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2015年2月

2015年2月28日 (土)

失敗への分岐点

 失敗をしたときに「反省してるのか!」と言われたり、「反省してます」と言うことがあるよね。 ガキの頃に悪さが見つかったて大人からよく「反省しろ!」と怒られたものだ。(^^;

 この場面で使われる「反省」は誰かに謝罪を促したり、誰かに謝罪したりするときに使われている。つまり、自分以外の人に向けて「反省」しているわけだね。

 でもね、よく考えると反省は、自分の行いを省みる行為で、謝罪する行為ではないよね。

 具体的には、
  「このような失敗はもうしません」と言うのは、「懺悔」
  「なんであんな失敗をしたのだろう」と思うのは「後悔」
で「反省」ではないよね。

 懺悔も後悔も後ろ向きのネガティブな感情だから懺悔や後悔したら失敗から何も得られない。失敗すると誰でもヘコけれど、失敗から何かを学ばなければ成長できないよね。
成長しなかったら、また次回同じ失敗をするんじゃないかな。

じゃあどうやって「反省」するかというと、

  1. まず、客観的になること
     第3者的な立場に立って冷静に自分の行動を分析することで、後悔や懺悔のような負の感情を抑える。
  2. 失敗の分岐点を見付ける
     失敗の分岐点は、失敗側に舵を切る判断をした場面のことである。
     失敗の分岐点は複数ある。失敗は、複数ある分岐点で全て失敗側の選択をした結果だ。逆に言うと、そのうちのどれか1つの失敗の分岐点に気が付いたら、失敗は回避できるということだ。
  3. 失敗の分岐点に気が付く
     前回と同じような状況におかれたときに、失敗の分岐点の差し掛かったことに気が付いたら、失敗を回避できる。

 反省の最終的な目標は、失敗の分岐点を見つけることだね。
この考え方だと、多く失敗した方が多く分岐点を見つけられるってことになるんだけど、シビれる状況でも失敗しない人は、それまでに多くの失敗を経験しているもんだ。

 たくさん失敗して、たくさん失敗の分岐点を見つけると、全然別の状況でも失敗の分岐点に気が付くようになるんだ。「ムシが騒ぐ」とか「根拠レスだけどヤバイ気がする」っていうやつは大抵当たってる。

 致命的な失敗をしなければぜんぜんOKだ。周りのおじさん達はいっぱい失敗をしているから、致命的な失敗をしそうになったら止めてくれる。

 おじさん達は、若い人たちに懺悔や後悔ではなく正しい反省の方法を教えるのが務めだと思う。

2015年2月26日 (木)

バカになるほど本を読め

バカになるほど本を読め 神田昌典 PHP研究所
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 「バカになるほど」はセンセーショナルだけど、著者のいう「バカ」は、マッドでクレージーなやつのことで、何かを成し遂げる人のことだ。 スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で学生に贈った有名な言葉「Stay hungry, stay foolish」 の「Stay foolish」な人のことだ。

 著者の神田昌典氏は「知識創造型の読書」のためには

  • 「目的志向型の読書」
  • 「大勢での読書」
  • 「読書後の行動」

が必要であるという。

「知識創造型の読書」

 「知識創造型の読書」は本に書いてあることを読んで理解することを目的にするのではなく、新しい知識の創造を目的とするというも。知識を得ることが目的ではないので書いてあることを全て覚えようとする必要はない。

 以前は、本に書いてあることを理解して記憶しておこうと考えていた。
 生来の注意散漫な性格が災いして深く考えながら読むのが苦手なので、1回読んだだけでは内容が完全に理解できず同じ本を2回読んでいた。2回読んでも理解でないものはやっぱり理解できないのだが...

 最近は、1回読んで、引っ掛かったページやフレーズをもう一度読むようにしている。 引っ掛かったページやフレーズは潜在意識で問題と思っているのだと思う。

「目的志向型の読書」

 筆者の神田昌典氏は読書には目的が必要だというが、読み始めるときに明確な目的が無い事が多い。誰かに薦められたとか、雑誌の書評欄で紹介されていたとか、本屋で偶然見つけたとか、明確な目的がないまま読み始めることが結構ある。

 明確な目的がなくても読み進めるうちに、普段気になっていることが書いてあるページに反応し、そこで初めて目的が明確になることがある。 そして、明確になった目的で次に本を探し、「目的志向型読書」に繋がることが少なからずあるように思う。

 効率は悪いのだけど、自分の中で目的が明確になっていない場合には「とりあえず読んでみる型の読書」も必要ではないだろうか。

「大勢で本を読む」

 大勢で同じ本を読み、全員でそれについて語り合うことは重要だと思う。
1人で読んだときんは気が付かないことがあって、他の人の意見を聞いて始めて気が付くことがある。

 いつも大勢で同じ本が読めるわけではないので、他人の意見が聞けないときにはAmazonの書評を読むこともある。 星が多い書評と星が少ない書評を必ず読むようにしている。

 Amazonの書評を読むと、よくもまあここまで行間を読んで深読みできるものだと感心する。 (自分はKYなので空気は読めない。空気だけではなく行間も読めない。行間を読まなくては理解できない本を読むととても疲れる。だから、小説はほとんど読まない。)

 本を読んで何を感じ、何を思ったかを文章(書評)で伝えるのは困難である。
バックグラウンドが分かった人、同じ問題意識や目的を持っている人が集まって読書会を開くのが良いと思う。

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 読書会を企画しているが、絵に描いたようにはうまく行かないなぁ...

 読書会の目的は、課題図書を読んで「知識を創造して、行動に移すこと」なので、この本のとおりなのだが、読書会に参加する立場と読書会を企画する立場では異なるということだろうか。

 自ら読書会に参加しようという人は、既に問題意識や目的を持っているけれど、読書会を企画する人は、先ず、問題意識や目的の啓蒙から始めなければならないという違いがある。

2015年2月24日 (火)

技術者の通訳

 採用数年の人と話していると「うちの職場の人は伝えることが下手だから、自分が通訳になりたい」という人がいた。技術屋のオヤジとしては、嬉しい反面釈然としない思いがあるんだよね。

 彼は技術者としてのキャリアは目指していないうことだ。
技術屋はコミュニケーション能力が低いから技術屋の通訳をしようということなのか、それとも技術屋のマネジメントをしようということなのか? ここはハッキリさせたいところだね。

 マネジメントには思索が必要だ。一方、コミュニケーションスキルは訓練で習得できるよね。先天的にコミュニケーション障害の人もいるけどσ^^)?ごく一部だ。

 コミュニケーションスキルの問題であれば、技術屋にコミュニケーションスキルのトレーニングをすればいいじゃない?
つまり、はなから通訳を目指す者など要らないんじゃないの?

 σ^^)が一生技術者として生きていこうと思っていたときには、有能な(プロフェッショナル)なマネジャが欲しいと思っていた。

 通訳とマネジャーとは何が異なるのか?というと、

マネジャは技術者の成果にコミットするが、通訳は技術者の成果にコミットしない。
マネジャは技術者と共に働き技術者の能力以上の成果を引き出すことができるが、通訳は技術者の能力以上の成果を引き出すことはできない。

ってことじゃないかな。

つまり、通訳は0.5の生産性の技術者を1にできるかもしれないが、技術者+通訳で2の生産性があるべきところを、1の生産性しかないので2人で1人前ということだ。 一方、マネジャは0.5の生産性の技術者を2以上にできるので、2人で2人前以上の生産性が見込める。

 技術屋のオヤジに言わせるなら、通訳など大きなお世話だね。有能なマネジャーを探すよ。 どうしても見つからなかったら、自分が努力してコミュニケーションスキルを習得するよね。

 人の能力に寄生する通訳など要らない。これが技術屋の心意気というものだ!

2015年2月20日 (金)

チーズはどこへ消えた(2)

チーズはどこへ消えた スペンサー ジョンソン (著), 門田 美鈴 (翻訳) 扶桑社

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この本に対する批評はたくさんある。「説教臭い」とか「茶番」だとか。

 批評している人は、小人とネズミと迷路を上から俯瞰しているのではないだろうか。つまり、全知全能の神の視点でこの物語を読んで批評しているのではないだろうか。

 この話は現実社会では良くある話である。技術者が多い職場にいると、使えなくなった時代遅れの技術にしがみついている、「済んだ技術者」を見かける。

 新しい技術を修得するわけでもなく、マネジメントスキルを獲得するわけでもなく。
若者や部下から疎んじられているヘムは身の回りに多くいる。ヘムがとった行動は普通の人間にありがちな行動なのだろう。

 神目線ではなく今の自分に置き換えてみれば、この物語に登場する2匹と2人の典型的な行動パターンのうちどれが今の自分に必要な行動がわかる。

 たぶん、神目線で批判することではないだろう。

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 スニーカーを脱いだ人に、「もう一度走ろうよ」と言ってみるけど、スニーカーを履いてくれる人は少ない。(2015/2/24)


チーズはどこへ消えた(2013/12/10)

2015年2月18日 (水)

愚痴の沼、評論の砂漠

何か問題を発見して、解決に向けて行動するまでには

  1. 問題の存在に気づく
  2. 愚痴を言う
  3. 問題の存在を分析する
  4. 解決策を考える
  5. 解決に向けて行動する

のステップが必要だ。

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 「1:問題の所在に気づく」から、すぐに「5:解決に向けて行動」できればよいのだが、できそうでできない。

 (1)から(4)までは、ただの「文句たれ」で、せめて「2:愚痴を言う」「3:問題の所在を分析する」はスキップしたいところだが、なかなかスキップできない。
むしろ、通過することが必要なのかもしれない。

  • 文句ばかり言っていてもダメ
  • 評論ばかりしていてもダメ

だと気がつかなければ、次の段階に進めないのだろう。

2:愚痴を言う
 愚痴はネガティブな感情なので、シラフで聞くのは辛いし言うのも辛い。そこで一杯引っ掛けてとなる。若かった頃は、腐っていたので、飲み屋でよく愚痴っていた。

 最近現場の愚痴を聞くことが多くなったような気がする。
現場の本音を聞くチャンスなので、努めて聞くようにしているのだが飲んでいても愚痴を聞くのは辛くなるときがあって「愚痴ばかり言っていてもダメだろう!」などと、つい本音を言ってしまう。

 飲んで愚痴を吐くと、そこそこストレス解消できるので、なかなかこの段階から抜け出せない。

 これが愚痴の沼

3:問題の存在を分析する
  気が済むまで愚痴を吐くと、問題の分析をはじめる。
愚痴を言うより建設的な気がするが、この段階では解決が目的ではないので、全く建設的ではない。それが証拠に自分に原因があるような分析は避けている。

4:解決策を考える
 この段階まで来ると、さすがに気が滅入ってくるので、ようやく解決策を考え始めるのだが、この段階でもまだ建設的ではなく、たいては正論か、理想論か、極論である。たいそう立派な意見で世の中でも変えそうな勢いである。

(2)から(4)までは建設的な意見はなく、不毛の議論である

 自分を第三者的立場に置いて正論を吐くのは気持ちが良いので、この段階もなかなか抜け出せない。

 これが評論の砂漠

5:解決に向けて行動する

 (3)から(4)が不毛の議論であることに気が付いた者は、ようやく実現可能な解決策を考え始めるのだが、具体的かつ実現可能な解決策を考えて、はじめて自分にできることはわずかであることに気がつく。

 (2)から(4)までの段階は、基本他人が行動すべきとなのでいくらでも思いつくけれど、自分が行動できることは少ない。

 このことに気がついて、初めて現実的な行動が取れるのである。

 つまり、(2)から(4)の段階は問題解決の意思はなくただの「文句たれ」だ。できることは少ないけど行動している(5)とは雲泥の差だ。

 愚痴を言っている人には思い切り言わせてあげよう。

 いくら諭しても、いくら叱っても、愚痴の沼、評論の砂漠を乗り越えることはできない。


最近の投稿】【最近のよしなしごと

2015年2月16日 (月)

組織風土改革世話人交流会2015

組織風土改革世話人交流会に参加した。

今年いただいたイイ言葉は、

「人を育てるのではなく、人が育つ組織へ」

毎年いいこと言うなあ。

 今年は、50代のおじさん4人と30代の若手2人のグループでジブンガタリをした。

 50を超えると、誰かを育てて引き継がなくてはと考えるようになるらしい。 風土改革の取り組みは1年や2年で引き継ぐことはできないということが50歳くらいになると身にしみて分かってくるのだろう。(50代のお2人は後輩を誘っての参加だった。)

 50代も半ばに差し掛かると、育てて引き継ぐにはもう時間が足りないと思うようになった。 10年以上かけて悪化した風土を良くするのは10年以上必要だと思う。

 放電したようになって疲れたときに、充電してくれる人たちは貴重だ。 組織風土を改革しようと思い行動している人達は、誰かに指示されて動いているわけではなく、自分で考えて自分で行動している。 改革しようとする人に必要なものは、思いや志を共有する仲間と疲れたとき元気をもらえる人(達)だと思う。

 交流会の心地良さは、参加している人が前向きでだから。 問題や悩みを抱えている人はいるけど、「できないと思う」とか「やってもムダ」といったネガティブな意見が出ないところがいい。

2015年2月14日 (土)

応仁のLAN

新幹線で「応仁のLAN」を見つけた。

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他に「大塩平八郎のLAN」や「島原のLAN」もあるらしい。

閑話休題

 N700系新幹線の東京-大阪間は無線LANが使えるのだが、未だガラケーなので、AndroidやiPhoneで公衆無線LANを使うためにau one net公衆無線LANサービス(300円/月)を契約している。

 au one netだが、実態はBBモバイルポイントでau wifiは使えない。

 docomo wifi(300円/月)の方がアクスセスポイントが多くてよさそうだが、ウチはNTT freeなので。

 

2015年2月12日 (木)

クロネコヤマト 人の育て方

クロネコヤマト 人の育て方 水迫洋子 中経出版
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ヤマトでは「マニュアル接客をしない」 なぜなら「現場に任せる」しくみがあるからです。

ヤマトでは「成果だけで社員を評価しない」 なぜなら「人間性を重視する制度」があるからです。

ヤマトでは「指示待ちの社員はいない」 なぜなら「全員経営」という理念があるからです。

 ヤマトがスコラ・コンサルトのオフサイトミーティングを導入したらしい。

 ヤマトは以前、創業者が現場復帰しなければならない状態になったことがあるようだ。
(日経ビジネス:クール宅急便問題と小倉昌男の凄み 恥を忍んで会長職に復帰した当時にやったこと )

 創業者の小倉昌男氏が鬼籍に入られて久しい。クール宅急便問題を受けての行動かどうかは不明だが、創業者の精神を受け継ぐための行動だろうか。

閑話休題

 複数の会社の人事部出身者に、 「どんな人材育成方針、人材像を持ち、何を課題として育成・教育プランを組んでいたか」ではなく、おおもとの思想として「人を育てることについて、会社ではどういうふうに考えていたか」を尋ねたところ、「聞いたことがない」「わからない」「考えたことがない」という答えだったそうだ。

 ヤマトの教育は「一人ひとりが活躍できる場、成長できる場をどれだけ見つけてあげるか、見出してあげるか」だという。

 最近現場に出かけて管理職の人たちと話す機会があった。 人材育成はどのようなことをやっていますかの問いに、皆さん「テクニカル・スキル習得のトレーニングに参加させる」という。

 職業柄、技術の習得は重要だが、「なぜ技術が必要か」や「習得した技術をどう使うか」を教えることはもっと重要だ。 技術の習得は比較的容易で。不足していること、対応できていないことなどの現状分析から始めれば答にたどり着く。

 一方、「なぜ技術が必要か」や「習得した技術をどう使うか」を教えようとすると、組織の根本、存在意義から考えなければならない。

 官僚組織では、「なぜ是技術が必要か」や「修得した技術をどう使うか」は上位層が決めるので現場に教える必要がなく、現場は必要なスキルを持っていて上位層の意思どおり動くことが求めらる。 現場の管理職が「テクニカル・スキル」の習得に偏るのは如何ともし難い。

 しかし、よく考えてみると、現場だけが考えていないわけではなく、組織的に考えていないことに気がついた。つまり、官僚組織の上位層が考えていない。その結果、「なぜ技術が必要か」「技術をどう使うか」を考えない組織になっている。

 ヤマトの「全員経営」は官僚制とは対極にある考え方だ。 指示待ちのない組織にするためには、「なぜ」「どうやって」を上層部だけでなく現場でも考えなければならない。 いや、現場から考えなければならない。中間層は最後まで考えないから。

 「テクニカル・スキル」と「なぜ」「どうやって」を教え伝えるることが人材育成ではないだろうか。

2015年2月10日 (火)

Raspberry pi 2 Model B

ARM Cortex A7 4コア900MHz + 1GB RAMのRaspberry pi 2 Model Bが発売された。

 おまけにM$がRaspberryPi 2用のWindows10を提供するらしいとあって、なくなる前に速攻でRSで注文した。

 ところが、出荷状況を見ようとRSのマイページを見たら、なんと注文履歴に表示されない。よく見たら、カートに入ったままではないか。

 どうも、最終確認を忘れたらしく注文が確定されていないことが判明。在庫ありだったのに一時的な在庫切れになってる。

 いつになったら届くやら...トホホ

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 注文確定のメールが来た。 配送日は 2015/03/02 だそうだ。

2015年2月 8日 (日)

110,000アクセス

出張から帰ったら 11万アクセスを超えていた。

110kacc

 最近 CPU関係の話題がない。 (^^;
興味があることで頭の中が一杯になってしまう性格だから、最近考えていることが分かりやすい。

 ここ3か月のトップページを除くページビュー・ランキングは

  1. Yoshiのブログ: kobo
  2. hontoで電子書籍を購入: Yoshiのブログ
  3. FRISK詰め替え:Yoshiのブログ
  4. 8052AH-BASIC SBC: Yoshiのブログ
  5. Yoshiのブログ: JTAG

 なぜか電子書籍関係が多い。

2015年2月 6日 (金)

中野セントラルパーク 楠

中野セントラルパーク・サウスのアンダーアーマーランナーズハウスの前あたりにある楠が剪定されていた。
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移植されたようではないので昔から立っていた楠だろう。

かなり枝を落とされたようで痛々しいけれど、伐採されなくて良かった

2015年2月 4日 (水)

福祉を変える経営

福祉を変える経営 小倉昌男 日経BP

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小倉昌男氏はいう

 障害者が自立するためには、収入が必要であり、援助に頼ってはいけない

と。

 バングラデシュでバッグを生産しているマザーハウス山口絵理子氏も、発展途上国に対しては、金銭的な援助ではなく、自立するための支援が必要だと言う。一過性の支援ではなく、自立に必要な収入が得られるように手助けすることが重要であるという。

 小倉昌男氏の場合は、経営により共同作業所の収入を増やすことであり、山口絵理子氏の場合は、バングラデシュで起業し、雇用を生み出すことである。

 そのためには、扱う商品やサービスが売れることが必要であり、通常の商品として顧客に選ばれるだけの品質が必要である。

 作りてが障害者であるとか、発展途上国であるかには関係ない。健常者が作ったもの、先進国の有名ブランドとー同じ土俵で勝負して顧客を勝ち取らなければならない。

 小倉昌男氏は私費を投じて、ヤマト福祉財団を創られたようだ。小倉昌男 経営学(2015/01/15)も読んだのだが、ヤマト運輸の経営でもヤマト福祉財団の運営でも、手法は同じようにみえる。

 経営を単に金儲けではなく、社会的な責任と考えている人はどのような組織でも経営できるということだと思う。

2015年2月 2日 (月)

熱く語る、暑苦しくなく語る

 仙台に出かけて同年代のオジサン達に熱く(暑苦しく)語ってきた。

 熱く語るといえば松岡修三氏だけど。伝えようとするなら、熱く語るだけではなく、暑苦しくなく語ることが必要だと思う。

 暑苦しくなく熱く語っていたのは山口江理子氏だ。にこやかでいながら、代表を務めるマザーハウスの理念に関することは、熱く聴衆を圧倒する迫力を感じた。

 山口江理子氏は娘よりちょっと年長くらいの年齢なのだが、オヤジとは潜り抜けてきた修羅場が違う。これが人に語りかけるときの迫力の差なのだろう。

 暑苦しいと思われても語りかけようと思う。語りかけるチャンスは今だけだ。


NHK ようこそ先輩 山口絵理子(2012/11/20)

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