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日記・コラム・つぶやき

2017年11月24日 (金)

安崎暁氏の新聞広告 <おれの奢りで一杯飲もうぜ>

元コマツ社長 日経新聞に出稿した心を打たれる個人広告 (http://news.livedoor.com/article/detail/13922208/)

 余命宣告されたときに狼狽えることはなくても心穏やかではいられない。その後、色々なことを考えていると、自分の人生は振り返えるだろう。

 察するに、安崎暁氏は自分の人生に悔いが無かったのだろう。そして晴れ晴れとした気持ちになったのではないかと思う。

 人生に悔いを残していると悔しい。迷惑を承知で化けて出たくもなるが、悔いが無ければ晴れ晴れとした気持ちになる。

 新聞広告や感謝の会は終活の一つの在り方とか、死に向き合う潔さとかの大層な意見もあるが、人生に悔いが無ければそれほど大層なことではない。

 悔いが無いように生きるのは難しいけれど、「まあ、そんなに悪くなかったかな」と思えれば御の字かなと思う。

 それより、「おれの奢りで一杯飲もうぜ」っていうのがカッコいい。


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2017年11月17日 (金)

アクセス増加 <全部読んだの?>

 ここ1週間アクセスが増えている。

Cocologaccess

 特定の記事に対するアクセスが増えたのではなく、違うページへのアクセスが続く状態だ。
以前、ダウンローダーが来たことはあったが、今回は人によるアクセスのようだ。

そして11/15とうとう一番古い記事にアクセスがあった。

全部読んだのかなぁ。いやぁ ご苦労様ですねぇ。

どうせならコメントでも書いていただけると嬉しいですね。


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2017年10月29日 (日)

オトナノチエ <問題を先送りする知恵>

 とあるところで、◯◯活動指針のような資料を目にした。
立案が実に縦割りなのは今に始まった事ではないのだがそれにも増して、部門間の関係性がよく見えない。よく読むと縦割りの壁を超えないようにしながらも実ははみ出していたり、それでいて統一感がない。えも言われないような違和感だ。

 担当さんをつかまえて聞いてみると、部門ごとの持ち寄りらしい。いろいろ問題はあるらしいのだが...

 今時、単独の部署や部門だけで解決できない問題が多くなってきた。
たいていの問題は、複数の部署、複数の部門、あるいは全体に関わっている。すぐに思いつくのは問題解決プロジェクトだ。しかし、縦割り組織で組織横断プロジェクトが成果を挙げるのは難しい。

 プロジェクトを作るのは、ツルの一声で簡単にできるのだが...

 それでも、期限が明確な問題の場合はナンダカンダでなんとかなる。
例えば、2020東京オリンピック関係の問題解決は前に進む。期限が明確だから。逆説的には、縦割り組織では期限が迫らないとプロジェクトは機能しない。

 問題は、少子化問題のように緩やかに進む問題だ。例えば、少子化→労働人口減少→新卒採用の破綻 →ライフ・スタイルの変化→縦割り組織と個人の不整合のように、ジワジワと深刻化するような問題だ。

 近い将来大きな問題になることに気がついている人はたくさんいるが、なかなか部門の課題、組織全体の課題として取り上げられない。

 取り上げられたときには、すでに手遅になっている。

 活動方針を縦割りで立案する人は、総じて事務処理能力が高いようだ。
組織横断プロジェクトの難しさをよく知っている。縦割り組織では部門間の調整が難しいのも知っているのだろう。そして、部門間で揉めないように方針を立案するには、課題を部門内に閉じてしまい、複数の部門に関わる課題や部門の境界にある問題には触れないようにする。

 オトナのチエというやつだろうか?

 複数の部門に関わる課題を単独の部門が課題として取り上げた場合、問題は解決されない。

 そもそも、課題の設定が適当ではないのだから。

 1つの部署の問題は、部門全体の問題であることはよくある。部門の問題は組織全体の問題であることは多い。身近な問題ででも、レベルを2段階上げて考えてみると、部署固有の問題なのか組織全体の問題なのかわかる。

 件の◯◯活動指針も2レベル視点を上げて考えると、全体で解決しなければならない課題だということがわかるはずだ。そして、組織全体の課題として対応すると決めれば、課題を部門ごと部署ごとにブレークダウンすればよい。当然他部門、他部署と連携が必要になるだろう。

 そうなっていないところを見ると、担当さんも部門の人も、視点を2段階上げなかったのだろう。いや視点を上げたけど元の戻したのかもしれない。

 皆オトナのチエを持っているのだ。

 この組織風土がなんとかならないものかと個人的に活動しているのでつい目に付いてしまった。


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2017年10月26日 (木)

働き方改革 <働かされ改革ではない>

【社長直撃】一律の残業規制では何も変わらない。サイボウズが働き方改革異論広告で訴えたかったこと BUSINESS INSIDER JAPAN

 サイボウズは2017/9/13の日経新聞朝刊に「働き方改革に関するお詫び」と題しした全面広告をた掲載している。

↑(https://assets.media-platform.com/bi/dist/images/2017/10/11/cybozu20th_nk15d-w1280.png)

 サイボウズのサイトには「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。」(https://cybozu.co.jp/20th/)もある。 ずいぶん挑戦的に見えるがきわめて真っ当だ。

↑についてサイボウズの青野慶久社長へインタビューした記事

 サイボウズの青島慶久氏は、働き改革働は残業規制ではなく働き方の多様化が必要だとおっしゃる。

 ウチでもご多分にもれずWork Life Balanceと言われはじめた。ところがWLB=残業縮減 だ。 残業縮減は、結果が分かりやすいので、管理者は一つ覚えのように残業縮減と言う。言うだけの管理者もいれば、強制する管理者もいる。

 青野慶久氏がおっしゃるように残業時間を減らすことは、根本的な対策ではないので、働き方は変わらないし、WLBが良くなることもない。もちろん、残業が多いと病気になる人が増えるから残業時間が長くても良いというわけではないのだけれど。

 WLB=残業縮減と考えている人は、成果を考えてないのではないかと思う。

 残業時間を縮減する取組みは悪くない。
労働時間を短縮して同じ成果を残そうとするなら、人数を増やすか、能力を増やすか、システムを変えるか、成果を定義し直すかなどとセットで考えるなければならないのではないか。

 残業縮減は会社や管理者からのアプローチだ。会社や管理者は従業員個々に別々の働き方を認めるのは大変だから1つの規則をすべての従業員に適用しようとする。そして、一番簡単なのは残業を規制することだ。

 一方、働き方の多様化は従業員個々に働き方を認めようという考え方だ。当然成果も個々に定義しなくてはならない。つまり、従業員が主体的に成果を定義し成果を挙げるために働かなければならない。

 と考えると、安易に残業縮減と言う管理職も、主体的に働くのが面倒だから、残業縮減に反対する従業員も、どっちもどっちだと思う。


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2017年10月22日 (日)

「ホウレンソウ」は不要 <ホウレンソウはマイクロマネジメントのツール>

「ホウレンソウ」は不要 グーグルが訴える管理職改革
グーグル日本法人CMO・専務執行役員の岩村水樹氏
2017/10/11

  デキナイおやじはホウレンソウが大好きだ。
岩村水樹氏のおっしゃるとおり、心理的に安全な環境では、目標を設定して、成果を管理すればことは足りる。

 では、デキナイおやじは、なぜホウレンソウが重要と言いながら箸の上げ下ろしまで指図(マイクロマネジメント)したがるのか?

 おやじ達は心理的に安全ではないのだろう。箸の上げ下ろしまで指図する管理職が圧倒的少数ならば、「大丈夫ですよ」と安心させれば良い。しかし、おやじの上司も心理的に安全でないから、おやじもまた箸の上げ下ろしまで指図されている。お手上げだ。

 減点主義の組織では皆心理的に安全ではない。管理職は心配だから、箸の上げ下ろしまで指図するし、無意味なホウレンソウを要求する。 従業員も心配だから、無意味なホウレンソウする。

 そして、ホウレンソウが大繁殖する。

 つまり、ホウレンソウはマイクロマネジメントのツールだということだ。

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 先日、「ハンコ下さい」といわれたので、「この件は、意思決定を求めているの? それとも

、情報共有なの?」と聞くと(意地が悪いか?)「はぁ?」のような反応。

 「そもそも、だれが意思決定すべきなの? そもそも、この情報を知っておかなければならないの?」と畳みかけると、「はぁ~何言ってんの?」のような反応。

 生産性を上げよう。そのためには重要でないことをやらないようにしようと思う。7つの習慣(2013/04/02)

 自分が意思決定すべきでない案件を意思決定すること、それは自分にとって重要なことではない。 下位レベルの意思決定は簡単だ昔の経験でできる。問題はそれで仕事をした気になって、本来自分が意思決定すべき意思決定をしなくなることだ。

 知らなくてよい情報を知っておくこと、それは自分にとって重要なことではない。歳を取ると記憶容量が減っていから重要なことしか記憶できないから、誰が知っているかを記憶するしかない。

 相談に乗ることは重要だ。


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2017年10月19日 (木)

事実と意見 <感情的にならないように>

事実と意見を区別する (http://ohimhouse.cocolog-nifty.com/me_like_chocolate/2017/08/post-dbfd.html)  を読んで考えた。 

 事実と意見との区別は欧米では幼いうちに教えているというのを 本で読んだことがある。(たしか木下是雄先生の本)。欧米では誰でもが習得すべき能力なのだろう。

 ところが、日本人は事実と意見の区別は重要視していないと思う。
日本人の社会は事実よりも多数派の意見(世間の意見)や空気が重要視されるので、客観性よりも、誰々さんが言ったのような伝聞の方が説得力がある。

 よく聞くのは、「みんな言ってる」とか「みんな持ってる」とかだ。生来天邪鬼なので反射的に「みんなって誰よ。」と思う。時に本当に言ってしまうので空気が読めない奴になってしまう。

 経験では、理性的に考えることができている間は、論理的に考えられるので事実か意見かは分かる。 ところが、感情的に考えるようになると、事実か意見かを判断しようとしなくなる。

 一旦感情的になると、事実と意見の混同→的外れな反論→反論の不備を指摘される→更に感情的→ウキー!、の悪循環に陥ってしまう。

 分かっているのでなるべく感情的に反応しないようにしているのだが、不意を突かれると、つい感情的に反応してしまう。

 他人に都合の悪い事実を伝えなければならないときには注意が必要だ。こちらは事実を伝えたいのに、相手が感情的になると事実が伝えられなくなってしまう。事実だから良いだろう(普通はそんなふうに思わない^^;)とストレートに伝えてしまうと相手が感情的になる。

 上手な人は相手が感情的にならないように伝えているんだよね。


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2017年10月11日 (水)

年功制 <時代に適していない>

辞めてほしくない社員が辞めてしまった、一番の理由とは? 2017/03/29 明日の人事
に<辞めてほしくない社員(優秀な社員)が辞めてしまった理由・原因 10位~1位まで>がある。

10位 ワンマン社長だった 10.7%
9位 上司との信頼関係の欠如 12.2%
8位 社風が合わなかった 12.6%
7位 昇進と頑張りの連動がない 13.0%
6位 寿退社・出産等 16.0%
5位 上司とのコミュニケーション不足 17.6%
4位 労働時間・社内環境が悪い 17.9%
3位 仕事内容・部署による事情 18.7%
2位 家庭の事情 31.3%
1位 給与と頑張りの連動がない 37.4%

デキる社員確保のカギは「給与と頑張りの連動」

らしいが、「頑張り」が気になるなあ。
頑張っても業績残さなければ食っていけないよなあと思うのだが。

年功制の弊害 平等という名の不平等

も短絡的というかウケ狙いではないだろうか?

 年功制は若いときは、労働以下の賃金しか貰えないが、歳をとると労働以上の賃金が貰えるという、生涯雇用を前提としている。退職まで同じ職場で働いた場合に、総労働量と総賃金が釣り合うシステムだ。

 時代の変化の速度が緩やかな時代には、経験が重要だから同じ職場で長く働く年功制は、それなりに機能していた。しかし、今時は、時代の変化が速いから、経験はそれほど重要ではなくなってきたから、若い世代は歳をとってからではなく、若くても働いた分の賃金を払えという。これは合理的だ。

 別の見方をすると年功制では若い時期に賃金以上の労働をしているわけだ。これは職場に対して労働力を貯蓄していると考えられる。そして、歳をとったら若いときに貯蓄した労働力を引き出して賃金を貰っている。

 当然、職場は定年まで存在することが前提だ。ところが今時は同じ職場で長く働こうと思っていても、突然職場が無くなることもあるから、労働力の貯蓄はリスクが大きい。だから、若い世代は労働力の貯蓄をしない。賃金分の労働しかしないから、サービス残業はやらない。これも合理的だ。

 若い世代が残業をしないことに、オヤジたちが目くじらを立てるのは、オヤジたちが若いころ貯蓄した労働力分を脇世代が賄ってくれないと、年功制が継続できなくなるからだ。(もう無理だけどね)

 不測の事態の備えとして貯蓄は有効だ。
年功制で若いころに労働力の貯蓄ができれば、運悪く在職中にイノベーションが起こって自分の能力が不要になっても、若い時の貯蓄分の賃金は貰える。
前提は、貯蓄した労働力や賃金が引き出せること。つまり、将来に亘って職場が存続することだ。

  つまり、年功制はそれなりにメリットはある。制度自体が悪いのではなく、年功制は時代に適した制度ではなくなったということだ。

具体的な成果報酬連動型の賃金制度があります。それぞれの社員に成果を出すための具体的な行動目標を立ててもらい、その目標の達成度を正しく評価する仕組みをつくることが第一歩です。

この評価方法の実現は極めて難しい。この記事を書いている人は実際に業績評価をしたことがないのだろう。

 目標の達成率で評価することが平等か考えてみる

 この方式は、単に業績だけで評価すると、能力が低い者はどれだけ頑張っても能力が高い者に敵わないから、能力が低い者のモチベーションが上がらない。組織は能力が低い者の方が多数派だから、モチベーションが低い組織になる。だから、業績の絶対値ではなく、達成度という相対値で評価するという考え方だ。

 しかしである。業績の絶対値が低い者が高い者より賃金が多くなるのは平等と言えるのだろうか?

 達成目標は能力の120%程度に設定するのが良いとされている。 能力の高い社員Aは高い業績目標を設定させられ、能力の低い社員Bは低い業績目評を設定する。そして、期末に社員Aは目標を未達できず、社員Bは目標を達成したとする。 この場合でも、目標未達成の社員Aの方が社員Bより業績の絶対値は高い。

 社員Bより社員Aの方が高い評価だったら、能力の高い社員Aは不満を募らせて辞めていくことになるのではないだろうか?

 つまり、目標の達成度で評価しているからこそ、優秀な社員が辞めていくのではないだろうか。

 さらに、この方法方法は評価の不正を防ぐことが難しいので、破綻している評価制度だ。

 この記事を書いた人は「デキる社員確保のカギは「給与と頑張りの連動」」と「頑張り」を強調する。 残念ながら「頑張り」だけでは食っていけない。食っていくためには業績が必要だ。

 記事の最後に、いきなり「仕事の効率性」ということばが出てくるが、いかにもとってつけたような感じだ。

 頑張らなくても仕事を効率よく済ませて定時で退社できるのは、一部の優秀な社員だろう、優秀ではない多くの社員は業績を残すために、効率が悪くても「頑張って」残業しなければならないのが、日本的な会社の現状だ。

 だから、日本的な会社は残業を「頑張り」として評価している。そして「頑張り」を評価する体質こそが優秀な社員が不満を抱く原因だ。 このような、構造的な問題をすっ飛ばして、効率性を評価すれば、問題が解決するというものではない。

 「デキる社員確保のカギは「給与と頑張りの連動」」ではなく「デキる社員確保のカギは「給与と成果の連動」」だろと思う。 成果は部署ごと、業務ごとに定義できる。能力の低い社員でも成果は上げることができるし、成果に関与できる。

 業績は成果と同じではなく、業績は成果の一部だ。 成果を上げることに関して誰がどれだけの貢献をしたかを測って、給与に反映させればよい。(どの程度反映させるかは経営方針による)

 例えば売り上げや契約数を指標(数値)にする。同じ指標(数値)を得るために、残業しようが、定時で帰ろうが評価は同じにすれば良い。

 「頑張り」を給与に反映させ、しかも、頑張りの評価指標を残業時間にしているうちは、ワークライフバランスなど夢のまた夢だ。


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2017年10月 6日 (金)

Excel方眼紙 <一太郎の様式と大して変わらない>

 最近職場のとある様式が一太郎 (^^;からExcelに変わった。
ウチの職場は未だ紙文化なので、一太郎で罫線を使った立派な様式がゴロゴロしている。

 Excelに変わった様式も、昔はペンで書いていた罫線が多い様式をそのまま一太郎で様式化したものだった。悪いことに、年齢など毎年必ず変わる入力項目があるので去年のデータをそのまま使えないので、毎年年齢などをインクリメントして提出していた。

 何を考えたか、この様式がExcelに変わったのだ。
年齢などは、マクロで計算してくれる。データを抽出してCSVで保存するマクロもついている。

 どうだ便利になっただろうと言わんばかりに様式変更のお知らせが来た。

 しかしである。そもそも、なぜ毎年提出しなければならないのか? なぜ差分ではダメなのか?

 彼らが考えているのは、データを使う人(彼ら)の手間が減るかどうかということで、データを入力する人(大勢の人たち)の手間が増えようが減ろうが知ったことではない?。

 おそらく、彼らにはマスターデータという考え方が無い。ICT関係の仕事をしているので、おそらくマスターデータとは何かを知らないわけではないだろう。

 単語は知ってはいるが、自分の業務で何をマスターデータとするか、その結果どれだけ省力化できるかのイメージできないのだろう。紙に印刷できれば全てOKという考えだ。
つまり、残念ながら情報リテラシーが無いのだろう。

 情シス部門にいる人たちはというと、彼らもExcel方眼紙に入力しているはずだが、アドバイスもしないようだ。

 情シス部門の人たちは、バ~ンと企画をブチ上げてシステムを導入することは成果になるが、自分たちの業務が効率化するような地味な仕事は成果にならない。成果にならないので、自分たちの仕事が効率化・省力化されようがされまいが無関心だ。

 ユーザにとっては、ハッキリ言って一太郎の様式だろうがExcel方眼紙だろうが、一旦入力したあとは使い回ししているので手間は変わらない。面倒なのは入力フォームを頻繁に変えることだ。

 情報リテラシーの重要性を感じる。


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2017年10月 1日 (日)

AI嫌いな人達 <カブれているだけ?>

 飲み会の席でAIの話題になった。人間を差し置いてAIが判断するのはけしからんという人は多い。AIは判断過程が見えないとも言う。

 しかしである。空気読めない星人(σ^^)からすると、よっぽど人間の方が判断過程が見えない。しかも、人間には「欲」がある。判断者の「欲」と自分の「欲」が相反した場合はかなり大きなリスクだ。

 考えた。
AIより人の判断の方が良いと主張する人は、きっと判断者の「欲」を察知できるか制御できる方法を知っているに違いない。

 ところが自分にとって、人の「欲」は全くの不確定要素で、察知、制御不能で、しかもかなり大きなリスクだから、「欲」という概念を持たないAIが判断した方がリスクは小さい。

 もう一つ、
唯神の人達は、人工知能やロボットに悪い感情を持っているようだ。映画では人工知能やロボットは必ず制御不能になって人を攻撃する。古くはHAL9000、Skynet等。きっと、唯神の人たちは神以外が知性を生み出すことを受け入れられないことが根底にあるのだろう。

 でも八百万の神と暮らしている人たちは、どの神でも、どの神予備軍でも知性を生み出しても良いと思っているのではないだろうか?。 不良品のネコ型ロボットが人を攻撃するとは思っていないし、アトムは世界を救ってくれる存在だ。

人工知能を研究している人はシンギュラリティは起こらないという人が多いような気がする。シンギュラリティの危険性を言う人は研究していない人の方が多いような気がする。

 日本人は皆、唯神を信心している訳ではないだろうから、唯神の人たちの考え方にカブれているだけじゃないだろうか?


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2017年9月29日 (金)

手間の代行

 空港の待合ロビーで楽天の三木谷浩史氏の本を読んでいてふと考えた。

 今回の旅行では往復のチケットとホテル、レンタカーを楽天トラベルで取った。行き帰りの路線が違っていてもチケットが取れたのは楽天トラベルだけだった。ワンストップサービスはとても便利だ。

 昔は飛行機で旅行するのは大変だった。乗ってる時間や乗り心地が悪かったわけではなく、チケットの手配が面倒だったから大抵旅行代理店に頼んでいた。 搭乗には1時間前(だったかな)までにチェックインが必要だった。乗り遅れたこともある。

 今時は、自分で安い便が探せるし、eチケットにしてWebチェックインしておくと、15分前に保安検査ゲートを通過すればよい。 それでも乗り遅れたことはあるけれど...

 旅行代理店は、面倒な手間を代行することで、稼いでいたわけだが、今時は、手間の代行では稼げなくなった。ICT技術のおかげで手間がかからなくなったからだ。では、旅行代理店が無くなっているかというとそうでもないようだ。手間の代行から付加価値で稼ぐようになったからだろう。業態は同じでも売っているものが変わったということだろう。

 旅行代理店に限らず、手間の代行では食っていけなくなるだろう。

 技術者を名乗りながら、手間の代行で食っている者はいる。技術では食っていけなくなっても知識を使うとうと手間の代行で食っていける。知識や技能で食っている者の方が貴いというわけではないだろう。

 全てのユーザーがイノベーションの恩恵を受けられるわけではないから、手間 が無くなることはない。ただ、その手間の代行で稼げる期間は短くなっているから、顧客が代行して欲しいと考える「手間」をいち早く見つける術を身に付けていないと、食っていけなくなるだろう。

 同様に、同じ知識や技能で稼げる期間は短くなっている。手間の代行よりも稼げる期間は長いが、習得に時間がかかるから、知識や技能を効率的に習得する術を身につけていないと、食っていけなくなるだろう。

 もはや一生食っていける技術はない。技術で食っていけなくなったら、手間の代行で食っていける時代でもなくなっている。

 最も理解していないのはオジサン世代だろう。昔と違って現場を離れて退職するまでの期間は長くなる。

 更に、退職してから稼がなくてもよくなるまでの期間も長くなった。


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