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日記・コラム・つぶやき

2018年2月18日 (日)

努力と才能と結果と

努力できない人もいる、結果が出ないこともある……
努力できるのは才能だから「できて当然」はやめてほしい

キャリコネ 2018.1.22

もとは2chのスレらしい。

それに、常に話題になるのは成功者。負け組がどれほどもがいて努力をしていようと、失敗すれば「それはお前の努力が足りない」と切り捨てる人の多いこの社会では、たとえ努力の才能のある人でも、結果次第では努力もしていない連中に貶されるのだ。

恐らく世間には、死に物狂いの努力をしたものの、結果が出ずに埋没していった社会人なんて山ほどいるだろう。「努力をしても結果が出ないことがある」ということを無視して、努力は誰にでもできる、努力さえすれば結果は出るはずというのはどう考えてもおかしい。

について考えてみた。

◯努力は誰にでもできるのか?

 広辞苑で「努力」は「目標実現のため、心身をろうしてつとめること。ほねをおること。」とある。

 だから、努力する才能というものはなくて、努力は誰でもできる。あるのは、目標を実現するとき効率が良いか悪いかの違いだ。つまり努力は才能ではなく方法論だから誰でもできる。

◯努力さえすれば結果は出るはず?

 努力は方法論なので、努力すれば必ず(望む)結果が出るとは限らない。しかし、(望む)結果が出る可能性を上げることはできる。これが「努力」の中で最も重要なところだろう。

 行動して結果を評価して行動と結果に因果関係があるか考える。行動を変えながら結果を評価して、効率の良い行動を見つける。これが「努力」の中身だろう。

 (望む)結果が出ないのは、行動と結果の因果関係を考えず、効果が無い行動を続けているからだ。

 体育会系は今でも多い。昔は練習中に水をを飲んではいけなかった。運動系の部活をやっていた人は経験があるだろう。  (望む)結果を出す人は、辛い|辛そうな練習をしていることが多い。しかし、辛いかどうかは表面的なことで、重要なことは効果があるかどうかだ。 練習中に水を飲まないという行動は辛いだけで効果はない。

◯努力をしても結果が出ないことがある

 「努力をしても結果がでないことはある」これは真実だ。
一方で、努力さえすれば結果は問われないという側面もある。つまり、「頑張ったからいいじゃないか」とか「よく頑張ったよね」とか。

 アタマがいい奴は最初から結果を求めないで、頑張ったフリや努力したフリをして頑張りや努力を評価してもらおうとする。

 「良い評価」を狙うなら、堅実な方法かもしれない。 

◯(望む)結果

 目標は自分で設定できることもあれば、与えられることもある。

 結果を出すために、先天的な才能や、幸運が必要な場合は、努力しても結果は出ないことが多くなる。 しかし、先天的な才能や幸運は自分では制御できない。自分で制御できるのは努力だけだ。

 つまり、自律的な活動で(良い)結果を出すためのには努力するしかない。

まとめると

  • 努力は才能ではなく方法論
  • 良い結果が欲しいなら努力するしかない
  • 努力しても良い結果が得られるとはかぎらない
  • 努力すれば結果にかかわらず評価されることは多い

 戦略を考えると、

  • 効率を考えて努力する
  • 天性の才能を持っている分野で努力する

「結果ではなく」「努力すること」を求められるのは、たいていブラックだ。 健康被害を防ぐために、

  • 努力したフリをする

という戦術はある。


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2018年2月16日 (金)

大量採用 <キーマンは採用担当>

教員不足解消のための大量採用が「学級崩壊」を招いていた! まいじつ (2017/12/13)

 笑えない。

 ウチは年齢構成がいびつだからこれから大量退職時代がやってくる。当然大量採用しなければならないから、全く笑えない。

 優れた採用担当者がいるかどうか?

 学校内における教師の最大の仕事は“学級運営”だという。こう考えれば、量より質重視であるべきという結論にたどり着くのは明白だ。

「大量採用は、当該自治体の予算が付くなら断行するに越したことはありません。しかしその場合、試験内容を吟味し、適した人材を厳選することが肝要です。ただし、“質”とは、一流大学出身であるとか、試験点数が高いということではありません。教育に真剣に向き合えること、何事にも一生懸命であること、どちらかひとつがあれば、さまざまな問題にも対応していけるはずです。こうした観点でみると、むしろ採用担当者に優れた人材がいるかどうかかが、鍵になると思います」(同・教師)

 ウチは技術を扱う仕事だ。
昔は余裕があったから、とりあえず採用しておいて、採用後に教育すればよかった。
逆説的には、学校を出てから仕事に必要な技能を習得する余裕があったということだ。
職場に人的な余裕があったらからOJTができたし、適性が無くてもそれなりに仕事があった。 

 今は、職場に人的な余裕がない。適性が無い新人が来ると結構大変だ。気合と根性では仕事にならない。

 ところが、採用に関わっているオジサンたちは、何とかなるだろうと思っている。
他所と競合しているとか受験者に選ばれているという意識が無いから、「どうしても希望するなら試験受けさせてやるよ」的な上から目線だ。

 採用試験や面接で適性を見抜けるかというと、おそらく無理だろう。
面接官に採用人数が足りないからレベルを下げろ的な圧力があると、スペックは良いが適性が無いように見える受験者を落とすことはまず無理だ。

 なぜかというと採用担当と面接官が役職で選ばれているから。
人の適性を見抜く能力がある人が採用担当と面接官なら適性がある人を採用できる確率は増える。しかし、人の適性を見抜く能力が無い人はスペックで選んでしまうから、適性がある人を採用できる確率は下がる。

 組織の根幹にかかわるところだけど、改善するのは難しいだろう。

 スペックで選ばれた人が役職で採用担当や面接官になるからスペックで採用するという負のスパイラルが生じている。


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2018年2月12日 (月)

勉強しようよ <教えてくれ!の先>

 とある判断基準を管理部門に尋ねると「判断はケースバイケース」でと言う。さらに「その都度判断するので早めに相談してほしい」と言う。 一方、現場はケースバイケースの判断では困るので「きちんとした基準を示せ」と言う。

 ここ数年オフサイト・ミーティングを企画していて、毎回このやり取りがある。

 現場はからすると判断基準が分からないととても困る。その判断ミスが地雷を踏む原因だったりすると余計心配だ。 そして、実際に地雷を踏んだ人はことさら管理部門を責める。 その気持ちはよく分かる。

 さすがに、何度も同じやり取りを繰り返しているには能がないとおもうのだが、管理部門も現場もミーティングのテーマに取り上げて徹底的に解決しようという雰囲気でもない。

 現場の個々の意見はもっともなのだが意見を総合すると。

「管理部門は複雑な問題は整理して、他部門と調整して、誰でも簡単に判断できる基準を決めて、文書で通知せよ」

のようだ。 ここまで来るとさすがに無理難題だと思い調べてみることにした。

 参考になりそうな本を買おうとAmazonで検索したら、なんと18,000円だ。ジャケ買いするには勇気がいるので図書館で借りてきた。

 分かったことは、複雑だと思っていた問題の根拠となっているのは、わずか7条の法律で、問題に関係するのはほとんど第1条だ。
しかもこの法律には訓令や規則がない。 若い頃勉強した電波法に比べたらまったくたいしたことはない。しかし、逆に下位の令規がないので解釈に困ってしまう。 解説を読むと通説が定まっていない解釈もあるようだ。

 何となくざっくり大枠は分かった。想定されるケースでは違法性や過失の判断が必要だ。 つまり、判断はケースバイケースだということ。

 何だ。管理部門の言ってることと同じじゃないか。(^^;

 判断基準を示せと言っている人は、物理の公式教えてもらって、その公式に条件を機械的に代入すれば答えが求められると思っているのではないだろうか。 残念ながら世の中は、物理の公式のようにきれいに書きあらわすことはできないということだ。

 管理部門が判断基準を示せないことは分かった。 しかし、それでは現場は困るのでどうすれば良いのか考えた。

 皆で勉強すれば良いのだ。細部の判断は専門家に委ねるしかないにしても、管理部門や関係部署と折衝する際に、基本を知っているかどうかは大きな違いだ。 基本を知らないまま最初の折衝を間違えると後々の折衝が面倒になる。

オフサイト・ミーティング参加者に、勉強しようよと提案してみよう。


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2018年2月10日 (土)

空気が読めない君へ

 とある会合で、若手を対象に実施した研修のアンケートが話題になった。

その研修は全国から対象者が研修施設で宿泊しながら実施している。そして、最後にアンケートを集めいているらしい。 参加者の1名が研修全体の感想を「良くない」と回答したとのこと。1名だから目立ったらしい。 どうやら講義のレポートを執務時間外に書かせていることが不満だったようだ。

 その研修は幹部の講義が結構ある。そのアンケートで空気を読まずに「良くない」と答えるところを見ると、なかなかやるな^^)という感じだ。

 オジサンたちの意見は、

  • ウチの職場には向かない
  • 将来幹部になると困る
  • 権利ばかり主張している
  • 将来バケるかも

など。さんざんな言われようだ。

 オジサンたちがコキ下ろすのを聞いていると、違和感がムクムクと湧き上がってきた。

 これって、昔の自分のことじゃないか!?。

 ここは空気読めない人間を代表してオジサンたちに反論してみよう。

◯ウチの職場には向かない
 単にオジサン達と価値観が違うだけだろう。昭和のオヤジの価値観を押し付けているからガラパゴスなシステムしか提供できないのではないか。 

◯将来幹部になると困る
 幹部にするかしないかはオジサン達が決めるのだから、オジサンたちが幹部に登用しなければ良い。自分の責任を放棄してはいけない。 そもそも空気が読めることは幹部登用の必須要件なのだろうか。
 忖度野郎ばかり登用するとトップが裸の王様になるが、オジサンたちはそんなに裸の王様になりたのだろうか!?
 
◯権利ばかり主張している
 公に認められている権利を主張することは悪いことではない。一方で、集合研修で明日までにレポートを仕上げる意味はある。 その意味について説明しないで、小学生を相手にするように、明日までに宿題やってこい的な対応をしているのではないだろうか!?
 
◯将来バケるかも
 大きなお世話だ。空気読むだけで世の中渡ってくくらいなら認めてくれなくて上等だ。

 結局昭和のオジサンたちの価値観に適応できない者を排除しようとしているだけではないだろうか。

 空気読めないオヤジから空気読めない君へ

  • 空気を読もうとか忖度しようとか考えなくていい。
    しかし、自分の能力を磨くこと。空気は読めなくてしかも能力が低いやつは相手にされない。
     
  • 正当な権利は主張すれば良い。
    一方で義務は果たすこと。最低限ではなく十分に果たすこと。
     
  • 「ウチの職場に向かない」という妄言には反論せず無視すること。
     本当にウチの職場に向かないのは、使命が分かっていないヤツだから。
     
  • 同期より昇任が遅れても焦らないこと。
     空気が読めないけど能力が高いやつが無理やり空気を読むようになって輝きを失ったのをたくさん見てきた。 
     
  • 義理は通すこと。
     奇特な人が現れて助けてくれたら素直に感謝すること、そして受けた恩は決して忘れないこと。
     
  • 重要なこと。
    「空気読めないわけじゃない。あえて空気読まないんだ」と言うのは空気が読めてない証拠だから (^^ゞ

 難しいことではない。
 空気を読まないことも、誰かの役に立つ仕事をするのも、自分で考えて行動して、その結果を自分で引き受ける覚悟があれば良いのだ。


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2018年2月 6日 (火)

Vieraの障害 <画面中央付近に黒い帯>

 先週からテレビ(Viera)の画面に黒い帯が映るようになった。
電源を入れてしばらくするとチラつき始め最後に黒くなって、帯状に映らなくなる。

Viera1

画面の裏のパネルを叩くと一時的に症状が治る。いかにも接触不良だ。

画面の端なら我慢もできるが中央付近なので困る。家人から直らないのかと言われたので、ぐーぐる先生に聞いてみたら、プラズマディスプレイではあるあるらしい。

原因は接触不良らしく出張修理でも直るらしいが修理費は高そうだ。分解してケーブルを抜き差ししたら直ったという記事があったので分解してみることにした。

Viera3

裏パネルの矢印があるネジを緩めると分解できる。

地デジになるときに買ったので6年くらい使っていて分解清掃したことはないので、埃が積もっている。特に上部にある4個のファンと下側の吸気穴付近が多い。2人がかりで掃除した。

Viera5

↑この辺りのコネクタが接触不良になっているのだろう。
ケーブルを外して接点を清掃しようと思ったら、綿棒もアルコールも無かったので、コネクタ抜き差しするだけにした。

下側のコネクタはケーブルがアルミ板で固定されているので抜き差しできない。コネクタのロックを緩めてもう一度ロックするだけにした。

通電すれば接触不良のコネクタを特定できそうだが、さすがに50インチは大きいし重い。動かすのも2人がかりになるので、確認しないで閉じることにした。

かみさんは新しいのを買う気になってる(気前良すぎ)けど直らなかったら修理を頼もう。

Viera2

どうやら直ったようだ。 問題はいつ再発するかだな。


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2018年2月 4日 (日)

働き方改革(4) <時短勤務>

 今はまだ時短勤務は女性の方が多い。しかし、今後少子高齢化が進むことを考えると男性も時短勤務するようになるだろう。

 既に育児に参加する男性も増えている。残業して当然の職場で残業しないで定時で帰るのも時短勤務のようなものだ。

 時短勤務の負担について考えてみた。

 例えば2時間の時短勤務をした場合、つまり1日6時間労働した場合を考える。(皆2時間残業している職場で定時に帰るのも同じ)

心理的負担

 負担感は同僚が働いているときに1人だけ早く帰ることへの罪悪感だろう。正当に認められた権利とはいえ、日本人的な感覚では後ろめたさを感じてしまう。 これは、自分が時短勤務者に抱いていた感情の裏返しではないだろうか。

 時短勤務者が残した仕事をかたずけていた人は、他人の仕事をやらされていると感じるものだ。 いつか自分が時短勤務する側になると分かっていても釈然としないものは残る。
そして、自分が時短勤務するようになると、同僚に良く思われていないのではないかと疑心暗鬼になる。

 労働集約型の仕事でありがちだ。労働時間が減った分のツケを他の社員に転嫁している管理者に問題がある。

業務的負担

 時短勤務が出来ることだけでもラッキーという職場もあるが、時短勤務できても成果を配慮しない職場がある。

 時短勤務すると当然給与は減る。これはいたしかたない。
困るのは、フルタイムで働いているのと同じ成果を求められることだ。2時間の時短勤務では6/8時間分の成果になるのが道理だが8時間分の成果を求めてしまう。つまり、時短勤務者にガンバりを求めてしまう。

 メディアで取り上げられる人は、自主的に業務を効率化して時短勤務でもフルタイムと同じ成果を上げた人だ。 このような人は労働時間以上の成果を上げているハイパフォーマーだから基準にしてはいけない。

働き方改革

 では、2時間の労働時間は誰が負担するのか?。
知識集約型の業務は成果は労働時間に比例しないので同じチームで吸収できる。(業務内容は同じでないと難しいが)

 労働集約型の業務では、アウトプットが減る。
同じ成果を維持しようとするならば、業務の効率化か成果の見直しが不可欠だ。
多くの場合アウトプット全てが成果になるわけではなく、成果にならないアウトプットはあるものだ。

〇理由はわからないけどなぜかやっている成果にならない仕事を止める。
〇それができないなら、成果を定義し直してやらない仕事を減らす。

 業務を効率化、合理化しなければ、時短勤務していない者にガンバりを求めてしまう。

 昔からやっているからと理由では、漫然と仕事をしていては働き方改革は夢のまた夢だ。

 時短勤務は誰かにガンバりを求めないことが重要だと思う。

###

 今の職場は、知識集約型の仕事だ。 成果はチーム毎に定義してもらうようにした。さらに、ガンバリは評価しないと宣言した。

 時短勤務には、良い環境ではないかと思うのだが。(自画自賛か^^)



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2018年1月29日 (月)

他言無用

 「勝手メルマガ」と称して、自分が考えたことを知人に送りつけている。
文末に「ご意見を」と書いておくとコメントをくれる人がいて嬉しい。

 最近気になったコメントがあった。
現状の不備を指摘する内容だったり、良い取組みだったりだ。コメント自体は参考になるし賛成なのだが、「他言無用」と添えてある。

 はて?困ってしまった。
なんせσ^^)はKYだ。行間は読めない。

自分の胸にしまっておいても効果は限りなく小さいので、「他言無用」の真意を考えてみた。

  • 情報の入手先を伏せて担当に伝えてほしい
  • 担当ではないがお前が解決しろ
  • 問題は指摘するけど当事者になるのは嫌だ
  • 外に知られては困る
  • 単なる愚痴

など。でも真意はやっぱり分からない。

 「内緒だけど~」という話を聞くと本当に内緒にするようにしている。誰かに言ってほしい内緒か本当の内緒か判断出来ないのだ。たいていは皆知っていたりするのだが。

 「他言無用」だから他言しないようにと思うのだが、困るのは、良い取組みが「他言無用」のときだ。 情報を共有するために「勝手メルマガ」を送っているのだから、良い取組みは、広く情報を共有したい。

 それとはなしに聞いてみると事情があるようで、根本は不信感に因るものだ。

 不信感は厄介だ。完全に払拭するには当事者が直接払拭するしか方法はない。

 それでも、第三者は当事者の不信感を払拭する手助けはできる。


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2018年1月27日 (土)

公務員はやはりマズいのでしょうか

公務員はやはりマズいのでしょうか (https://ameblo.jp/shimada10708/entry-12338406217.html)

 さいたま市役所に勤務されている島田正樹氏は、「公務員キャリアデザインスタジオ」を主宰したり、NPO二枚目の名刺に参加されるなどの活動をしておられる。

 この記事は、「LIFESHIFT×旅 ~人生を変える旅に出よう~第1回:海外への旅」というイベントに参加された感想。

あまり細かいお話の内容は紹介しませんが、私が感じたのは

やはり普通に公務員をやっているのは
なかなか“リスク”が大きいのかも!?

ということ。

らしい。 

詳細は島田正樹氏のブログ

を読むと分かる。

 「LIFE SHIFT」(2017/04/05)でリンダ・グラットン氏は有形資産と無形資産という考え方を提唱しておられる。

有形資産は現金や貯蓄、不動産など。一方、無形資産は、

  1. 生産性資産
    人が仕事で生産性を高めて成功し、所得を増やすのに役立つ要素のこと。
    スキルと知識が主たる構成要素。
     
  2. 活力資産
    大ざっぱに言うと、肉体的・精神的な健康と幸福のこと。
    健康、友人関係、パートナーやその他家族との良好な関係など。
     
  3. 変身資産
    100年ライフを生きる人が多くの変身を遂げるために必要な資産が変身資産。
    • 自分についてよく知っていること、
    • 多様性に富んだ人的ネットワークをもっていること、
    • 新しい経験に対して開かれた姿勢をもっていること
    など。

 公務員は安定していると言われる。安定しているのは現金収入だろう。(これは大きい)
つまり、有形資産が将来にわたって確保されることへの期待だ。

 人生70年時代には、
65歳で引退して引退後に最終所得の50%を確保しようとすると、現役時代に収入の4%程度貯蓄すればよかったから、収入が安定していることは大きなメリットだった。 マイホームを所有しようとすると長期間のローンを組まなくてはならないから、収入が安定していることが前提だった。

 現在は人生85年時代だ。
同じように65歳で引退して引退後に最終所得の50%を確保しようとすると、現役時代に収入の17.2%を貯蓄しなければならないらしい。 郊外のマイホームは将来不良資産になり、長期ローンは老後資金貯蓄の負担になる。

 これから先の人生100年時代は、
現役時代年収の25%を貯蓄しておかなければならないらしい。これは到底無理だ。では貯蓄を減らして、収入の10%を貯蓄しながら働いて引退後50%の収入で生活するとすると、80歳まで働かなければならない。

 リンダ・グラットン氏のいう有形資産を考えると、現金収入が安定していることは、老後資金の貯蓄については、大きなメリットだ。

 日本の公務員や公務員のような官僚的な会社・組織は、若いときに安い賃金でコキ使われて、歳をとったら現場を離れて管理職になって、スキル以上の賃金をもらうという。長期間働いてようやくペイできる仕組みだ。

 人生70歳時代は、引退後それほど働かなくて良かったから、このシステムで良かった。 ところが、現在の人生85年時代は、退職した後もどこかで働かなければならないから、退職するときにどのような資産を持っているかが重要になる。

 リンダ・グラットン氏が言う生産性資産を考えると、公務員や官僚的な会社・組織の管理職に必要なスキルは他の会社では使えないことが多い。しかも管理職時代のスキルは賃金に比べて低いから余計、他の会社では必要とされない。

 人生70歳時代のように、若い間にこき使われて働くのが当然と考えていると、地域との関係や、家族との関係を顧みることが難しくなる。 職場の友人が多くなり、学生時代の友人とは疎遠となりがちだから、活力資産も減ってくる。

 また、公務員の変身資産は勤務年数に反比例して減る。時代の変化に対応して自らを変えることが難しくなるからだ。 前例踏襲を良しとする職場で変わろう、変えようとすると極めて大きなエネルギーが必要だから、知らず知らずのうちに、変われない人間になってくる。

 つまり、公務員に適応してそこそこ働くき、そこそこの管理職になると、退職するときには無形資産(生産性資産、活力資産、変身資産)は足りなくなっているから退職後に働くところが無い。 そして社会から必要とされない自分に気が付く。

 これが、典型的な公務員になるリスクだと思う。

 人生85年時代を生きてきたオヤジ達は今正に「人生70年時代の働き方」で働いてきて、引退する段になって困っている。

 それでも、人生70年時代のオジイちゃん時代の価値観を変えられない。 今でも、これから先も人生70年時代の価値観が唯一正いと思っているのだ。

 定年まで何十年もある人は、
オヤジの忠告は聞かない方が良い。オヤジたちの価値観は現在の社会の変化に追従していないのだから。

 管理職になるときには、
現場で使っていたスキルを捨てて、新たに得なければならないスキルは何かを考えること、そして、そのスキルは普遍的に必要とされるスキルなのかを考えることを勧める。 オヤジ世代の忠告に耳を貸さずに、自分の頭で考えることを強く勧める。

 これから、公務員を目指す人は、
「人生70年時代の働き方」での安定を考えているのならリスクは極めて大きい。 その安定と引換えに失うものと、得ることができないものがある。  オヤジ世代の忠告に耳を貸さずに、自分の頭で考えることを強く勧める。

 今後、公務員という職業はダメダメかというと、そうではない。 やりがいがある職業だし、誇りをもって働いている人は多い。

 合理的に変えれば良いのである。

  •  変化のために行動できる人、職場の風土に染まらず変身資産を失わない人
  •  安定した現金収入を自分の業務以外のスキル向上に使い、生産資産を増やせる人

こそ、公務員になってほしいと思う。


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2018年1月25日 (木)

Googleが気付いたトヨタのマネジメントの神髄 <共通の価値観が必要>

Googleが背を向けたMBAに、なぜ日本企業は固執するのか -豊田マネージメント研究所副社長の高木徹氏に聞く(前編)-
(http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/415543/121100083/)

日経テクノロジー 近岡 裕 (2017/12/11)

Googleが気付いたトヨタのマネジメントの神髄 -豊田マネージメント研究所副社長の高木徹氏に聞く(後編)-
(http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/415543/121200084/)

日経テクノロジー 近岡 裕 2017/12/13)

 豊田マネージメント研究所副社長の高木徹氏へのインタビュー記事
よくある、Googleってスゴイんだぜとか、本当は日本のほうがスゴイんだぜのような記事かと思った。

──Google社は何に気付いたのでしょうか?

高木氏:「企業・組織文化(以下、企業文化)の構築」が競争力を高める源泉である、ということです。経営陣が戦略を立てても、戦術を実践する社員が統制的にマネジメントされるため生産性が低い。これが欧米企業の典型です。いわゆる「笛吹けど踊らず」の状態。これは自律的に動ける現場になっていないことが原因です。現場が自律的に動けなければ、生産性が高まらず、計画が遅延して、良い製品をタイムリーに造ることができません。結果、競争力が高まらない。

 実は、自律的に動ける現場にするには「共通の価値観」が必要なのです。トップがいちいち指示しなくても社員が間違わずに行動するには、みんなが同じ価値観に基づいて判断し、行動しなくてはなりません。それぞれが違う価値観を持っていると仮定してみてください。言葉1つを取っても、解釈が異なる可能性があります。

 自律的に動ける現場にするためには「共通の価値観」が必要というのはよく分かる。
ここ何年か企画しているオフサイト・ミーティングでも目標にしている。

 「共通の価値観」を持つ、は言うは易しである。
「共通の価値観」は持つだけでは足りない。 共有している者が体現できなければ意味がない。

 誰でも叱られるのは嫌なものだ。特に減点主義の職場では失敗したとき有形無形のペナルティが大きい。 当然、自律的に行動しようと考えたときに、自分の価値観が正しいかどうか自信が無いので結局行動しなくなる。 このようにして、「共通の価値観」が無い場合、現場は指示待ちになってしまう。

 「共通の価値観は」経営理念とか行動指針とか信条とか呼び名はいろいろある。これらの「共通の価値観」は紙に書いて全員に配ることはできる。 毎朝暗唱させることもできる。

 ところが、暗唱できても行動できなければ意味がない。

 例えば、「顧客に価値を提供することを最優先する。」これはよくある価値観で、皆共有しているはずだ。 ところが、イレギュラーなケースをこの価値観で判断して実行しようとすると、組織内の調和や、前例や、100年に1度も発生しないようなリスクを取り上げる意見(文句?)が出るわ出るわ...

 「やっちゃいけないのか (--メ 」と聞くと、「ダメ」という人はいない。
(ダメと言われても、価値観に照らして正しければやるのだけど ^^;)

 つまり、紙に書かれた「共通の価値観」はお題目のようなものだ。

 ではどうやって「共通の価値観」を持つのか?
トヨタのようにすでに会社の風土として「共通の価値観」があり、現場で実践されているなら、 紙に書かれた「共通の価値観」を配布して、座学で知識として習得すれば、後は現場でのOJTで定着できるだろう。

 問題は、「共通の価値観」がない職場や、過去の価値観は違う価値観を共通のものとしたい場合だ。

 今取り組んでいるのは、ミドルマネジメントが「共通の価値観」を持つこと。
トップが変わる度に「共通の価値観」変わると、現場はたまったものではない。現場にとって、「共通の価値観」は与えられるものと考えるのは、極めてリスクが大きい。

 では、現場の価値観をそのまま「共通の価値観」にすればよいかというと、現場に近すぎる価値観は、部署の都合が表面化して「共通の価値観」にならない。

 風土として定着させるためには、ミドルマネジメントがトップの立場で考えて「共通の価値観」を共有することが良いのではないかと思う。


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2018年1月21日 (日)

ドイツ鉄道技術の衰退 <よそ事ではない>

ドイツ版新幹線がお披露目した「夢」のようなポンコツっぷり (http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53829)
現代ビジネス  (2017/12/15)

を読んで気になった。

 高い技術力と勤勉さで早くから高速鉄道を運用してきたドイツに何が起こっているのだろうか?

遅延も常態化、ドイツの鉄道が直面した異変 高い鉄道技術を誇る国で何が起きているのか (http://toyokeizai.net/articles/-/106353)
東洋経済ONLINE (2016/02/25)

を読むと、大きな理由はコスト削減らしい。

 しかし、今時コスト削減はどこの国でも同じだろう。 ドイツが1日3便の高速列車を運行できなくなるとは信じがたい。

 現状について書かれた記事は、たくさん見つかるのだが、原因について考察した記事が少ない。

続発する欧州の高速鉄道事故 (http://www7b.biglobe.ne.jp/~nagase_rail/rail_discuss_No18.html)
鉄道を斬る! 永瀬和彦研究室のホームページ (2002/9/3)

にヒントがあった。

 この記事を書かれた、金沢工業大学客員教授 永瀬和彦氏は

 以上述べたような状況からは、欧州鉄道の現場では「鉄道の日常業務を処理するに必要な高度な技量を失った鉄道従業員の姿」が、一方、鉄道の将来に向けての仕事に取り組むべき鉄道の計画部門では「新しい技術を十分に咀嚼する能力を失って、メーカへの依存の度合を強める技術陣の姿」がそれぞれ浮かび上がって来る。
 私は日本の鉄道が全く同じ状況にあるとは思ってはいない。しかし、エリート技術者、強固なギルト、そして勤勉な従業員によって支えられてきたドイツ連邦鉄道DBの高い信頼性が、「鉄のカーテンの崩壊」、「東ドイツとの鉄道統合」及び「上下分割と民営化」という激震に見舞われ、あっと言う間に崩壊してしまった事実を関係者は認識しておくべきであろう。

とおっしゃる。

 その結果が、1988年に発生した、ドイツ高速鉄道 ICEの脱線事故であり、ひいては遅延が常態化したドイツ鉄道の現状であろう。

  • 欧州鉄道の現場では
    「鉄道の日常業務を処理するに必要な高度な技量を失った鉄道従業員の姿」が、
  • 計画部門では
    「新しい技術を十分に咀嚼する能力を失って、メーカへの依存の度合を強める技術陣の姿」

はドイツ鉄道に限ったことではない。

 前者の「鉄道」を「無線」に変えれば、ウチの隣の部門の現場のことだ。そして後者は隣の部門の設計部門そのものだ。

 この記事が書かれたのが2002年だ。そして2017年の現在において改善されていないところを見ると、現場の技術が失われると2度と戻ってこないことを示している。

 そして、設計部門がメーカーへの依存度を高めると何かしらの事故が発生する。

まったく、他人事ではない。


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