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2018年8月24日 (金)

読書感想文 <寄せて書くのは大人のせいか?>

 読書感想文は苦手だった。夏休みの宿題の読書感想文は解説が付いている小説を選んでいたのだが、高名な小説家や評論家が書いた解説も難解だった。 切羽詰まって、解説を参考にして(パクって)感想文を書くのだが、読み返すと「絶対こんなこと思わない」という自信があった。

 読書感想文を書かせる意義は、自分が感じたこと、思ったことを文章にする能力、他人が書いた文章から伝えたいことを読み取り、何かを感じる能力を養うためだろう。

 コンクールに入賞した感想文を読むと、とても同い年の子供が書いた文章とは思えない「作品」だったような気がする。(子供は原作で脚本家がいたのかもしれない;p)

 普段読書の習慣が無いガキでも本を読めば何かを感じ、何かを思う。 しかし、それを文章で表現することができないのだ。

 幼稚園くらいの子供が話すことは発想が自由ですごく新鮮だ。 語彙が少ないから、少ない言葉で一生懸命伝えようとするからよけい新鮮に感じるのかもしれない。 ところが、小学生くらいになると、言葉でも文章でも伝えられなくなるのはなぜだろう。

 経験では、日本の国語教育は、自分が伝えたいことを紛れなく伝えるための表現方法を満足に教えてくれない。 いきなり小説家の難解な文章を教科書にするから、いつまでたっても文章で表現できるようにならない。 行間を読まなければならないし。

 少なくとも自分にとって、教科書に出てきた文章は難解すぎるものが多かった。

 今時の国語教育は知らないのだけれど。 あんまり変わってないんじゃないだろうか。 「わらぐつの中の神様」(2016/02/18)

 最近の夏休みの宿題の読書感想文は課題図書があるらしい。 課題なので「お手本」となる感想文があるのだろう。 そして、そのお手本に寄せて書くと褒められる。

 しかし、それは本を読んで感じたことではなく、本を読んで更にお手本を想像したことだから、本当の読書感想文ではない。 (能力的には高度だけど)

 「AIvs教科書が読めない子供たち」(2018/04/04)によると、子供たちの読解力が低下しているらしい。 その原因は、子供たちが文章を読み解き、感じ取るのではなく、大人が用意した正解に寄せる読み方、書き方をしているからではないだろうか。 

 見方を変えれば、大人たちがそうさせている。

 原点に返って、自分が感じたことを文章にすることを重要視するなら、課題図書でなく漫画でも良いだろう。 特に読解力が足りないなら絵を使う漫画は有効だ。文章より受け取る情報は多い。

 例えばワンピースを全巻読破して(こち亀だと夏休み中に読めないかもしれない)感想を書いても良いと思う。

 たぶん、親が反対するんだろうな。「寄せて読め」「寄せて書け」と。


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