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2019年2月17日 (日)

『地頭がいい』のは悪なのか?

 はてな匿名ダイアリーに 『地頭がいい』のは悪なのか? (2019/02/04) という投稿がある。

 IQ138でADHDと診断されている大学生の投稿。 高3の夏休みから受験勉強を開始して、塾・予備校を遣わず有名国立大学に合格したという。 

 彼の主張は、努力した人が褒められるのは分かるが、元から頭が良い人間は忌み嫌われ、努力マウントを取られるとに納得がいかないという。 そして、自分のような劣等感の塊が出てこないようにな教育が進むことを願うという内容。

誤解している?

  • 学校の成績が良いからといって「頭が良い」とは限らない
  • 忌み嫌われている原因は「頭が良い」だけとは限らない
  • 努力は「努めて成績を上げること」だけではない

 「地頭」はgoo辞書によると、

大学などでの教育で与えられたのでない、その人本来の頭のよさ。一般に知識の多寡でなく、論理的思考力やコミュニケーション能力などをいう。

だから、高3の夏休みから受験勉強を開始して、塾・予備校を遣わず有名国立大学に合格したのと、地頭が良いのはちょっと違うような気がする。

頭の良さと嫌われること

 「頭の良さ」が「記憶力、論理的思考能力の高さ」だとする。人に好かれるか、嫌われるかは、「記憶力、論理的思考能力の高さ」より、コミュニケーション能力の方が重要だろう。 つまり、頭が良いから嫌われているのではないだろう。

 投稿者は自分のことを劣等感の塊と表現する。
他人に褒められるかどうかにおいては、「記憶力、論理的思考能力の高さ」より問題解決能力やコミュニケーション能力が重要だろう。

 おそらく、投稿者は人間を評価する際の評価軸が「頭の良さ」しかないのだろう。現在の学校教育や、社会の常識ではそう考えるのも仕方ないかもしれない。 ところが、世の中は複数の評価軸で人を評価しているのだ。

 忌み嫌われると感じるのは「頭の良さ」以外の能力が致命的に低いのではないだろうか。

「努力」

 「努力」は「成績を上げる」だけではない。 広辞苑によると、「目標実現のため、心身を労してつとめること」だ。つまり、学校の成績を上げるために「努力」する必要が無いのであれば、他のことで「努力」すればよい。

 問題は、学校の成績に限らず「努力」したか、していないかだ。 
「努力」した者が「努力」していない者に対してマウントするのは理不尽ではない。

1つの評価軸

 社会人でも1つの評価軸に拘泥する人はいる。
典型的な評価軸は学歴や年収、容姿などだ。 評価軸にすることが悪いわけではない。これら1つだけを評価軸として使うことが問題だ。

投稿者にアドバイスするなら

他人を評価するときに

  • 頭が良い
    の他に
  • 創造力がある
  • 説明が上手い
  • 手先が器用
  • 足が速い
  • ケンカが強い
  • 歌が上手い
  • 人付き合いが良い
  • 思いやりがある
  • 金払いが良い

 などの評価軸で他人を評価してみるといいんじゃないだろうか。
そうすると、世の中の人は2種類に分類できないことが分かる。

 自分も世の中の人から多くの評価軸で評価されているから、忌み嫌われている評価軸以外の評価が上がるようにすればいいんじゃないだろうか。 そうすると、「嫌味なところはあるけど、良いところもある」という評価になると思う。

 そうすることが努力だ。


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