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映画・テレビ

2019年6月26日 (水)

会話スイッチ <ONにするまで3秒待ってよ>

 黒川伊保子氏が6/15の世界一受けたい授業に出演していた。黒川伊保子氏は「妻のトリセツ」の著者だ。

 ぼーっとテレビを見ている男と話をするときには、話しかけてから3秒間待って要件を話すと良いそうだ。

 男は、ぼーっとしているときには会話スイッチを切っていて、会話ができるようになるまで3秒かかるので、いきなり要件を話しかけてはいけないということらしい。

 これは、正しいと思う。 女はテレビを見ながら、常に人の話を聞く準備をしているのか? そりゃあ超ムズだぞ。

 そういえば、カミさんは予告もなくチャンネルを変えるのだが、見ていない。たいてい他の作業をしている。そ~っとチャンネルを戻すと「見てたのに!」と言われる。 あれは、ひょっとして超時分割で本当に見ているのか!

 テレビを眺めていると「なんでそんなにテレビに夢中なの?!脇見もせずに」とイヤミを言われるのだが、夢中なのは極極稀だ。ほとんどは違うことを考えているので、テレビの画面を見てはいるが内容は追ってない。顔がテレビの方を向いていて動かないのでテレビに集中していてように見えるようだ。

 当然、会話スイッチはOFFなので、話しかけられても反応できない。だってスイッチOFF なんだもん。

 反応しようとすると、まず会話スイッチをONしてから、「何だって?」と反応するので、怒りに触れるようだ。 さらに興味ない話だと、頭の中に広げた思考に戻ってしまうので、うわの空になり、「あんた!聞いてないでしょっ!」って、ますます怒りに触れる。

 ついでに起き抜けは会話スイッチだけではなく思考スイッチを切っているので、返事はできない。決して機嫌が悪いわけじゃない。

 理由は分かったが、男側で解決するのは無理だと思う。
カミさんがいつ話し始めても反応できるように準備しておくのは無理だと思う。気が休まらない。

 つまり、女の脳はマルチスレッドのリアルタイムOSだ。男の脳はシングルタスクのOSで、割り込み遅延が大きすぎる。時々割り込みを逃してしまう。

 割り込みがかかったら即座にACKを返そう。割り込み前に戻れなくなりそうだけど。

 3秒まってよ。 m(_ _)m



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2019年6月14日 (金)

銚子丸の心意気 <短所を吹き飛ばしてしまうほどの活躍の場を与える>

銚子丸の心意気 堀地ヒロ子 PHP研究所

Photo_6

 2019/3/21のカンブリア宮殿で見て読んでみた。

「寿司を売ろうとしなくていい。理念を売って欲しい。」はカンブリア宮殿でもやっていた。

堀地ヒロ子氏は

できるだけ社員たちの長所を見出し、 短所を吹き飛ばしてしまうほどの活躍の場を与えること

とおっしゃる。 

 ”短所を吹き飛ばしてしまうほどの活躍の場”は難しいなあ。

 ところで、回転寿司は、スシローなどの100円系と銚子丸などのグルメ系に分かれるらしい。 同じ回転寿司でも業態が違うということだろう。

 家族で回転寿司に行くときカミさんがいると、スシローやはま寿司が多いのだが、娘が「おとうさん、寿司を食べに行こう」と言うときは銚子丸だったりする。 


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2019年6月 2日 (日)

アポロ13 <もっと若い人に任せなさい>

前から見たかった、アポロ13を見た。

https://m.media-amazon.com/images/I/81XJEKzm7JL._AC_UL320_.jpg

 アポロ11号の月面着陸は小学生の時にテレビで見た。 アポロ13号の事故はテレビのニュースで毎日報道していた記憶がある。

 アポロ計画は、1961年にJ.F.ケネディ大統領が「1960年代中に人間を月に到達させる」と言ったことが始まりだ。

 トップがいきなり実現できそうもないことを言い始めることはある。 アポロ計画も当初不可能だと思われたらしいが、失敗や不可能な要因(抑止力)を取り除くアプローチをとったらしい。(NASA目標達成の思考法 https://www.nohkai.ne.jp/tyorei/?p=1049)

 かなり大きな抑止力の排除が若い技術者の起用だったのだろう。 1969年当時、アポロ計画を担っていた技術者の平均年齢は26歳だったらしい。(アポロ計画はなぜ成功したか http://haredasu.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_d404.html)

 現状の不可能を可能にするのは、いつも若者だ。

 年寄ができることは、優秀な若者をドライブすることだろう。 J.F.ケネディのように。


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2019年4月29日 (月)

ZARDよ永遠なれ 坂井泉水の歌はこう生まれた

ZARDよ永遠なれ 坂井泉水の歌はこう生まれた BSプレミアム

 90年代だった。懐かしい。 紹介された曲はほぼ、作詞:坂井泉水、作曲:織田哲郎だった。

 番組では坂井泉水さんが書かれた大量のメモが紹介されていた。 坂井泉水さんは毎日のように作詞に使う言葉をメモされていたようだ。

 感覚的だけど、自分の中を何かが通り過ぎるときに、感じたり、思ったりするのだろう。しかし、通り過ぎるだけなので、放っておくと消えてしまう。だから、言葉にして自分の外に出しておかなければならないのだと思う。

 番組では紹介されなかったけど、織田哲郎氏の作曲も同じだったのではないか。

 それは、思考にも通じるところがある。


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2019年4月10日 (水)

生きる <うらやましい>

生きる 黒澤明

 Amazon prime videoで見た。


(https://m.media-amazon.com/images/I/81-RfN43ttL._AC_UL320_.jpg)

 胃癌で余命幾ばくもないことを知った市役所の市民課の課長の話。市民課の課長を演じるのは昭和の名優志村喬。
最初はシュールなコメディのようだ。この映画の頃、癌は不治の病だったから胃がんの宣告は死の宣告だったから、告知しないことも多かった。

 最近胃がんは早期で発見できることが多い。 早期の胃がんは死に至る病気ではないから告知される。

 今時、ステージがⅠ期であれば5年生存率97.2%だ。5年以内に死ぬ確率3%は取るに足りない。
健康ならば、3%しかないと思う。ところが、病気していると、3%もあると思う。

 この映画が公開された1952年から半世紀以上過ぎて生存率は上がったけど、患者が考えることはあまり変わってないのではないだろうか。

 いろいろな解釈があるようだけど、主人公が羨ましと思う。 生きている意味と生きている実感を得られるのはめったにあるもんじゃない。

 もっとも心に残ったシーンは、永年勤続表彰の賞状が額に入って誇らしく飾ってあるところ。 黒澤明の問いは「長年勤務していることは生きることに関して意味はあるのか」だろうか?


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2019年1月28日 (月)

高学歴ニートたちに林先生が特別授業!

 MBSの「林先生が驚く初耳学」で「高学歴ニートたちに林先生が特別授業!」をやっていた。 (林修が高学歴ニートと激突!君たちはなぜ働かないのか(2019/1/17) )

 話していることは至極真っ当なことだった。

やりたいこととできること

 ニート君は「好きな仕事でなければ働きたくない」と言う。 それに対する説明のなかでこんな↓図が出てきた。

Photo

 このマトリクスで、だれでも1の領域(やりたい&できる)で働きたいと思うだろうし、3の領域(やりたくない&できない)では働きたくないと思うだろう。 しかし、世の中そんなに甘くないから、1の領域で働けない場合や、3の領域だけは避けなければならない場面に遭遇する。

 その時にどの領域を選ぶのかを考えるとき基準が2つある。
 やりたい仕事かどうかが重要なら横軸(赤)で、できるかどうかが重要であれば縦軸(青)だ。

 林先生は、できるかどうかが重要で、やりたくなくてもできる仕事(2の領域)をやるべきとおっしゃる。 精神論ではなく実体験から得た結論だから説得力がある。

 2の領域(やりたくない&できる)か4の領域(やりたい&できない)を選んだ場合、下世話だが2の領域は食っていけるけど、4の領域は食っていけないことがある。 また、2の領域は他人に利益をもたらすが4の領域は他人に利益をもたらさない。

 つまり、できることをやれば誰かに・何かに貢献できるということだ。

 では、理想的な1の領域の仕事をやろうとすると、2の領域からアプローチするのが良いか、4の領域からアプローチするのが良いのだろうか?

 できる/できないはスキルが違い、やりたい/やりたくないは職種が違う。

 2の領域で長く働いても1の領域とは職種が違うから、1の領域に簡単に移行できる可能性は少ない。一方で、4の領域で長く働けばスキルが向上して1の領域に移行できる可能性が高まるのではないだろうか。

結論

  •  できることで選び、2の領域で働くと、周りに利益を与え、周りから評価される。しかし、1の領域に移行することは難しい。
  •  やりたいことで選び、4の領域で働いている人は、周りに利益を与えず、周りから評価されない。 しかし1の領域に移行できる可能性がある。

どちらの、戦略を選ぶかは本人次第だし、残念ながら前者の戦略を選ばざるを得ないこともあるだろう。

 死期が迫ったときに後悔しないのはどちらか考えて選ぶと良いんじゃないだろうか。

 σ^^)の基準は赤(やりたい/やりたくない)だ。


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2018年12月27日 (木)

高専ロボコン2018(2)

NHKで高専ロボコン2018全国大会を見た。

 11/25(日)にライブ配信されていたのだが、所用で見ることができなかったので収録版で見た。 収録版はよくまとまっているけどイマイチ臨場感に欠けるなあ。

 今年のお題はペットボトルを投げて台の上に立てるというもの。今年から自動制御ロボットが導入された。

 栄光の「アイディア倒れ賞」は都城高専。
投げたペットボトルをわざわざトランポリンで弾ませて台の上に立てる仕組み。

↓ここに動画がある。

↑(https://media.giphy.com/media/E1Dw4FFXfY8b1G3kVp/giphy.gif)

 地方大会ではペットボトルを立てることができたけど、全国大会では立てることができなかった。 アイディア倒れといっても全国大会に出るだけの完成度はある。

 今年初めて導入されたのは、自動制御ロボットの他に「ロボコニスト投票」だ。
全国大会に出場したチームが自チーム以外に投票するという企画で、第1位は熊本高専、第2位は都城高専、第3位は一関高専だったようだ。

 ロボットを造っている人たちだから「自分たちができないことをやられた!」という結果なのだろう。

 参加者からすると熊本高専のロボットは納得のロボコン大賞なのだろう。



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2018年11月30日 (金)

ずれた反論 <わざとずらすヤツは厄介だ>

NHK高校講座 ロンリのちから(19) ずれた反論
スクリプトは→(https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/ronri/archive/resume019.html)

 たまたま休みだったので、何気無しにEテレを見ていたら、ロンリのちからをやっていた。一般社会では、ずれた反論はよくある。 社会に出る前に論理的思考ができるようになっておくのは重要だ。さすがEテレ。

 非論理的な人はずれていることを認識していないし、ずれた反論をするのがカッコイイと勘違いしている人も見かける。

反論がずれるのは↓のような場合だろう。

  • 感情的になっている
  • 議論するつもりが無い
  • わざとずらしている。

感情的になっている

 自分が咎められたときに、「お前もやっているじゃないか」という反論。
 論理的な正解を求めているわけではなく、咎められたから感情的になって反論しているだけだ。
 感情的になって論点を無視して反論するからずれる。

議論するつもりが無い。

 よくあるのは「お前が言うな」という反論。
議論するつもりはなく相手を叩きたいだけだけだ。
特にネットは多いように気がする。

わざとずらしている。

 会議などでわざとずらす輩が一番厄介だ。
 わざとずらす輩は賢い奴が多い。

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 なぜ意図的にずらすのか考えてみた。

 わざとずらす輩は議論したくないのだろう。
 会議は、論点を明らかにして議論して正解なり最善策を見付けるのが目的だ。 ところが、正解なり最善策が見付かると、行動しなくてはならないし、それまでの考え方や行動を変えなくてはならないことがある。

 意図的にずらす輩は、賢いが故に結論が早く見えて自分のやるべきことが分かる。 
だけど、それをやりたくないのだろう。

 一般的には、生産性の低い組織には、ずれた議論が多い。 逆に言うと、ずれた議論が多い組織は、正しい議論、合理的な行動ができない組織だ。

 「組織」を「人」に変えても同じ。



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2018年11月24日 (土)

高専ロボコン2018

 NHKで高専ロボコン関東甲信越地区予選をやっていた。

 今年のお題はペットボトルを投げて8つの台に立てるというもの。ルールブックには、ボトルはフリップ(宙返り)させなくてよいとある。 しかし、フリップにこだわるチームもある。

 高専ロボコンは手動操縦ロボットだったが、今年から自動制御ロボットが導入されたようだ。 

 最近のABUロボコンを見ていると東南アジア諸国との差が気になる。 インターネットは地域格差を解消したから、情報や部品が無いとか、あっても入手できない時代ではなくなっている  アイディアとそれを形にする能力、創造力で勝負できる時代になったということだ。 それが、ABUロボコンでの日本の低迷の一因なのだろう。

閑話休題

 関東甲信越地区予選は、東京高専Bが優勝、産技高専荒川キャンパスAが準優勝。
全国大会出場はこの2校と推薦で群馬高専Aと長岡高専Bが出場する。

 長岡高専Bのアイディアはトランポリン。 手動ロボットが投げたボトルを自動ロボットがトランポリンで弾いて台の上に立てるというもの。 残念ながら地区大会では立てることができなかったが、わざわざ難しいアプローチで挑むのが高専ロボコンの醍醐味だ。
(長岡高専Bだけでなく長野高専Aもトランポリンだった。)

 技術を職業にすると課題を効率良く確実にクリアすることを求められる。 言い換えると、いかに100点満点に近づけるかというアプローチだ。 一方、自ら課題の難度を上げるのは100点満点を超えようとするアプローチだ。

 わざわざ課題の難度を上げるのは、金を儲けなくて良いという環境が与えられた若者の特権だ。 オヤジ達は「技術の無駄使い」と言うけれど、かなり羨ましかったりする。

 11/18日のサイエンス・ゼロでも高専ロボコンを特集していた。
都城高専Aはトランポリンで一番高い台に立てることに成功していた。 試合には負けたけど優勝したような喜びようだった。

 全国大会は11/25日に生放送するらしいが見れそうにない。12/24日に収録版の放送を見ることにしよう。


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2018年10月11日 (木)

雨あがる <何をしたかではなく、何の為にしたのか>

Prime videoで見た。 原作は山本周五郎の短編小説

主演の寺尾聰はいい役者になった。
昔は七光り感があったけど。

 山本周五郎の座右の銘
「人間の真価は、その人が死んだとき、なにを為したかではなく、彼が生きていたとき、なにを為そうとしたかで決まる」
がテーマ。

この映画の主役は宮崎美子が演じている、主人公の妻 たよ だったのか。

宮崎美子もいい役者になった。
昔はピカピカに光っていたけど。

久々に爽やかな映画だった。


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