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日記・コラム・つぶやき

2018年12月16日 (日)

中小企業 新ものづくり・新サービス展2018

中小企業 新ものづくり・新サービス展に行ってきた。

 IT関係の展示会だけだと視野が狭くなりがちだ。 この展示会はITだけでなく医療、福祉、素材、印刷、農水、食品、化学、金属加工、機械と幅広くすごく新鮮だった。

 IT関係は他の展示会でも似たような展示を見たことがあるので、あまり面白みがない。

 その中で面白いと思ったのは、

  • 超薄型全面ダイレクトドライブ・スピーカ (ライト・イア合同会社
     Wsddsperker
     従来のボイスコイル&コーンとは違う方式のスピーカー。
    ドライバは厚さ5mmでポータブル型のブックスピーカーや寝ながら使えるピロースピーカなどの製品もある。
     離れて聞いても減衰しない感じだ。
     
  • 自家焙煎国段大豆コーヒー (そいかふぇ
      Photo
     大豆を焙煎たカフェインフリーのコーヒー。 豆なら何でも焙煎するとコーヒーになるんだろうか?
     気のせいか黄粉っぽい風味がする。 (不味いわけじゃない)
     
  • 電界結合給電 (株式会社 ExH
     Photo_2
     電磁結合の無接触電力伝送は実用化されているけど、磁界でなく電界で伝送しようというもの。
     電磁結合はコイルだけど電界結合はコンデンサだから面積が必要になるよな? ということは小型化しにくいということか? 今度展示会で見たら聞いてみよう。
     
  • バリがでないドリル (株式会社ギケン
     Photo_3
     バリが出ないのでバリ取り工程が必要ない。アルミ・樹脂用、鉄用、ステンレス用があるようだ。 技術の人がいなくて詳しい話が効けなくて残念。
     使ってみたい。どこかで売ってないのかな?

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2018年12月12日 (水)

「トヨタが明日つぶれるかもしれない」 <末端まで危機感をもっているのか>

トヨタが明日つぶれるかもしれない」 Yoshi品質研究所  第1726回

 15年前にトヨタの担当に言われた言葉らしい。 「御冗談でしょう ^^)」という感じだ。

ところが、最近では東芝、シャープ、三菱自動車、ちょっと前ならJALや船場吉兆など、悪い冗談ではなくなった。

 この記事の最後に書いてある、「一人一人が危機感を持つ」は言うのは簡単だが、かなり難しいと思う。 組織ができて間もないときは危機感を維持しやすいが、安定すると危機感が無くなる。 組織とはそのような性格を持っているから、危機感を維持し続けるのは難しい。

 誰か一人が組織に致命的なダメージを与えるケースもあるが、むしろ、問題なのは皆が少しづつダメージを与え、気が付くと取り返しのつかない状態になるケースだろう。

 トヨタのような製造業なら品質は重要で、サービス業で重要なのは顧客の信頼だ。 自分一人くらいいいだろうと考える者が増えると、顧客の信頼を失わないまでも、信頼を低下させてしまう。 そして信頼の低下が積もり積もったところに環境の変化があると、問題が顕在化して最悪組織が無くなってしまう。

 問題が顕在化したときに経営者や問題を顕在化させた者が責められることは多い。 しかし、皆同じ穴の貉ではないだろうか。

 信頼を低下させる行為や不正を許すことが常態化して、それを改善しようとしないのは大なり小なりどこの職場にもあるものだ。 それを組織風土が悪いと言ってしまうのは簡単だが、組織風土を作っているのは経営者だけではなく、全員だ。

 問題が顕在化したときに被害者ぶるのは簡単だ。 しかし、

  「 一人一人が危機感をもって小さな問題をつぶしてゆくこと」

こそが重要なのだろう。

 トヨタは大企業になっても、創業時や経営危機の時のことを忘れないように、次の世代や取引会社に伝える風土があるのだろう。


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2018年12月10日 (月)

得意分野は隙間 <隙間だけではないけどね>

 とある飲み会の席で「あなたの得意分野は?」と尋ねられたので「隙間です」と答えた。

 ICT関係の技術部門での経歴が長いので、技術の分野を尋ねられたのだ。  尋ねた人は「またまた、ご謙遜でしょう」と言われるのだが、謙遜ではない。

 移り気+凝り性+ひねくれ者だから、だれも取り組んでいない技術に反応して、人より早く勉強を始めていた。

技術にも流行りがあって、
流行り始めると情報が爆発的に増える。 インターネットが無かった頃は専門書で情報を得ていた。 流行る前は大きな本屋でも3冊くらいしか無かった書籍が、流行り始めるとあっという間に棚一杯になったりする。そうすると勉強は簡単になる。

 勉強している人が多い分野は、勉強しやすいが勉強している人が多い分競争が激しいので、優位性を保とうとするとかなり勉強しなければならない。 一生懸命勉強しても、地頭が良い奴や要領が良い奴には負けてしまう。

 このようなときに、負けないように頑張るのも1つの手段だが、隙間を見つけて勉強する方が断然効率が良い。

 流行りの技術には人がたくさん集まっているので、流行りと流行りの間に隙間があるものだ。 隙間は勉強している人が少ないので、ちょっと勉強すると、隙間分野で第一人者になれる。

第一人者になれば仕事が来るようになる。
第一人者と言っても相対的に知識が多いだけだが、仕事や情報が集まって来る。 そうなればしめたもので、仕事をしながら勉強できるようになる。

 勉強を始めようとすると自腹を切ったり、自分の時間を削って勉強しなければならない。 しかし、オイシイ隙間を見つけると仕事をしながら、他人の金で勉強ができるのである。 こんなオイシイことはないだろう。

 しばらくすると、オイシさに釣られて隙間に人が集まって来る。
そのときには、先に勉強を始めたアドバンテージがあるので、自分と同程度のレベルの人達は追いつけない。 とこが、地頭が良い奴や要領が良い奴が参入してくると、優位性は長くは続かない。

 優位性を保とうとするならば、後から参入してきた奴と同じスピードで学び続ける必要がある。 とこが、ある程度レベルが上がると成長の速度が鈍って、そして優位性は無くなる。

 隙間でオイシイ思いをしてるところに誰かが参入してきたら、その隙間はあっさり捨ててあたらしい隙間を見つけ方が良い。

ニーズがある隙間のほうが良い。
とこが、隙間を見付けても将来その隙間のニーズが増えるかどうかはわからない。 それが分かるくらいなら参入してくる人は多いから、そもそも隙間にならない。

 一つの隙間に賭けるのはリスクが大きいので、たくさんの隙間を見つけて、取り掛かる。
そして、少し勉強すると様子が分かるので、目がありそうな隙間に集中する。

 まあ、そんなに上手くいかないのだけれど・・・

これまでの経験を振り返ってみると、
隙間かどうか、将来ニーズがあるかどうかは考えていなかった。 (^^ゞ
隙間を選ぶ基準は、オモシロイかどうかだ。 オモシロくない勉強は続かない。

 たまたま興味を持った技術が隙間でしかもニーズがあったのは、単に運が良かっただけなのかもしれない。 (^^;

ふと考えた
 隙間が見える人や隙間に取り組める人は、隙間だけ得意というわけではなく、隙間の両側も得意か、そこそこできるようだ。 広い知見をもっているからこそオモシロイと感じるし、学習速度が速いのかもしれない。

 そして、問題を解決するときに、隙間だけの狭い能力だけではなく総合力を持っているから、誰も解決できない問題が解決できるのだと思う。

 オモシロイと感じる分野を複数見付けたら、やってる人が少ない方に注力した方が良い。


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2018年12月 8日 (土)

ぶっ潰す <タコツボか迷走か>

 飲んでいたときに、近くのテーブルから「あいつは分かってないんだよ!」とか「ぶっ潰してやる!」とか「黙らせてやる!」とか物騒な台詞が聞こえてきた。

 某体育会系団体ではあるまいしと思いながら耳ダンボにしていると、どうも同じ職場で違う業務をしている人の事を言っているらしい。

 酔っ払うと普段抑えていることが口を突いて出てくるものだ。余程根に持っているのだろうか? 妙に引っ掛かってしまった。

 翌日、シラフになっても「ぶっ潰す」が頭から離れない。
 翌翌日になっても引っ掛かったままなので考えてみた。

 「ぶっ潰す」と言っている人はかなりの負のエネルギーを溜めている。0:100(白黒付ける)の決着を望んでいる 。「ちょっと懲らしめてやる」ではない。 相手が100%悪いと思っているようだからWin-Winの関係になれそうにないようだ。

 なぜ、「一言文句を言ってやる」ではなく「ぶっ潰す」なのだろうか?
同じ組織にいても利害が相反する部署や個人はいるものだ。 しかし、現在の関係がWin-Winとまでいかなくても多少でも益があるなら「ぶっ潰す」必要はなくて、「一言言って」分からせるだけで良いと思おう。 それだけにかなり大きい負のエネルギーを感じた。

 盗人にも三分の理というように、世の中はどちらか一方が100%正義でもう一方が100%悪ということはまず無い。 と考えると。「ぶっ潰す」と言う言葉は出てこないだろう。

 考えられるのは

  • 仕事の目的が違うか、共有していない。
  • 自分の業務の目的が、職場の目的だと思っている
  • 利害を調整する人や部署がない
  • 互いに関係修復方法を知らない

古い組織なら、一番簡単な関係修復方法は飲み会だ。今時ならFaceToFaceの対話だろう。 おそらく、シラフで会ったときに対話できる雰囲気でもなく、対話をコーディネートする人もいないということだろうか。

 職場の目的、仕事の目的が同じなら、利害関係があっても、小異を捨てて大同に付くことはできるだろう。 とこが、職場の目的や仕事の目的が無かったり、明確でない場合は、目標が目的になってしまう。 目標は業務ごとに違ことが多いから、目標が目的になったら、他の業務をしている人達とは相容れない関係になるだろう。

 目的を明らかにするのは、リーダーの仕事だ。 古い組織では管理職の仕事とされていた。
リーダーは、ビジョンを示して、目的を末端まで浸透させようとする。
管理職は、与えられた目的を、部下に浸透させようとする。
大きな違いは、管理職は自分たちの目的は何かという問いかけをしない。
なぜならば、目的はリーダーや上位の管理職から与えられるから。

 若いときは視野が狭いから 目標と目的を混同してしまいがちだが、管理職は少なくとも目標と目的の違いは理解していることを前提に、目標の違いのよる利害の調整が求められる。

 組織の目的は環境の影響を受ける。
環境の変化が、緩やかなときは、目的も目標も変わらない。
環境の変化が激しいときには、環境に合わせて目標は変えなくてはならない。

 ともすれば、目的まで変えなくてはならないこともあるだろう。
そのような事態になったときに、組織全体が新しい目的を共有できていれば良いのだが、
古い目的を引きずっている人や部署があると利害関係は調整できない。

 そして「ぶっ潰す」になってしまうのだろう。

 「ぶっ潰す」発言が聞こえたら

  • セクショナリズムが蔓延ったタコツボ組織になってる
  • ビジョンが無く組織の目的が分からない迷走組織になっている

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2018年12月 6日 (木)

「理想的設計」の陰

田坂広志 「風の便り」 第156便は「理想的設計」の陰

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 田坂広志 「風の便り」 四季  第156便
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 「理想的設計」の陰


 1960年4月21日、ブラジルにおいて、
 都市設計の最先端技術を用いた首都、
 ブラジリアが生まれました。

 それから10年後、
 ある雑誌に載せられた写真が
 印象に残っています。

 それは、理想的に設計された都市に、
 理想的に配置された道路があるにもかかわらず、
 それを無視して、ビルからビルへの近道を求め、
 多くの人々が歩くことによって作られた
 「けもの道」のような小道の空撮写真でした。

 なぜか心に残っている、この一枚の写真。

 その意味が、
 マネジメントの道を歩むようになって
 分かりました。

 なぜなら、
 このブラジリアの「陰の道」の現象は、
 マネジメントの世界においても、
 しばしば、目にするからです。

 理想的に設計された組織。
 理想的に配置されたマネジャー。

 その組織やマネジャーに対して、
 人々は、常に、
 現実を動かすために最も有効な
 「陰の組織」や「陰のマネジャー」を
 生み出していくからです。

 そして、そのことに気がついたとき、我々は、
 マネジメントに携わる者が理解すべき、
 一つの心得を学びます。

  「理想」を描き、実現するためには、
  「現実」の陰の動きを見つめなければならない。

 そのことを学ぶのです。


 2005年2月24日
 田坂広志

↓こんな感じ? ブラジリアの"けもの道"(Google map  15°47'31.4"S 47°52'03.9"W)

 陰の××はどこの組織にもある。 陰は制御できない。
人はいつも、論理的に考えるわけではないし、合理的に行動するわけではない。
理想が光ならば反対側に陰ができるのだろう。

 う~ん。これは難しい。


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2018年11月30日 (金)

ずれた反論 <わざとずらすヤツは厄介だ>

NHK高校講座 ロンリのちから(19) ずれた反論
スクリプトは→(https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/ronri/archive/resume019.html)

 たまたま休みだったので、何気無しにEテレを見ていたら、ロンリのちからをやっていた。一般社会では、ずれた反論はよくある。 社会に出る前に論理的思考ができるようになっておくのは重要だ。さすがEテレ。

 非論理的な人はずれていることを認識していないし、ずれた反論をするのがカッコイイと勘違いしている人も見かける。

反論がずれるのは↓のような場合だろう。

  • 感情的になっている
  • 議論するつもりが無い
  • わざとずらしている。

感情的になっている

 自分が咎められたときに、「お前もやっているじゃないか」という反論。
 論理的な正解を求めているわけではなく、咎められたから感情的になって反論しているだけだ。
 感情的になって論点を無視して反論するからずれる。

議論するつもりが無い。

 よくあるのは「お前が言うな」という反論。
議論するつもりはなく相手を叩きたいだけだけだ。
特にネットは多いように気がする。

わざとずらしている。

 会議などでわざとずらす輩が一番厄介だ。
 わざとずらす輩は賢い奴が多い。

###

 なぜ意図的にずらすのか考えてみた。

 わざとずらす輩は議論したくないのだろう。
 会議は、論点を明らかにして議論して正解なり最善策を見付けるのが目的だ。 ところが、正解なり最善策が見付かると、行動しなくてはならないし、それまでの考え方や行動を変えなくてはならないことがある。

 意図的にずらす輩は、賢いが故に結論が早く見えて自分のやるべきことが分かる。 
だけど、それをやりたくないのだろう。

 一般的には、生産性の低い組織には、ずれた議論が多い。 逆に言うと、ずれた議論が多い組織は、正しい議論、合理的な行動ができない組織だ。

 「組織」を「人」に変えても同じ。



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2018年11月24日 (土)

高専ロボコン2018

 NHKで高専ロボコン関東甲信越地区予選をやっていた。

 今年のお題はペットボトルを投げて8つの台に立てるというもの。ルールブックには、ボトルはフリップ(宙返り)させなくてよいとある。 しかし、フリップにこだわるチームもある。

 高専ロボコンは手動操縦ロボットだったが、今年から自動制御ロボットが導入されたようだ。 

 最近のABUロボコンを見ていると東南アジア諸国との差が気になる。 インターネットは地域格差を解消したから、情報や部品が無いとか、あっても入手できない時代ではなくなっている。 アイディアとそれを形にする能力、創造力で勝負できる時代になったということだ。 それが、ABUロボコンでの日本の低迷の一因なのだろう。

閑話休題

 関東甲信越地区予選は、東京高専Bが優勝、産技高専荒川キャンパスAが準優勝。
全国大会出場はこの2校と推薦で群馬高専Aと長岡高専Bが出場する。

 長岡高専Bのアイディアはトランポリン。 手動ロボットが投げたボトルを自動ロボットがトランポリンで弾いて台の上に立てるというもの。 残念ながら地区大会では立てることができなかったが、わざわざ難しいアプローチで挑むのが高専ロボコンの醍醐味だ。
(長岡高専Bだけでなく長野高専Aもトランポリンだった。)

 技術を職業にすると課題を効率良く確実にクリアすることを求められる。 言い換えると、いかに100点満点に近づけるかというアプローチだ。 一方、自ら課題の難度を上げるのは100点満点を超えようとするアプローチだ。

 わざわざ課題の難度を上げるのは、金を儲けなくて良いという環境が与えられた若者の特権だ。 オヤジ達は「技術の無駄使い」と言うけれど、かなり羨ましかったりする。

 11/18日のサイエンス・ゼロでも高専ロボコンを特集していた。
都城高専Aはトランポリンで一番高い台に立てることに成功していた。 試合には負けたけど優勝したような喜びようだった。

 全国大会は11/25日に生放送するらしいが見れそうにない。12/24日に収録版の放送を見ることにしよう。


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2018年11月22日 (木)

自分が老害になっていないか確認する12の項目

自分が老害になっていないか確認する12の項目 成迫剛志の『ICT幸福論』 2018/11/07

チェックリストを引用すると、

  1.  自分の価値観での評価に偏りがちであり、反対意見を聴くことが少ない。他人の話を遮って持論を長々と語ってしまう。
  2.  評論家的なポジショントークが多くなり、具体的なActivityについて自ら手を染めることが少ない。
  3.  他人の意見に対して、まず否定的なことを言ってしまう。ただし、著名人の意見には絶賛しがちである。
  4.  現在の事象を、過去の事象の再来として扱うことを好み、過去の経験の枠から離れた思考をすることができない。
  5.  本質の議論ではなく、議論のすり替えを行うことで自分が議論に負けないようにすることがある。
  6.  ネガティブなニュースに対して、自分は以前から"そう思っていた"、"最初からそう言っていた"と言ってしまうこと、発信してしまうことが少なくない。
  7.  苦労なき成果を認めることができない。結果よりもプロセスを重視しがちである。
  8.  現場離れした原理主義的な発言が多くなり、現場の面々から鬱陶しく思われていることに気づけない。
  9.  多忙を理由に約束や時間にルーズになりがちである。
  10.  肯定派の中でちやほやされることを好み、否定派との交流を持つことを避けがちである。
  11.  外部との交流を重視し、内部の状況把握やヒアリングを疎かにしがち。ゆえに、外部の知見を内部に持ち込めず、また内部の本当の困りごとを理解できていない。
  12.  直接または間接的に所属している組織に関してネガティブなことを外部で言ってしまう。内部で指摘したり、改善したりしていないにもかかわらず、何故か外で毒を吐いてしまう。

これって、老害というか誰でもあるんじゃないだろうか?

 老害にならないようにするにはどうしたらいいんだろうか? 対策はどうするの? 

 老害と言うくらいだから原因は加齢ということか。 加齢が原因ならば若いときを思い出して行動すると老害が予防できるのではないだろうか。

 だけど、若いけどこういう特性をもった人はいるからなあ...

 あるあるで終わる話って、「評論家的なポジショントークが多くなり、具体的なActivityについて自ら手を染めることが少ない。」ってことか?


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2018年11月16日 (金)

リーダーの力に依存する「コントロール型の組織

リーダーの力に依存する「コントロール型の組織 組織改善研究所  2018/03/18

投稿者の 初瀬川達郎氏は

組織が成長するには
段階があります。

形成期(フォーミング)
 ↓
混乱期(ストーミング)
 ↓
規範期(ノーミング)
 ↓
変革期(トランスフォーミング)

とおっしゃる。

 そしてリーダーによる支配的な組織はフォーミング状態で、この状態の組織はリーダーの能力に依存すると。

 この状態を脱するためには、リーダーはコントロールを手放すのだとおっしゃる。
そうすれば組織はストーミング状態になって次の段階に進むのだと。

 現実は、コントロールは手放せないものだと思っている人は多い。
リーダーではなく管理者は、そもそもコントロールするのが仕事だからコントロールを手放すと仕事が無くなってしまう。 そう考えると組織のコントロールを手放せる人は極めて少ないのだろう。

 もう一つ問題があるのは、コントロールされたいと思っている人も多いということだ。

 普段管理者にコントロールされ慣れている人はコントロールが無くなると不安になるのだ。 だから、リーダーや管理者がコントロールしている組織のコントロールを手放すと、混乱(ストーミング)にならず停止(ストール)してしまう。

 混乱(ストーミング)になるためには真のリーダーが必要なのだと思う。
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 コントロールする人はリーダーではないと思うのだが、定義が違うのか?

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2018年11月14日 (水)

「人間力」を磨いてきた人を処遇できるのか

本書を広く薦めることで、自らクビを絞めることになる!? (2018/11/03)

私は本書で示されている「人間力」を持つ若者が多く市役所に入職してくれたのなら、とても心強いと感じます。

でも、そんな若者を今の多くの市役所は採用時に正しく評価できるでしょうか。

そんな若者に対して、今の多くの市役所は、彼らにとって価値ある経験を提供できるでしょうか。

本書で掲げる「人間力」を磨いた学生を、正確に評価し、(お金や身分保障ではなく成長の機会など)相応の対価を用意できる自治体が生駒市以外にどのくらい多くあるのか、私のような現役の公務員でも正直約束するのが難しいと感じています。

 このブログを書いておられる島田正樹氏はさいたま市役所職員として勤務される傍ら、NPO2枚目の名刺で活動したり、公務員キャリアデザインスタジオなどを主宰しておられる。

 この本とは「公務員面接を勝ち抜く力 小紫雅史 (2018/11/12)」のことだ。

 役所という枠にとらわれない活動をしておられる、島田正樹氏にして冒頭の感想である。
真面目に考えるからこその感想かもしれない。

 島田正樹氏の懸念は2点

  • 「人間力」を磨いた学生を、正確に評価できるか
  • 「人間力」を磨いた人材を、に相応の対価を用意できるか

だ。

 「人間力」を磨いた人材に対して採用時の人物の評価や採用後の仕事の評価を行うときに、古い時代の価値は使えないから、「価値があること」を再定義して、それを組織の中に浸透させなくてはならないだろう。

 つまり、組織の風土改革が必要だということだ。 風土改革は一朝一夕にできるわけではないから、「人間力」を磨いた人材が直ちに活躍できない。 これが島田正樹氏の懸念だろう。

 おそらく小紫雅史氏もその懸念は分かっておられるのではないだろか。 20年、30年間組織が求めるように働いてきた人の働き方は短期間では変わらない。

 しかし、今後環境の変化は外圧として作用するので一から風土を変えるより早く変わるのではないだろうか。 そのときに重要なのは現場を変える若い人達の力だ。 

 古い価値観の幹部はトップダウンで対応できる。 しかし、トップダウンは往々にして現場まで届かない。 だからこそ、現場に「人間力」を磨いた人材が必要なのだろう。

 小紫雅史氏の著書(「公務員面接を勝ち抜く力」)は、「公務員に安定を求める人は応募しないでほしい」とも読める。

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 御多分に漏れずウチでも優秀な人材が欲しいという要望はよく聞く。
しかし、「優秀な人材」の定義は昔のままで、外見のスペック重視だ。 「人間力」を磨いた人材がいたとしても、その人は「優秀な人材」ではない。

 「優秀な人材」が採れたとして、彼らをどのように育成するか。 どのようなキャリアパスを提示し、どのような成長機会を与えるかについては議論は少ない。

 50年以上前の価値観に縛られた錆び付いたキャリアパスとお仕着せのやりがいを与えようとする。 若い人達は、とても10年先に成長した自分の姿は想像できないだろう。 特に「人間力」を磨いた人には。

 よく考えてみると、はるか昔の価値観を評価もせず受け継いで、価値観を変えなかったのは我々の世代だ。

 だから、安定しているからという理由でこの職場を選んだ人が入ってくる。
そして、年寄りは自分の価値観が正しいと安心するのだ。

 偶然「人間力」を磨いた人が入ってきても、寄ってたかってスポイルしてしまう。
そして、年寄りは自分の価値観が正しいと安心するのだ。

 社会が安定している時代に安定を求めることは悪いことではない。しかし、社会が変わろうとしているときには、変化に対応して挑戦することが求められる。 

 年寄りは古い価値観を持っていても生駒市のように変化を求められないだろう。 しかし、変われないとしても、せめて多様な価値観を許容することではないか。

 価値観を変えなくてよい。 安定か挑戦かの2択でなく、自分とは異なる価値観を認めることから始めればよい。


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