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日記・コラム・つぶやき

2017年4月11日 (火)

「話し方」の講義 <わかるように話すという意識>

 新任者研修に「話し方」の講義があったので受講した。

 部内外の専門家、非専門家を相手に、概要的な内容や専門的な内容の講義をやっている。しかし、「話し方」の講義を受けたことはなく、見よう見まねで話していたので、良い機会と思い受講した。

 学んだことをまとめておく。

  • 相手にわかるように話すことを意識する。
  • 文章を読むように話さない。
  • 自己紹介はテーマを絞る。

文章を読むように話さない

 証明書を請求される方は、認印でよいので印鑑と、3か月以内に作成された住民票と、本人確認に必要な運転免許証や健康保険証等と、収入印紙代として300円を持参して、 窓口で申請してください。

のように話すと伝わらない。

証明書を請求される方は窓口で申請してください。
その際に必要なものが4つあります。
1つ目は、印鑑。認印でけっこうです。
2つ目は、住民票。3か月以内に作成されたものが必要です。
3つ目は、運転免許証や健康保険証など。本人確認に使います。
4つ目は、300円。収入印紙代です。

のように、全体→部分→詳細の順で話さないと相手には伝わらない。

 文章のアウトラインを考えるときと同じだ。
 紙に書いた文章は、読み手のペースで読めるし、読み返すこともできるから、1文が長くても伝わり易い。しかし、話す場合には、言葉は次々に消えてしまうから、「1センテンス1情報」にしなけれ伝わらない。

 まるで文章を読むように話す人がいる。それも結構複雑な修飾関係だったりすると、きっと頭がいい人なんだろうと思う。しかし、たいてい1度聞いても理解できない。

 日本語は、述語が後になるから、すべてを聞いてから文を組み立てなければならないという特徴がある。主語と述語の間に修飾語や修飾句、修飾節がたくさんあると、すべてを覚えきれない。その結果、修飾関係が理解できなかったり、主語や述語がわからなくなったりして、正確に伝わらない。

 多重の修飾関係にならないようにするのがキモということだろう。

自己紹介はテーマを絞る

 新年度は特に自己紹介をする機会が多い。たいては、氏名、出身地、趣味、特技などを列挙するスタイルだ。列挙するスタイルが悪いわけではないが、テーマを絞ると印象に残る自己紹介になるのだそうだ。

 持ち時間が60秒だとすると、1つのテーマに40秒を使い、残りの20秒でその他を列挙すると良いのだそうだ。 そして、与えられた時間を守るために時間感覚が必要で、そのためには完璧な準備が必要だ。

 スピーチなどは3分で終わらせることが重要だ。結婚式の主賓挨拶などは、誰も聞いてないことが多いので短くまとめたほう良い。(博多華丸氏も言っているように)

 その際に、2分30秒分の内容を完璧に準備して、残りの30秒分は今日(最近)の話題にすると、活き活きとしたスピーチになるのだそうだ。そして2分55秒で終わることが重要。

 これまでの自分の講義を振り返ってみると、慣れているネタの講義は時間前に終わることができる。質問時間が必要なら質問も含めて時間内に収めることができる。

 時間内に収まらないのは、伝えたいことが多すぎるのではなく、伝えたいことがまとまっていないのだと思う。 話していると、聴衆に伝わったかどうか自信がないからつい冗長になってしまい、時間が足りなくなるようだ。

相手にわかるように話すことを意識する

 講師の先生が最後に仰ったことは、
 「話す楽しさ、伝わった嬉しさを味わう」
ということ。

 伝わったことが実感できたときは、長時間話し身体的に疲れても心地よい疲れだと仰る。確かにそのような経験はある。

 話しても伝わらないと嘆くのではなく、聞いている人がわかるような話し方を意識しようと思う。


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2017年4月 8日 (土)

Fnキーが使えない

 しばらく前からノートパソコンのタッチパッドをOFFにできなくなっていた。

 いつもは外付けマウスを使っているのでタッチパッドをOFFにして使っていた。最近、頻繁にマウスカーソルがジャンプするようになったので調べたら、タッチパッドがONになっていた。

 タッチパッドがONになると、キーボードで入力しているときにタッチバッドにてが触れて突然マウスカーソルがジャンプするので使いにくいことこの上ない。

 タッチパッドはFn+F9でON/OFFできるのだが制御できない。それどころか、Fnキー自体が使えなくなっているようだ。Fn+F2に割り当ててあるWifi ON/OFFも、Fn+F10にありあててあるスピーカーON/OFFも制御できなくなっている。

デバイスマネジャーでマウスを見てみると

Lenovopointingdevice1

タッチパッドは「Lenovo Pointing Device」のようだ。

 なぜLenovo?とネットで調べてみると、このドライバが悪さしていることが多いらしい。Fnキーが効かなくパソコンもあるらしい。

 ということで、このデバイスを削除するとFnキーが使えるようになった。

  ドライバーを削除したままでタッチパッドは使えなくても困らないのだが、

Fingersensingpad1

 見慣れないドライバーが自動的にインストールされている。メーカが配布しているドライバのようだ。

 Fn+F9でタッチパッドのON/OFFはできるようになった。アイコンは出ないけど。


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2017年4月 2日 (日)

少ないコストで大きな成果

 何年も他所様でDFの講義をやってるところがある。担当が毎年変わるからなのか、いかにも前例踏襲で、今年も去年と同様になどとのたまう。さらに、ハンズオンまでやって欲しいなどとおっしゃる。有償のトレーニングがありますよと教えてあげるのだが、わかってないようだ。

 今回の講義で質問の時間をとったらお約束の「ツールはくれるのか」という質問があった。ウチはツールを売る商売はしていない。

 そもそも、ツールは知見の結晶で、多くのリソースを割いてメンテナンスしている。この事実を知らないし、ツールを使うとすべて解決すると思っている非専門家だから仕方ないところはある。

 しかしだ、タダでよこせは無いだろう!。「クソッタレ!!テメーで金出して買え!」と喉まで出かかったが、丁重にお断りした。

 貴重なリソースを使って作り出したもの(ツール)だから当然成果が期待される。世の中の無償ソフトは、無償にしてもなお成果が期待できるから、無償なのである。

違う観点から見ると

 彼らは、「クソッタレ!」と思われながらも、少ないコスト(講義をロハでよそに押し付けて)で成果を上げている。一方で、ウチは、結構なコストを負担してしているが成果を上げていない。

 マネジメント的には、彼らの方が一枚上手だ。(倫理的にはいかがなものかと思うけど)

マネジャが考えるべきは、

  • 人気取りのために貴重なリソースをタダでプレゼントしないこと
  • 貴重なリソースを使ったら、相応の成果を上げること

重要なことは

 貴重なリソースを保身のために使わず、組織の成果のために使うこと。


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2017年3月31日 (金)

早見あかり <キャリアチェンジ>

元ももクロ・早見あかり、“脱アイドル”の成功事例 絶妙なタイミングでの決断

 残念ながら、モモクロ時代の早見あかりを知らない。


http://ticketcamp.net/idol-blog/wp-content/uploads/sites/8/2014/02/19338802.jpeg

今の、早見あかりを見ると、アイドル的ではないと思う。(個人的な趣味か?)


http://contents.oricon.co.jp/special/img/48000/48357/detail/img400/1445581942022.jpg

  そこそこ成功した状況で、キャリアを変えるのはかなり勇気がいることだ。
アイドルをやっていて、「女優を目指します」はよくあるが、成功する人は少ない。見えないところで努力したのだろうと思う。

まあ、この記事にあるように、すべては結果論なのだが...

 歳をとると現状を捨ててキャリアチェンジするのはとても勇気がいることだ。

 一歩踏み出す勇気と努力が重要ということだろう。


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2017年3月27日 (月)

PC-9801NC <懐かしい>

机の周りを片付けろ指令が出たので、片付けていると、PC9801NCが出てきた。

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このパソコンを使って

  • 386BSDを使った
  • デバイスドライバや常駐ソフトを作っていた
  • 初めてネットワークに繋いだ
  • TeXで書いてLPDでレーザプリンタで印刷していた

ああ懐かしい。

 PC-9801NCはi386SX 20MHz HDD40Mで738,000だ。高い。到底新品が買えるわけはなく、独身貴族の知人が9821に買い替えた際に安く譲ってもらった。

 捨てるならHDDを抜いておこうとバラした。

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 i386SXはTIの互換CPU TX486SLCに乗せ換えてある。(たしか若松通商で買った。)
当時Cyrixの互換CPUに乗せ換えるのが流行っていた。100pinQFPをはがして載せ換えなければならないのだが、倍速で動いてキャッシュが1K載っているので速度アップできる。

 良いことばかりではなく、BIOS領域をキャッシュすると暴走する。ペリフェラルをアクセスする際のリカバリータイムを複数のNOPを入れて確保しているから、実行速度が早くなると、リカバリータイムタイムが確保できなくなって暴走してしまう。

 キャッシュ・コントロールソフトで調整する必要があるのだが、安定して動くようにすると速度アップは体感できなかったりしたなあ。

 CPU換装だけでは飽き足らず、387SXを載せてある。Cyrixの互換品CX83S87だけど。(たしか鈴商で買った)

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 PC9801NCには387SXを載せられるようなソケットは実装されていないので、自分でソケットを取り付けて配線した。

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 CPUの換装では速度アップは体感できなかったがコプロは効果があった。
このころPSpiceで回路シミュレーションをやっていて、ステップを細かくするとコーヒー飲んでもまだ終わっていないかったのが劇的に早くなって感激したのを覚えている。

 買ったときHDDは120Mだったけど最終的には340Mまで換装して、FDDは1.44Mに対応させた。

Hdd

 プログラムを作るのも楽しかったけど、ハードもいじれるので楽しかったなぁ。


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2017年3月23日 (木)

若い人たちに話すこと <年齢が1回り以上離れると伝わらない?>

 若い人たちが受ける研修の最後に時間をもらって、彼らに

  • 技術を修得する方法
  • 組織内マイノリティとしての技術者で身を立てるということ
  • コミュニケーションの重要性

などを話していている。「技術の伝承」(2012/12/03)

 元々は技術的な話をしていた。当時講義を受けた奴と酒を飲むと「『こんなの分からない奴はシネ』と言われた。」などと絡まれるのだが、学習するきっかけにはなったようだ。
(「簡単にわかるでしょ♡」と言っただけなんだけど)

 その後10数年前に、若い人たちの気質が変わった時期があって、お願いして話す時間をもらったものだ。

 この講義を止めることになった。

 学校で習うような技術の話ではなく、心構えのような話は年齢差が開きすぎると伝わらない。だいたい1回りが限度だそうだ(出展忘却)。

  経験では、1回り以内なら自分のロールモデルとして話を聴くことができるし、その人の実績も知っているから、素直に話を聴くことができる。それ以上離れると、前世代のオジサンの話だから、自分のこととして話を聴くことができない。「ヘ~そうなんだぁ」のような感じ。

 ときには、何年か経って、「あの時、こんなこと言いましたよね」と言われることがあって、涙が出るほど嬉しかったりする。

 今話している若い人たちは、親子ほど離れているので、彼らからすると、口うるさいオヤジの小言に聞こえているのかもしれない。

 彼らから1回りくらい離れた人が話したほうが良いのだろう。 

 歳は取りたくないねぇ...



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2017年3月19日 (日)

ケースバイケース

 規則には、「やらなくてはならないこと」と「やってはならないこと」がある。
そして、これらの間に「やってもやらなくてもよいこと」がある。「やってもやらなくてもよいこと」は、積極的な人にとっては「やるべきこと」だけど、消極的な人にとっては「やるべきでないこと」だ。

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 問題は、積極的な人と消極的な人が一緒に仕事をするときに起こる。違うタイプの人が、上司と部下、管理部門と現場だったりすると、顕在化する。

 多くの場合は、ケースバイケースで判断することになるのだが(視点2) 、その判断は恒久的なものではない。しかも、判断がその場面限りであることは多く、判断基準には上位の規則や方針、さらには理念といった抽象的な思考が必要になる。

 ところが、普段方針や理念を考えないで規則だけで仕事をしている人は規則に書いてないことをやるのは、不安でしかたないようだ。ケースバイケースの判断を明文化して規則にせよと主張する。他のケースで困ることが明らかなのにだ。

 方針や理念が共有されていないことが問題である。(視点3で見ていない)

 過去に、管理部門が方針や理念を共有せずにケースバイケースで判断したり、ケースバイケースで判断すべきところを無理やり規則にしたことがあった。

 誰も幸せにならなかった。

 管理部門が批判されることが多いのだが、自ら方針や理念を考えないで判断を他人に任せている人も同じように批判されるべきだ。

 「やってもやらなくてもよいこと」が誰でも判断できて、誰でも同じ判断になるように、方針や理念を共有しようと呼びかけるのだが、管理部門と現場の意識の隔たりは大きい。

 管理部門と同列でありながら現場を持っているというコウモリ的立場にいるからだろうか、現場の言い分を管理部門に代弁せよと言われることがある。空気を読まず、普通の人が言い難いことが言える性格もあるのかもしれない。

 彼らの代弁はしないだろう。現場と管理部門が方針と理念を共有しなければ問題は解決しなのだから。


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2017年3月17日 (金)

オフサイトミーティングを企画して分かったこと(3) <48時間メール>

 オフサイトミーティング終了後には、世話人交流会からアイディアをいただいた、「48時間メール」を送ってもらうようにしている。

 48時間メールは、オフサイトミーティング終了後48時間以内に

  • 感想
  • 気づき
  • 「ココだけの話」

などを書いて返信してもらうもので、自分自身の振り返りに有効だ。

 オフサイトミーティング終了後は気分が高揚しているが次第に普通の気分に戻る。普通の気分に戻る前に、ミーティングで聴いたこと、話したことを振り返ることによって、新たな気づきが生まれる。その気づきを参加者で共有する。48時間以上経過すると醒めてしまうので48時間以内が良いのだろう。

 参加者から送られてくる48時間メールを読んでいて気が付いた。

「気づき」に

  • 新たな気づきを書いている人
  • ミーティングの運営への提案を書いている人

に分かれる。

 運営への提案も「気づき」には違いないのだが、

  • 意識が自分に向いている人
  • 意識が自分の外に向いている人

の2種類のタイプの人がいるのではないかと想像している。

 意識が自分に向いている人は、ミーティングをきっかけとして、新しい観点を発見したり、問題解決のヒントを発見する。

 意識が自分の外に向いている人は、ミーティングの運営方法の不備や改善点を発見するのではないだろうか。

 問題を解決するためには、解決策を自分の行動に落とし込まなければならない。 この時に、意識が自分に向いている人は、解決策を自分の行動に落とし込める。しかし、意識が自分の外に向いている人は、解決策を自分の行動に落とし込めず、「○○は××すべき」のようになるのではないだろうか。



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2017年3月13日 (月)

なぜ年寄りは変われないのか

 オフサイトミーティングを企画したら、「愚痴の沼」に囚われている年配の参加者がいた。愚痴をいっても問題は解決しないことはわかっているだろうに。

 なぜ年寄りは変われないのか考えてみた。

問題があるとその解決方法を考えて実行する。

 若いうちは、経験が少ないのでその都度考えて行動するが、年齢を重ねるにつれて、問題解決の成功体験が蓄積してくる。そして、問題を認識するといちいち解決方法を考えなくても行動できるようになる。年の功というやつだ。

Shortcut

 自分を取り巻く環境の変化が緩やかな時代や、変化が予測できる時代には、年の功はとても有効だった。しかし、今時の環境変化は速い。しかも不連続だ。明日は昨日の延長線上に無い。

 このような時代でも問題の解決方法が変わるわけではない。問題を認識したら、真因を分析して、解決方法を考えれば良い。若い頃やっていたように。

ところが、歳をとると考えなくなる。

 自分が知っている解決方法は、今の環境では有効でないことは、なんとなく分かっているのだが、環境の変化に適応するように考えることをしない。そして、ついには、問題が解決できなくなる。

 この段階で、問題を解決するための自分の行動を考えればよいのだが、問題の原因を他に求めるようになる。

 曰く、「環境が悪い」 曰く、「管理部門は現場の状況を知るべきだ」など。

 環境など自分では変えられないことは分かっている。そして、「◯◯は××すべきだ」のように、主語を他人にして語りはじめる。

 若い頃は、自分が行動できる解決策を考えていたのに、歳をとると行動するのは自分ではなく他人になる。

そして、「愚痴の沼」「評論の砂漠」に舞い戻る。

 「昔みたいに自分が行動できる解決策を考えようよ」と言ってみるけど、考え方を変えろと言われて「はいそうですか」と行動できるほど軽くない。それが年寄りというものだろう。


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2017年3月10日 (金)

オフサイトミーティングを企画して分かったこと(2)

 これまで何回か有志を募ってオフサイト・ミーティングを企画していた。参加してくれる人は皆地方にいるので集まれるのは年1回だ。 参加してくれる人の間にはそれなりに、一体感や信頼感が生まれてきて、そろそろ具体的な問題解決の話しができそうだと思っていた。

 来年の布石にと考えて、オフサイト・ミーティングをやってとても良かったですと、少々盛って上司に報告したら、全国のマネジャを集めたらということになった。異動間近だから、来年度にしようかと思っていたら、今年度中にということになり全国から60人を4回に分けて集めることにした。一度に集める人数を増やせば少ない回数で良いのだが、世話人がいない。

 地方の現場から中央の管理部門に集めると、中央側には無意識の権力があるから、世話人は意識して無意識の権力を消さなくてはいけない。無意識の権力を消さないと言いたいことがあっても発言できなくなる人は多い。

 逆に、無意識の権力を気にしない人が多いと愚痴大会、批判大会になる。これで失敗した経験がある。

 少々強行軍だったけれど、2週間で1泊2日を4回開催した。
参加者には、

  1. 問題解決に向けた具体的な検討がしたいという人もいる。
  2. 「評論の砂漠」に囚われている人は多い。
  3. やっぱり「愚痴の沼」に囚われている人もいる。
  4. 無関心な人もいる。

 タイプ1の人がいても、声の大きいタイプ3の人がいると、そちらに雰囲気が引っ張られてしまう。そこを戻すのが世話人の役目なのだが、なかなか難しい。

 タイプ1とタイプ2、3の人は分かれて話をした方が良いのではないかと思うが、タイプ2とタイプ3の人が集まると愚痴大会や批判大会になりそうだ。そんなミーティングの司会は正直やりたくないなあ。

 異動や退職することが決まっていて、目の前の問題が、もうすぐ問題で無くなる人がタイプ4になるのは自然なことだろう。

 今回のオフサイトミーティングで得た教訓は、タイプ2、3、4の人がタイプ1になるためには、数多くのミーティングが必要だから、世話人を増やさなければならないということ。

 今回のオフサイトミーティングを、大きな一歩という人や、ガス抜きという人がいる。

  • これから続けていくなら「大きな一歩」
  • 続けることができないなら「ガス抜き」

ってことか。



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