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2014年12月 2日 (火)

品質工学から見た日本の教育の疑問点

品質工学から見た日本の教育の疑問点 タイム・コンサルタントの日誌から

 学校のテストは教師が生徒の品質を保障するために行われるものという考え方は賛成だ。

 教師が自分が教えた生徒の品質を外部に対して保証するという観点では、自分の生徒間の相対評価に意味はない。つまり、テストは教師のためにあるというものである。

 研修で講義をすることがあるが、残念ながらテストは実施しないので、自分の評価はできない。

 最近、教えてもらっていない範囲のテストで評価されるるのは不当だという人がいた。 今年採用されたのならまだしも、もう何年も働いている人なので残念だ。

 教えてもらっていないなら、教えてもらって自分の能力を上げればいいのにと思うのだが、この人は、組織外も含めた絶対的な能力ではなく、組織内(クラス内)での相対評価が重要と考えているわけだ。何年も相対的に評価されてきたため、自分の絶対的な能力という観点が無いのだろう。

 社会に出ると、仕事ができなければ飯は食えないのは当然だ。飯は食えなくても隣のやつより評価されたいと思っているだろう。

 しかし、はっきり言って仕事ができない奴は相対的にどちらが上かなどは関係なくどちらも使えない。

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