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映画・テレビ

2018年11月30日 (金)

ずれた反論 <わざとずらすヤツは厄介だ>

NHK高校講座 ロンリのちから(19) ずれた反論
スクリプトは→(https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/ronri/archive/resume019.html)

 たまたま休みだったので、何気無しにEテレを見ていたら、ロンリのちからをやっていた。一般社会では、ずれた反論はよくある。 社会に出る前に論理的思考ができるようになっておくのは重要だ。さすがEテレ。

 非論理的な人はずれていることを認識していないし、ずれた反論をするのがカッコイイと勘違いしている人も見かける。

反論がずれるのは↓のような場合だろう。

  • 感情的になっている
  • 議論するつもりが無い
  • わざとずらしている。

感情的になっている

 自分が咎められたときに、「お前もやっているじゃないか」という反論。
 論理的な正解を求めているわけではなく、咎められたから感情的になって反論しているだけだ。
 感情的になって論点を無視して反論するからずれる。

議論するつもりが無い。

 よくあるのは「お前が言うな」という反論。
議論するつもりはなく相手を叩きたいだけだけだ。
特にネットは多いように気がする。

わざとずらしている。

 会議などでわざとずらす輩が一番厄介だ。
 わざとずらす輩は賢い奴が多い。

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 なぜ意図的にずらすのか考えてみた。

 わざとずらす輩は議論したくないのだろう。
 会議は、論点を明らかにして議論して正解なり最善策を見付けるのが目的だ。 ところが、正解なり最善策が見付かると、行動しなくてはならないし、それまでの考え方や行動を変えなくてはならないことがある。

 意図的にずらす輩は、賢いが故に結論が早く見えて自分のやるべきことが分かる。 
だけど、それをやりたくないのだろう。

 一般的には、生産性の低い組織には、ずれた議論が多い。 逆に言うと、ずれた議論が多い組織は、正しい議論、合理的な行動ができない組織だ。

 「組織」を「人」に変えても同じ。



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2018年11月24日 (土)

高専ロボコン2018

 NHKで高専ロボコン関東甲信越地区予選をやっていた。

 今年のお題はペットボトルを投げて8つの台に立てるというもの。ルールブックには、ボトルはフリップ(宙返り)させなくてよいとある。 しかし、フリップにこだわるチームもある。

 高専ロボコンは手動操縦ロボットだったが、今年から自動制御ロボットが導入されたようだ。 

 最近のABUロボコンを見ていると東南アジア諸国との差が気になる。 インターネットは地域格差を解消したから、情報や部品が無いとか、あっても入手できない時代ではなくなっている。 アイディアとそれを形にする能力、創造力で勝負できる時代になったということだ。 それが、ABUロボコンでの日本の低迷の一因なのだろう。

閑話休題

 関東甲信越地区予選は、東京高専Bが優勝、産技高専荒川キャンパスAが準優勝。
全国大会出場はこの2校と推薦で群馬高専Aと長岡高専Bが出場する。

 長岡高専Bのアイディアはトランポリン。 手動ロボットが投げたボトルを自動ロボットがトランポリンで弾いて台の上に立てるというもの。 残念ながら地区大会では立てることができなかったが、わざわざ難しいアプローチで挑むのが高専ロボコンの醍醐味だ。
(長岡高専Bだけでなく長野高専Aもトランポリンだった。)

 技術を職業にすると課題を効率良く確実にクリアすることを求められる。 言い換えると、いかに100点満点に近づけるかというアプローチだ。 一方、自ら課題の難度を上げるのは100点満点を超えようとするアプローチだ。

 わざわざ課題の難度を上げるのは、金を儲けなくて良いという環境が与えられた若者の特権だ。 オヤジ達は「技術の無駄使い」と言うけれど、かなり羨ましかったりする。

 11/18日のサイエンス・ゼロでも高専ロボコンを特集していた。
都城高専Aはトランポリンで一番高い台に立てることに成功していた。 試合には負けたけど優勝したような喜びようだった。

 全国大会は11/25日に生放送するらしいが見れそうにない。12/24日に収録版の放送を見ることにしよう。


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2018年10月11日 (木)

雨あがる <何をしたかではなく、何の為にしたのか>

Prime videoで見た。 原作は山本周五郎の短編小説

主演の寺尾聰はいい役者になった。
昔は七光り感があったけど。

 山本周五郎の座右の銘
「人間の真価は、その人が死んだとき、なにを為したかではなく、彼が生きていたとき、なにを為そうとしたかで決まる」
がテーマ。

この映画の主役は宮崎美子が演じている、主人公の妻 たよ だったのか。

宮崎美子もいい役者になった。
昔はピカピカに光っていたけど。

久々に爽やかな映画だった。


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2018年9月23日 (日)

奇跡のレッスン <日本の教育への強烈な批判かも>

 NHK  Eテレの「奇跡のレッスン」は色々な分野の超有名コーチが中学生や小学生を1週間指導するという番組。 招かれるコーチは外国人が多くコーチとして実績の残している人だ。

 この番組に登場するコーチは、スポーツだけでなく吹奏楽やダンス、アートまで様々だが、コーチが子供たちに共通して教えることがある。

 それは、「自分で考えろ」だ。

 番組を見る限り、子供たちを普段指導している日本人のコーチは叱咤激励型(軍隊型)が多い。 直接的な指示が多く子供たちが失敗すると叱責する。 「何で失敗したのか、考えてみろ!!」のようなコーチもいる。

 子供たちは、叱責されるのは嫌だから、コーチの指示どおりにしようとするのだが、センスがある子や要領がいい子は、指示の理由を考えることもできる。 しかし、要領が悪い子は、指示の理由を考えることができないようだ。

では、デンマークのソーレン・シモンセン氏が中学生にハンドボールを指導するという内容だった。

 このコーチは部活だけではなく、数学や理科の授業も見学していた。 そして、数学の先生に、生徒達は授業の意味(内容ではなく)を理解しているのか尋ねていた。 その数学の先生は不意を突かれたようだった。 教育の現場はそういうものかもしれない。

 日本の教育には、なぜこの授業が必要かについて教えるという意識が無い。

 明治以降の教育は、富国強兵のための教育だ。 上司・上官の命令を正しく理解し、正確に実行する人を育てることが重要だったから、画一的、強制的な教育の方が合理的だ。 バブル崩壊まで有効に機能した。 だから、スポーツの指導が軍隊式になるのも当然だろう。 指導者は指揮官だから命令し、プレーヤーは兵隊だから指示を待つ。

 多くの国民は、画一的、強制的な教育を受けてきたから、指示を待つようになっている。

 大学進学率が低かったころ、大学はエリートの養成機関だった。 国や企業を担う人材、つまり、自ら判断できる人材を育成していたのだろう。 少なくとも、育成すべき人材像は明確だったはずだ。

 時は下り大学進学率が上がって、学生のほとんどが指示待ちになったときに、大学は育成すべき人材像を持っていたのだろうか。そして今それを持っているのだろうか。

 大学はもはやエリート養成機関ではないから、指示待ち人材の供給機関だと開き直るのだろうか。

 奇跡のレッスンは一見スポーツ指導のように見えるが、実は日本の教育への強烈な批判なのかもしれない。

 だとるすと、やるな!Eテレ。


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2018年3月12日 (月)

NHKスペシャル AIに聞いてみた 

NHKスペシャル AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン 第2回「働き方」

を見た。結構面白かった。

 このシリーズは前回のNHKスペシャル「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」(前編)も炎上していた。そして、今回も twitterでは批判的な意見が多い。

 2017/7/22に放送された NHKスペシャル「AIに聞いてみたどうすんのよ!?ニッポン」(前編) に対して、ジャーナリストの本田雅一氏が厳しい指摘をされている。

NHK渾身の「AIに聞いてみた」が炎上した必然 バズるワードへの傾倒がもたらす報道の歪み 本田 雅一 2017/07/28 
(http://toyokeizai.net/articles/-/182300)
 

この指摘は厳しい。

 東大入試に挑戦していたAIの東ロボ君生みの親、新井紀子氏は「AIvs.教科書が読めない子供たち」の中で「AI」と「AI技術」(「AI」を実現するために開発されているさまざまな技術)とを混同することの危うさについて、近年「AI技術」が急速に発展したことは事実だが、これを、「AI」た誕生したとか、「AI」の誕生は間近と勘違いすることの弊害が大きいと指摘されている。

 整理すると

  • 現時点でAIは存在しない
  • AI技術では因果関係を推定できない
  • AI技術を活用すると相関関係を見つけることができる

ということだ。

 これを知ったうえでこの番組を視ると結構楽しめる。

 例えば、

 「仕事の効率を上げたいなら、11時間54分以上働け!?」

はセンセーショナルだけど、よく見ると文末に?が付いている。つまり東スポや夕刊ゲンダイと同じだということ。決してNHKがAIを使って因果関係を解明したわけではないし、NHKが11時間54分以上働けと言っているわけでもない。

 放送をみると、「1日の労働時間中没頭度が高かったのは11時間54分以降」という事実だということが分かる。

 SNSでは自分の解釈による因果関係をつぶやいている人が多い。 その因果関係が正しいと思うなら自分で検証してみればよいことだ。NHKを批判したところで得るものはないと思うのだが。

 この放送を真に受けて「11時間54分以上働け!」という経営者や管理職はいないだろう。もしいたら、その経営者や管理職を変えようと思わないで転職するなり職場を変わったほうが良いと思う。

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 没頭度の計測に使っていた名刺型センサーを使ってみたい。



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2017年12月20日 (水)

高専ロボコン <合体は漢のロマン>

 今年の高専ロボコンは12月3日に開催された。NHKで中継していたのに外出していたので観ることができなかった。

 全国大会の動画が公開されているようだ(http://www.nhk.or.jp/robocon/kosen/zenkoku.html)

 今年の高専ロボコンのお題は「大江戸ロボット忍法長」。2台のロボットを操縦して風船を割りあうというもの。

 何か課題を完成させるのではなく、ロボットを道具にして戦うというお題だから、ロボットのデザインや製作技術よりオペレーター、つまり操縦の比重が大きい。

 関東予選と四国予選を見たけど、あまりオモシロくない。負けたチームが泣くのも良くない。NHKはヒューマンドラマ仕立てにしたいから、勝って喜び負けて悲しむ姿を撮りたいのだろう。そして、そのような編集になっている。

 うがった見方をすると、技術重視のお題にすると常連校が優勝してしまうので面白くない。偶然性を増やすと常連校以外が優勝しやすくなるのを狙ったのではないだろうか。

 オペレーターの比重が大きいということは、勝負は技術ではなく偶然性が増える。つまり勝敗は運に左右されるということだ。その分、参加者の喜怒哀楽も大きくなる。
そして、勝負にこだわるようになる。

 高専ロボコンの良いところは優勝よりロボコン大賞を目指すところだけど、今年のロボコン大賞はよく分からないなあ。勝負だけではオモシロくないなあ。

 鹿児島高専Bの合体マシンはイイね。勝負そっちのけで合体にかけるのがイイ。


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2017年9月12日 (火)

ガイアの夜明け <キリン炎上>

キリンビール社員の飲み会映像に激しい反発 「だからアサヒに勝てない」とネットで非難轟轟 JCASTニュース 2017/9/ 7

2017年9月5日放送の「ガイアの夜明け」は見た。昭和的だと思ったら案の定ネットで炎上しているらしい。

 J-CASTニュースはキリンの広報にインタビューしたらしいが、ありきたりの回答だ。

 放送される内容は不祥事ではないからキリンの広報は予めチェックしているのではないか。パワハラやアルハラに敏感なご時世だから、広報が気がつかないはずはないだろう。それでも放送を許可したということは、「飲みニケーションが重要」というキリンのメッセージなのだろう。

 ネットで、叩く年代はビールを飲まないという読みもあるのだろうか?。

 多くの小売には、昭和的な営業が有効だから、「ビジネスライクではなく泥臭く売ります」という小売店へのメッセージだろうか。

 それとも、「昭和式飲みにケーションができる人を募集しています」という就活学生へのメッセージだろうか。 万年2位と揶揄される体質を変えるには、「ビールは飲みません」「飲みニケーションには参加しません」という新人ではだめだというメッセージなのか?

 ところで、説教している年代はアサヒに逆転された年代、逆転されてもまだ大丈夫と思っていた年代ではないだろうか。説教されていた年代からすると「お前らが言うか!!」なことは事実だ。


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2017年8月24日 (木)

三四郎 <美禰子さんの気持ちはわからない>

三四郎 夏目漱石 

Photo

 テレビの地上波が面白くないのでBSを見ていたら、NHK BSプレミアムで『深読み読書会「夏目漱石“三四郎”~108年目のプロポーズ~」』 をやっていたので、見るとはなしに見た。

 漱石の「三四郎」は知っているが読んだことはない。
坊ちゃんは中学生の時に「そりゃイナゴぞなもし」くらいまで読んだ。
こころは高校生の時にがまんして最後まで読んだ。
いずれも、夏休みの宿題の読書感想文を書くためだ。

 空気を読んだり、他人の心情を慮ることが苦手な性格であることを、自覚していない時期だったから、小説を読んでも感想というものが浮かんでこなかった。

 宿題の読書感想文は、巻末にある解説を読んで書いた。その時には、解説を書いている人は、なぜ、そこまで行間が読めるのか不思議に思わなかった。勉強すれば行間が読めるようになるのだろうと思っていた。

 勉強しても行間は読めるようにならないと気が付いたのは五十路を目前にした頃だった。

 「三四郎」は田舎から都会へ出てきた青年の人間ドラマくらいのありふれた認識しかなかったから、深読み読書会の、「三四郎」を美禰子の婚活小説として読むという視点が面白い。

 男子高校生だった頃にこの視点は到底無理だ。今も無理だけど。

 深読み読書会が面白かったので青空図書館で「三四郎」を読んでみた。
やっぱり、よく分からない。

 歳をとって覚えたことは、分からないことは自分に影響が出るまで無理して判断しないという方法だ。

 美禰子さんの気持ちは分からないままにしておこう。


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2017年2月27日 (月)

この世界の片隅に

「君の名は」を見に行った時に「この世界の片隅に」もやっていて気になっていたので観てきた。


(http://konosekai.jp/wp-content/themes/konosekai/images/under/special/campaign/cards/img-06.jpg)

 広島を離れて長いが広島弁で困ることはなかった。能年玲奈改め のん の声が主人公すずに驚くほどはまっていた。 ついていけない場面が何回かあった。原作では描かれていて映画化されたときにカットされたようだ。なくてもよかったのだと思う。

 主人公のすずは両親の世代だ(すずは2017年で92歳)。自分の生家は広島や呉のような都会ではないのだけれど、当時、両親や叔父、叔母たちの日常もこの映画のようだったのだろう。

 子供の頃、両親や叔父、叔母から戦時中の話を聞くことがあった。最近はテレビで戦時中の映像を見ることはあるが、どこか遠くの世界で起こったこのように見ている。しかし、身近な人から聞く戦時中の話は映像ほど鮮やかではないがリアルだ。

 この映画は広島、呉が舞台で、登場する人が広島弁で話し、そして、広島弁が自分の言葉だからなのだろうか、両親や叔父、叔母から話を聞いているようなリアルさを感じた。


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2017年1月20日 (金)

君の名は

君の名はを見てきた。


(http://cinema.ne.jp/wp-content/uploads/2016/08/e1c2381d1752077ee73ae12a6f5b3b1b-760x638.jpg)

ずいぶん前に見た娘の評判は芳しくなかった。あらすじを聞いていたので、時系列で迷子になることは無かったのだけれど、伏線てんこ盛りなので、全て憶えていられない。「そいうことか」は幾つかあったくらい。

『君の名は。』深すぎる「15」の盲点 シネマズ (2016/9/27) のようには見つけられない。

明確なメッセージは無かったように思う。分からなかった可能性は大きいのだが...

それより、廃部になった無線部の部室のシーンでTS520が出てきた。


(http://www.hamlife.jp/wp-content/uploads/2013/09/ts-520x-1.jpg)

ファミコンよりX68000より懐かしかった。


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