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日記・コラム・つぶやき

2018年4月22日 (日)

漫画村騒動 

僕が漫画村を批判しない理由 佐藤秀峰 (2018/01/30)

 最近マンガ村が話題になっているようだ。
マンガ村を利用している人がインタビューで困っていると発言したことがSNSで炎上している。多くの人はマンガ村の違法性にフォーカスしているようだ。その中で、漫画家の佐藤秀峰氏は業界の今後に注目しておられる。

漫画村は「よくある海賊サイト」というのが、僕の印象です。もちろん、それが過小評価という場合もあるかもしれません。だけど、ネガティブキャンペーンが行われる時、その陰には目的を持った人たちがいます。感情的になればなる程、その目的に利用されてしまうのではないでしょうか。

 著作権を飯のネタにしている音楽業界や出版業界は、悪く言えば新しいコンテンツを創造できる1人の才能を創造できない大勢が取り巻いているようなものだ。

 元来著作権は創造できる才能を保護するための権利だ。ところが、これまで創造できる才能を保護するという正論を元に取り巻きが著作権を拡張してきた。つまり、創造できない者が多くの権利を持っている。これが音楽業界と出版業界ということだろう。

 これまで、創造できない取り巻きの戦略は概ね成功してきた。しかし、ネットの普及に伴って時代遅れになってきた。 これはよく言われていることだ。

 創造できない取り巻きは、ネット社会に適合するようにビジネスモデルを創ることはできない。なぜなら創造できない人たちなのだから。

 佐藤秀峰さんはNapsterの例を引いておられる。
つまり、マンガ村に対する出版業界の対応は、Napsterに対する音楽業界の対応と重なるということだろう。

 音楽業界はNapsterを無くすことはできたが、消費者はAppleやgoogleを使うようになったように、出版業界がロビー活動で政府を焚きつけてマンガ村を無くしても行く先は無い。読者はAmazonを使うようになるだけだ。

 今後、権利にしがみついている創造できない取り巻きは食えなくなる。
新しいコンテンツ創造できる人は新しいビジネスモデルを創造できる人と組むと生き残ることができる。
 新しいビジネスモデルを創造できる人と組むことができなければ、Amazonに搾取されるようになるということだろうか。


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2018年4月20日 (金)

「努力」という幻想

田坂広志氏のメルマガ「風の便り」四季 第133便は『「努力」という幻想

引用すると

 昔、あるテレビドラマで見た
 お母さんと子供の微笑ましい会話が
 心に残っています。

 勉強をしない子供に対して、
 「どうして、もっと勉強しようと努力しないの」
 と聞く母親に、子供が答えます。

 「うん、だから、努力しようと努力しているんだけれど」

 おもわず微笑んでしまうこの言葉を聞くとき、
 我々は、「努力」という言葉が、
 極めて精神的な言葉であり、
 自己幻想に陥りやすい言葉であることに気がつきます。

 なぜなら、仕事で壁に突き当たっている人に
 「あなたは、努力をしていますか」と聞くならば、
 「ええ、自分なりに、精一杯の努力はしています」と、
 多くの人が答えるからです。

 誰でも、精神的には、努力している。
 しかし、具体的には、成果が出ない。

 そのことを考えるとき、
 ふと、不思議なことに気がつきます。

  一流のプロフェッショナルは、
  精神的な「努力」という言葉を
  あまり使わない。

 そのことに気がつきます。

 では、彼らは、どのような言葉を使うのか。

  具体的な「工夫」

 それが、プロフェッショナルの世界において、
 「努力」を意味する言葉なのでしょう。


 2004年7月5日
 田坂広志

努力しても頑張っても成果が上がらないことは多い。
だから、成果が上がっていなくても頑張ったことで良しとする人は多い。

マネジャはメンバーの頑張り(努力)を成果にする手助けをするのが仕事だ。
しかし、頑張りが必ずしも成果にならないことを知っている。
だから、メンバーの頑張りを評価しようとする。

でも、顧客が望んでいるのは頑張りではない。

頑張れば必ずしも成果になるわけではない。しかし、成果になる確率は上がる。
そして、確率を上げるものが「工夫」というとだろう。

言い換えれば「工夫」しないことを「努力」という言葉に逃げないことだ。


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2018年4月14日 (土)

学校とは同じ人間を作る工場?

学校とは同じ人間を作る工場、でも社会に出ると…プレゼン資料が話題
with news  (2018/03/14)

 元はベニガシラ氏のtwitterへの投稿 「就活用のプレゼン資料作ったのに「毒がありすぎる」とボツになりました」

 ↓この意見に賛成。

 このプレゼンは、学校で評価されないが能力や才能がある人に対するエールだろう。

 重要なことは社会で要求される(需要がある)能力があるかどうかだ。

 学校で教えてくれることは社会で生きてく上で必要なことが多く、学校で評価されることは社会でも評価されることが多い。 でも、社会で評価されるのは学校で教えてくれることだけではないし、学校で評価されなかったことかもしれない。

 ネット民は二元論になる傾向があるけれど、学校で教えてくれることや学校での評価は全て無駄というわけではない。

 誰かがコメントしているように、学校の評価基準は社会の要求によるものだろう。

 今の学校の評価基準は明治以降の社会の要求によるものだろう。 当時は戦争をするにも、工業化して工場で多量生産するにも、命令されたことを正確に理解して忠実に実行する人を増やすことが重要だった。 そして、戦後の高度成長期にも重要だった。

 だから「テストに出るから覚えておけ」を忠実に実行する生徒は評価されやすい仕組みになっている。

 今でも、大企業や官庁が求める人物は、論理的な理解力と記憶力、命令を忠実に遂行する能力だ。 そして、これらの能力は偏差値と相関があるから、大企業が学歴で判断するのは合理的だ。

 組織的に結果が出せるような命令ができる管理者は貴重だ。そして、勘と経験か論理的かによらず、自分の頭で考えて命令しなければならないから、だれでも優秀な管理者になれるとは限らない。 であれば、数少ない優秀な管理者が多くの忠実な部下を管理する仕組みの方が合理的だ。

 管理者の命令を忠実に実行にする人は管理者が設定した課題を疑わないから扱い易い。 「そもそも課題設定が間違ってる」と言いだす人は扱い難いから高評価の集団には入れないようになっている。いわゆる集団になじめない人達だ。

 これがバブルまで社会が命令される側の者に要求してきたことだ。

 ところが、現場のマネジメントをやった経験では、社会の要求は変わっていると思う。

 論理的な理解力は今でも重要だ。 記憶力は重要でなくなっているが、何でもぐーぐる先生に聞けば良いわけではない。

 決定的に変わったのは、命令されたことを忠実に実行する人より自分で考えて行動できる人の方が貴重になってきたということだろう。

 特にミドル・マネジメント層は学歴とか偏差値とかは関係なく、誰かが設定した課題を疑わない(ようにしている)人より、自分で課題を見つけられる人が必要だと思う。 

 「そんなの当然だ!」と思うかもしれないが、誰かが課題を設定してくれるのを待っている人は多いと思う。

  「それはお前の管理者としての能力が足りない!」と言われれば、「そのとおりです」と答えざるをえないのだが...


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2018年4月12日 (木)

AI・人工知能EXPO 2018

 今年もAI・人工知能EXPOに行ってきた。

 去年のこの展示会は、まだ出展が少く、AIブームで大勢の来場者が詰めかけたので、上野動物園でパンダを見るくらいの混みようだった。今年は会場も広くなって出展者も増えたので余裕がある。

ハイブリッド・オルゴール

 同時開催の展示会も見るようにしている。
興味がある隣接分野や異業種を見ておくことは重要だ。油断すると仕事に関係があるか興味があるブースしか見ないようになりがちだ。それでなくても歳を取ると歩くのが面倒になっている。

今回はこんなところに引っかかってしまった。
ハイブリッド・オルゴール

Photo

櫛歯が振動して音が鳴るところはアナログで、櫛歯を弾くピンの制御がデジタル。

1

演奏できる曲は無限のはずだ。でも、曲の追加は有料らしい。

閑話休題

育成サービス

 未だ人工知能とは?のような解説は多い反面、今年は、AI技術者、データサイエンティスト育成サービスを提供している企業の展示が結構あった。

 「AIとやらを買ってくればヨロシクやってくれる」と考えている人は未だ多いようだが、データの分析とシステムへの反映を外注するか自前でやるかは判断が分かれるところだ。

 大量のデータを持っていて、そこから価値を見つけようとする企業なら自前でデータサイエンティストは必要になるのだろう。

 「いい感じのやつが欲しい」とうリクエストは社外の人間には到底理解できないから。

RPA

 去年から注目しているRPAは全部RPAで処理しようとしなければ実用化段階にきているようだ。 ロボットが判断できなかったり間違えたりすることはある。怪しい領域を人間に判断をゆだねれば良いことにすると人間は無くならないがほぼ不要になる。

 今後、労働集約型の職業がロボットに取って代わられるのは分かりやすい。 老集約型の職業だけでなく知識集約型の職業もロボット(RPA)が取って代わるのだろう。

 それまでに、自分自身をアップデートできるかどうかが大きな問題だ。

 35年くらい前にコンピュータが個人で買えるようになって、誰でもプログラムを作って仕事を効率化できるようになった。  あの時にプログラミングを勉強して価値を生み出せるようになった人と、プログラミングは無理とあきらめて他人が作ったプログラムを使うだけだった人との差は大きい。

 そして今、他人が作ったプログラムを使うだけの人の仕事は無くなろうとしている。 35年前と今が違うのは、35年前はプログラミングができなくても、プログラムを使うという仕事があった。 しかし、今後はツールを使うという仕事はRPAがやるということだ。

 そして、ツールを使うという仕事をしている人は多い。



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2018年3月27日 (火)

SMR-10 SONY高機能集音器

ソニーの高機能集音器SMR-10を買った。

  • 高価・高機能
  • 集音器として使えなかったら、最低ワイヤレス・スピーカーとして使える
  • 家電が苦手な人にはサポートが必要(高齢の親にぽんと渡して使うのは難しい)

集音器

 「補聴器」は医療用品なので「集音器」として売っている。
医療用の補聴器は高価だ。ふらりと眼鏡屋さんに行って試聴しようと思ったら、検査が必要らしく面倒なので止めたことがある。。

 集音器は専門家による検査も調整もない代わりに医療機器としての法規制を受けないので安い。

価格

 その中にあってこの商品は高価な部類だ。2018/3/27現在で、ソニーストアでは34,880円、Amazone最安は31,852円、楽天の最安は32,738円。

Smr10 Smr10_2

 高価なだけあって、 シーンに合わせて雑音を抑える機能や自分の声をキャンセルする機能、テレビの音声を無線で伝送するテレビ用スピーカー機能がある。

 しかし、試用しないで通販で買うにはちょっと高すぎる気もする。

 難聴の母のために買ったのだが、母が使わないなら自分で使おうと思いポチった。ずいぶん前から耳鳴りがして小さな声が聞き取り難くなっている。最悪、テレビ用ワイヤレス・スピーカとしても使えるだろう。

設定・操作

 取説は超簡単というか最低限の説明しか書いていない。調整は音声ガイドに従って操作しろということらしいが、 難聴+高齢の母には難しいようだ。

 そもそも、音声ガイドが聞こえるようにしなければ始まらない。

 かといって、他人が設定しようにも聴こえ方が違うので設定できないし、音声ガイドは外には聞こえないのでアドバイスもできない。

 左側に音量UP/DOWNボタン、UP側にポッチがある。右側に電源ボタンとモードスイッチ。
モードは集音/テレビ(イヤホン)/テレビ(耳元スピーカー)

Smr10_3 Smr10_4

 手探りで操作しなければならない。高齢の母は3段階のモード切り替えに戸惑っていた。

 イヤホンには「R」「L」ではなく「右」「左」の表示がある。年寄に優しい。

 とりあえず母には会話ができる程度に使えるようになるまでデフォルトで使てもらった。
そして、アドバイスできるように一通りガイドに従って操作してから、母に設定してもらった。

使用感

 母の難聴はこの製品が想定している程度(軽~中)より重度だろう。一人で暮らしているときはテレビの音量をかなり上げていたので、家族と一緒にテレビを見ているときには音声は聞こえてなかった。

 この製品のテレビ用スピーカー機能で今まで聞こえなかったテレビの音声が聞こえるようになったり、不自由ながらも会話できるようになったので効果はあったようだ。

 もう少し使ってみて使い心地を聞いてみよう。

 会話が増えると良いのだが。

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 SMR-10は充電台が送信器になっている。 Bluetoothイヤホン買ってきたら使えるんじゃないだろうか?

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2018年3月25日 (日)

田舎に暮らすITリテラシーの低い親は最悪

堀江貴文氏「田舎に暮らすITリテラシーの低い親は最悪」
NEWS ポストセブン(2018/03/21)

 特に田舎に暮らすITリテラシーの低い親は最悪だ。主な情報源はテレビ。新聞に書いてあることが全部、真実だと思い込んでいる。大企業に就職しろだの、結婚しろだのと、短絡的にまくし立てる。彼らの頭で考える指摘や判断は、害悪になることが少なくない。

 この部分に注目すると、ホリエモンは血も涙もない冷血野郎のようだ。しかし、

 親子の情愛まで否定するつもりはない。しかし、実の親は、何かの知見を得る相手として、信用するに足るものではないと断言できる。

とおっしゃる。
つまり、「親子の情愛は、信用を保証できるものではない」ということだ。

 日本は儒教の影響を受けているから、年長者、特に親には無条件で敬うのが普通だ。

 昔の「知見」は、知識と経験に依るところが大きく、親は子より圧倒的に知見を持っていたから、 「親父の小言と冷酒は後から効く」は正しかった。
これは、過去の経験から得た、言うなれば「静的な知見」だ。

 ところが、現在の「知見」は、ネットにある大量の情報を処理して自分で考える能力に依るところが大きくなってきた。
これは、変わりつつある情報を処理して得られる、言うなれば「動的な知見」だ。

 現在は昔と比べて、「動的な知見」の重要性は大きくなり、相対的に「静的な知見」の重要性が低くなってきたが、「静的な知見」が全く不要というわけではないだろう。 「静的な知見」が智慧になっている人はいる。

 しかし、将来に関わる判断については「動的な知見」が重要で「静的な知見」は参考にならない。

 例えば、郊外に土地付き一戸建てを35年ローンで買うことを親に相談すると、反対する親は少ないだろう、むしろ一人前になったと喜ぶ親は多いのではないだろうか。 ところが、35年先にこの物件は老人ばかりが住む郊外の築35年の中古住宅だ。その頃には若者は共働きで都心に住んでいるから売ろうにも買い手はいない。いわば不良資産になる可能性が高い。

 親の世代の価値観は昭和の高度成長期に田舎から都会に出てきたサラリーマンの価値観だ。この価値観や経験で判断するから、平成が終わろうかという時代の35年ローンについて客観的な判断ができない。つまり、親の世代の知見は35年後の将来にかかわる判断の参考にならないということだ。

 職場で親子ほどの歳の差がある若い人たちに話す機会がある。

  • 憶えるのではなく考えよう。
  • 真似るのではなく工夫しよう。

そして、

  • オヤジ達は10年前の情報で10年先を判断しようとしているから、オヤジ達の将来の展望は信用しない方が良い

とアドバイスしている。

アドバイスしている奴σ^^)がオヤジなんだけどね。 (^^ゞ


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2018年3月23日 (金)

マルツでDigikey

マルツとDigikeyが提携したらしい。

マルツのサイトを見ると

  • Digi-Key社アイテム 1個から送料240円(サイズにより送料450円)でお届け致します。
  • 請求書後払い、校費決済でDigi-Key社の製品を購入できます
  • マルツオンラインで合計3,000円以上のご購入なら送料無料

らしい。

Digkeyは品揃えが良いし遅くないのだが、6,000円以上(つい最近まで7,500円)買わないと送料が2,000円かかってしまう。

 Digikeyで買うときは、まとめて買うか、つい余計に買ってしまうことがあった。マルツ経由で買うと1個から買えて送料240円はありがたい。

 どうやったらマルツ経由で買えるの?と思い調べてみた。 どうやら、Digkeyで買うことを指定することはできないようだ。

 購入したい部品を検索すると、「品質ランク」にS1(Digi-Kkey)が表示される。 

Photo

 マルツで扱っている商品はマルツから出荷され、マルツで扱っていない商品はDigikeyから出荷されるということか。(当たり前といえば当たり前)

 納期は5日程度になっているので、Digikeyから直接買うより1,2日長くなっている。マルツで中継する分長くなっているのだろう。

 便利な世の中になったものだ。


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2018年3月16日 (金)

"公務員はやりがいのある仕事だ"という嘘

"公務員はやりがいのある仕事だ"という嘘 公務員 島田正樹 ~仕事と私事と志事と~
アメブロ (2018/03/14)

 島田正樹氏は、やりがいは主観的なもので、現職公務員のやりがいは公務員志望者にとってやりがいとは限らないとおっしゃる。そして、地方公務員を志望する人に公務員の現実を伝える活動として「公務員キャリアデザインスタジオ」を主宰しておられる。

 やりがいが主観的であることは、どの業界、どの職種でも同じことだ。

 いまの仕事はサイバー・セキュリティ関係で、今この業界はバブルなのでかなり人材不足だ。優秀な人材は争奪戦になるから、採用活動ではつい「やりがいがある職場です」と言いたくなる。

 ところが、ウチの職場はICT全般を扱っているから、採用後すぐにサイバー・セキュリティ部門に配属されるとは限らない。しかも、技術者のキャリアパスはあまり整備されていないから、技術で生きていこうとすると悩みも多い。

 あなたのやりがいを聞かせてと言われると、根が正直(ヒネクレ者)だから、単に「やりがいがあります。」とは言いづらい。正直なところ「やりがいを見つけることができたけど、それ以上に嫌なこともあった。」とは言えるけど、二言三言では語れないなあ。

 採用活動などで単に「やりがいがあります。」と言うとミスリードしてしまいそうだ。
などと、エライ人に話したら、「そこまで気にしなくていいんじゃないの?」と言われたことがある。そのときは、「そんなイイカゲンな!」と憤慨した。 

 ところが、冷静になって考えてみると、

 素直に「やりがいがあります。」と言えないのは、自分の価値観を主張しようとしていることの裏返しなのかもしれない。
 やりがいと嫌な仕事の狭間で葛藤している自分を正当化しようとしているだけかもしれない。
 これって単に鬱陶しい奴じゃないか!!。
 やりがいは、自分で感じれば良いことだ。

と考えた。

 オヤジが葛藤するのは、昔(今も?)は転職に高い障壁があったので、一つの職場でいろいろな願望を実現しようとするからだ。 ところが、これからの時代は、一生同じ職場で働くことは稀になるだろう。自分が目指すキャリアパスがないなら転職すればよい。 人生の中で、やりがいを求める期間、報酬を求める期間が異なっていても良いし、それぞれ別の職場で追い求めても良い。

 そう考えると、エライ人の言うとおりに深く考えないで「私は◯◯にやりがいを感じています。」と言えばよいと思う。

 若い人たちにとっては、オヤジのやりがいより事実を伝えた方が役に立つというものだ。



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2018年3月10日 (土)

若い教師が午後5時に帰る <親は覚悟が必要>

公立小の副校長が「若い教師が午後5時に帰る」「やる気がない」と投書 「長時間やること=素晴らしいは本当にやめて」と疑問の声
キャリコネ 2018/.3/.2

 もとは朝日新聞の投稿欄らしい。 朝日新聞DIGITALにあるらしいが員登録しなければならないようだ。

 Twitterで探すと見つかった。(教師の独り言 @dLTVcQ0f9ghW3GA)
https://twitter.com/dLTVcQ0f9ghW3GA/status/968778242516697088

 最近このような記事が炎上しているのをよく見かける。しかし、ハッキリ言って議論はかみ合っていない感じだ。(なぜイマドキ社員は定時で即帰ってしまうのか(2016/09/21))

つまり、本当の問題は「午後5時に帰宅する」ではなく、

  • 教師は、聖職者なのか、知識の伝達を請け負っている労働者なのか
  • 教師の仕事は勤務時間だけで良いのか

 にあるような気がする。

 これらは真偽のような二元論ではなく、どちらかが強いとか、場面によって変わるという性質のものだ。

 教師が聖職ならば勤務時間外の時間を教え子のために使うのは当たり前だろう。 一方、教師は知識の伝達を請け負っている労働者ならば勤務時間外は自分の時間だから、定刻に帰宅しても、家で教材研究をしなくても咎められる筋合いではない。

 キャリコネのスタンスは教師は単なる労働者だから、この投稿に対して批判的になるのだろう。 キャリコネのスタンスは一貫している。

 ところが、投稿に批判的な人の多くは教師を労働者としてのスタンスで論じて、教師は聖職者というスタンスの人を批判する。 しかし、学校でのいじめの記事を読むとどうだろう。多くの人は教師を聖職者としてのスタンスで論じて、教師は労働者というスタンスの人を批判するのではないだろうか。

 つまり、炎上させている人はどちらかのスタンスに決めているのではなく、批判するためのスタンスで批判している人が多いのではないだろうか。

 副校長や回答者の先生は、かつて組合が強かったころに現場にいて、少なからず、教師は労働者か聖職者かで葛藤した世代ではないだろうか。

 つまり、投稿者や回答者の若い教師に対する不満は「午後5時に帰宅すること」ではなく、働き方改革の名のもとに「教師は労働者か聖職者かで葛藤しないこと」ではないだろうか?

 一方、保護者の立場では、修身教授禄(2016/11/08)優劣の彼方に(2014/10/24)を読むと、教師が聖職者であることを期待してしまう。 しかし、親(保護者)は、教師に聖職者を求めることが難しい世の中になっていることを認識しなければならないだろう。

 親(保護者)は、少なくとも知識の伝達以外の部分は教師任せにしない覚悟が必要だ。



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2018年3月 6日 (火)

中間管理職をやっていると


↑(https://twitter.com/tarareba722/status/969960296239415296

うまいことを言うなあ。

 本人は何かしら得るものがあったり成長しているので、最初のうちは意外に不満は少なかったりする。 見つけてきた仕事を全て自分でこなせれば良いのだが、与えられた時間は限られているので、いずれこなせなくなる。 誰か手伝ってくれればいいのにと思うが、他人・他部署の仕事には手を出さないという風土の職場では、手伝ってくれる人が現れない。

そして、腐るか爆発するか蒸発することになる。

 中間管理職がマネジメントして、部下が見つけてきた仕事を成果にする必要がある。 周りの人にしてみれば成果にならないのに巻き込まれても困る。自分で見つけてきた仕事なら成果は後回しにできるけど、他人が見つけてきた仕事の場合は成果になりそうかどうかは後回しにできない。  巻き込まれやすい人は成果にならなくても巻き込まれてしまうから、キャパを超えると爆発してしまう。

 中間管理職になると、年の功で成果にするのが簡単か難しいかという「スジ」の良さが分かるようになる。そして、スジが悪い仕事は避けたいと思うようになる。 しかし、すこしでもスジが悪そうな仕事を避けてスジが良い仕事しかしないと、このタイプの部下を腐らせてしまう。

 このタイプの部下の成果が上がらないのは、マネジメントできていないということだ。ほとんどの場合、中間管理職が抑圧的で部下が腐っているか、管理職が放任主義で部下が爆発している。

 つまり、このタイプの部下はマネジャとしての器が問われる。
そして、

  • このタイプの部下が評価されていない職場
  • このタイプの部下が見当たらない職場

というのは、マネジャの能力が低いということだ。 > σ^^)


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