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2017年11月

2017年11月30日 (木)

10年後、君に仕事はあるのか?

10年後、君に仕事はあるのか? <未来を生きるための「雇われる力」> 藤原和博 ダイヤモンド社

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 高校生と高校生を持つ親向けに書いてあるので非常に分かりやすい。

 大半の大人は自分を取り巻く環境が今のまま続いて欲しいと思っているのではないだろうか。慣れというものは恐ろしいもので、子供などにに進路などの将来のことを相談されたときに、自分の過去の経験や、現在の環境を前提に答えてしまう。

 子供が知りたいのは10年、20年先の話だから、現状を前提に答えられない。ましてや、親の経験は20~30年も昔の経験だから、30年も昔の経験で20年も先の未来を考えられない。 答えられるのは、人間って何?のような極めて抽象的な問題くらいだろう。

 職場でも同じだ。40、50歳台のマネジャと話すことがある。若い人の将来に不安があるらしい。彼らは、若い人達が専門性を高めると将来別の仕事に移ったときに困るのではないかと考えているらしい。

 よく聞いてみると、彼らは未来が現在からどれだけ変わっているのか考えていないように見える。 「その部署は将来も有るの?」と尋ねると、キョトンとしている。将来その部署が存続し続けているのか無くなっているのか答えてくれたマネージャはいない。おそらく彼らは現在の環境が未来永劫続くと考えているのだろう。

 50歳台の人は10年後、定年退職した後自分がどれくらい評価されるか考えなくてはならないから心穏やかではない。しかし、今現在の評価が退職後も続いていると考えると心穏やかでいられる。でも、それは思考停止だ。

 そして、思考が停止した状態で他人にアドバイスするのは無責に過ぎる。

 将来の見通しや展望を語るのは難しいけれど、年の功で将来を考えるのが年寄りの役目ではないだろうか。

 藤原和博氏は、生きるために必要な力は、情報処理力、情報編集力、基礎人間力だとおっしゃる。 そして、これまでの日本の教育は情報処理力:情報編集力の比率が9:1だったものが、今後7:3になるだろうとおっしゃる。

 技術者にとって情報処理力は重要なことは今後も変わらない。 今後重要性が増すであろう情報編集力に揚げてある、

  1. コミュニケーション・リテラシー(異なる考えを持つ他者と交流しながら自分を成長させること)
  2. ロジカルシンキング・リテラシー(常識や前例を疑いながら柔らかく「複眼思考」すること)
  3. シミュレーション・リテラシー(アタマのなかでモデルを描き、試行錯誤しながら類推すること)
  4. ロールプレイ・リテラシー(他者の立場になり、その考えや思いを想像すること)
  5. プレゼンテーション・リテラシー(相手とアイディアを共有するために表現すること。

はいずれもマネジメントに必要な能力だ。技術者がマネジメントできない原因の一つはこれらの能力が足りないのかもしれない。

 技術力が高い者はコミュニケーション能力が低いと言われる。

 もともと情報処理力(数学、理科)に適性があった者が技術者になって、さらに情報処理力を磨く。仕事柄若いうちは情報処理力を高めなければ技術者として食っていけないという事情もある。 情報処理力と情報編集力とのバランスが悪いことに気がつかない。

 このように考えると、技術者だからコミュニケーション能力が低いのではなく、教えられてないからコミュニケーション能力が低い者が多いのではないだろうか。

 学校では、コミュニケーション能力は偏差値に影響しないから積極的に教えない。
技術者ばかりの職場に入ると先輩・上司は教えてくれない。いや、教えられないのだ。教えてもらった経験がなければ人に教えることはとても難しい。

 マネジメントをやるようになると、情報編集力が足りないことが問題になる。当然マネジメントに支障をきたす。問題に気付かないで乗り切ろうとする強者もいる...

 ここで情報編集力を獲得したり、高めるトレーニングをすれば良いのだが、古い組織は官僚制で対応しようとする。上意下達というやつだ。 上意下達でも日本人は一から十まで命令しないから行間を読むことは必要だ。ところが行間を読む能力はとても高度なコミュニケーション能力だ。 かくして、技術者上がりの使えない管理者が増殖することになる。

 同世代のマネージャと話すことが多い。彼らと「人材育成」の話をすると、10人中9人は情報処理力の向上の話をする。人材育成には情報編集力の向上も必要では?と問うと、明らかに困惑している。彼らも同じように情報編集力を教えてもらっていないのだ。実は、人材育成担当も同じような傾向がある。おそらく組織的な問題だろう。

 学校教育で情報編集力の割合を増やしてくれるのは大歓迎だ。
今のところOJTで情報編集力の向上は見込めないから、研修で情報編集力向上のトレーニングをやらなければならない。

 まず、人材育成担当に働きかけてみよう。


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2017年11月28日 (火)

教える能力 <自助努力に頼りすぎ>

 教える能力について考えてみた。
研修の講師をやることがあるが、職業教師や職業講師ではないし研修部門に勤務しているわけでもない。残念ながら教える能力を教えてもらったことはない。(言い過ぎました。今年1回講義を受けました。 ^^;;)

 なにかを伝えようとするときに相手に伝わる量は

 伝わる量=教える能力×学ぶ能力

 教える能力=形式知×教える技術

だと思う

 専門的な内容や講義マニュアルができていない内容などの講義は知識や技術、経験を持っている人に講師を依頼することがよくある。

 外部講師を依頼する場合に注意しなければならないことは、「教える技術」が高いとは限らないことだ。 講義をこなしている人は教え方が上手な人が多い。しかし、専門分野の高い知識、技術を持っていることと「教える技術」を持っていることとは別物だ。

 講師の「教える技術」が低い場合には、受講者の「学ぶ能力」が高くなければ、効果のない講義になってしまう。OJTのように1:1のマンツーマンではなく、1:Nの講義形式では、講師の「教える能力」が向上すると研修の効率が上がる。当然、「教える能力」が低ければ研修の効率は下がる。

経験では
 手っ取り早く「教える能力」を上げるには形式知を増やせばよい。形式知は、本来の仕事の能力も上げることができるので一石二鳥だ。

 ところが、職業教師や職業講師でない者が「教える技術」を習得することは困難だ。

 理由は3つ、

  1. 講師は本来業務ではない
     講師は本来業務ではないと思っているので「教える技術」が低いのは仕方がないと思っている。だから、教えられる側(受講者)が努力すべきと思っている。無理もない、本来業務でもなくロハで講師を引き受けた上に上手に教えることを要求されるくらいならお断りしたい。これが本音だ。
     
  2. 「教える技術」が無くても本来業務は困らない
     「教える技術」が無くても本来業務は困らないことが多い。特に良いマネジャがいる場合には「教える技術」を持たなくても成果は挙げられる。 さらに、教えることは本業ではないと開き直ることができる。
     
  3. 教える側の優位性
     教える側、教えられる側という立場的な関係もある。社会通念上教える側が上位だから下位の教えられる側が努力すべきと考えてしまう。
     知識や情報を伝える作業と考えれば上位も下位もない。双方が能力を向上するべきなのだが。

 長い間講師をやっているが、正直に言うと、最近までこのように考えていた。
教え方が悪いと言われたときに、自分の教える能力を向上させる努力をしないための言い訳だ。

 マネジメントを始めたころから徐々に意識が変わったと思う。
変わったのは、

  • 「教えることは本業ではない」と言えなくなったこと、
  • 講義の成果を考えるようになったこと
  • 「教える技術」が低いことが受講者の貴重な時間を奪うことになると考え始めたこと、
  • 講義は目的でなく手段と考えるようになったこと、
  • 等等

マネジメント的には
 職業教師、職業講師、研修担当でない人の「教える能力」を向上させるのはかなり難しいと思う。

 まず、本人が「教える能力」が低いことを認識しなくてはならない。
人は言い訳を考えるのが常だから、能力が低いことを指摘されたら素直に直す者ばかりではない。

 マネジャは「教える能力」が低いという事実を伝えれば良いわけでもない。
注意、助言を与えれば良いというものではなく、マニュアルを与えたり、リハーサルを行う、手本を見せるなどの訓練が必要だ。

 つまり、『「教える技術」を教える能力』を持った人が必要だということだ。 しかし、アドバイスだけであとは自助努力に頼る管理者は多い。ハッキリ言ってマネジメントの手抜きだ。

コミュニケーション能力
 人に何を教えることはかなり高度なコミュニケーション能力が必要だと思う。
自分のコミュニケーションが低いからそう感じるのかもしれないのだが、受講者に伝わったかどうかの反応を見ながら講義するのは、口で言うほど簡単ではないと思う。

 日本人の反応は薄いし、分からなくても「分かりません」と言う人は極めて少ないから、表情や仕草を読み解かなければならない。コミュニケーション能力が低い者にはハードルが高い。

 さすがに、受講者が寝ると良くわかるが、そうなっては手遅れだ。

講師を命じる立場にある人
 コミュニケーション能力が低い人を講師にする場合には、特に注意しなければならない。
教育効果が上がらないだけではない、受講者の貴重な時間を奪っている。

 「ありあわせの資料でテキトーにやっといて」と言われると、「オメーがやれ!!」と思ってしまう。

 講師を命じる立場にある者は、コミュニケーション能力の低い人が何に困っているのか分からないなら、彼らを講師にしてはいけない。

 講義が上手くできなかった講師にも、受講者にも罪悪感があるが、講師を命じた者に罪悪感は無い。これが一番の問題だ。


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2017年11月26日 (日)

価格破壊 <神の見えざる手の仕業>

 まず、この主婦が描いたイラストのクオリティが仕事に使えるレベルだと仮定する。おそらくプロのイラストレータが危機感を感じているところを見るとプロレベルなのだろう。

 適正価格ではないとか、正規業界の価格破壊とか、プロのイラストレータに限らず受け入れられない人は多いようだ。でも、思考停止しているのではないだろうか。

 価格破壊ではなくデジタル革命と捉えるべきではないだろうか。

 アダム・スミス先生によると価格は「神の見えざる手」が働いて、需要と供給がバランスしてイイ感じに決まるらしい。

 3万円が適正価格という人たちは、一昔前にバランスした価格から離れられないのだろう。
 価格が変化しない時代にこの業界に参入した人は需要と供給を考えないから価格ありきと考える。当然、時給も固定していると考えるのだろう。よく考えると分かることだが、今まで需要と供給が変わらなかっただけだ。

 ところが、ITとネットの普及で需要と供給は変わっている。
おそらく、そのことには気づいているが、変わらないで欲しいと願っているだけだろう。需要と供給のバランスが変わると、それに適応して自分も変わらなくてはならないから。

 この業界には疎いので、2500円が適正かどうかは分からない。しかしネットを使うと低価格になることは皆知っていることだ。ネットを使うと、固定費が削減できるし、マッチングサイトを使うとフリーでも仕事ができる。

 3万円が適正価格という人は「 オレ達はオレ達のプライドに殺される」のではないだろ
うか。

 玄人はだしの主婦が小遣い稼ぎをすると玄人が困るという論調も多い。でも、元玄人で訳あって主婦をしている人は多いのではないだろうか。ネットのおかげで一線から離れている元玄人が参入しやすくなっているということだ。 当然、小遣い稼ぎの玄人はだしの素人も参入し易くなっている。

 つまり、供給は増える。当然価格は下がる。そして新しい適正価格が決まる。
価格を下げているのは、新たに参入してきた人たちではなく「神の見えざる手」だということだ。

 芸術家、技術者、技能者など能力を金に換えている人が勘違いしてはならないことは、能力はすべて時価だということ。 そして時価を決めるのは自分ではないということ。

 己惚れてはいけない。



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2017年11月24日 (金)

安崎暁氏の新聞広告 <おれの奢りで一杯飲もうぜ>

元コマツ社長 日経新聞に出稿した心を打たれる個人広告 (http://news.livedoor.com/article/detail/13922208/)

 余命宣告されたときに狼狽えることはなくても心穏やかではいられない。その後、色々なことを考えていると、自分の人生は振り返えるだろう。

 察するに、安崎暁氏は自分の人生に悔いが無かったのだろう。そして晴れ晴れとした気持ちになったのではないかと思う。

 人生に悔いを残していると悔しい。迷惑を承知で化けて出たくもなるが、悔いが無ければ晴れ晴れとした気持ちになる。

 新聞広告や感謝の会は終活の一つの在り方とか、死に向き合う潔さとかの大層な意見もあるが、人生に悔いが無ければそれほど大層なことではない。

 悔いが無いように生きるのは難しいけれど、「まあ、そんなに悪くなかったかな」と思えれば御の字かなと思う。

 それより、「おれの奢りで一杯飲もうぜ」っていうのがカッコいい。


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2017年11月22日 (水)

優れたリーダーはみな小心者である

優れたリーダーはみな小心者である。  荒川詔四 ダイヤモンド社

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 元ブリジストンCEOの荒川詔四氏が考える、大きな組織の中のリーダー論。

 タイトルには小心者とあるが、自分への戒めを超えて自虐的ともとれる内容もある。しかし、読み進めると、組織の大小は関係なくリーダー・シップを発揮しなければならない人にとっては、自虐ではなく戒めのように感じる。

 荒川詔四氏は出世について、

 そもそも、組織における出世などいい加減なものです。
  ほとんどが、たまたまそうなっただけ。たまたま、自分の直属の上司が出世したから、それに引っ張られて自分も出世した。たまたま、年次的に適任者がいなかったからお鉢が回ってきた。そんなものです。

 そして、自身のCEO就任も、なんらかの組織的な力学が働いて、たまたま私が選ばれただけだとおっしゃる。 これは、部外者には真偽のほどは分からない。「選ばれるべくして選ばれた」と考えることの危うさが伝えたいことだろう。

 また、リーダーは合目的であることに徹すれば良いともおっしゃる。
「たまたま選ばれた」と考えれば合目的に徹することは簡単だろう。これを、「選ばれるべくして選ばれた」と考えると、自分は他の人より優れていると考えてしまうから、合目的に徹することは難しい。

 地位(ポスト)は組織の目的を達成するための機能という考え方は合理的だ。しかし、日本人は(にかぎらず?)地位に能力だけでなく人格を求めてしまう。

 地位に見合う能力も人格も無いことは本人が一番よく知ってても、周りからチヤホヤされると、能力や人格を備わったのではないかと勘違いしてしまう。これも荒川詔四氏の指摘どおりだ。

リーダーたるもの、「自分こそが社会変化を起こす」という創造的発想をもたねばならないはず。にもかかわらず、「社会変化についていけなかった」などと〝犠牲者〟ぶっているようでは、誰もリーダーとは思わないでしょう。

 地位に見合う能力も人格も無いとしても犠牲者ぶらないことはできる。


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2017年11月20日 (月)

働き方改革(2) <成果を定義する>

その残業、何のせい?誰のせい? 藤田朋子 (2017-11-15)

 藤田朋子氏が指摘するように、働き改革の議論は、働き方改革 = 労働時間短縮になっている感がある。 問題は超過勤務だけではなく、有給休暇が取れなかったり育児休暇が取りにくかったりだ。

 残業=悪 ではなく、不必要な残業があることと、残業時間の多寡で評価することが問題だから成果を評価すれば良い。 これは、多くの識者指摘していることで、合理的に考えれば正しいのだが、割り切れないものがあって、合理的になりきれない人は多い。

 その根底には、頑張った人を評価するというキレイ事があって、しかも思考停止していることだ。また、何が成果か分からないのも藤田朋子氏の指摘どおりだ。

 ご多分に漏れず、ウチもそうだ。

 最近、チームのマネージャに伝えた。

  • 成果で評価します。
  • 頑張りは評価しません。
  • 頑張りを成果にするのがマネージャの仕事です
  • チーム毎の成果を定義しましょう

〇頑張り

 成果はどこかで誰か(顧客)の役に立っているはずだ。
だから、いくら頑張っても、成果にならなくては、誰の役にも立たない。
つまり、評価に値しない。と考えれば良いのだ。

 プロセスを評価するという考え方もあるが、頑張りを評価するのと同じようなものだ。
正しいプロセスを踏めば、正しく頑張れば、成果になる可能性は高い。短い期間では成
果にならなくても中長期では成果になるはずだ。それでも、成果にならないのは、プロセスが悪いか、頑張る方向が違っている。当の本人はなかなか気がつかないので、これを指摘して正しい方向に導くのがマネージャの役割だ。

と考えて、「頑張りは評価しません」と宣言した。

〇成果

 「何が成果か?」と問われると答えに窮することは多い。なんとなく成果と思っているとか、エライ人が決めたとかで、結果がなぜ成果として評価されるのか考えないことが多い。

 成果と指標を混同している人も多く、数値目標をクリアすることが成果だと考えている人も多い。

 と考えて、チームのマネージャにチームの成果を定義してもらうことにした。

 前の部署では、割と分かり易かったので、「成果」を定期的に確認するだけで良かった。今の職場は、成果が分かりにくい。こちらから彼らに成果を示しても良いのだが、あえて考えてもらうことにした。

 自分で成果を定義すれば、仕事の優先順位を決めることができる。そして、成果ではない仕事を止めることができるからだ。

 昨日までやってきた仕事が成果ではないと気が付くことがある。スパッとやめると波風が立つ、ジワりと止めれば時間がかかる。成果ではない仕事を止める決断はマネージャの責任で、どうやって止めるかはマネージャの能力だ。

 チームのマネージャの皆さんは「成果」を考えたことがないらしく困っているようだ。

 あと何年かするとマネジメント対象の人数も増えるだろうし、責任の重い判断をしなくてはならなくなるだろう。今考えるのは無駄ではない。

 そして、働きやすくて、しかも成果が上がる職場になる。


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2017年11月17日 (金)

アクセス増加 <全部読んだの?>

 ここ1週間アクセスが増えている。

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 特定の記事に対するアクセスが増えたのではなく、違うページへのアクセスが続く状態だ。
以前、ダウンローダーが来たことはあったが、今回は人によるアクセスのようだ。

そして11/15とうとう一番古い記事にアクセスがあった。

全部読んだのかなぁ。いやぁ ご苦労様ですねぇ。

どうせならコメントでも書いていただけると嬉しいですね。


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2017年11月15日 (水)

あなたは、なぜチェックリストを使わないのか? <コミュニケーション・ツールとして使う>

あなたは、なぜチェックリストを使わないのか? アトゥール・ガワンデ 普遊舎

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 アトゥール・ガワンデ氏は、「人」は誤りやすい。だが、「人々」は誤りにくいのではないだろうかとおっしゃる。確かに複数の人が確認すればミスは減るだろう。

 チェックリストは作業やチェック項目の抜け防止に使うことが多い。非常時には思考能力が低下しているので、チェックリストは有効だ。

 ところが、チェックリストをコミュニケーション・ツールとして使うという。
この発想はなかった。複数の人が同じチェック・リストを使ってチェックをするとコミュニケーションを取らざるをえない。チェックの最初に関わる人がコミュニケーションすることで、作業中のミスを指摘しやすくなるという。ナルホドである。

 チェック・リストを使うと効果があることはわかった。
では、どうやってチェック・リストを作るのか?それが問題だ。

 現場で使うものだから、現場を知らない者が作ることはできないだろう。マニュアルも同じように現場を知らない者が作ることはできない。

 マニュアルとチェック・リストも暗黙知を形式知化しなければならないのは同じだ。

 違うのは、マニュアルは暗黙知を文章や図表にすること(形式知化)だが、チェック・リストは、作業中に立ち止まって考えるポイントを示すことが目的だ。

 マニュアルは最良の手法を文章や図表で示すが、チェック・リストは最良の手法は示さない。チェック・リストを使う人達は暗黙知を持っていて最良の方法を自ら見つけることができるという考え方だ。

 マニュアルもチェック・リストも暗黙知を形式知化しなければならないのは同じだが、チェック・リストの方が作りやすいし、アップデートしやすいと思う。


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2017年11月13日 (月)

スペシャリスト

 これまで、スペシャリストを目指してきた。技術に携わる職業だからスペシャリストを目指しやすい側面もある。それでも、必要とされる知識や技能は時代と共に変わり、しかも変化の早いICT業界にいるとスペシャリストであり続けることは簡単ではない。

 スペシャリストは昔の職人のように頑固一徹、仕事のやり方は変えないというイメージがある。しかし、技術や環境の変化が速い業界にいると、頑固一徹ではやっていけない。むしろいかに早くいかに速く変われるかが重要だ。

 定年が近づいてきてようやく、スペシャリストであり続けるために必要なことが分かってきた。 もう少し早く分かっていれば、もう少し可能性も広がったのにと思うが、こればかりは仕方がない。理解が遅いのは生まれつきだし、教えてくれる人もいなかった。

 定年しても、人生はの残り人生は長いので、今までに分かってことを書いておこう。

◯なぜスペシャリストを目指すのか?

 簡単に他の人に置き換えられる人になりたくないと思っていた。と言えばカッコイイが、
注意散漫な性格だから、誰でもできる仕事を間違えないでやるのは苦手だ。苦手を超えて能力が低い。
 このような性格でも、認められて仕事をするには、簡単に他の人に取替えられない能力を持つしかないと思っていた。(今でも思っている)

◯スペシャリストの価値

  スペシャリストの価値が

 価値 = 希少性 × 能力

とすると、希少性を高めるのは競争をしないブルーオーシャン戦略、能力を高めるのは競争に勝つレッドオーシャン戦略だ。

希少性を高めるには

 希少性を高めるには、周りより早く能力を獲得すればよい。周りの誰も取組んでいないことに挑戦する。周りが勉強し始めてからでは遅い。

 周りの様子をみてから勉強を始めると効率が良い。自分に向いていないことも早い段階で分かる。しかし、能力を獲得したときには希少性はない。 一方、周りが取り組んでいないことを勉強するのは時間も金も必要だ。 さらに、時間と金などのコストをかけてモノにならないこともある。(よくある。) モノににならないことにはコストはかけにくいから、興味がある分野から始めると良い。

 希少性がある職場に変わる方法もある。技術者ばかりの職場では希少性は無くても、技術者がいない職場に変わると希少性は相対的に高くなる。

  • 周りより早く勉強を始める
  • 興味がある分野から始める
  • 希少性がある職場に変わる
能力を高めるには、

 能力を高めるには、時間と金をかけることが重要だ。仕事の合間ではなく学習の時間を確保すること。学習に必要な書籍や教材、セミナーなどに金をかけること。つまり自己投資すること。自己投資すれば必ず能力が向上するものではないが、能力が高い人はたいてい自己投資している。

 学習を始めて能力が向上して、平均レベルになるとも安心するものだ。しかし、学習をやめてはいけない。もう少し先まで、平均レベル以上まで能力を高めることが重要だ。

 学習は知識に偏りがちだが、できること、つまり技能も習得すること。
学校教育で技能を教えてくれるのは逆上がりや水泳、楽器の演奏くらいだ。これらが上手にできても評価は低いので、学校教育では知識の獲得に偏りがちだ。 しかし、現場では理論を知ってしかも実際にできることが求められる。

  • 身銭を切る
  • 平均より上までやる
  • 知っているだけでなくできるようになる

◯スペシャリストであり続けるには

 スペシャリストの価値は時間とともに変化する。最初は誰もいない分野でも、後から参入してくる方が速く能力を獲得できるから、希少性は時間と共に、加速度的に、低下する。

 知識・技能が汎用化、自動化されると、誰でも高い能力を持てるようになる。技術の移り変わりが速い業界では、苦労して高い能力を獲得しても一夜にして陳腐化してしまうことがある。(よくある)

 つまり、希少性がある分野を開拓して第一人者になったとしても、高い能力を獲得したとしても、生涯その価値が長く持続するわけではない。 開拓した分野に誰かが参入してくる前に別の分野を開拓する。汎用化、自動化される前に、別の能力を獲得することが必要だ。

 新しい分野に興味がなくなったり、能力を獲得する意欲がなくなったら、スペシャリストとしての旬は過ぎていると自覚すべきだ。 それでも、複数の能力を獲得していれば、能力の組み合わせが新しい分野、新しい能力になるので、小さいコストで価値を保つことができる。 新しい能力を獲得するまでの時間稼ぎに使える。

  • 変わり続けること
  • 複数の能力の組み合わせる


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2017年11月10日 (金)

変わろう <そんなに苦痛ではない>

 最近方々で「変わろう」とか「変えよう」とか言っているような気がする。

 変わるのはこれまで慣れ親しんだ考え方だったり、変えるのは仕事のやり方だったり。

 人はそんなに簡単に変わらないし、他人は変えられないのは分かっている。かつて自分もそうだったし、今でも変わることに躊躇することはたくさんある。それでも変わらなければならないと思うのは、自分や今の職場が提供している価値が低下しているのではないかと思うからだ。

 時代の流れや上の気まぐれで変わらざるをえないことの方が多い。
宮仕えが長くなると、変化に抵抗しながら抵抗しきれない変化を受け入れる術を身につけているような気がする。それが、一番楽なのだ。

 ツブシが効く人は、流されてていても能力を発揮できるから仕事ができる。だから、流されなければやってられない職場はゼネラリスト志向になるのだろう。ゼネラリストを目指すことは悪くはない。でも、変わらないために、その能力を上司などの無理難題の対応に費やすのは勿体無いと思う。

 スペシャリストはツブシが効かないと言われる。
自分のことを考えてみると、ツブシの効かないヤツだろう。スペシャリストを目指してきたこともあるが、それ以上に潰されたくないと思っている。流されて潰されるのは苦痛だから陰に日向に抵抗する。実にネガティブだ。

 必要とされる知識や技能は時代と共に変わる。変化の早い業界にいるとスペシャリストであり続けることは簡単ではないから、昔スペシャリストだった人は多い。

 習得した知識や技能が必要とされなくなってきたことが分かっても、自分を変えることができないのだろう。

 ゼネラリストのようにツブシは効かないのだから、必要とされる能力を習得するか、今持っている能力を必要とされる部署に変わるしかない。ところが、スペシャリストの中には、このことが分かっていながら変われない人がいる。多い。

 ところが、誰かに強制されるのではなく、自分の頭で考えて、自ら変わってみると、そんなに大変では無いし、苦痛でも無いような気がする。

 人は他人から変化を求められるのは苦痛だけど、自ら変わるのは苦痛ではない。


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2017年11月 8日 (水)

成功のコンセプト

成功のコンセプト 三木谷浩史 幻冬舎

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 この本はアマゾンよります楽天ブックスの方が安かった。
(ジェフ・ベゾス 果てしなき野望(2017/6/28)はアマゾンのほうが安い)

 2007年が初版だ。10年前の本だけど古臭さは感じない。
 この本が出る少し前、三木谷浩史と堀江貴文氏は時代の寵児だった。そして10年間でいろいろなことがあり、昔ほど騒がれることもなくなった。

 三木谷浩史氏は、「常識とは多数派の論理に過ぎない。」という。多数派の理論と自分の理論がほどよく離れていれば先進的として受け入れられる。ところが離れ過ぎると受け入れられないどころか排除される。この差は大きい。

 もう一つ両者の差は、この本の第4のコンセプトにある『顧客満足の最大化』ではないだろうか。この差も大きい。

 顧客志向はアマゾンのジェフ・ベゾス氏も同じだ。
 しかし両氏にとっての顧客は異なる。楽天の顧客は出店する人で、Amazonの顧客は商品を買う人だ。

 Amazonのように買う人の満足度を追及すると小売を潰してしまう。トイザらスも潰れてしまった。
 一方、楽天のように出店者(小売)の満足度を追及すると。必ずしも買う人の満足度は上がらない。

 楽天もAmazonもサービスは似てきているがバランス点は異なるのだろう。

 今後、楽天、Amazon、阿里巴巴がそれぞれ特色を打ち出して共存するのか、そてともどこか1社が寡占状態になるのかはわからない。 創業者はまだ若いけれどいずれ継承者の問題も顕在化するだろう。

 個人的には、楽天で電子書籍を買っているので、Amazon一人勝ち状態は困るなあ。


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2017年11月 6日 (月)

人材育成プラン

 人材育成の基本方針のような資料を見た。パワーポイント数枚の資料だ。

 違和感があったので、気になる点をノートに書き出したら、2ページになった。違和感の正体は、人材育成の基本方針がビジョンに根ざしたものではなく、しかも実現可能性が考えられていないことだ。

 階層型の組織では、上位の部署が考える方針はビジョンに根ざしているから下位にいる者が見ると絵に描いた餅のように見える。 一方、現場に近い部署が考える方針は実現可能性が重視されるから、「何のために」が無いように見える。

 中間の部署は、ともすれば絵に描いた餅になりそうな上位の方針と実現可能性との整合を考えなくてはならない。 考えない場合は絵に描いた餅が現場まで落ちてくる。絵に描いた餅は食えないので実行されない。

 件の人材育成方針はビジョンに根ざしたものでもなく、実現可能性も無い。
ビジョンと実現可能性の板挟みになるのは辛いものだが、その辛さをそのまま現場に投げたと言われても仕方が無い内容だ。

 人材育成に関わる者は「覚悟」が必要だ。
人材育成の現場にいる人は教育者だからこれは当然のことだ。人材育成プランを考える者は現場にいないことが多いが、同じように「覚悟」は必要だ。

 「覚悟」が無い者が人材育成プランを作ると、ビジョンもなく実現可能性の無いプランになる。


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2017年11月 4日 (土)

秋葉で買い物 <千石も模様替え>

久々に秋月が開いている時間に秋葉に行ったので前から欲しかったものを買ってきた。

Lcmxo22561 Lcmxo2256
↑LCMXO2-256
LatticeのMachXO2の一番小さいやつ。Mico8が載りそうな気がする。

Tmp92mc22fg1 Tmp92mc22fg
↑TMP92CM22FGと変換基板

TMP92CM22FGは東芝のTLCS-900/H1シリーズのマイコン。

TLCS-900/H1売ってる!と思って思わず買ってしまった。QFP100の変換基板も買ってきたけど、最近はんだ付けしていないから腕がなまっているだろうな。

TLCS-900/H1はZ80ライクのTLCS-90を16ビット化したTLCS-900を32ビット化したもの。
キングジムのポメラに使われているらしい。(↑じゃないけど。)
面白そうなので、ヤフオクでポメラの中古を探したのだけれど高くて断念した。

Irmodule
↑赤外線受信モジュール。安くなったよね。

 ついでに千石にも寄ったら旧本店がなくなって隣り2店舗に変わっていた。
どこに何を売っているか分からなくなったので一通り回ってみた。
本店地下は旧本店のB1,2Fが合体したような感じ。

↓こんなのを売っていたので買ってきた。

Coil Coil1
↑角型コイル 400μHと800μHの2種類があったので、800μHの方を買ってきた。


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2017年11月 2日 (木)

99%の人がしていない たった 1 %の仕事のコツ

99%の人がしていない たった 1 %の仕事のコツ 河野英太郎  ディスカヴァ ー ・トゥエンティワン

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 ノウハウ本は読まないようにしているのだけれど、Kindleの100円セールに負けてつい買ったしまった。

 河野英太郎氏は英数字は必ず半角を使用すべきとおっしゃる。

ここでは横書きの資料を前提としますが 、英数字は必ず半角で入力してください 。この統一をするだけで 、資料はぐっと洗練されます 。
さまざま見ていて最もみっともないと感じるのが 、半角と全角の表記が混在している資料です

理由は3つ

  1. グロ ーバル標準で全角はありえない
  2. 全角英数は見た目がスマ ートでない
  3. 基準を統一できない

この主張は賛成だ。

 とある職場では、数字を入力する際に1桁なら全角2桁以上なら半角という誰が決めたか分からない謎のルールがある。

 正直、気持ち悪くて仕方ない。シレ~ッとルールを無視するのだが、目ざとくチェックしてくれる人がいる。 言い始めると宗教論争になるので、「ああ美的感覚が違うんだな~」と思って、直している。

 おそらく彼らのルーツは縦書き方眼紙文化で、今でも一太郎なんかを使ってたりするのだろう。さすがに2倍角は見なくなったが、半角カナは時々見かける。
(実は通行証が半角カナ だったりする)

閑話休題
安いからという理由で本を買うのは止めようと思う。


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