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2018年3月10日 (土)

若い教師が午後5時に帰る <親は覚悟が必要>

公立小の副校長が「若い教師が午後5時に帰る」「やる気がない」と投書 「長時間やること=素晴らしいは本当にやめて」と疑問の声
キャリコネ 2018/.3/.2

 もとは朝日新聞の投稿欄らしい。 朝日新聞DIGITALにあるらしいが員登録しなければならないようだ。

 Twitterで探すと見つかった。(教師の独り言 @dLTVcQ0f9ghW3GA)
https://twitter.com/dLTVcQ0f9ghW3GA/status/968778242516697088

 最近このような記事が炎上しているのをよく見かける。しかし、ハッキリ言って議論はかみ合っていない感じだ。(なぜイマドキ社員は定時で即帰ってしまうのか(2016/09/21))

つまり、本当の問題は「午後5時に帰宅する」ではなく、

  • 教師は、聖職者なのか、知識の伝達を請け負っている労働者なのか
  • 教師の仕事は勤務時間だけで良いのか

 にあるような気がする。

 これらは真偽のような二元論ではなく、どちらかが強いとか、場面によって変わるという性質のものだ。

 教師が聖職ならば勤務時間外の時間を教え子のために使うのは当たり前だろう。 一方、教師は知識の伝達を請け負っている労働者ならば勤務時間外は自分の時間だから、定刻に帰宅しても、家で教材研究をしなくても咎められる筋合いではない。

 キャリコネのスタンスは教師は単なる労働者だから、この投稿に対して批判的になるのだろう。 キャリコネのスタンスは一貫している。

 ところが、投稿に批判的な人の多くは教師を労働者としてのスタンスで論じて、教師は聖職者というスタンスの人を批判する。 しかし、学校でのいじめの記事を読むとどうだろう。多くの人は教師を聖職者としてのスタンスで論じて、教師は労働者というスタンスの人を批判するのではないだろうか。

 つまり、炎上させている人はどちらかのスタンスに決めているのではなく、批判するためのスタンスで批判している人が多いのではないだろうか。

 副校長や回答者の先生は、かつて組合が強かったころに現場にいて、少なからず、教師は労働者か聖職者かで葛藤した世代ではないだろうか。

 つまり、投稿者や回答者の若い教師に対する不満は「午後5時に帰宅すること」ではなく、働き方改革の名のもとに「教師は労働者か聖職者かで葛藤しないこと」ではないだろうか?

 一方、保護者の立場では、修身教授禄(2016/11/08)優劣の彼方に(2014/10/24)を読むと、教師が聖職者であることを期待してしまう。 しかし、親(保護者)は、教師に聖職者を求めることが難しい世の中になっていることを認識しなければならないだろう。

 親(保護者)は、少なくとも知識の伝達以外の部分は教師任せにしない覚悟が必要だ。



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