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2014年10月 8日 (水)

ジブリの教科書7 紅の豚

ジブリの教科書7 紅の豚 スタジオジブリ 文春文庫編集部
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 「宮崎駿監督による演出覚え書き」によると「紅の豚」は「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のためのマンガ映画」らしい。

 宮崎駿氏と同じ世代(当時50歳くらい)にむけたメッセージだろう。この頃の中年は、焼け跡を経験し、青春時代に「安保反対を叫び」、がむしゃらに働いて高度成長し、オイルショックも乗り越えて、バブルに踊り、バブルがはじけて呆然としていた。(いまは年金貰って悠々自適?)

 σ^^)はこの映画を1992に見ていない。当時2人目の子供が生まれ、転勤が重なって映画どころではなかった。以来見る機会がなかったのだがつい最近見た。

 1992当時31歳で見ていたら、航空活劇+「飛ばねぇ豚は、ただの豚だ。」カッコええ!!だったような気がする。50歳を超えてから見ると、「豚でい続けることって大変だよね」と思ってしまう。

 この本には映画評がある。映画評を読むといつも思うのだが、はっきり言ってそこまで深読みするのか?読み解いてくれなくていいよ!! という感じだ。
面白い思ったのは二つ。

「宮崎駿×加藤登紀子対談 もう一度、時には昔の話を」

 加藤登紀子氏は、
「『あの頃』という言葉を共通語として言える世代はいいよな」
と30代の記者にいわれたそうだ。

 対談が1992だから当時30代の記者は、ちょうど我々の世代だ。
宮崎駿氏(1941年生)や加藤登紀子氏(1943年生)らは後期の「焼け跡世代」で、その後の「団塊の世代」とあわせた「全共闘時代」が60年安保、70年安保反対運動の主役であった。

 二人とも「あの頃」は、実は何もなかったというが、宮崎駿氏は東映動画労働組合の書記長だったし、加藤登紀子氏は活動家の亡夫と獄中結婚したのは有名だ。

 「全共闘時代」は青春時代に世の中に対して主張した世代だ。高度成長で「戦後日本」を作りバブル崩壊で「戦後日本」を終わらせた。だから青春時代を引きずっている「豚」が羨ましい。

 我々の世代は60年安保のときにはまだ生まれていないし、70年安保のときは田舎の小学生だからテレビの中の出来事だった。

 その後、我々の世代は「しらけ世代」、「新人類世代」といわれ、世の中に対して何かを主張した世代ではない。我々の世代の「あの頃」はキャンディーズ解散くらいだ。
「キャンディーズ解散」世代は「安保反対」世代が羨ましくもあり、妬ましいのである。

「イタロ・カプローニ 祖父ジャンニ・カプローニが生きた『紅の豚』の時代」

 宮崎駿監督の映画のなかで「紅の豚」と「風立ちぬ」は同じ時代を描いている。
第1次世界大戦から世界恐慌、第2次世界大戦の足音が近づく時代である。
「風立ちぬ」を見て疑問に感じたのは、カプローニって誰?なぜ、堀越二郎と会ったことがないカプローニが登場するの?であった。

 この本に、カプローニの孫のイタロ・カプローニ氏の手記が掲載されている。
イタロ・カプローニ氏は「紅の豚」を見て、祖父ジャンニ・カプローニの飛行機が登場しないことが残念で、所蔵している書籍を宮崎駿氏に送ったそうだ。

 宮崎駿氏は、最後のファシズムと呼ばれているジャン・カプローニと零戦の設計者堀越二郎を戦争の加担者ではなく、「『美しいもの』のために迷い無く邁進した」技術者として描こうとしたのだろう。

 戦争の加担者として「風立ちぬ」を見ると、最後の部分がよく分からなかった。

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