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2015年8月19日 (水)

論文試験 <まず、自分に向き合うこと>

 昇任試験の季節がやってきた

 ウチの昇任試験の論文試験は、自筆、辞書持ち込み不可で初見の問題に対して1時間で小論文を書くというもの。

 今時、自筆、辞書持ち込み不可もなかろうという意見もあるが、「論」や「かきかた」より論理的思考能力が問われる試験だ。短時間で初見の問題について論じなければならないので、普段考えていること、普段行動していることが顕著に表れる。

 つまり、問題に対する解決策の優劣よりも、普段の思考様式、行動様式、が顕著に表れる。

 有効な試験対策は無い。

 それでも、受験する人には、事前に問題を想定して試験時間内に小論文を書いてみるように勧めている。

 受験対策ではなく、「自分に向き合うこと」が重要だからだ。

 建前と本音、理想と現実、仕事とプライベートの狭間で揺れながら、論文を書いてみることで、何故昇任試験を受けるのかという根本的な課題を自問自答することができる。

 そして、自問自答することで、昇任試験を受験する目的が、金銭か地位か仕事かなど自分に向き合うことができる。

 自分に向き合うことをしないまま合格した人は、「合格するつもりはなかったのに受かってしまってね」など嘯く。自分に向き合うことができない人は幹部にはふさわしくないと思う。上司が選べるなら自分の上司にはしたくない。

 若い頃、上司に昇任試験受験を勧められたときに、何故受験しなければならないかを訊ねたが、納得できる説明してくれた上司は少数だった。多くの上司は受験する目的として、金銭、地位、仕事のいずれかしか言わない。その上司の価値観そのままだ。

 他人の価値観を強制されるのはイヤな性格なので、いつも醒めて聞いていた。価値観が違うので仕方がない。 露骨に給料とか肩書とか下世話な話しかしない上司もいた。若かったこともあって憐みを感じながら聞いていたのだが、思っていることが分かり易く表情に出るタイプなので、上司を怒らせた。

閑話休題

 歳をとって思うのは、
 自分の中にある「下世話なこと」と「理想的なこと」そのどちらか一方を捨て去ることはできないということ。

 いつも給料や肩書を気にしている人でも組織のあるべき姿は考えているし、浮世離れした理想論しか言わない人でもボーナスのことを考えていたりするものだ。

 であれば、自分に向きあって、自分の中を整理することが重要だ。

 昇任試験は、自分に向き合う良い機会である。理想と現実に折り合いをつけ、組織と自分との関係を整理することで次のステージに進める。もちろん、向き合った結果、受験しない(合格しない)という選択肢もある。

 自分に向き合ったことがある人が論文を読むと、受験者が自分に向き合ったかどうかは分かる。

 まず、自分に向き合っている人が論文試験の採点をするようにしてほしいものだ。


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