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日記・コラム・つぶやき

2019年3月23日 (土)

インフラ <必要ないと思っている人もいる>

infrastructureは「下部構造」という意味で広辞苑によると、

道路・鉄道・港湾・ダムなど産業基盤の社会資本のこと、最近では、学校・病院・公園・社会福祉施設などの生活関連の社会資本も含めていう。インフラ。

とある。
ちなみに、政府がいう「重要インフラ」は、

  1. 情報通信
  2. 金融
  3. 航空
  4. 空港
  5. 鉄道
  6. 電力
  7. ガス
  8. 政府・行政サービス(地方公共団体を含む)
  9. 医療
  10. 水道
  11. 物流
  12. 科学
  13. クレジット
  14. 石油

の14分野。 この分類では「インターネット」は「情報通信」の一部だけど、ネット上のサービス、例えばgoogleやクラウドが既にインフラになっていると思う。

ところで、

 物心ついたときに家には電話が無かった。 どうしても電話が必要なときには隣の家の電話を借りていた。 そのころの日本は、電話網はほぼ完成していいたが田舎の貧乏人まで届いていなかった。 そして今、完成した電話網の上にインターネットができ、クラウドが登場してインフラになった。

 幸いにも、インターネットが普及し始めて以来、自分の机の上までインターネット来ている環境で仕事をしてきた。
最近異動したら、NET(Intraじゃない)にアクセスできるPCは共有だった。 NETにアクセスするには、わざわざ自席を立って共有PCの前まで行かなければならない。数歩だけど。

 E-mailを受けるのも面倒だ。 E-mailなんて、わざわざどこかに行って受けるものじゃない。 NETなんて、わざわざどこかに行ってアクセスするものじゃない。 って普通じゃないのか?

 手に届くところにあるのがインフラだけど。 どうも、今の職場は昭和の我が家と同じように、まだインフラが届いていないようだ。

2019年3月19日 (火)

Uxcellで買い物 <なかなか届かない>

Amazon経由で香港のショッピングモールUxcellで買物したら、届かない。

追跡すると

2/9 注文
2/9  23:32 確認メール お届け予定2/14~2/22
2/11 16:56 発想メール
2/13 22:01 追跡番号通知メール
2/14 10:26 JL860便に乗るらしい
  :
2/22 配達されない

「uxcell Japan (日本ウェアハウスからの出荷商品以外、お届けまで10ー15日かかります)」らしいのだが、配達状況を確認すると。

Uexell

2/24 配達されない
2/22以降いつ見ても「明日までにお届け予定」なんだそうです。

2/14 以降追跡できないのでどこまで来てるのやら...
ポストに入る大きさだから持ち帰りはないと思うのだが。
安かったからなあ。 気長に待とう。

2/26 とうとう配達された。^o^)
配達されて何日もたつのだけれど、Amazonの配達状況を確認すると、

Uexell2

だったりする。 もう届いたんですけど。 ヘ(^^

結論

  • 国内にストックが無いときは時間がかかる。
  • 表示される期間には届かない。
  • 追跡できない。

安いからね。 なんでも明日届くと思ってはいけない。

###

 昔々ガキだった頃、マンガの裏表紙に通販の広告があって、ミュー同調のゲルマニウムラジオを買ったとき、いつ来るかとソワソワしながら待っていたのを思い出した。

2019年3月17日 (日)

悩める若者 <悩んでいるのは若者だけじゃない>

【今週の大人センテンス】木梨憲武が悩める若者に示した大人のカッコよさ Citrus (2019/4/24)

 木梨憲武。大人になったなあ。

 還暦を前にして、この若者と同じような悩みを持っていたりする。

 この記事にあるように、仕事を決めるときに、「才能の有無」や「向き不向き」はわからない。考えているうちに「やりたいこと」さえわからなくなり、自分探しの迷路にはまってしまう。

 では「興味があること」はどうか?というと、自己抑制しがちだ。
子供のころから、大人たちに「世の中そんなに甘くない」と刷り込まれているから、 「才能がある」「向いている」「やりたい」「興味がある」に正解があると思っていて。その正解を求めようとして迷路にはまってしまうのではないだろうか。

 他人の意見をあまり聞かない性格なので、人生の第1ステージは「興味があること」で決めてきたけど何とかなった。  「『興味があること』を基準に決断する」ことが重要ではなくて、何でもいいから行動する理由を考えることが重要なのだろう。 たまたま行動する理由が「興味があること」だったということだ。

 ここにきて、若者のように迷うのは余計な知恵がついたからなのかもしれないと思う。


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2019年3月15日 (金)

コドモ用スマホ <大人は判断を間違える>

 現時点においてスマホの存在は、無くても暮らしていけるが、有れば便利で、将来的には必要不可欠になるのだろう。

 文科省が小中学校、高校でのスマホの持ち込み使用の方針を変えるらしい。世間は賛否両論だ。世間は「スマホ学校持ち込み禁止」の見直しで議論沸騰だ。

 歴史的には、新しいデバイスが登場したときに、大人たちは間違った判断をしてきた。
昔昔はエレキギターを弾いていると不良扱いだった、オヤジの世代はバイクに乗っていると不良だった。 バイクは16歳になれば免許が取れる。 エレキギターに至っては資格さえ必要ない。

 つまり、たいてい、大人たちは新しく登場したデバイスへの対応を間違う。 大人たちは教えてもらっていないからだ。

 大人たちは、スマホに関して、

  • コミュニケーション手段
  • 非常時の連絡手段
  • 情報へのアクセス手段
  • 個人情報管理手段
  • ゲームデバイス

としての使い方を教えて貰っていない。
(子供のころなかったのだから当然)

 スマホの使用は多くの論点がある。 しかし、子供のスマホ使用に限らず、多くの大人は論点が整理できていない。いきおい議論が狭くなりがちだ。

  • 曰く、情報へのアクセス手段として必要不可欠である。
  • 曰く、まず、サイバー空間で被害に合う可能性がある。
  • 曰く、SNSのいじめが起きる。

どれも正しいが、どれも一面的だ。

 世の中には、すべて正しいとか全て間違っているということはなく、メリットとデメリットのバランスで成り立っていから、すべての子供に有効な対策は、残念ながら無い。 

 大人は子供たちへの規制を考える前に自分たちが、スマホにどう対応するべきかを考えるべきだ。 多くの親は、子供に現実空間で身を守る方法は教えられるが、サイバー空間で身を守る方法は、教えられない。 その事実をまじめに考えるべきだ。 

 教えられないから禁止するという考え方もある。 しかし、それでは、昔バイクを目の敵にしていた大人たちと同じだ。 親は自分たちが教えられないから、学校で教えてほしいと思うだろう。 しかし、残念ながら、多くの学校の先生も教えられない。

 子供と「 スマートフォン利用に係る親子契約書 」←のような約束を明文化する親は稀だ。

 これが、今も昔も変わらない問題ではないだろうか。

 サイバーセキュリティに関わる者は、親に対する教育、子供たちに対する教育、先生に対する教育など、貢献できることがあるのではないかと思う。


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2019年3月 9日 (土)

はみ出し者(2)

 昔話だけど、はみ出し者を集めて成果が出た。 はみ出し者にしかない斬新さと 創造力、実行力 があったからだ。

 あれから20年、気がつくと、はみ出し者だった者は群れの中に引き込まれて埋もれ、はみ出し者の良さを失っているように見える。

 はみ出し者ははみ出してこそ存在感がある。群れの中に入ったはみ出し者はただの「変な奴」だ。 はみ出し者は環境の変化に気がつかなかったのか?。

 同質性が高い組織で先進的なことをやろうとしても評価されないことが多い。 しかし、環境が変わり先進的だったことが普通になると、同質性組織の強みで、皆同じことを始める。

 異質であり、先進的であるが故に価値があったことは、先進的でも異質でも無ければ価値は無くなるということだ。

 はみ出している「変な奴」でも先進的なことで成果を上げていれば引き合いがある。 しかし、先進的でなくなれば、「変な奴」に引き合いは無くなる。

 「変な奴」を変えないのなら、先進的でなければならない。 群れの中で先進的であることが困難ならば、意識的にはみ出すことが必要だ。


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2019年3月 5日 (火)

総論は合意できても各論は合意できない

問題の解決策をうまく説明できなことがある。
問題は共有しているしているはずなのに何故か伝わらない。

このような構図を考えた。

Photo

  • 何か問題を発見して、解決策を見つけようと、深く考えると、先鋭化してくる。
    特に一人で考えた場合は顕著だ。
    同じように他の人も深く考えていると、先鋭化している。
  • このときに、同じ問題を考えていても、その原因や解決策は人それぞれ違う。
    (赤い三角、青い三角)
  • 他人に考えを伝えようとしたり合意しようとするときに、共通の認識(薄い黄色)があれば、たくさん説明しなくても伝わったり合意できる。
  • しかし、共通の認識が無い場合(濃い赤、濃い青)には、伝わらないし合意できないので、共通の認識がある部分から始めなくてはならない。

 一般に、総論的な議論の場合は、問題の認識がすべて一致していなくても共通の認識(黄色の部分)があるので、議論することも、合意することも可能だ。

 しかし、議論を深めようととすると各論的になり、共通の認識がなくなるので、議論も困難になり、合意することも難しくなる。

 つまり、問題を共有していると思っている人に話が伝わらないのは、自分の濃い赤の部分を濃い青を持った他人に、いきなり伝えようとしているということだ。

 共通認識があると思っているので説明が足りないのかもしれない。

 このようなときには、共通認識があるレベルまで下がって、議論して許容範囲(赤い破線、青い破線)を広げる必要があるのだろう。 そうすれば、合意できないけれど伝わる部分(濃い黄色)が増えてくる。

 最終的には、他人の意見が理解できたり合意できたりする...はずだ。


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2019年2月25日 (月)

プロは“タダ”で仕事はしない。しかしその対価は「お金」とは限らない

プロは“タダ”で仕事はしない。しかしその対価は「お金」とは限らない
citrus (2018/12/05)

 山田ゴメス氏は、対価は「金」など直接的なものでなくて良いとおっしゃる。
この戦略はありだ。

 プロが仕事をした結果、当然得られる対価をその場で回収せず、何かに投資すると考えることができる。

 山田ゴメス氏の場合は、文筆家やイラストレータとして活動した対価を、二回り以上、もしかしたら三回りも若い女性と懇ろになるチャンスに投資しているということだ。

 この戦略は山田ゴメス氏の専売特許ではなく、これまで多くの企業がこの戦略をとってきた。 企業は、ブランドイメージの良くするとか、他の製品を売るために、投資として技術を"タダ”でサービスしていたのだ。

 山田ゴメス氏の場合は個人事業主だから、成功しても失敗しても、その結果は自分が受け取る。 首尾よく懇ろになることもあれば、連絡先を交換したら速攻ブロックされることもあるだろう。いずれにしても結果は山田ゴメス氏自身に帰ってくるので誰かに迷惑をかけることはない。

 つまり、価値を提供する者と、投資を判断する者が同一の場合、問題は無い。

 これが組織の場合は、価値を生み出す者と投資を判断する者が異なることがある。いや。多い。 

 技術者の多くは価値を生み出す者だ。 経営者が投資として技術の対価を投資(タダに)しようと判断したとする。 その後、他の製品が売れたとしても、技術者の報酬が増えるわけではない。しかも、他の製品が売れなかった場合は、技術者は利益を生まない存在として疎んじられる。

 つまり、投資を判断する者はリスクを負わず、価値を生み出す者がリスクを負う構造が存在する。

 技術は飯の種と思っていない者の「タダでやってよ」に負けてタダにすると、そのツケは技術を飯の種にしている者が支払うことになるのだ。

それはさておき、

私は、この手の女子から吹っかけられる「じゃあ私の似顔絵描いて?」だとか「だったら私の卒論書いて?」……などの無理難題に、決して気分を害さない。なぜなら、彼女らはほんの少しだけ、無神経なだけなのだから……。

……が意味深ですなぁ...


     

2019年2月17日 (日)

『地頭がいい』のは悪なのか?

 はてな匿名ダイアリーに 『地頭がいい』のは悪なのか? (2019/02/04) という投稿がある。

 IQ138でADHDと診断されている大学生の投稿。 高3の夏休みから受験勉強を開始して、塾・予備校を遣わず有名国立大学に合格したという。 

 彼の主張は、努力した人が褒められるのは分かるが、元から頭が良い人間は忌み嫌われ、努力マウントを取られるとに納得がいかないという。 そして、自分のような劣等感の塊が出てこないようにな教育が進むことを願うという内容。

誤解している?

  • 学校の成績が良いからといって「頭が良い」とは限らない
  • 忌み嫌われている原因は「頭が良い」だけとは限らない
  • 努力は「努めて成績を上げること」だけではない
 「地頭」はgoo辞書によると、
大学などでの教育で与えられたのでない、その人本来の頭のよさ。一般に知識の多寡でなく、論理的思考力やコミュニケーション能力などをいう。
だから、高3の夏休みから受験勉強を開始して、塾・予備校を遣わず有名国立大学に合格したのと、地頭が良いのはちょっと違うような気がする。

頭の良さと嫌われること

 「頭の良さ」が「記憶力、論理的思考能力の高さ」だとする。人に好かれるか、嫌われるかは、「記憶力、論理的思考能力の高さ」より、コミュニケーション能力の方が重要だろう。 つまり、頭が良いから嫌われているのではないだろう。

 投稿者は自分のことを劣等感の塊と表現する。
他人に褒められるかどうかにおいては、「記憶力、論理的思考能力の高さ」より問題解決能力やコミュニケーション能力が重要だろう。

 おそらく、投稿者は人間を評価する際の評価軸が「頭の良さ」しかないのだろう。現在の学校教育や、社会の常識ではそう考えるのも仕方ないかもしれない。 ところが、世の中は複数の評価軸で人を評価しているのだ。

 忌み嫌われると感じるのは「頭の良さ」以外の能力が致命的に低いのではないだろうか。

「努力」

 「努力」は「成績を上げる」だけではない。 広辞苑によると、「目標実現のため、心身を労してつとめること」だ。つまり、学校の成績を上げるために「努力」する必要が無いのであれば、他のことで「努力」すればよい。

 問題は、学校の成績に限らず「努力」したか、していないかだ。 
「努力」した者が「努力」していない者に対してマウントするのは理不尽ではない。

1つの評価軸

 社会人でも1つの評価軸に拘泥する人はいる。
典型的な評価軸は学歴や年収、容姿などだ。 評価軸にすることが悪いわけではない。これら1つだけを評価軸として使うことが問題だ。

投稿者にアドバイスするなら

他人を評価するときに

  • 頭が良い
    の他に
  • 創造力がある
  • 説明が上手い
  • 手先が器用
  • 足が速い
  • ケンカが強い
  • 歌が上手い
  • 人付き合いが良い
  • 思いやりがある
  • 金払いが良い

 などの評価軸で他人を評価してみるといいんじゃないだろうか。
そうすると、世の中の人は2種類に分類できないことが分かる。

 自分も世の中の人から多くの評価軸で評価されているから、忌み嫌われている評価軸以外の評価が上がるようにすればいいんじゃないだろうか。 そうすると、「嫌味なところはあるけど、良いところもある」という評価になると思う。

 そうすることが努力だ。


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2019年2月14日 (木)

大人の誤信念課題(2)

以前に、大人の誤信念課題について書いた。 誤信念課題 (2017/02/03)

 元はNHKの「情報LIVEただイマ!」2012/5/18に放送された内容のようだ。 ここに魚拓がある。

誤信念課題の大人用のテスト

恵さんの家におじさんが遊びに来ました。
恵さんはお母さんに手伝ってもらって、チーズケーキを作りました。
恵さんは食卓で待つおじさんに言いました。「おじさんのためにケーキを作っているの」。
おじさんは「ケーキは大好きだよ。チーズが入っているのはダメだけどね」と言いました。
ここで質問です。気まずいことを言ったのは誰ですか?
また、なぜ気まずいのでしょうか?

に対する解説

気まずいことを言ったのは「おじさん」です。その理由は「恵さんやお母さんの気持ちを傷つけてしまうから」です。
ASDの人は、最初の質問で「おじさん」と答えられない。誰も気まずいことを言っていないと答える。つまり、「チーズは苦手」と恵さんに告げることが気まずいとは感じないのです。恵さんの気持ちに立つことができないからです。

この解説は合理的でないと思っている。

実は
30年くらい前に、似たような場面に遭遇したことがある。
いきさつはこうだ。

とある人が腕時計が壊れたと言っていた。
その人の誕生日にサプライズで腕時計をプレゼントした。
すると、その人はプレゼントした腕時計が気に入らなかったらしく「返品してこい」と言った。
腹が立ったので、その腕時計をごみ箱に捨てた。

時は流れ
2017/02/03に考えたことは、

 「故意でなくても、相手の善意は否定してはならない」という常識は合理的でない

ということ。 
つまり、30年前には確かに腹を立てたわけだが、それはお門違いだったということだ。

さらに、時は流れ
懲りもせずサプライズでプレゼントしようと思った。
30年前にそばにいて一部始終を見ていた人に相談したら、「やめといたら」と言う。

 相談した人は、常識的な人なので、

 「故意でなく、相手の善意は否定する人」に対してサプライズは良くない

と考えたのだろう。合理的な助言だ。

 でも、やっぱりサプライズでプレゼントすることにした。

 考え方が変わったわけではない。善意に対して感謝を求めなければ良いのだ。

 善意は自分の意志に基づくものだから、相手の行動で左右されるものではない

と考えた。

そして、ちょっとドキドキしながら、サプライズでプレゼントしたら、「ありがとう」と言われた。

Motherhouse1

この30年間で
成長したのは、プレゼントしたほうか?それともプレゼントされたほうか?
それはまだわからない。



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2019年2月13日 (水)

「タダでやってよ問題」にエンジニアはどう対応すべきか?

「タダでやってよ問題」にエンジニアはどう対応すべきか?澤円からの答え エンジニアtype (2019/01/15)
(https://type.jp/et/feature/9638?fbclid=IwAR3Gxs17Js0uyOC-E4xLqnpKn9M8xR3CUJKHibjz4LdhrWBTRvHoJ4Y2aOw)

 日本では知識や技術など目に見えないものに金を払う習慣がないことが原因だと思う。

テレビの修理を頼んだら、部品は安かったが出張費と技術料が高すぎる。 東京くらしWEB (2018/5/11)
(https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.jp/sodan/faq/main/191.html)

↑もよく見る苦情だ。 昔新聞の投書欄でも同じような苦情を見たことがある。簡単にいうと、「300円の部品を交換するのになぜ2万円もかかるのか?」ということだろう。

 整理すると、
この例は出張修理なので、修理代の内訳は、部品代と交通費、技術料だ。

  • 部品代と交通費の額には関係はない。
    部品代が安価(300円)だからといって交通費が安価であるとは限らない。
      
  • 部品代と技術料には関係はない。
    部品代が安価(300円)だからといって技術費が安価であるとは限らない。

修理するためには、

  •  故障した部品の探索・特定
  •  故障した部品の交換
  •  ↑の知識技能の習得

が必要だ。 しかし、テレビの修理は切れた電球を交換するような誰でもできる技能ではなく、専門の知識・技能が必要な作業だ。 しかも、この知識・技能を修得するためにコストが必要になる。 つまり、専門的な知識・技能を使う作業は高価になる。 少なくともファーストフードやコンビニのバイトより時間単価は高いということだ。

 実作業時間が短くても対価は拘束時間で計算されるので、移動時間も賃金は発生している。 つまり、移動時間に専門的な能力を発揮したら得られる賃金を支払う必要があるということだ。

 「300円の部品を交換するために2万円必要だから、使い捨て社会になる」という意見も良く聞くが、それは技術者の責任ではない。むしろ技術の価値を認めないユーザと、製品を売るために技術料をサービスしている経営の責任だ。

 つまり、部品代が安いからといって修理代が安い訳ではない。

 日本はまだ、技術はどこかからパクって安く製品作って売るというパクり根性が変わっていないのだろう。

それはさておき、

 パクり根性が蔓延している組織では、技術者は対価を請求するどころか、不当な搾取を拒否できないことが多い。

 拒否するためには、澤円氏がおっしゃるように

  • スキルを磨くこと、
  • 対価が請求できるスキルを言語化すること

が必要だと思う。

 そして、何より、

  • ★ 技術で喰っていく覚悟

が特に重要だと思う。 

まず、技術者自身が「技術は自分の食扶持」という意識を持たなければ、知識・技能の搾取を拒否することはできない。



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