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マネジメント

2018年5月 2日 (水)

リーダーシップとマネジメントの違い

[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い ジョン P コッター ダイヤモンド社

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ジョン P コッター氏は、リーダーシップとマネジメントにはそれぞれ役割があり、

マネジメント
:複雑な状況にうまく対処する
リーダーシップ
:変化に対処すること

だとおっしゃる。例えば、

  • 「方向性の設定」VS「計画と予算の策定」
  • 「人心の結合」VS「組織編成と人員配置」
  • 「動機づけ」VS「統制と問題解決」

等である。

平時の軍隊は、階層の上から下まで運営と管理が行き届き、同時に上層部の優れたリーダーシップがあれば、ふつう大丈夫だろう。
しかし戦時下では、あらゆる階層で優れたリーダーシップが必要になる。 人々を突撃させるうまい方法など、だれにもわからない。 つまり、彼らは、リーダーシップで率いていかなければならない。

 軍隊の例は分かりやすい例えだ。
平時に運営と管理が行き届くとマネジメントについて考えなくなる。すると、マイクロマネジメントが行き渡る。

 この状態から、短期間で、戦時下に必要な各階層にリーダーシップを発揮できる人材を配置するのは困難だ。できないのかもしれない。

 歴史に学ぶなら、日清戦争における清国、日露戦争におけるロシア帝国、第2次世界大戦における日本軍はいずれも官僚組織から戦闘組織への転換ができなかったのだろう。

 ジョン P コッター氏はリーダーシップの学習について次のように指摘する。

リーダーシップの役割は広範囲にわたるが、これを効果的に発揮している人たちのキャリアは、えてして共通している。もっとも一般的で何より重要なのが、キャリアの早い段階で大きな試練に遭遇していることだろう。たいていのリーダーが、二〇代か三〇代に、リーダーの役割を果たそうと努力し、リスクを背負い、成功と失敗から学習するという機会を経験している。

が正しいとすると、20代~30代でリーダーシップについて学習していなければ、その後優れたリーダーシップを発揮することは困難ということだろうか?。 そうであれば、完成された官僚組織では、優れたリーダーシップを持った人材を探すのは困難ということになる。


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2018年4月28日 (土)

指示しないマネジメント <現場が考える>

指示しない"マネジメントが組織を変える!注目の軍隊式って? 働き方改革Lab (2017/12/6)

 元記事は、日経ビジネス 2010/9/13の「戦場の指揮官から学ぶ」 らしい。
日経BPの記事検索サービスから270円でダウンロードできるようなので読んでみた。

軍隊と言えば典型的な「上意下達」「官僚的」な組織というイメージだが、

伝統的な国と国との戦争を前提とした、上意下達の命令系統は過去のもの。現在の軍隊が直面しているのは、対テロリストなどの不確実な敵と、多国籍軍などの不確実な味方のなかでミッションを達成しなければならない、「不確実性を前提とした組織運営」です。欧米諸国の軍隊では、従来型のリーダーシップやコミュニケーションの取り方が徐々にうまく機能しなくなった結果、研究に基づいた大きな改革が実行されました。

らしい。

 今も前線に行って戦争をしている人たちは違うなあ。 現場の指揮官は、自分も死にたくないし、部下を死なせたくはないから、上意下達であるべきだと、言っていられない。 これが、前線に行かず後方にいるだけの人たちは、考え方を変えられないのではないだろうか。

 アメリカ陸軍のリーダーシップの基本は「Be Know Do」らしい。

Be:「どうあるべきか」品格:忠誠、義務、尊敬、無私の奉仕、名誉、高潔、個人的勇気
Know:「何(スキル)を知るべきか」
Do:「とるべき行動」

 自分で考えて行動するには、基本を理解しておくことが必要だ。
現場で部隊を指揮する時に困ったからと言って逐一お伺いを立てていたのでは、命令は遂行できない。 かといって、間違った判断をすれば、自分が率いる部隊だけでなく他の部隊も危険に晒しかねない。

 米国陸軍ではリーダーシップのあり方を考えなくてはならなくなった時に、品格とスキル、行動と言う3要素を定義することで組織的リーダーシップ教育を構築し直したのだ。

 判断に困ったときには、基本に戻って考えるようにすれば、判断を現場に任せたとしても大きく間違うことははない。 むしろ、現場のリーダーが自らの頭で考えることによって、結果として全体が同じ判断に基づいた行動をするようになるのではないだろうか。

 中央で少数(1人)の者が判断した場合の方が全体が同じ行動ができるような気がするが、判断を任された者がブレた場合には、現場への影響が多い。 中央から現場の末端に指示が伝わるまでにブレが広がる。 そのため、現場では昨日と言うことが180°変わったように感じることがある。 

 日本企業では今まで、幹部候補社員向け研修でも、財務やファシリテーションといった専門的な知識、スキルの習得に終始することが多かった。リーダー像を明確に定義したうえで、それに合致する人材を育てるための研修や人事制度は手薄だった。

ウチの幹部向けの研修はスキルの習得さえやらないからなあ。 ;_;)


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2018年3月 8日 (木)

駅伝日本一、世羅高校に学ぶ 「脱管理」のチームづくり

駅伝日本一、世羅高校に学ぶ 「脱管理」のチームづくり 岩本真弥 株式会社光文社

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高校駅伝の強豪世羅高校監督の岩本真弥氏は

 私はここ数年、毎年実業団チームの合宿に参加しているが、驚くことに10年以上練習メニューが変わらない。
選手に課す練習内容も変わらないし、スケジュールの組み方も変わらない。これだけ科学的な研究が進んでいるというのに、どの監督に訊いても判で捺したように「走り込みをしないとマラソンは強くなれない」と口にする。
 結局、彼らは変わろうとしていないのだ。自分が受けた指導をそのまま下の世代に押し付けているだけだ

とおっしゃる。
多くの指導者は過去の成功体験にとらわれて自分を変えることができないのだろう。

また、中岩本真弥氏は、

私たち3人の指導法にはどこか似通ったところがあるように思うのだ。
 選手の自主性を重んじること、選手自身に考えることを求めること、生活態度や人間性を重視すること、選手を型にはめず個々の力を伸ばすこと……つまり選手を厳しく管理して精神論をふりかざす〝古い陸上体質〟とは真逆のスタイル。これはただの偶然だろうか?

とおしゃる。3人とは、世羅高校陸上競技部監督の中岩本真弥氏と中国電力陸上部監督の坂口泰監督、青山学院大学陸上部監督の原晋監督だ。3人とも世羅高校出身だ。

 岩本真弥氏のやり方は、選手に成果を上げさせるマネジメントそのものだ。マイクロ・マネジメント(管理)ではない。

 世羅高校は強豪校であるがゆえに常に優勝を目指さなければならないのだろう。強豪校だからマイクロ・マネジメントすればそこそこの結果が得られるだろうし、入賞すれば御の字であればマイクロ・マネジメントで良かったのかもしれない。

 しかし、マイクロ・マネジメントすれば監督のイメージ以上にはならない。それ以上に成長させる方法は管理を止めてマネジメントしなければならないのだろう。

 これはスポーツ以外でも同じかもしれない。
管理すると人は育たないから、自主性とマネジメントが必要だ。特に、マネジメント対象を自分以上に成長させようと考えるなら自主性が必須だ。


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2018年3月 6日 (火)

中間管理職をやっていると


↑(https://twitter.com/tarareba722/status/969960296239415296

うまいことを言うなあ。

 本人は何かしら得るものがあったり成長しているので、最初のうちは意外に不満は少なかったりする。 見つけてきた仕事を全て自分でこなせれば良いのだが、与えられた時間は限られているので、いずれこなせなくなる。 誰か手伝ってくれればいいのにと思うが、他人・他部署の仕事には手を出さないという風土の職場では、手伝ってくれる人が現れない。

そして、腐るか爆発するか蒸発することになる。

 中間管理職がマネジメントして、部下が見つけてきた仕事を成果にする必要がある。 周りの人にしてみれば成果にならないのに巻き込まれても困る。自分で見つけてきた仕事なら成果は後回しにできるけど、他人が見つけてきた仕事の場合は成果になりそうかどうかは後回しにできない。  巻き込まれやすい人は成果にならなくても巻き込まれてしまうから、キャパを超えると爆発してしまう。

 中間管理職になると、年の功で成果にするのが簡単か難しいかという「スジ」の良さが分かるようになる。そして、スジが悪い仕事は避けたいと思うようになる。 しかし、すこしでもスジが悪そうな仕事を避けてスジが良い仕事しかしないと、このタイプの部下を腐らせてしまう。

 このタイプの部下の成果が上がらないのは、マネジメントできていないということだ。ほとんどの場合、中間管理職が抑圧的で部下が腐っているか、管理職が放任主義で部下が爆発している。

 つまり、このタイプの部下はマネジャとしての器が問われる。
そして、

  • このタイプの部下が評価されていない職場
  • このタイプの部下が見当たらない職場

というのは、マネジャの能力が低いということだ。 > σ^^)


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2018年2月14日 (水)

こころのマネジメント

こころのマネジメント 田坂広志 東洋経済新報社

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田坂広志氏は

「顧客の気持ちを読むためのノウハウとは何か?」を直接的に教えるのではなく、「こうした体験をつうじて、顧客の気持ちを読むためのノウハウを身につけることができた」という体験談をこそ語るべきなのです。

とおっしゃる。 腹に落ちる体験談を見出すことが必要だと。

 労働集約型の仕事はマニュアルなどでハウツーを分かり易く伝えることができるし、効率が良い。 一方、知識集約型の仕事はハウツーではなくノウハウとノウハウを得る術が必要だ。

 ノウハウを直接伝えるとハウツーになることは多い。重要なことはノウハウを得る方法だ。この方法が分かると教えてもらったノウハウ以外のノウハウを得ることができるようになる。

 ところがノウハウを得る方法は伝えにくい。ほとんど暗黙知だと思う。教え方が上手な人は、暗黙知を形式知化しているのだろうか。

 形式知化していない者は、田坂広志氏が言うように、伝えたい相手が暗黙知を汲み取ってくれることを期待して、経験談を語るしかない。

 逆の立場では、先達のノウハウを聞いて喜んでいてはいけない。ハウツーが1つ増えるだけだ。ノウハウを得た経験談の「なんとなく感じた」や「ふと思った」を、何故そう感じたのか、何故そう思ったのかを考えるしかないのだろう。同じような体験をしている場合には、何故自分はノウハウを得ることができなかったのだろうと考えなければならない。

 以前から若い人の教育や訓練に関わっている。いつ頃からか分かりやすいハウツーを欲しがる人が増えてきたと感じる。

 アンケートに、現場ですぐに使える知識を教えて欲しいなどと書いてあると、教える側が受講生に阿ってハウツーてんこ盛りにしたりする。しかし、ICT業界にいるとハウツーの賞味期限は短いから、てんこ盛りのハウツーは結局消化しきれず、使われることもなく忘れ去られる。

 教える相手のレベルが低い場合は、とりあえずハウツーを教えなければ仕事にならないという事情はある。また最低限必要な知識や経験が無い場合はノウハウを伝えられない。

 関わっている教育や訓練は少なくとも初心者や入門者向けではない。以前はハウツーの先にある暗黙知を得ようとする人が少なからずいた。 暗黙知を得ようとする人が減ったのか、それとも暗黙知を得るために必要な知識や経験が足りないのか?

 ひょっとして、彼らの仕事が知識集約型から労働集約型に変わっているのではないだろうか。


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2018年2月12日 (月)

勉強しようよ <教えてくれ!の先>

 とある判断基準を管理部門に尋ねると「判断はケースバイケース」でと言う。さらに「その都度判断するので早めに相談してほしい」と言う。 一方、現場はケースバイケースの判断では困るので「きちんとした基準を示せ」と言う。

 ここ数年オフサイト・ミーティングを企画していて、毎回このやり取りがある。

 現場はからすると判断基準が分からないととても困る。その判断ミスが地雷を踏む原因だったりすると余計心配だ。 そして、実際に地雷を踏んだ人はことさら管理部門を責める。 その気持ちはよく分かる。

 さすがに、何度も同じやり取りを繰り返しているのは能がないと思うのだが、管理部門も現場もミーティングのテーマに取り上げて徹底的に解決しようという雰囲気でもない。

 現場の個々の意見はもっともなのだが意見を総合すると。

「管理部門は複雑な問題は整理して、他部門と調整して、誰でも簡単に判断できる基準を決めて、文書で通知せよ」

のようだ。 ここまで来るとさすがに無理難題だと思い調べてみることにした。

 参考になりそうな本を買おうとAmazonで検索したら、なんと18,000円だ。ジャケ買いするには勇気がいるので図書館で借りてきた。

 分かったことは、複雑だと思っていた問題の根拠となっているのは、わずか7条の法律で、問題に関係するのはほとんど第1条だ。
しかもこの法律には訓令や規則がない。 若い頃勉強した電波法に比べたらまったくたいしたことはない。しかし、逆に下位の令規がないので解釈に困ってしまう。 解説を読むと通説が定まっていない解釈もあるようだ。

 何となくざっくり大枠は分かった。想定されるケースでは違法性や過失の判断が必要だ。 つまり、判断はケースバイケースだということ。

 何だ。管理部門の言ってることと同じじゃないか。(^^;

 判断基準を示せと言っている人は、物理の公式教えてもらって、その公式に条件を機械的に代入すれば答えが求められると思っているのではないだろうか。 残念ながら世の中は、物理の公式のようにきれいに書きあらわすことはできないということだ。

 管理部門が判断基準を示せないことは分かった。 しかし、それでは現場は困るのでどうすれば良いのか考えた。

 皆で勉強すれば良いのだ。細部の判断は専門家に委ねるしかないにしても、管理部門や関係部署と折衝する際に、基本を知っているかどうかは大きな違いだ。 基本を知らないまま最初の折衝を間違えると後々の折衝が面倒になる。

オフサイト・ミーティング参加者に、勉強しようよと提案してみよう。


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2018年1月 5日 (金)

仕事は楽しいかね <試してみよう>

仕事は楽しいかね  デイル・ドーテン  きこ書房

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 この本も、「チーズはどこへ消えた」と同じようにビジネスマンのおとぎ話。しかも説教臭い。本屋で平積みになっていた頃からよく見かけていたが、タイトルからしていかにもなので敬遠してきた。

 歳をとったせいか、気が変わったので読んでみたら、やっぱり説教臭い。若かった頃には途中で投げ出していたのではないかと思う。

 途中で投げ出さないで読めたのは、仕事に悩んで老人にアドバイスされる立場ではなく、老人が悩んでいる人にどのようなアドバイスをするかという、第三者的な立場で読んだからだろう。

 最近、彼方此方で「変わろう」と言っているのだが、ハイそうですかと応じてくれる人は少ない。若かった頃この本が胡散臭い、説教臭いと思ったように、「変わろう」と言われた人も胡散臭いと思っているのだろう。

試してみることに失敗はない

人は、変化は大嫌いだが、試してみることは大好きなんだ。

のようなアプローチが必要なのだと思う。

 試してみて効果があったら変われば良い。
「変わろう」ではなく「試してみよう」と言った方が行動しやすいだろう。いつでも現状に戻れる「保険」があると精神安定上非常に良い。

 「テメー保険掛けてんじゃネーヨ!」という意見もあるが、ビビッて行動しないより、行動するために保険を掛けるなら問題はないではないか。

 それでもなお行動しない人は手ごわいから別の方法を考えよう。
神様やカーネギーさんではないので人を動かすことはできない。


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2017年11月20日 (月)

働き方改革(2) <成果を定義する>

その残業、何のせい?誰のせい? 藤田朋子 (2017-11-15)

 藤田朋子氏が指摘するように、働き改革の議論は、働き方改革 = 労働時間短縮になっている感がある。 問題は超過勤務だけではなく、有給休暇が取れなかったり育児休暇が取りにくかったりだ。

 残業=悪 ではなく、不必要な残業があることと、残業時間の多寡で評価することが問題だから成果を評価すれば良い。 これは、多くの識者指摘していることで、合理的に考えれば正しいのだが、割り切れないものがあって、合理的になりきれない人は多い。

 その根底には、頑張った人を評価するというキレイ事があって、しかも思考停止していることだ。また、何が成果か分からないのも藤田朋子氏の指摘どおりだ。

 ご多分に漏れず、ウチもそうだ。

 最近、チームのマネージャに伝えた。

  • 成果で評価します。
  • 頑張りは評価しません。
  • 頑張りを成果にするのがマネージャの仕事です
  • チーム毎の成果を定義しましょう

〇頑張り

 成果はどこかで誰か(顧客)の役に立っているはずだ。
だから、いくら頑張っても、成果にならなくては、誰の役にも立たない。
つまり、評価に値しない。と考えれば良いのだ。

 プロセスを評価するという考え方もあるが、頑張りを評価するのと同じようなものだ。
正しいプロセスを踏めば、正しく頑張れば、成果になる可能性は高い。短い期間では成果にならなくても中長期では成果になるはずだ。それでも、成果にならないのは、プロセスが悪いか、頑張る方向が違っている。当の本人はなかなか気がつかないので、これを指摘して正しい方向に導くのがマネージャの役割だ。

と考えて、「頑張りは評価しません」と宣言した。

〇成果

 「何が成果か?」と問われると答えに窮することは多い。なんとなく成果と思っているとか、エライ人が決めたとかで、結果がなぜ成果として評価されるのか考えないことが多い。

 成果と指標を混同している人も多く、数値目標をクリアすることが成果だと考えている人も多い。

 と考えて、チームのマネージャにチームの成果を定義してもらうことにした。

 前の部署では、割と分かり易かったので、「成果」を定期的に確認するだけで良かった。今の職場は、成果が分かりにくい。こちらから彼らに成果を示しても良いのだが、あえて考えてもらうことにした。

 自分で成果を定義すれば、仕事の優先順位を決めることができる。そして、成果ではない仕事を止めることができるからだ。

 昨日までやってきた仕事が成果ではないと気が付くことがある。スパッとやめると波風が立つ、ジワりと止めれば時間がかかる。成果ではない仕事を止める決断はマネージャの責任で、どうやって止めるかはマネージャの能力だ。

 チームのマネージャの皆さんは「成果」を考えたことがないらしく困っているようだ。

 あと何年かするとマネジメント対象の人数も増えるだろうし、責任の重い判断をしなくてはならなくなるだろう。今考えるのは無駄ではない。

 そして、働きやすくて、しかも成果が上がる職場になる。



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2017年10月15日 (日)

優れたエンシ゛ニアか゛集まり継続的に成長する会社にする方法

優れたエンシ゛ニアか゛集まり  継続的に成長する会社にする方法 ~組織を急拡大させる採用育成評価カ゛イド~ 田村 祐樹

「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2017」(CEDEC 2017)での田村祐樹氏の講演。

ポイントは

ポイント1
同じことを続けず できる事は人に任せ、常に成長を意識し採用と権限委譲する
ポイント2
人選に正解はない 人を信じ支えてリスクは管理しどんどん任せる
ホ゜イント3
成した事だけが評価に繋がる 正しく 評価せよ/されよ

結論は

  • 組織か゛向かう方向と沿う人を採用する
  • 人に成長に繋がる責務を任せる
  • 人が成したことをきちんと評価する

    これか゛全て

これは厳しい。↓ 

組織批判する人間に
役職を与えてはいけない(重要)

  • スキルがあるからといって組織を批判する人を上にあげる と、その人が及ぼす影響力が必ず組織をダメにする
     
  • 「One bad apple spoils the barrel」
    (ひとつの腐ったリンゴが樽全体をダメにする)
     
  • どれだけ成果を出しているとしても
    組織をダメにする人間に影響力を与えてはいけない
    負の影響力を発揮するた゛けて゛組織全体の成長を妨げる

 正当な評価ができないと組織を批判する者が出る。批判者の意見は正しい部分も多いから、評価者は批判者を正当に評価ができなくなる。 ところが、批判者の批判(意見)が正しいことと、批判者がマネジメントできることとは別の問題だ。よく考えればわかることなのだが、評価者は批判者を正当に評価きないから役職を与えてしまう。

 批判者が評価者になると、それまで批判していたことが改善できない現実に直面するが、大抵は何もできない。そして、かつて批判者だった者も批判される側に回り、気が付くと批判者だらけの組織になる。

 経験では、ミドルのオフサイト・ミーティングを企画すると、組織や制度の不備を指摘する意見が多く出る。「じゃあ解決しませんか」と言うと乗ってくる人は少ない。批判することは簡単だが、解決することは困難だ。

 田村祐樹氏がいう「組織批判する人間」は正確には「組織批判するだけで問題解決ができない者」という意味で、簡単に言うと、組織を批判することで存在感を保っている者に役職を与えてはならないということだろう。

 評価の注意点↓は多くの本に書いてある、誰でも言っていることだけど、なぜか実現できない。

評価軸は明確であり
周囲が納得できる 必要がある

  • 「君はいつも遅くまで頑張っているよね」
    という理由で 昇給させてはいけない
  • 「あのプロジェクトはあの人がいないと回らないから」
    という理由で 昇給させてはいけない
  • 「長く居るし家族もいるから昇給ないと可哀想だよね」
    という理由で 昇給させてはいけない

評価はその人が 成果を出し
成長できたか 確認の場

  • 「頑張ります」という目標は目標にならず評価できない
  • できたかできなかったか、できたらどれだけできたか
  • しかし「C#を書けるようになる」「Unityを習熟する」 のようなものは 測定不能なので評価に値しない
  • 「C#で共通認証モジュールを作成し、 全プロジェクトに導入する」といったような
    可否、度合いで 評価できる内容でなければならない

 客観的な事実で評価するのは、分かりやすいし、不公平感がない。ところが、この評価方法が良くないと思う者がいるのは事実だ。多くは、客観的な成果を挙げられない人だ。他人の評価や他人の給料が上がったことに敏感に反応するのですぐに分かる。しかも口に出す。

 全ての評価者がこの基準で評価すれば良いのだが、誰かが主観で「頑張っているが成果を挙げられない人」を評価したら、悪貨は良貨を駆逐してしまう。

 例えば、他の評価者が主観で頑張ったが成果を挙げられない部下を高く評価したとする。自分の部下は成果はあげたものの、もう一息だった場合、他の評価者が評価した「頑張った君」よりも、成果を挙げた「もう一息君」の方が評価されるべきだ。しかし、多くの場合、主観で高評価をもらった「頑張った君」の評価が高くなる。

 評価者としては、成果を挙げていない「頑張った君」より成果を挙げた「もう一息君」の評価を下げるのは忍びない。そして葛藤の末、客観的な評価は行われなくなる。悪貨は良貨を駆逐するのである。

 ことさら「頑張り」を重視する評価者は、多くの場合マネジメントできない人だ。「頑張り」が客観的な成果になるようにサポートするのがマネジャの仕事だ。そして「頑張った」人に成果を挙げさせるのがマネジメント能力だ。 おそらく、ことさら「頑張り」を重視する評価者は、マネジメント能力が足りず成果を挙げさせることができないから、闇雲に「頑張れ」と言っているのだろう。

 見方を変えれば、ことさら「頑張り」を評価する人にとって、成果を挙げた者を評価することは、成果が挙げられないマネジャ自身を否定することになるから、「頑張り」を評価せざるをえない。

 簡単に言えば、成果を挙げていないけど頑張っている評価者自身を評価してもらいたいのだ。

 組織が大きくなると、「頑張り」を評価されて、管理者になる者が出てくる。「頑張り」だけではマネジメント能力は獲得できないのに。 そして、「頑張り」を評価されて昇任した者は、ことさら「頑張り」を重要視する。

 そして、気がついたら、頑張っているけど成果の上がらない組織になっている。

 葛藤している人達と話したいなあ。


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2017年9月14日 (木)

相談対応 <真意を聴きだす>

 現場からの問い合わせの電話が、隣の部署から転送されて来た。今の職場は、現場から遠く、現場のニーズを掴み難いので問い合わせの電話は現場のニーズを掴む良い機会だ。

 ところが、その質問はざっくりしていて要領を得ない。質問する側も何が聞きたいか整理ができていないようだ。質問がボンヤリしているからドンピシャの担当部署が見つからなくて転送されて来たのだろう。

◯◯の知見はありますか?や
◯◯の問題を解決したことはありますか?
のように、本当に聞きたいことは何なのか真意を計りかねるような質問だ。

◯◯の問題を解決したことはありますか?
のような質問は厄介だ。

 真意は「◯◯の問題を解決して欲しい」場合と、「解決できないと言って欲しい」場合がある。 前者は、遠回しに問題の解決を依頼している。ストレートには頼み難いのだろう。日本人的奥ゆかしさだ。 後者は、質問者がやりたくなくて上司などを説得する際の権威づけに使用したいのだ。はっきり言って勘弁して欲しい。

 真意が分からなければ、聞き出せば良いのだが、真意を確認せず相手の問いに答えてしまうことがある。隣の部署も真意を聞き出せたらほとんど答えられるのだろうが、真意を確認せずに質問に忠実に答えようとするから、よその部署に回してしまうのだろう。典型的なタライ回しというやつだ。

 やり取りを聞きながら、マネジャの視点で考えた

  • 対応した者のコミュニケーション能力の問題
  • 対応した者や職場の仕事に対する姿勢
  • 相談に対する職場のスタンス

〇コミュニケーション能力の問題

 顧客の真の要望を聞き出したり理解するにはコミュニケーション能力が必要だ。

 営業職は顧客の要望を聞き出すのが仕事だから、コミュニケーション能力がなければ仕事にならない。問題は技術職だ。

 技術職が全員コミュニケーション能力が無いというわけではない。営業職と違うのは、コミュニケーション能力が足りなくても仕事ができるということだ。そして、技術力の向上を優先してしまい、コミュニケーション能力の獲得や向上は後回しになる。

 技術職は相談に対して口頭試問のように質問されたことに素直かつ全力で答えてしまう人が多い。真意は別にあることに思いが及ばない人が多い。 

 マネジメントするようになると自分のコミュニケーション能力不足に気が付く。先天的にコミュニケーション能力が不足している場合には、工夫が必要だ。

〇仕事に対する姿勢

 本来業務ではなく「しなればならない」とも「してはならない」とも明示されていないような仕事にを積極的に自分の仕事とするのか、それとも可能な限り避けるのか、
また、問い合わせた人のために最大の労力をかけるのか、最小の労力ですませるのかなど、どのような姿勢で仕事をしているのかで対応は大きく異なる。

 最小限の労力で済ませる人は、相談対応には向いていない。
他人の行動様式を変えるのは困難だから、相談対応担当にしないとか、自ら希望しないことが重要だと思う。相談した人が迷惑だから。

〇職場のスタンス

 職場(所属)としての相談に対するスタンスを明確にする必要がある。
例えば顧客でない人からの相談や相談に答えることが成果でない場合は、相談に対応することはリソースのロスになるので対応しない方が良い。もっとも、礼を失さない最低限の配慮は必要だ。対応できる部署を紹介するなどは最低限の対応だろう。
逆に、相談相手が顧客であったり、相談に答えることが成果になるのであれば、十分な対応を行うのは当然だ。

 職場のスタンスが徹底されていないと人によって対応が異なる。相談した人は、前回は親切に対応してくれたのに、今回はタライ回しにされたなど戸惑うことになる。戸惑いは往々にして怒りに変わる。

職場(所属)として相談に対応するときに考えなければならないことは、

  • 対応者のコミュニケーション能力
     全員が対応する可能性があるならコミュニケーション能力を向上させる必要があるだろう。コミュニケーション能力がある者が相談者とのやり取りを行い、回答に必要な調査、回答案は全員が対応するという方法もある。
     コミュニケーション能力を補う仕組みは重要である。緊急的にはコミュニケーション能力が足りない者に対応させないことが必要かもしれない。
     
  • 対応の標準化
     誰が対応しても過不足がない対応にするためには仕組みが必要だ。
     チェックシートを利用する。マネジャが回答案をチェックする。データベースを作るなど、マネジャがメンバーに口頭で指示すれば良いものから、予算をとってシステムを導入するものまで方法はたくさんある。
     具体的にどのような方法を選択するのかはマネジャが考えなければならない。
     
  • 業務改善
     相談を業務に活用するために相談内容や対応を関係部署に周知する。
     簡単そうで意外と難しい。縦割りの壁や組織風土が妨げになる。指示されたこと以外の行動は減点対象になるという風土があると、参考情報を連絡するのも半端ない労力が必要だ。オヤジが好きなホウレンソウの「連」なのだが。

 これまで相談に対応する側のだったので、対応の標準化はいろいろやった。データベースを作ってみたり、チェックする仕組みを作ってみたり。それに比べて、マネジャ観点のコミュニケーション能力向上と業務改善の観点が足りないことが分かった。

 マネジャの観点としては、こと細かく口を出すとマイクロマネジメントになり、本質的な目的や成果が意識されなくなる。かと言って、ざっくり過ぎるとやはり本質的な目的や成果が意識されなくなるから難しい。

  • 自分や部署の知見を誰かのために使うと、その連鎖が巡り巡って顧客に届く。
  • 相談に対応すると新たな発見があり、それを蓄積すれば再利用できる。

 行間や場の空気が読めない性格で、しかも話しながら考えることが苦手だ。相手の言葉は額面どおり受け取る(素直な^^)性格だから、相談者の真意を理解することが難しい。
 それでも、仕組みを創ったり、あらかじめ対応を準備しておけば、それなりの対応ができるのではないかと思う。


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