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2015年7月22日 (水)

「努力できる人たち」は一体何がちがうのか。その6つのちがい。

「努力できる人たち」は一体何がちがうのか。その6つのちがい。 知と知を繋ぐBooks&Apps

  1. 努力とは、精神論でなく、方法論である
  2. 努力とは、才能でなく、環境に依存する
  3. 努力とは、結果でなく、過程である
  4. 努力とは、楽しむものではなく、単なる習慣である
  5. 努力とは、達成感ではなく、学習感である。
  6. 努力とは、信仰である。

というもの。

 「努力は必ず報われる」といった努力万能論でもなく、「環境を考えて努力するべき」のように斜に構えているわけでもなく。「努力」の本質を考えている。

 「努力」は、文字どおり「努めて行うこと」であって、行ったこと以上の結果が得られる行為ではなく、行動と結果の因果を自分の中に求めることこそが重要というこだろうか。

 「報われる」かを問うと「報いるもの」が必要なので、因果を自分の外に求めてしまう。

 結果は自分では制御できないものである。

 目標達成レベルを下げれば目標達成確率は上がり、目標達成レベルをあげれば目標達成確率は下がる。更に、努力すれば確率は上がり、努力しなければ確立は下がる。

 ただし、達成レベルを下げて、努力しても達成する確率は100%になることはなく、達成レベルを上げて、努力しなかったとしても達成する確率は0%になることもない。なぜならば、自分では制御できない、不運、幸運があるからだ。

 しかし、自分で制御できるのは行動すなわち努力だけである。

自分の理解は、

  • 「努力」を考えるとき「報われる」かどうかを考えることに意味はない。
  • 「努力」とは成功の確率を上げる唯一の方法である。
  • 「努力の方法」は他人に同意を求めるようなものではなく自分が信じていればよい。

ということ。


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