異なる概念を含んでいる。

     専門用語は、分かり良い言葉に翻訳(日本語に)するだけでは不十分で、文脈に応じた概念も説明しなければ理解はできない。
     
  2. 説明や文章の論理構造が理解できない

     説明に使用した単語が分からないわけではないが説明の論理構造が理解できないことがある。

     例えば、タオ「小鮮を煮る」を原文から理解することは難しい。(昔漢文は習ったけれど)
    加島祥造氏が現代詩風に訳してくれている文は確かに読み易くなってはいて、分かったような気になるけれど、意味するところはやっぱり分からないのである。

    原文
    「治大國、若烹小鮮。」
    書き下し
    「大国を治むるは、小鮮を烹るが若し」
    加島訳
    「大きな国を治めるためには小魚を煮るようにせよ。 よくこういう言われるがね。それは、小魚を煮るのにあちこち突っつけば、形が崩れちまう―――そこを言うんだ。」

    「分かり易い」と「分かる」は別物ではないかと思う。

     
  3. 文章から論理構造を抽出できない

     
    説明が難解で論理的構造が抽出できず、いったい何が言いたいかが分からない説明である。
     これは論外である。
    • 説明する人の理解が足りない場合
    • 説明や文章作成スキルが足りない場合
    などが考えられる。
     理解が足りないのは論外であるが、プレゼンや文章作成は習得できるスキルであるから、経験や学習することにより改善できる。

 典型的な「分かりにくい」は、専門用語を丁寧に説明しようとして、論理構造が崩壊したり論理構造が抽出できなくなる例である。自分の暗黙の了解(常識)は世界の常識と思っている人は、専門用語を過不足なく説明したり、暗黙の了解に頼らない論理構造を組み立てられないことが多く、「分かりにくい」説明や文章になりやすい。

 複数の人が添削した場合にも良く見られる。添削する人は悪気はないのだが添削する度に「分かりにくい」を超えて「難解」になったりする。
 説明する人の常識、説明される人の常識、に添削する人の常識が加わるので複雑さは倍増どころではない。しかも、なぜ修正しなければならないかを説明しないで添削している人は多いような気がする。自分の常識について考えたことが無いのでなんとなく添削しているのだろう。

 「オレにはちっとも分らん」といえば「分かりにくい文章」になってしまうのだけれど、添削する人は、説明する人の常識、説明される人の常識、添削する自分の常識を理解したうえで添削しなければならないのではないだろうか。

 次は、「分かりやすい」について考えてみる


分かりやすい説明(3) (2013/8/9)
分かりやすい説明(2)(2013/7/15)
分かりやすい説明(2013/7/7)

2013年7月 5日 (金)

ロジアナ(3)

sigrokがwindows(Migw/msys)で使えるらしいのでインストールしてみたら結構ハマってしまった。
sigrokのサイトにインストール方法が書いてあるとおりに進め、libsigrokをコンパイルしようとサイトのとおりにやると、configureで glibとlibusb-1.0のバージョンが古いと言われる。

libsigrok configuration summary:
  - Package version (major.minor.micro):
  - Library version (current:revision:age)
  - Prefix: /usr/local
  - Building on: i686-pc-mingw32
  - Building for: i686-pc-mingw32

Detected libraries
:
  - glib-2.0 >= 2.32.0: no
  - libzip >= 0.8: yes (0.10)
  - libusb-1.0 >= 1.0.9: no
  - libftdi >= 0.16: yes (0.19)
  - libudev >= 151: no
  - alsa >= 1.0: no
  - check >= 0.9.4: no

 あれが無い、これが無いと叱られながらglib-2.37.0をインストールすると、libsigrok、libsigrokdecode、sigrok-cliもコンパイルできた。

 ロジアナをCLIで使うのは辛い(使えない)。sigrokにはPulsviewというQtを使ったGUIがある。結局1週間かけて試行錯誤してコンパイルした。
↓こんな感じ
Pulsview

トリガはどうやってかけるの?

 EZ-USB FX2を繋いでサンプリングしようとすると、エラーダイアログが表示される。sigrok-cli.exe をログレベル5(-l 5) で起動すると、F/Wはダウンロードしていることは確認したけれど、libusbでエラーが出てるようだ。


ロジアナ(2013/06/23)
ロジアナ(2)(2013/06/25)
ロジアナ(3)(2013/07/05)
ロジアナ(4)(2013/07/09)

2013年7月 3日 (水)

なぜ社員はやる気をなくしているのか

なぜ社員はやる気をなくしているのか 柴田昌治 日経ビジネス文庫
Photo

テーマは、
組織の中にあって、その組織を進化させたり退化させたりする「価値観」の役割と
「人の内発的な動機はどのようにすれば引き出すことができるか」である。

 「第1章 なぜ社員は主体性をなくしているか」は、柴田昌治氏の指摘のとおりでグウの音も出ない。
 ウチは典型的な官僚的組織だけれど、トップに変革の意識が無いわけではない。むしろ変えようとしているのだが現場は変わらない。むしろ現場には疲弊感・閉塞感が漂っている。
 一を聞いて十を知るような人間ばかりいるわけはない。トップはそれを知ってか知らずか十を語らないので、トップがやろうとしていることの「そのこころ」が分からないのである。

 組織を変えようとするなら、予め周りをインスパイアして改革を進める者を集めておき、権限を得たら速やかに改革を行う。そして、最後に改革を継続できる者に引き継ぐことが必要である。

 このようにして見事に改革を進めた人を1人だけ見たことがある。

 多くのトップは、周りをインスパイアできないから(これは人徳によるところが大きいような気がする)改革を理解し賛同する者が少ない。
 トップになって権限を得ても改革の推進者がいないので強権を発動して変えようとすると、表面的には変わったように見えるが、現場は「やらされ」でお付き合いしているだけだから長年培われた「価値観」は変わることはなく、トップが交代するとあっという間にリセットされる。
当然、改革を引き継ぐ者を後継者に据えることもできず、現場を混乱させ副作用を残しただけで終わってしまう。

###

 「組織の風通しが悪い」のは「情報の共有ができていない」ことが大きな原因だそうだ。

2013年7月 1日 (月)

aitendo FRISK-MP3

 aitendoで買い物aitendoで買い物(2) でaitendoのことをずいぶん悪く書いたが、今回買ったのは高速RAMとして売られていた漢字ROMではなく、これがメインだった。
Aitendofriskmp3

 SDカードを挿してパソコンに繋ぐと、マスストレージ・デバイスとオーディオ・デバイスとして認識される。

 取説はない、使い方は、製品のページにあるだけ。
スイッチの機能は

SW短押し長押し
左側 次の曲 音量増
中央 演奏・停止
右側 前の曲 音量減

 MP3かWAVをSDに書くと再生されるはずだが、音がおかしい。
ボーカルの音量がでていないし歪んでる。対応していない圧縮率でMP3ファイルに変換したかと圧縮率を変えてみたが改善しない。
しばし悩んだあげく原因判明。イヤホンの挿入が中途半端であったというお粗末。

 このMP3プレーヤーはUSBから電源を供給するようになっているので、パソコンなしで使おうとすると別途電源が必要である。
電池を内蔵しないと電車の中で聞けない。

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それにしても、このMP3プレーヤに採用しているMP3Decoder用ICの情報が見つからない。
Aitendofriskmp3u3

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