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日記・コラム・つぶやき

2017年7月20日 (木)

完璧な個人が集まらなければ、いい組織ができないのか?

完璧な個人が集まらなければ、いい組織ができないのか?
柴田朋子~キャリアデザインでHAPPYになろう~ (2017-07-19)

 柴田朋子氏は研修セミナー参加者が、話し合いやプロセスの共有ができないとおっしゃる。

完璧な個人が集まらねばいい組織ができないわけではないし
凄腕のリーダーが率いなければいい組織ができないわけでもない
いろんなタイプの人がいて、いろんなリーダーがいるのが当たり前なのだから

個人が完璧であろうとするより、主体的であること
凄腕のリーダーを待つよりも、相互にきちんと関わりあうこと
それが「気持ちよく」「前向きに」「活性化した」チームへの道じゃないかしらね。

…ってこれ、会社の話しじゃなく全部同じだ(笑)

 周りを見渡すと、表向き完璧なフォロワになろうとしている人は多いような気がする。でもそれは、自分が主体的に行動しないための言い訳だったりする。自分もそうだ。長年の習い性だから簡単には変わらない。

 「失敗するのが目に見えている」と言う人も多い。失敗した者は改善点が見えてくるので、成功の目が出てくるが、失敗しない者はいつまでたっても成功することは無い。それに、失敗するなら大勢の方がいい。

 失敗したら「責任が取れない」と言う人も多い。しかし、経験では「責任」を問われたことはほとんど無いし、少なくとも自分の仕事や立場に「責任」を持たなければならない。

 経験から言うと、思い切って主体的に行動したら意外にも文句を言われることもなかった。聞こえてこないだけかもしれないけれど、認知できないものは存在しないのと同じだ。v(^^

 何より、行動しない言い訳を考えているより、行動する方法を考えている方が楽しい。
行動したといっても、リーダーシップを発揮した訳ではない。行動しようと呼びかけただけだ。

 来週あるミーティングが楽しみだ。次のステップに行こうと呼びかけよう。


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2017年7月16日 (日)

業務改善を現場に求める狂気

「業務改善を現場に求める狂気」 megamouthの葬列 (2016-11-19)

「改善できない業界もあるんですよ」 megamouthの葬列 (2016-11-18)

カイゼンを行うには「教育」と「コミュニケーション」が必要だということを言った。この二つが意味を持つには雇用の安定と年功序列が不可欠である。

の続編。このエントリは

「見えない非効率 ー 今、動いているんだからいいじゃないか」 タイム・コンサルタントの日誌から (2016-11-13)

を受けての感想で、IT業界での業務改善がなぜ困難なのかが書いてある。

  • 業務のボトルネック、または無駄を見出す広い視点を持つ
  • ワークフローの強制と、システム化をする
  • 社員それぞれの問題意識を知ることができる
  • 結果責任を負うことができる

さえできれば効率化は可能であると言える。

↑これは経営者がやべき仕事という主張だ。

そして、実際に困っている人のブログ。

市教委「今年から通知表を電子化します…が、お金はかけられないのでExcelです。」「あ、これ絶対しわ寄せが現場にくるタイプだ…」 パパ教員の戯れ言日記 ( 2017-06-30)

 「業務改善を現場に求める狂気」に書いてあるようなことで困っておられるようだ。

「megamouthの葬列」さんが仰るように、管理職・管理部門がやるべき仕事は現場ではできないし、やるべきでない。という指摘は的を射ている。

管理職・管理部門がカギを握っているのだが、一番困るのは、業務改善能力は無いが関心はある管理職や管理部門だ。

  • 業務のボトルネック、または無駄を見出す広い視点を持つ
  • ワークフローの強制と、システム化をする
  • 社員それぞれの問題意識を知ることができる
  • 結果責任を負うことができる

ができないのに、業務改善に関心があるのだから周囲が困る。

 業務改善能力がないので掛け声だけだけになる。当然のように実務は部下や現場に丸投げする。そして、最後には現場の一番詳しい者が担当する。はっきり言って貧乏くじだ。

 上司である管理職や管理部門は改善能力がないので、担当者の支援をしない。いや、どのような支援をしてよいのか分からないのである。

 「パパ教員の戯れ言日記」さんには申し訳ないが、破たんしそうな匂いがする。
それでも、このケースでは、少なくとも周りの人が幸せにすることができるのでまだ良い。
管理部門が目的や用途が分からないシステムを作って現場に使用を強制するケースでは、誰も幸せにならないから、それよりマシだ。

 今回頑張って作っても、おそらく根本的な問題は解決しないだろう。
デキナイ管理職・管理部門は現場が業務改善しているのを見付けると、何も考えないで展開しようとする。なぜ、現場レベルで業務改善が必要だったかを考えないし、一部の現場での業務改善方法が全体で使えるかなど考えない。当然効果の検証はやらない。

 管理職・管理部門は「管理すること」が目的だから「問題を解決する能力」は重要視されなかったのだろう。 しかし、マネジメント(管理に非ず)しようとすれば、「問題を解決する能力」を獲得しなければならない。 

 獲得できなければ、成果を上げるどころか、不幸になる人が増える。



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2017年7月12日 (水)

そんなに武士になりたいか? <昔の価値観に捉われる>

そんなに武士になりたいか? Chikirinの日記 2013-03-19

 30年前の価値観と現在の価値観は当然違う。30年前の価値観に捉われてはいけないということ。

 できる人が会社を滅ぼす (2017/02/07)で同じようなことを書いた。
平成も29年が過ぎようとしているけど、いまだに昭和の価値観で仕事をしている人は多い。日清戦争が明治27年-28年だからその29年前は江戸時代だ。

 職場のオジサンたちに、

自分たちを日清戦争当時に例えるなら、激動の東アジアにおいて世界の列強に屈しないために国を近代化していた時に、ちょんまげ、大小挿しで尊王だ攘夷だと言っているようなものだ。

言ったら、多くの人はキョトンとしていた。

 夏目漱石は「明治の木には仁王は埋まっていない」と言ったが、平成のオジサンには仁王が見えているのかもしれない。でも、やっぱり、仁王は埋まっていないのだ。

 オジサンたちが価値観を変えられないのは分からなくもない。
問題なのは、

  • 若い人たちが昔の価値観に捉われていること、
  • オジサンたちのが、若い人たちがオジサンたちと同じ価値観をもっていることに危機感を感じないこと

だ。

 オジサンたちは、「これだからユトリ君は...」などと若い人たちの行動様式を非難しがちだ。 しかし、行動様式はいつの世も年寄りには受け入れられない。それは、オジサンたちも経験があるだろう。

 オジサンたちもユトリ君もおなじ「安定志向」だ。
オジサンたちは上司から「変われ!」と命令されたら「変わったフリ」をしていたけれど、ユトリ君は「変わる意味が分かりません」と言うところが違うだけで、変わりたくないのはオジサンもユトリ君も同じだろう。

 オジサンたちの時代は「変わらないこと」は理にかなっていたのかもしれないが、はたして今どきは理にかなっているのか考えなくてはならない。

 考えるのはユトリ君たちだけでなくオジサンたちもだ。

 決してちきりんさんのマネをしたわけではない。

 そんじゃーねー


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2017年7月 6日 (木)

気にしないこと”こそ最大の防御

“攻撃は最大の防御”ではなく、“気にしないこと”こそ最大の防御」 公務員 島田正樹 ~仕事と私事と志事と~ (2017年07月01日)

「課外活動やってる暇があったら、本業を頑張れ!」と言われている人に対して、島田正樹氏は

活動をしている当事者の側に伝えるべきことはないのか、と考えたときに、思うことがあります。

それは、

当事者ではない人(例えば人事当局の担当者とか職場の同僚とか)の言うことや、言外の雰囲気とか、

気にする必要無いよね

ということ。

という。

 「課外活動やってる暇があったら、本業を頑張れ!」と言う動機は「嫉妬」だと思う。
そして、この人たちは、いろいろなリスクを挙げるが大したことはない。

リスク=発生確率×発生時の被害額

だが、文句を言う人たちは、

リスク=0

でなければならないと言うので、どこまで行っても平行線だからお話にならない。

 結局、本業でしか頑張れない(本業でも頑張れない)人は、自分ができない(と思っている)課外活動をやっている人が羨ましいのである。そして、外活動で輝いている人を見ると、組織の中で埋もれて希望を失っている自分がふがいなく思える。しかし、外に出て活動する勇気も、気力もない。

 課外活動をしている人の存在自体が許せないのである。

 「嫉妬」している人に正面から対応するのは疲れる。ハッキリ言ってそんなことに関わっていると自分の活力が吸い取られる。「嫉妬」という 負の感情が溢れているから。

 そんな負の感情に付き合う必要はないということだ。

 「愛情の反対は無関心」というから、かなり強力な防護策だ


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2017年7月 2日 (日)

AI・人工知能EXPO

 

AI・人工知能EXPOに行ってきた。

 大盛況で、「通路に立ち止まらないで下さい」状態だった。皆、AIや人口知能に期待しすぎのような気もするのだが。これがブームというものだろうか。

 画像認識、チャット・ボット、自然言語処理関係の展示が多い。実用化レベルに達しているのだろう。
その中で、引っかかったのはRPA(Robotic Process Automation) 分かりやすくいうと、人間がパソコンを使ってやっている定型的な作業をロボットに代行させるとういうもの。
ここでいうロボットはソフトウェア。Pepper君がパソコンを操作してくれるわけではない。^^)

 現在は、ちょっと賢いマクロくらいの感じだが、AI技術の進歩すると自律的に作業ができるレベルになるという。

 説明を聞いた感想は、有効かもしれないが、問題を解決しているわけでは無く、本来業務フローを見直すべきところを、場当たり的に対策するようなシロノモだと思った。

 ところが、一晩経寝ると、イイかもと考えが変わった。
現状、システムによくある問題は

  • システムを構築する際にヒューマン・リソースを考慮していない(人件費は只)
  • 業務フローを考えていないからシステム間の連携が困難で手作業が多い
  • システムを構築する者は使用しないからは改善は眼中にない
  • 文句は言うけど、「改善しようと」いう人がいない(極わずかにいる)

だから、問題を根本的に改善することは困難だ。(無理かも)

 一方で、現場では、用途不明のデータ入力が貴重なリソースを浪費して本来業務を圧迫している。

 ならば、先割れスプーン的でも使う価値はあるのかもしれないと思う。

 もう一つの問題は、情報システム部門に「ユーザの生産性を向上させるためのシステム構築」という考え方が微塵も無いこと。(致命的だ)

 「お上(情シス)が構築したシステムを使わせてやるからありがたく思え」的なスタンスだからいつまでたっても使いやすくならないし、業務は効率化できないし、生産性は上がらない。
 Excel方眼紙のデータを埋めろというメールが来るとアホかと思ってしまうが、仕方がない。情シス部門が効率化を邪魔しているのだから。

 「民は之に由らしむべし之を知らしむべからず」というお上思想が根強いから、情報を共有しようとすると、とんでもなく苦労する。 普通の人は、そこまで苦労して情報を公開しようとは思わない。情報共有できれば1+1が3になる可能性はある。しかし、現状は1+1は0.5だ。ロスが多いのである。

 愚痴になってしまった。 (^^ゞ

 「ユーザのために」とはいわないので、先割れスプーンでもいいから導入してくれないかな。


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2017年6月30日 (金)

問題解決 <プロセスを知ることが重要>

 とある会議に出席した。
 与えられた時間は5分だけだけど、会議の後の懇親会が主目的だったりするので、まあいいかという感じだ。

 その会議の後半で、課題に対する討議の時間が設けられていた。問題解決のための討議なのだろうと聞いているとそうでもないようだった。

 トヨタでは問題を解決しようとすると

  1. 問題の明確化
  2. 現状の把握
  3. 目標の設定
  4. 要因の解析
  5. 対策の立案
  6. 対策の実施
  7. 効果の確認
  8. 標準化

のプロセスを踏むらしい。トヨタでなくても対策を立案するまでに「問題の明確化」「要因の解析」は必要だろう。

 その会議に出席した問題解決の当事者の人たちは、主催者側が予め設定した「課題」についてコメントを求められるのだが、賛成意見も反対意見も出ない。そして、最後に主催者側で予め用意してあった対策が発表されて終了した。

 最近流行っているスタイルらしい。まるで昭和のプロレスを見ているようだ。レフリー主導のエンターテイメントだ。

 残念ながらマイクが回ってこなかったので発言の機会がなかった。発言させるとちゃぶ台をひっくり返す危険性があると思われたのだろうか。

 主催者は決められた時間内に終わらせたかったという事情があったのかもしれない。その気持ちも分からなくはない。 討議をシャンシャンで終わらせたのは、当事者たちに対する「自分で考えろ」というメッセージなのだろうか。それならば、問題解決のプロセスはちゃんと踏んで、当事者たちが自分で考えるときの参考になるようにするべきだろう。

 残念ながら公式の会議の場では討議はできない文化がある。
実際の討議は非公式の場で行うにしても、問題解決のプロセスを踏んで、実施可能な対策を立案できるようになれば、問題は解決されるのだろう。そうすれば、問題が無かったことにしなくてよくなる。

 また、無謬性のくびきがあるので、問題点ありきの議論ができないという問題もある。
問題点を挙げるときには、原因が自分ではなく他にあるような問題を選ぶので、いつまでたっても自分の問題は解決されない。

 そうして、諦め感が漂っているので、問題解決のプロセスを考える人も教える人もいなくなったのかもしれない。

 それでも、本当に問題を解決したいと考えている人はいるはずだから、問題解決のプロセスを考える場を作りたいと思う。



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2017年6月24日 (土)

小林麻央さん亡くなる

小林麻央さん亡くなる NHK NEWS WEB (2017/6/23)

 闘病中だった小林麻央さんが22日逝去された。 ご冥福をお祈りいたします。

 小林麻央さんのブログ最後の更新(6/20)はオレンジジュース

 最近、不治の病でなくなった癌も多い。発見が早かったか遅れたかがが重要になっている。

 とはいえ、癌を患って生きるか死ぬかは、やはり偶然のような気がする。

 最近読んだ、

「年間300万人の大ブームは本当に辛かった」旭山動物園の園長がいま語る真実 旅のよりみちをお手伝い (2017.05.26)

にある坂東園長の

動物にとってガンは寿命である

が引っかかっていた。

 人間も動物だから癌は寿命ということなのだろうか。

 何故、偶然生き延びたのだろうかと考える。


 


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2017年6月19日 (月)

公務員になるというリスク <安定神話>

公務員になるというリスク (http://ameblo.jp/shimada10708/entry-12284089782.html)
島田正樹氏のFacebookではコメントがたくさんついている。

 島田正樹氏の視点は未来だけれど、現在の視点でコメントしている人が多いような気がする。

 島田正樹氏の将来の展望は正しいと思う。
「安定している」と世間の人の大部分が思っていて、公務員も将来どうなるかわからないと思っているのに、考えないようにしているのではないだろうか。そして、「公務員は安定している神話」ができ上がっている。

 そして、リタイヤしたら悠々自適、晴耕雨読というのは古き良き時代の話だ。
LIFE SHIFT
でリンダ・グラットン氏が指摘しているように、これからはリタイアした後のセカンド・キャリアのことを考えなくてはならない。それは公務員も同じだ。セカンド・キャリアに困らないのは、中央省庁の高級官僚だけだろう。

 と考えたときに、セカンド・キャリアを始める際に公務員の優位性はあるのか?と考える人は少ない。考えている人も少ない。いや皆、見ないようにしているだけだ。

 もう一つ、コメントには「やりたい仕事」かとという観点が少ない。

 「やりたい仕事」より「安定」は優先されるのだろうか?「やりたくない仕事」はけっこうキツイけど...

 皆、公務員には「やりたい仕事」ないと思っているのではないか。だから「安定」をとるか「やりたい仕事」をとるかの二択になっている。


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2017年6月16日 (金)

世話人 <雑務担当ではない>

 「世話人」は 広辞苑には

会や行事などで、事務を引き受けて円滑な運営をはかる人

とある。

 一般的には、幹事、事務局くらいの意味だけど、 職場の風土改革では、「風土改革の推進者」くらいの意味だ。もちろん、オフサイト・ミーティングで司会を務めることもあるけれど、世話人=司会ではない。

 幹事や事務局はいかにも雑務担当で実務担当ではないという感じだ。一方の、世話人は問題解決の当事者で雑務、調整やオフサイト・ミーティングの司会もやる。

 組織風土改革への「思い」を持っているという点で単なる雑務担当ではない。

 勝手に世話人を名乗って勝手に活動していた。ところが、最近異動したので関わるのが難しくなった。 こんなこともあろうかと、次世代の人を巻き込んでおいた。

 自分も含め、年寄り世代では悪しき風土を変えることはできないと考えて、何年か前から次世代の人たちに声をかけてきた。むしろ次世代の人たちの意識を変えることに注力してきた。

 年寄りが変わるのは難しいと思う。長年の理不尽に耐えて手にした評価が無くなることを恐れているようにも見える。わからなくもない。しかし、その評価は失礼ながら傍から見ると大したことはない。それでも、出来上がった他人の価値観を変えるのは、かなり難しいと思う。自分の能力を考えると他人の価値観を変えるのは無理だ。

 若い世代の中にも、年寄りの価値観と同じ価値観を持っている人はいる。一方で、年寄りの価値観とは違う価値観を持っている人もいる。

 後者に働きかけるたら、その人たちが年寄りになる頃には風土が変わるのではないかと思う。

 巻き込んだ人たちは世話人を募集しているようだ。「思い」を持った人集まるかな?


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2017年6月 5日 (月)

沈黙時間 

 昨年知人たちがSECCONオンライ予選に参加したときに冷やかしに行った。マジメに参加していない連中は早々に飲み会モードになるので、飲み会に参加するのが主目的だったりする。

 飲んでいて、ふと、ある人の手元を見たら珍しい時計をしている。

1

 赤色(毎時15分~18分、毎時45分~48分)は第一沈黙時間で、青色(毎正時、毎時30分)はは第二沈黙時間だ。 船舶局と海岸局はこの時間帯電波を出さずに、遭難信号(SOS)が送信されていないか聞きましょう。という時間。船舶局と海岸局にはこのような時計がかならずあった。

 まだセイコーが作ってるようだ。

セイコー MC-002↑(https://www.seiko-sts.co.jp/products/uploads/images/MC-002.jpg)

閑話休題

 その人に

 「その時計なんで沈黙時間が表示されてるの?」と聞いたら、「この時計に反応したのは3人目です」とのこと。

 うちの職場は通信士の資格を持っている人が結構いるので、反応する人が多いだろうと思ったがそうでもないらしい。通信士の資格は持っているのはオヤジくらいだから、そろそろ絶滅してきたのだろうか? 現場の技術力低下が顕在化(特に無線屋さん)しているのは偶然ではない。無線の技術者を採用していないのだ。

 彼はこの時計をたくさん買っていて、1つ譲ってくれるというので、その場で代金だけ払って忘れかけていたら先日届いた。

 見せびらかしたいけど、気づいてくれる人いるかなあ。

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 Facebookに投稿したら1人反応してくれた。


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