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2019年5月 9日 (木)

考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門

考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門 梶谷真司 幻冬舎

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 梶谷真司氏は、哲学とは「問い、考え、語ること」と「分からないことを増やすこと」で、考えることは問うことから始まるとおっしゃる。

 梶谷真司氏は、親や先生が言う「頭を使ってよく考えろ!」は「教えられた正解どおりに行動しろ!」という意味で、真に考える方法は教えられていないと仰る。 確かに教えてもらった記憶はない。学生時代もそうだし、働くようになってもそうだ。

 最近職場で「どうやるか」の前に「なぜやるか」を考えようよと、機会あるごとに呼びかけるのだが、イマイチ反応が薄い。 梶谷真司氏の主張にその答えがあるような気がした。

〇「どうやるか」

 初めて経験する案件は「どうやるか」を先輩や上司に聞いて処理する。 たいていそれは正解だ。「なぜ」を考えることをせずに、正解を覚えておいて、後でその正解を引き出しているのだ。 そして、その経験を積めば大部分の案件は処理できるようになる。

 仕事ができる者は、正解をたくさん覚えて、覚えている正解を素早く引き出せる者ということだ。 これは、学校教育で偏差値が高い者と同じ行動様式だ。

 ところで、「最近の若者は、自分で考えないですぐ正解を聞こうとする。」という、おじさんたちの愚痴を聞くことがある。 しかし、梶谷真司氏の主張が正しいとすると、おじさんたちが若い頃に自分で考えていたわけではないのだろう。

 昔のことを思い出してみると、先輩や上司は何度も教えてくれなかったので、一度教えてもらった後は、先輩や上司のやり方を見て覚えていただけで、決して考えていたわけではない。

 つまり、おじさんたちの愚痴は、「一度教えたことを何度も聞くな。」という意味で、親や先生が言う「頭を使ってよく考えろ!」と同じ意味だ。

 「最近の若者は失敗を怖がる」という指摘もよく聞くが、若者たちは失敗を怖がっているのではなく、正解が示されるのを待っているだけではないだろうか。

 既知の正解があリ、学生時代に教えてくれた先生のように、先輩や上司が正解を知っているならば、試行錯誤は効率が悪く、考えるのは無駄だと思うのも無理はない。 単に先輩や上司の意地悪だと思うだろう。なぜなら、若者たちは、正解を覚えることに自信があるし、記憶競争の勝者なのだから。

〇「なぜやるか」

 なぜ「なぜやるか」を考えなければならないかといえば、経験で処理できない案件が増えたからだ。

 昭和の時代に積み重ねた正解では対応できない案件が増えてきたが、新しい正解を考えないでいたら平成が終わってしまった。そして解決できないない問題が山積みになっている。 昭和の時代に正解とされた「どうやるか」では、既に解決できなくなっている。 昭和の時代には、google先生もいなかったし、AIに失望していた。

 だから、令和の時代の正解を見付けなくてはならない。 そのために、考えるきっかけを与える問が「なぜやるか」だ。 「なぜやるか」がわかれば、令和の時代の「どうやるか」が見えてくる。

〇哲学対話

 いきなり「なぜやるか」を考えようと言っても難しいから、考える手法や考える場を提供しなければならないのだろう。
「『なぜやるか』を考えよう」というと、多くの人は習い性で、自ら考えないで正解を求めてしまう。 若者だけではなく、おじさんたちも。

 考えようと思ったときに、この本で紹介されている、考える手法としての哲学対話は参考になる。


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