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2016年10月 7日 (金)

技術者倫理教育 <実務経験者が参加する理由>

 情報セキュリティ人材育成において「倫理が重要」だと皆さん仰る。
ところが、多くの人は「情報セキュリティ技術者として行うべきこと」ではなく「情報セキュリティ技術者に限らずやってはいけないこと」しか言わない。「やってはいけないこと」は「倫理」ではなく「法」だ。(「倫理が重要」 2016/10/3)

 このように「法」と「倫理」が混同されているのは、情報セキュリティ業界に「情報セキュリティ技術者倫理」がないことが原因ではないかと考えた。

 情報セキュリティの人材を育成しようとすれば、倫理教育は避けて通れない。では、情報セキュリティ技術者を目指す人に、何を「倫理」として伝えるのだろうか。

 そもそも、自分は「情報セキュリティ技術者倫理」を伝えられるのだろうか。

 考えるだけでは始まらない。いきなり「情報セキュリティ技術者倫理」は難しいので、大きい概念である「工業倫理」、「技術者倫理」と「技術者倫理教育」について調べてみた。

 ネットを探すと、「工業倫理」「技術者倫理」「技術者倫理教育」を扱った論文はたくさん見付けることができる。

 工業倫理、技術者倫理教育の観点から、三氏の論文を読んでみた。

工業倫理教育のすすめ」 中村収三 大学の物理教育 2000-2号
(http://ci.nii.ac.jp/els/110001942524.pdf?id=ART0002125092&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1475139744&cp=)

 なによりも、学生たちに,「技術者は社会に対し特別の責任を負う職業である」という専門家意識を持たせることが肝要である.
 繰り返しになるが,「特別の責任」とは、「技術が危険なものとを安全に利用する智恵である」ことと,「技術が高度化すればするほど,一般大衆には理解し難くなっている」ことからくる責任である.

 仮想事例よりは,内外の実事例のほうが興味を引くようだ. さらに,講師の体験事例を話すと,学生たちの目の色が変わってくる. 実社会で技術者を20年,30年とやっていれば,工学倫理に関わる問題で,無念な思いや,恥ずかしい思いや,あるいは,誇らしい思いをした経験の,二つや,三つはあるものだ. それを技術者の卵たちに伝えるのも,教育者としての義務だと考える.

工学倫理と技術者の倫理」 岩崎豪人 京都大学文学部哲学研究室紀要 : Prospectus No.3
(http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/50691)

 倫理問題は、技術者個人の問題であるだけでなく、システムや構造の問題でもある。企業倫理や環境倫理とも絡んでくる。そのような問題を工学倫理外の問題として切り離してしまえば、工学倫理の問題として残るのはエンジニア個人のモラルや問題解決能力という狭い領域になってしまう。その領域のみが工学倫理の専門領域だとして独自性を強調する手もあるが(専門家は往々にしてそうしたがるわけだが)、企業や環境の問題として取り込んで考えていくことの方が、より実りある成果をあげられるのではないだろうか。

 個人が確固とした良心を持つことや、正しい倫理規定をつくることが、ただちに問題を解決する特効薬になるわけではない。個人と社会の相互作用の中で徐々により良い方向へ状況を変え、倫理観を醸成していくという歩みの遅い道しかないのである。その際に注意すべき点は、2節で述べたように、従来の相互監視・相互規制型のモラルや倫理を強化することは弊害が大きいという点である。集団や組織を閉じるのではなく、むしろ情報も開示しオープンにしていきながら、内集団ひいきに陥らないような、公正な新たな仕組みや、倫理を「作り上げていく」という観点が必要になる。

技術者倫理教育の現状と課題」 杉本泰治 土木学会論文集H (教育) Vol1.2, 11-20, 2010.3
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejeep/2/0/2_0_11/_pdf)

 わが国では、倫理と言えば、高いところから権威を持って説かれるものという思い込みがある。技術者倫理についても、「厳格な倫理規範」であり技術者を「厳しく律する」、などと説かれていることが少なくない。これは、しかし、誤解である。このタイプの誤解は、普通の人の倫理が素直に育つのを阻害さえする。
 倫理は本来、わかりやすく、近づきやすいものでなくては、普通の人は守れないし、守る気にならない。
 現代の技術者は、少数のエリートではなく、産業、行政など広範囲にわたる需要をみたす多人数である。どの人も一定レベルの専門的能力と適性をそなえる。という意味で「普通」の技術者であることが期待されている。その倫理は、普通の技術者にとって身近な、お互いに気軽に語り合える等身大の物でなければならない。技術者の就業の期待像は、普通の技術者が、普通の倫理意識をもち業務に従事する、ということだろう。

 技術者倫理教育のにない手は、学生たちを技術者として育てる責任を負い、学生たちの行く末を思いやる立場の人でなければならない。といえば、専門科目の常勤教員である。
 常勤の専門科目教員が責任者となり、しかし、自分だけではできないから、必要に応じて他の協力を得るやり方が、実際に行われていて一般的である。実務経験が十分でない常勤教員が増える傾向にあるが、先輩エンジニアとして実務経験のあるエンジニアの助力が有用である。

中村収三氏は
技術者の個人の専門家意識を持たせること、そのためには実体験を元に体験談を語ることができる教師が必要だという。

岩崎豪人氏は
中村収三氏の論文を引きながらも、
技術者個人のモラルに頼るのではなく業界全体の問題としてとらえ、仕組みや倫理を「作り上げていく」という観点が必要になるという。

杉本泰治氏も
中村収三氏の論文を引きながら、「倫理」は等身大でなければならず、実務経験が十分でない常勤教員が増加しているから、実務経験があるエンジニアの協力が重要だという。
 また、技術者倫理教育においては、雇用労働経験のない学生にとって利益相反、内部告発の学習は難しいため、実務経験がなくても理解しやすい注意義務から学習するべきという。

考察

 杉本泰治氏が指摘するように、利益相反(倫理のジレンマ)や内部告発には正解があるものではないから、労働経験が無い(少ない)学生には難解だろう。 しかも、一般的に理系の人間は正解がある問題は得意だが、正解がない問題や正解が複数ある問題は苦手だ。 

 注意義務(倫理規定)は、知識として習得することは可能だが、倫理規定を単なる知識(問題に対する正解)として学習すると、技術者倫理が「単なる心構」になる恐れがある。

 職に就くと多かれ少なかれ技術者倫理と企業倫理(組織の都合)のジレンマに直面することになる。そのときに、技術者倫理を「単なる心構え」として学習した者は、企業倫理を優先しがちになるのだろう。特に、企業、団体、部署内で技術者が少ない場合には、企業倫理が圧倒的優勢となり技術倫理を体現することが困難になる。(困難になるところか無理だ。)

 実務経験がある技術者が技術者の卵である学生に教える意義は、
利益相反や内部告発に関する体験談はもちろん、技術者倫理は「単なる心構え」ではなく技術者の根源であることを、実務のジレンマを経験した技術者が語ることだと思う。


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