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2016年7月

2016年7月31日 (日)

技能者として働く決心 <看護師余りの時代が来る?>

看護師バブル~看護師余りの時代が来る? 看護LABO.com

 看護師不足は深刻な状況らしい。何年か前にかみさんがハローワークに行ったときに付いていったら、看護師と保育士の求人が多かった。

 社会問題になっているので看護学部や看護大学が新設されていて、近い将来看護師が余るようになるという見通しもある。

 ところが、この記事では、資格だけ持っている潜在看護師が増加して実働数は増えず、看護師不足は解消しないのではないか、という。

専門学校ではなく4年制の看護大学・看護学部だったら合格率はもっと高いと思いますよね。でも、実際はそんなことはないんです。

もちろん合格率が95~100%の大学もたくさんあるんですが、80%台前半しかないところもチラホラありますし、中には68.4%という大学もあるんです!これは、現役看護師さんから見ると、考えられない数字だと思いませんか?

この低い合格率を見て予想できることは、看護大学・看護学部に入学した人が全員本気で看護師になろうと思っているわけでないということです。看護師になりたいと決心して入学した人も多いと思いますが、「なんとなく高校の先生や親に進められて、入学した」という人も少なからずいると思います。

厳しい言い方かもしれませんが、そういう人達が看護師になっても看護師の仕事は厳しいですから、長期間続けられるとは思わないんですよね。

 この記事を読んで考えたことは、技能者として働くには「決心」が必要だということ。

 技能者として働くのは看護師に限らず、IT業界で働くプログラマやSEも同じだ。IT業界の場合は看護師と違って資格試験がない。成り行きでIT業界で働くようになる者は看護師より多いのではないだろうか。

 若いうちは体力でデスマーチをやり過ごせるけれど多くは燃え尽きてしまう。これが、プログラマ35歳限界説の正体だ。(ウチの部署はは40歳限界説)

 技術者になるという「決心」をしていない人は、この限界を超えることができないのだと思う。若い頃のキツイ仕事を体力でこなしている者は、いくら能力が高くてもいずれ限界を迎える。そして、限界を迎えた者は使い捨てられる運命だ。

 マネジメントの仕事に移る選択肢もあるが、やはりマネジメントをやる「決心」が必要だ。「決心」していないマネジャは周りに迷惑をかけるので始末が悪いが、技能者として限界を迎え、仕方なしマネジメントに移る頃には、家庭や借金など背負うものも多いから、自分の意思だけで簡単にリタイアできない。

 本人も周りも不幸だ。

 限界を超えるには、キツイ仕事をしながらも自分を成長させること。そのために「決心」は極めて重要だ。


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2016年7月29日 (金)

ググる <調べる+学ぶ>

 今の職場は、現場の技術サポート業務だ。

 簡単な相談から難しい相談までいろいろな相談がある。 簡単な相談(こちらにとって)は、ググったらすぐに分かるというものがけっこうある。 相談している人にとっては簡単ではないのだろう。 しかし、ググったらすぐに分かることだから、東京でググっても地方でググっても、検索結果は同じはずだ。

 同じ検索結果から、目的の情報に辿り着ける人と、辿り着けない人がいるのは何故か考えてみた。

  • 検索キーワードの違い
     検索エンジンを使用して目的の情報を得ようとすると、問題になるのは検索結果に含まれる関係のない情報(ノイズ)だ。
     ノイズを減らすには、適切なキーワードで検索すればよい。しかし、相談してくる人は、ノイズが少なくなるようなキーワードが分からないため、ノイズが多くなり、検索結果から必要な情報に辿り着けないのではないか?
     
  • 検索結果の精査
     検索結果にノイズが含まれるのは避けられないので、検索結果から必要な情報とそうでない情報とを選別しなければならない。
     目的の情報に辿り着ける人は、検索結果を選別する際の判断基準を厳しくするか、甘くするかを使い分けているようだ。 最初は判断基準を厳しくして、関連性の高い情報を調べ、目的の情報が見つからない場合には、徐々に判断基準を甘くして調べている。
     判断基準を甘くすると、検索結果と目的の情報との関連性は低くなるが、関連性の低い情報を辿って目的の情報に辿り着いたり、複数の関連性の低い情報を総合して必要な情報に辿り着けることもある。
     目的の情報に辿り着けない人は、判断基準が厳しく関連性が高い(ドンピシャの)情報しか見ていないのではないか?
     
  • 検索結果の評価
     Wikiペディキュアの情報を無評価で受け容れる人は多い(それもどうかと思うけど)。さらに、評価が必要な個人のブログやSNSの情報まで無評価で受け容れる人もいる。「そんなに簡単に他人を信じて大丈夫か?」と思ってしまう。
     ググったらすぐに分かることを、相談する人は、情報には辿り着いているが、その情報の評価に自信がないから相談しているのではないか?

と考えた。

 ググったらすぐに分かることを相談してくる人に足りない能力は、「ノイズ交じりの情報の中から必要な情報を見つける能力」ではないだろうか。

 ノイズ交じりの情報の中から必要な情報を見つけられる人は、暗黙知に拠るノウハウを持っている。 そして、このノウハウを獲得できない人は「調べていても学んでいない」のではないだろうか。

 情報を集めることが目的なら情報に辿り着くだけでよい。 例えば、終電の時間を調べる場合は終電の時間が分かれば目的は達成される。 しかし、学習の一部として調べる場合には、情報に辿り着くだけでは目的は達成されない。

 たどり着いた情報を自分なりに解釈してみることが重要だ。 そうすると、かならず疑問がうかんでくる。 つまり、分からないことが分かる状態になる。 すると、新たな疑問について更に調べる、新たな疑問に関する情報を発見して、その情報を解釈すると、また新たな疑問がうかんでくる...→エンドレス。

 エンドレスに調べなくても、検索結果から少しでも学習すれば、次回同じような内容を調べるときに、ノイズの少ないキーワードを思いついたり、ノイズの中から必要な情報を見つけられるようになる。

 これが、ノウハウの正体ではないだろうか。

 特に仕事でググるときには、他人の情報をパクろうとしているのか、自ら成長しようとしているのかの違いは重要だ。

 そして、このちょっとした違いの積み重ねは、気がつくととても大きくなっているのではないだろうか。


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2016年7月27日 (水)

「課長」から始める社内政治の教科書 <社内政治は影響力のゲーム>

「課長」から始める 社内政治の教科書 高城幸司 ダイヤモンド社

Photo_2

ハウツー本かと思ったら、著者の高城高司氏は

政治力というと、権謀術数や裏取引などネガティブ・イメージをもつ人が多いと思いますが、そうではありません。注力すべきなのは、あらゆる機会をとらえてあなたの影響力を生み出し、それを増幅していく好循環をつくり上げることです。

と仰る。

 課長の仕事は部下や上司、会社を動かすことによって、課としての成果を生み出すことで、成果に必要な、他部署との利害関係を調整し合意を得るのは、理論や正論ではなく、社内政治力だという。 そして、「社内政治は影響力のゲームだ」と。

 一匹狼気質だから政治は苦手だ、影響力にも無頓着だ。

 他人に影響を与える存在で在りたいとは思うが、権限や権力で影響を与えるのではなく、自身の存在により影響を与えられるようになりたいと思う。

 空間に電荷が存在すると電場が発生して、他の電荷に対して影響を与えるように、人もその存在により場が発生して、他人に影響を与えるのだろう。人の場合は、時間を超えて影響を与えることができる。

 電界が与える影響の大きさが電荷の量に比例するように、人が他人に与える影響の大きさは、人の大きさによるのだろう。

 社内政治力は、特定の人や特定の関係にのみ働く影響力ではないだろうか、つまり、会社に遮蔽された空間でのみ働く影響力であろう。

 とすれば、社内政治力は人の大きさではない。

 影響力を向上させるために人間を大きくする方に興味がある。高城幸司氏がいうように、政治力が成果を上げるための一手段と考えても、政治力の向上を優先する気にはられない。

 他人からの影響は、好ましいものも好ましくないものもある。

 尊敬する人から受ける影響は好ましいものだが、敵対関係や利害が一致しない関係にある者からの影響は好ましくないことが多く、できれば避けて通りたい。

 「社内政治」と聞くと、利害関係が一致しない者との関係を思いつく。つまり、ゼロサム・ゲームの相手との関係だ。他人が利益を得れば、自分が損失を被る。そのようなパワー・ゲームを思い浮かべてしまう。

 高城幸司氏の主張は、必ずしも、ゼロサム・ゲームにおける影響力ではないのだろうけれど。

 そんな場面を多く見てきたので、心が荒んでいるのかもしれない。


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2016年7月25日 (月)

Pokemon GO

7/22(金)中野四季の森公園を通ったら、若者たちが集まってスマホを見ている。

Pokemongos

ちょっと異様な感じだ。

さらに、スマホを見ながら歩いている人もいる。

Pokemongo1s

そんなに面白いのか?やってみないと分からないと思いダウンロードしてみたら、

Img_0252

iOS8以上でないとインストールできないらしい。でも、iPhone4なのでiOS8にアップデートできない。orz

脱獄して、

/System/Library/CoreServices/SystemVersion.plist

を編集すれば偽装できるらしい。

脱獄はしてある。

OSはバージョンアップしていないから動くとは限らない。

偽装すると問題も起こるらしい...

2016年7月22日 (金)

7SPOT <イートイン+7SPOT>

 入谷駅の近くにあるセブンイレブンにはイートインコーナーがあって、100円コーヒーを買って時間待ちに使っている。

 セブンイレブンは7SPOTという無料Wifiサービスがあるが、この店は対応していなかった。 きっと、イートインコーナがあるので、無料Wifiを始めると客が居付いてイートインコーナを占領してしまうから7SPOTの運用をしないのかと思っていた。

 時間待ちするときには、Wifiルータを使ってネットにつないでいる。今日もFacebookを見ながら時間待ちをしていたときに、FacebookからWebページのリンクをクリックすると、

こんなページが表示された。

7spot

設定を見てみると、7SPOTにつながっている。

7spot1

とうとう、7SPORTの運用を始めたようだ。
下に見えているFLETS-SPOTも無料だけど、7SPOTのほうが速いような気がする。

 ところで、ファミマWifiも7SPOTもFacebookだけならログインしなくても使える。
Webページにアクセスると認証ページに飛ばされるようだ。 HTTP以外は見ていないのだろうか?


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2016年7月20日 (水)

韓流経営LINE 

韓流経営LINE NewsPicks取材班 扶桑社

Line

NewsPicksの編集者が

  • 誰が本当の社長なのか
  • 何処が本当の本社なのか。
  • LINEはどうやって作られたのか。

というテーマで取材した結果をまとめた本。 NewsPicsにも記事がある

 LINE株式会社が外資で、メッセージアプリのLINEも日本発でないことは、ICT業界にいる人は常識だと思う。

 更に、LINEと関わりを持つと、LINEが外資ということを嫌というほど思い知らされる。
他の大手外資と同じように、日本法人はあっても、地方営業所くらいの権限しか持ってないから、何でも本社にお伺いをたてないと意思決定ができないように見える。
商売の意思決定なら速いのだろうが...

 「LINEは日本製」と思わせたい親会社がいて、「LINEは日本製」と思いたい人たちがいて、「LINEは日本製」と報じてきたマスコミがいたということだろう。

東洋経済Onlineで、この本が紹介されている。「LINEは日本製」って言い出したのは誰か?(2016/6/30)

いたずらな韓国脅威論には与しないが、LINEを使うたびに「なぜ日本がこのサービスを生み出せなかったのか」と考えるくらいの謙虚さは必要だ。その意味でNewsPicks取材班は良い仕事をした。

 この指摘は的を射ていると思う。AppleのiPodが爆発的に普及したときには、「なぜSONYはiPodを作れなかったのか」と云われたものだ。

 日本人は未だに変われないようだ。


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2016年7月18日 (月)

SC-06D <ワンセグ画面小っちゃ!>

ヤフオクでGALAXY SIII (SC-06D)を買ってみた。
Sc06d2

USBコネクタの当たりが悪いということだったけど、ちゃんと充電できた。

Sc06dstrage

ちゃんと使えた。(ホッ)

GALAXY SIIにはワンセグが付いているのだけれど

Sc06d1seg

画面サイズ小っちゃ!!上部1/3しか使ってないじゃないか。

まあ、使う目的じゃないからいいんだけどね。と思ったら...

Sc06d1seg2

画面回転がOFFになってた。(^^ゞ


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2016年7月16日 (土)

翻訳サイト 

 このブログのログを見ていたらリファラが www.microsofttranlator.com というサイトからのアクセスがあった。

http://www.microsofttranslator.com/bv.aspx?ref=SERP&br=ro&mkt=en-US&dl=en&lp=JA_EN&a=http%3a%2f%2fyoshi-s.cocolog-nifty.com%2fcpu%2fhd63b03%2findex.html

なんだろう?と思いアクセスしてみたら、Microsoftのweb翻訳サイトのようだ。わざわざ翻訳サイトを使って見ている人がいるのかと、ちょっと驚きだ。

 しかし!!

○ Microsofttranslatorはなぜ「ロジアナ」が「Like」になるのだろう?

○ google翻訳では「ロジアナ」はちゃんと「logic analyzer」になる。

他のweb翻訳サイトはどうか調べてみた

○ excite翻訳では「ロジアナ」→「ROJIANA」 (まんまやんけ!)

○ Yahoo翻訳では「ロジアナ」→「ロジアナ」 (翻訳しとらんやんけ!)

○ Webblio翻訳では「ロジアナ」→「ロジアナ」(おまえもか!)

 辞書にないから翻訳できないのは分かるけれど、なぜ「ロジアナ」が「Like」になるんだろう??

 同じページをgoogle翻訳にかけてみた
https://translate.google.co.jp/translate?sl=ja&tl=en&js=y&prev=_t&hl=ja&ie=UTF-8&u=http%3A%2F%2Fyoshi-s.cocolog-nifty.com%2Fcpu%2F2013%2F06%2Fpost-afb3-1.html&edit-text=&act=url

異人さん理解できるのかな? オリジナルは(ロジアナ)

グーグル先生が翻訳しやすい文章を書こうと思った。 (^^;


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2016年7月14日 (木)

オヤジが新人クンに伝えたいこと

 オジサン達が集まるとある会合に参加したときに人材育成の話になった。

 1人のオジサンが言うには、「部下の新人が、『エンジニアではなくオペレーターになりそうです』と言った。」そうだ。

 オジサンとしては、新人クンには先輩クンがやってるような難しい仕事をまかせられないから、マニュアル仕事や雑用が多くなる。 技術者を目指している新人クンが、このように考えるのは当然だろうね。 

 むしろ、楽な仕事でヨカッタと考える新人クンだと困ってしまう。

 こんなとき、オヤジ達は「君ねえ、最初から難しい仕事は無理だろう。まず自分の技術を磨くことが先だよ。」と「人生の先輩モード」で言いがちだ。 (←結構優しい言い方だね)

 でも、オヤジもオジサン達も新人だった頃は同じことを思っていたんだ。 オジサン達が新人だった頃と今の新人クン達が違うのは、

  • オヤジやオジサン達が新人クンに技術的なことを教えられないこと
  • オヤジやオジサン達が新人クンのロールモデルになれないこと

だ。

 オヤジ達が新人だった頃には、怖いオジサン達がいて時に厳しく、時に理不尽に教えてくれたものだ。「見て覚えろ!」とかね。でも、教えてもらったことは今でも役に立っている。

 オヤジ達も新人の頃、当時のオジサン達を「デキル人」「デキナイ人」などと評価していた。そして、歳を取っても「デキルオジサン」になりたいと思っていた。

 昔は同じ仕事を長い間やっていたから、「デキルオジサン」と「デキナイオジサン」の差は一目瞭然だったんだね。

 ところが、今時のオジサン達は、新人の頃とは違う分野の仕事をやっていることが多くなった。オジサンでも新人クンとの業務経験の差は意外に少かったりする。ヘタをすると、新人クンのほうがよく知っていたりする。

 しかも、最近は人が減って仕事(雑用)が増えているから、デキルオジサンがいても新人を丁寧に教えることが難しくなってきた。(ツカエナイオヤジの面倒もみなくてはならないし)

オヤジやオジサン達が新人クンに直接言えないことなんだけど、

というのが、ホンネのところだ。

 じゃあ、オヤジやオジサン達はダメダメかというと、そうでもない。オジサン達も新人の頃技術的なことを、きちんと教えてもらっていない。それでも、青息吐息になりながら、今でも技術的な仕事でメシを食ってる。

 新人クンが、オジサン達から学ぶべきは

「新しい技術が登場したときどう対応したか」

じゃないかな。

 新しい技術が登場したときに、すぐに研修などで教えてくれるようにはならない。(教える人がいないからね) 「新しい技術が登場したときにどう対応したか」でオジサンになったときの仕事のやり方が決まるんじゃないだろうか。

 これまで、新しい技術が登場したときの対応は人によって違っていた

  • 日常業務から時間をヒネリ出して新しい技術の勉強を始めた人
  • ギリギリまで逃げて仕方なしに新しい技術の勉強を始めた人
  • 早々にあきらめて現場から去ってオヤジになった人

人生色々だ。

 新人クンは、オヤジやオジサン達が飲みに行くのに付き合って「新しい技術への対応」を聞いてみたらどうだろう。うまくおだてたら話してくれるだろう。(コミュニネーションスキルのトレーニングと思って^^)

 これまでに、オヤジやオジサン達が経験したイノベーションは

  • アナログ → デジタル
  • Host/Terminal → Client/Server
  • PBX → TCP/IP
  • COBOL → C#

などだ。(真空管→トランジスタ、A1→F3 を経験した人はもういない。)

 そして、オジサン達が「新しい技術の勉強を始めたきっかけ」とオジサン達の「今の姿が新人クンからどう見えるか」を比べてみると、何かヒントが得られるんじゃないだろうか。

 きっと、真っ当なオジサンは「自ら学ぶ」経験をしてると思う。でも、シラフでは、とっても貴重な「自ら学んだ」経験を、新人クンに言えないんじゃないかな。(説教クサくなるからね)

 「自ら学ぶ」ことを始めると不思議なことに、教えてくれる人、応援してくれる人が現れるんだよね。(誰かが助けてくれる 2012/08/17)


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2016年7月12日 (火)

婦人公論 2016/6/14 <瀬戸内寂聴×小保方晴子>

婦人公論 2016/6/14 瀬戸内寂聴×小保方晴子

20160614

 「婦人公論」4月26日号に掲載された寂聴師の「わくわく日より」を受けての対談らしい。

 寂聴師の「靖子さんも、助けなくてはならない人の一人ですよ。」は

私と話をして、いくらか胸が楽になったでしょう。あなたは必ず甦る。

私には人の才能を見抜く力があります。わたしがものになると言ったら、かならずなる。

に現れている。

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 ネットでは容姿の変化が話題だ。娘の見立てによると、プロのメイクさんとヘアメイクさんよるものだろうとのこと。


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2016年7月10日 (日)

中野四季の都市(6) 

中野セントラルパーク前の広場には毎日7~8台のフードトラックの屋台が出ている。
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201607072

 3年前は4台くらいだったけど増殖していて、さながら屋台村のようだ。

 なんでもPICNIC GOHANというらしく、37台くらい登録していて日替わりで来ているようだ。

 twitter(中野セントラルパーク/ランチ (@PICNIC_GOHAN))で毎日メニューをつぶやいている。

 キリン本社には社食がないらしい。セントラルパークにある飲食店だけでは賄えないから、昼食難民対策ということだろう。

 弁当持ちなので利用したことはないのだけれど、ここの広場にはベンチもあるし、ビアガーデン用のテーブル(パラソル付き)も出ているので、この時期は外で食べる昼食もいいかなと思う。


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2016年7月 8日 (金)

「わかる」ように、「できる」ようになる

 技術を修得しようとした場合、いきなりできるようになるわけではない。

 教育や訓練などの研修を受けたとしても、できるようになるのは一部の人だから、研修に関わる者としては頭の痛い問題だ。

「わかる」「できる」?

 技術=理論+技能+暗黙知とすると。

 技術を修得するということは、「理論とその理論を実施する方法」が分かって、さらにそれが実施できるようになることだろう。

 「わかる」と「できる」は別物だけど、完全に「わかって」から「できる」ようにする必要はなくて、並行して「わかるように」「できるように」することができる。

 「分かる」には、

  1. 分からないことが分からない
  2. 分からないことが分かる
  3. 分かったつもり
  4. 分かった

のステージを踏む必要がある。

 同じように「できる」には、

  1. できないことが分からない
  2. できないことが分かる
  3. できたつもり
  4. できた

のステップが必要だ。

 速く「わかる」人、速く「できる」ようになる人は、各ステップをクリアする方法を知っている人ではないだろうか。 頭の良し悪しもさることながら、1つのステージにハマらないコツを知っている人の方が、速く「わかる」ように、速く「できる」ようになるような気がする。

 「わかって」いなくても、マニュアルなどのHow-Toに従って反復練習すると、限定的に「できる」ようになる。それで十分な場合もあるので、訓練にはこの方法を使うことができる。 しかし、できても「わかっていない」ので、想定していないケースには対応できない。

「わかる」ように、「できる」ようにならない人

 「わかる」ように、「できる」ようにならない人がハマりやすいステージは、「分からないことが分からない」ステージと「分かったつもり」ステージだろう。

 「分からないことが分からない」ステージにいる人は、「分からないこと」がわからないので、「分からないこと」を「分かる」ための具体的な行動を起こせない。その結果、このステージの留まったままだ。

 「分かったつもり」ステージにいる人は、「分かったつもり」なので油断する。そうすると、その後成長しないので、やはりこのステージを抜け出せない。

 「わかる」から「できる」にするためには、勘やコツ、Know-Howなどの暗黙知を獲得しなければならない。暗黙知を獲得するためには、手や体を動かして体験するしかない。 わかっていてもできない人が結構いるのは、暗黙知の獲得に必要な反復練習をしていないのではないだろうか。

 経験ベースの「できる」を体験していない人の中には、知識ベースの「分かる」を「できる」と勘違いしてしまう人もいる。

研修に関わる人は

 研修に関わる人は、受講者がどのステージにいて、どのステージまでクリアするのかを認識しなければならないと思う。「分からないことが分からない」→「分かった」は、かなり大変だ。

 また、「わかる」ようにするのか、「できる」ようにするのかも認識しなければならない、「できる」ようにするには実習や訓練が必要だから長時間が必要になるからだ。 研修の期間がが決まっている場合に、実習や訓練に時間を取ると、「わかる」レベルは高く設定できなくなる。

 1回の研修にかけられる時間は決まっていることが多いから、受講者によってクリアできるステージは異なる。 1回の研修で、高度な技術・技能が「わかる」「できる」にようになるのは困難なことが多い。

 ところが、研修を修了すると全員が「わかる」「できる」ようになると思っている人は多いのではないだろうか。 研修担当も受講者も建前と世間体と大人の事情があるから、「『わかる』『できる』ようになりませんでした」とは、なかなか言いだせない。 その結果、「わかった」「できる」ことになっている人が増える。

 高度な技術・技能については、研修で、「わかる」ように、「できる」ようになる、という前提を変えればよいと思う。(研修担当や受講者の上司にとっては勇気がいることだけど)

 研修に関わる人に求められるのは

  • 受講者は、この研修で、「わかる」ように、「できる」ようにならないことを前提とする
  • 受講者が今いるステージを最低限クリアできるようにする
    (特に「分からないことが分からない」ステージ、「分かったつもり」ステージにいる人)
  •  「わかる」「できる」ようにならなかった受講者が、今いるステージをクリアするために継続的にサポートする

ことが必要だと思う。


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2016年7月 6日 (水)

会社という病

会社という病  江上剛 講談社

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 ある程度会社勤めをしていると、誰でもが考えているけど、大っぴらに言えないことが書いてある。

 読んでいるうちは「そのとお~り」なんだけど、読み終わると、どうにもならない現実に引き戻される。水戸黄門や遠山の金さんを見た後のような感じだ。

 江上剛氏の体験がベースになっているので、銀行の内情が書いてある。かなり官僚的な組織のようだ。

 官僚的組織の中間管理職はその組織あってこそ存在価値がある。組織に必要とされているには中間管理職「個人」ではなく、官僚的組織に順応し没個性化した「者」だ。 没個性化し特定の官僚的組織に染まった「者」など、別の会社では必要とされない。

 江上剛氏は、銀行という官僚的組織にいながら「個」を捨てなかったことが、退職後作家として認められた要因なのだろう。

 たとえ官僚的組織で働いていたとしても「個」を捨てないことが重要だと思う。


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2016年7月 4日 (月)

「ググる」の功罪 <考えることが必要>

 とある講義をした際に、C/C++でのNULLやHANDLEの型について質問してみたら、答えられる人がいない。

 普段プログラムを書いていても、NULLやHANDLEの型まで気にする人は少ないから、普段プログラムを書かない人が分からないのは仕方ないことかもしれない。ここまでは想定内だ。

 どうやって調べるのか尋ねてみたら、「ググります」とのこと。 grepしないのか、とオジサンは軽いショックを受けた。 今時、ネットに繋がっているのが前提だから、わざわざ覚えておかなくてもグーグル先生に聞いた方が速いという事情はある。

 しかし、自分が使ってる環境で調べないと不安じゃないのかな。ググった結果をそのまま受け入れるのかな。と心配になった。

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 自分の知識を向上させる方法として、「ググる」というのはどうなんだろうかと考えた。

 自分の知識を向上させる方法としては、「ググる」のではなく「自分で調べて自分で考えること」が必要なのではないかと思う。

 ネットには、NULLやHANDLEについて自分で調べて自分で考えた人のページがあって、ググると簡単にこのページを見付けることができる。

 「ググる」ことが悪いわけではないが、見付けた情報を無評価に受け入れるのは危険だ。

 重要なことは、「自分の頭で考える」ために調べることではないだろうか。

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 同じ職場の人に同じ質問をしてみたら、ちゃんと「調べて」「考えて」答えてくれた。 ^^)


 

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2016年7月 2日 (土)

頼むからプログラミングを学ばないでくれ

頼むからプログラミングを学ばないでくれ TechCrunch Japan  2016/5/17

 プログラミング能力は自分の能力を拡大してくれるツールだと思う。この歳までICT業界で働いてきて、最も獲得してよかった能力だと思う。

 Basel Farag氏はいう。

誤解はしないでほしい。私もエンジニアリングやプログラミングは重要なスキルであるとは思っている。しかし、それは特定の状況下のみにおいて重要なのであるし、成功のために心血をそそぐ意思のある人のみにこそ重要なものなのだ。これは他のスキルにも言えることだ。私が人々に測量技術を奨励する度合いと、プログラミングを奨励する度合いは、なんら変わらない

と。 なるほど。

 ICT業界の技術者ならプログラミング能力を獲得するメリットは大きい。しかし、音楽業界にいるならプログラミング能力よりピアノやギターの演奏能力を獲得するほうがメリットが大きいだろう。 心血をそそぐ用意もない者に画一的に押し付けても無理があるという意見には賛成だ。

 ICT業界を目指すとしても、

ソフトウェア・エンジニアリングは儲かる仕事だ。だが「コーダー」から「エンジニア」に進化するのは簡単な話ではない。

更に、その「エンジニア」に成果を上げさせる「マネジャ」になるのも容易ではない。

閑話休題

 エライい人が「プログラミング技術力の向上!」と言っているらしい。

よく分からないのは、「コーダー」が必要だと思っているのか、「エンジニア」が必要だと思っているのかということ。 そして、その仕事は心血を注いで「プログラミング」の技術力を向上させる価値があるのか?ということ。

 まさか「コーダー」だけでアプリケーション・ソフトウェアが作れると思ってるっていないよな。


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