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働き方改革

2018年10月 5日 (金)

「キャリア・シフトチェンジ」ワークショップ <まず自分の現状を把握する>

 「キャリア・シフトチェンジ」ワークショップに参加した。

定年間近だ。

 60歳で定年すると、年金をもらえるまで無収入になるので、それまで働かなくてはならない。 定年すると、役職が変わり、職種も変わる。何より役割が変わることが多いから今までのようには働けない。 ところが、変化に対応できない年寄りは多い。 

 定年前にキャリアを変えましょうというワークショップだ。

 シニア(Over50)になると「市場型」の人材が求められる。 労働市場から必要とされる人材だ。 職場で、鬱陶しがられているシニアに共通していることは「市場型」ではないことだ。

 シニアになったからといっても急に意識や働き方を変えて「市場型」に変われるわけではない。 そこで、45歳~55歳を「市場型」への移行期間とし、「市場型」に必要なプラットフォーム能力を獲得しましょうというのがこのセミナーだ。


↑(http://www.javada.or.jp/shift/img/shift/about01.png)
JAVADA中央職業能力開発協会

 でも、そんなこと言われても既に55歳過ぎてるし。 「早く言ってよ~」という感じだ。

 午後は、

現状のプラットフォーム能力を診断して、強みと弱みをを認識して、今後の行動を決めるという作業をやった。

 プラットフォーム能力は初めて聞く言葉だ。環境変化にも柔軟に対応できる基礎能力がプラットフォーム能力らしい。 既にこの能力を持っているなら55歳を過ぎていても「市場型」の人材になれるだろう。

ところが、

世の中そんなに甘くない。予想どおり、コミュニケーションに関係する「自然体」「他人受容・共感」「瞬間的自己表現」の能力が低い。 かなり低い。

 診断は、客観的な診断と主観的な診断とがあって、自分が思っているほど能力が高くなかったり、逆に自分が思っているほど低くなかったりで認識が変わった。

 コミュニケーション能力が低い自覚があったので、改善するように心がけていた。 だから、自己評価は中の下か下の上だったのだが、客観的な評価はかなり低い。orz

 コミュニケーション能力が低いことを自覚して、改善しようとしているのに、これだけ客観評価が低いということは、今後の劇的な改善は見込めないだろう。  ならば、仕事や生活で致命的なレベルでなければそれ以上は望まなくてよい。 むしろ、強みに注力して、それを活かすことを考えたほうが良いのではないか。

 もはや30代40代ではない。今後何を改善するかではなく、今どのような価値が提供できるかを考えることにした。 

 最低限、「コイツにだけは相談したくない」と思われないようにしよう。

自己診断を見て、

今後の行動考えてグループ内で発表してコメントをもらった。 同じグループの人のコメントは、言うほどコミュニケーションは悪くないだった。 改善されているのだろうか。少なくとも初対面の人達と1日ワークができるくらいにはなっているのだろう。ちょっと安心した。

 結果的には、
受講して良かった。 

 シニアになって「自分型」で働き続けられる人はわずかで、多くの人は「自分型」から「市場型」に変えなければならないのだろう。 働き方を変えようとするときには戦略が必要だ。時間的猶予があれば弱みを克服することもできるが、時間的猶予が無い場合には弱みを克服することはできない。

 戦略を考えるには、主観的な自己評価、客観的な診断、他者の主観的な評価を総合することが重要だ。 

 歳を取ると客観的な意見を言ってくれる人が少なくなるので、初対面の人の意見は貴重だと思う。


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2018年9月27日 (木)

女性が昇任したくない理由 <価値観の多様化にフォーカスすべき>

"昇進はまっぴら"女性社員低モチベの元凶
男勝りな女性管理職は女性に不人気

PRESIDENT Online 小島明子(日本総研) 

 この記事は

を基に女性の管理職に対する認識と女性のキャリアアップ支援ついて論じてある。

の中で女性が「管理職への登用を希望しない理由」の調査結果がある。


↑(https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/0/-/img_60ca8e442101f456750c2f6b86ebf1c473617.jpg)

トップ3は

  1. 48.4% 出世・昇進に対して関心が無い
  2. 47.8% 私生活(育児・介護含む)の時間を重視したい
  3. 45.2% 長時間労働を前提とした働き方は望まない

 この問題は女性登用という観点だけではなくもっと一般的な問題ではないかと思う。

 管理職への登用を希望しない理由をみると、そのまま男性が登用を望まない理由と同じではないだろうか。 男社会では、管理職への登用を望む者は、社畜になることを求められ、生産性の低い長時間労働や無慈悲な単身赴任に耐える必要があった。(今でも) 一方で、管理職への登用を望まなければ地位や名誉、高給を得ることができなかった。

 これが昭和の男社会の唯一の価値観で、管理職になること(上位の役職に就くこと)に価値があるとされていた。

 若者を中心に価値観が多様化しいるが、男社会はこれを認めようとしなかった。(今でも)
単一の価値観を受け入れて社畜になるという選択をした者にとっては、価値観の多様化は受け入れられない。 また、単一の価値観を受け入れた者が管理職、経営層に上り詰めているから、一向に価値観は多様化しない。

 最近になって、政府主導で女性登用という外圧が発生したため、女性の価値観と昭和の男社会の価値観のズレが顕在化している。 これが、この記事の内容であろう。

 しかし、ズレているのは女性の価値観だけではなく、既に多くの人の価値観がズレているのではないだろうか。 昭和の男社会の価値観に従って管理職になることで得る利益は払う犠牲を考えるとペイしない人は多くなっている。

 女性には「ペイしない」と発言する機会を与えられたと考えることもできる。しかし、「ペイしない」と言い出せずにいる男性は多いのではないだろうか。

 女性登用の問題は単に女性の価値観にフォーカスするのではなく、多様な価値観を容認し、なお成果を上げられる社会にすることを考えるべきである。

 女性の価値観にフォーカスするのではなく、その先の価値観の多様化を議論しなければ問題を見誤ると思う。


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2018年8月 7日 (火)

資生堂で学んだまごころ仕事術 <キャリアパスとロールモデル>

資生堂で学んだ まごころ仕事術 関根近子 朝日新聞社

Photo

 資生堂初の女性執行役員を務められた関根近子氏の講演を聴いたので、著書を読んでみた。
公演の演題は、セクハラ、ワークライフバランス、女性活用という今時のテーマだったが、この本には、今時の話題はなく、関根近子が自身のキャリアから得た仕事や人生に向かう姿勢が書いてある。 

 ネットには関根近子氏インタビュー記事や公演を聞いた人のブログなどがたくさんある。  関根近子氏のプロフィールを見ると、「高卒」「美容部員」「女性初」というキーワードが必ず入っているようだ。

 会社としては、女性活用、ダイバーシティ、という簡単からアピールしておききたいところだろう。 関根近子氏の講演でも自己紹介の中で「高卒」「美容部員」「女性初」であることを話しておられた。

 資生堂は女性社員が80%だが昔の男社会だったらしい。 美容部員は資生堂の企業理念を顧客に提供する上で欠くことのできない存在でありながら、少数の高学歴の男性によって経営されていたらしい。

 つまり、関根近子氏のキャリアは傍流でしかもポジション的にも稀な存在なのだろう。 もっとも、傍流で稀なキャリアでなければ、あえて紹介したりしないだろう。

 疑問は、

 傍流で稀なキャリアを登っている人や、登りつめて成功した人は、ロールモデルになるのであろうか?

とういことだ。

 支店長に抜擢された人なら、関根近子氏はロールモデルになるかもしれないが、これからキャリアを始めようとしている高卒美容部員がロールモデルにするには遠すぎると思う。

 本流のキャリア・パスならば、そのキャリアを登っている人が多いから、ロールモデルを見るけることができるだろう。しかも、高いところまで登ってもなおロールモデルにできる人がいるだろう。 しかし、傍流のキャリア・パスは登っている人の数が少ないから、ロールモデルが見つからない。

 問題なのは、企業の価値を支えている多数のキャリア・パスが傍流であることだろう。 しかも、この問題は、いたるところにあるのではないだろうか。

 「美容部員」を「技術者」に変えれば身近にもある。 違うのは、関根近子氏のように傍流のキャリア・パスを高くまで登りつめた人はいないということ。

 人材育成においてロールモデルは重要だが、キャリア・パスが考えられていないためにロールモデルが簡単に見つからないことがある。 

 誰かのロールモデルになることは人生の目的ではない。 せめて選択できるくらいのキャリア・パスが必要だと思う。

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 資生堂や関根近子氏に恨みはないし、否定しているわけでない。念のため。


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2018年8月 5日 (日)

セクハラ、ワークライフバランス講演

 資生堂初の女性執行役員を務められた関根近子氏の講演を聴いた。

 講演の演題は、セクハラ、ワークライフバランス、女性活用という今時のテーマだ。これらのテーマは互いに関連しているので切り分けて考えることは難しい。

 関根近子氏はセクハラとかワークライフバランスなんて言葉が無かった頃から働いておられるから、ご自身の体験に基づいた指摘は説得力がある。 男性の比率が多い職場だから、女性の観点は非常に参考になった。

 資生堂は80%が女性社員らしく、育児支援の制度は充実しているようだ。 それでもこの制度を利用して勤務時間を短縮した人と、その職場の人との間に軋轢が生じるそうだ。

 勤務時間の短縮(時短勤務)や早出・遅番、土日出勤などのシフトなどで、育児制度を取得した人の仕事は他の人がカバーしなければならない。 ところが、取得している人は当然の権利と思っていて、周りの人に対する感謝が感じられないというもの。

 この問題は、資生堂だけでなく、男女に関係なく、育児休業に限らずどこの職場にもある。 たとえば、男性が育児参加するために定時に帰ることを、好ましく思わない年寄りがいたりする。

 関根近子氏はセクハラとかワークライフバランスなんて言葉が無かった頃から働いておられる。当然育児支援制度も十分ではなかった頃に努力して、高いパフォーマンスを発揮され、この功績を評価されて執行役員に抜擢されたのだろう。

 関根近子氏は、制度を取得している者は同僚に感謝しなければならないとおっしゃる。 さらに、効率的に仕事をすれば制度を取得していても高いパフォーマンスが発揮できると。

 制度取得者に求められるのは感謝と頑張りということだろうか?

 坂東眞理子氏の「女性の品格」を読んとき、シェリル・サンドバーグ氏のTEDでのプレゼン「なぜ女性のリーダーはすくないのか」を聞いたときと同じような感じがした。 「学校教育は何が問題か」(2) (2012/10/28)

 「自分は不利な状況でも努力して成果を挙げた。だから、あなたたちも努力すべきだ。」という感じだ。 この点だけ違和感を感じた。

 「働き方改革<時短勤務>(2018/02/14)」に書いたように、今時この問題は女性だけの問題ではない。時短勤務制度がない職場はブラックだが、頑張れる人しか時短勤務できない職場もかなりブラックだ。

 何度も言うが、この問題は女性だけの問題ではない。 これまで男性は生産性の低さを長時間労働で補ってきた。方法に問題はあるけれど既に頑張っているわけだ。この状況で更に頑張れる人がどれだけいるのだろうか。

 女性が育児支援制度を使用取得する際に、頑張りが求められるようでは、到底、男性は取得できないだろう。

 関根近子氏は、現代女性のキャリア志向は、バリキャリ:20%、ゆるキャリ:20%、ジュンノウキャリ:60%であり、多くのジュンノウキャリの意識を変えることが重要だとおっしゃる。 資生堂は80%が女性社員だから、女性の意識を変えることが重要なのだろう。

 しかし、それは、男性社会のように頑張り至上主義を強制しようとしているのではないだろうか。

 少なくとも、育児期間、介護期間、は頑張らなくても良い仕組みにする必要があるのではないだろうか。

 そのためには、男性社会の頑張り至上主義を改めなければならないと思う。(男性社会に順応した女性も?)

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 関根近子氏の講演を批判しているわけではありません。多くの気づきを得ることができました。 それだけに、育児支援制度取得者に対する要求に違和感を感じたのだろうと思います。


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2018年6月29日 (金)

公務員×二枚目の名刺 若い人に向けて

新しい時代に求められる公務員像と2枚目の名刺の必要性とは?~2枚目公務員 江上昇さんインタビュー(前編)~ (2018/6/21)

公務員による2枚目の名刺の活動が〝三方良し〟の効果をもたらす理由とは?~2枚目公務員 江上昇さんインタビュー(後編)~ (2018/6/22)

 「二枚目の名刺」は「本業・本職で持つ1枚目の名刺のほかに、社会をデザインする『二枚目な社会人』が持つ名刺」 で、社会に貢献しながらパラレルキャリアを作れるという活動。

 「二枚目の名刺」のプロジェクトの中で、公務員が参加する二枚目の名刺プロジェクトが「公務員×二枚目の名刺プロジェクト

パラレルキャリア

 人生100年時代になると、公務員もパラレル(マルチ)キャリアが必要だ。

 定年まで勤め上げることは人生の目的ではないし、目標にするなら定年よりもっと先を設定しなければならない。

 65歳で定年すると100歳まで35年もあるのだから、公務員というキャリアだけで人生は終わらない。 当然、定年前に公務員から別のキャリアに進むこともあるだろう。

 重要なことは、公務員が唯一のキャリアだと思わないこと。 「公務員」は手段であって、人生の目的ではないのだから。

二枚目の名刺

 優秀な人材を窓際に座らせてスタンプマシンにするくらいなら、二枚目の名刺で社会貢献した方がよほどましだと思う。

 公務員は制限が法で規定されているので、民間企業より融通は利かないかもしれない。 しかし、この記事に登場する江上昇氏のように活動している人はいる。 公務員は制約が多くて活動できないという人のほとんどは自主規制ではないかと思う。

迷ったときには

 迷ったときには誰かに相談することもあるだろう。

 年寄りに相談するときに気を付けることは、

  • 価値観
    年寄りの価値観は人生70年時代の価値観だから、人生100年時代にはマッチしない
  • 将来展望
    年寄りは10年前を基準に10年先を予想しているから、当てにしない方が良い
  • 年の功
    歴史や哲学のように変わらないことは、経験や思考の蓄積が参考になる

だ。

 年寄りに限らず、誰かに相談するときに最も重要なことは、踏み出す人の「かかとを踏む」善人に相談しないこと。



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2018年6月 1日 (金)

働き方改革とは、大企業の「働かないおじさん」問題である <寧ろ若い人たちの生産性を上げるべきではないか>

働き方改革とは、大企業の「働かないおじさん」問題である TENSHOCK (2018/02/28)
大企業の「働かないおじさん」問題 解決にはやっぱり「働き方改革」が不可欠だ
 TENSHOCK (2018/03/05)

 おじさんたちの生産性が低い(働かない)大きな理由は、「働かないオジサン」叩きは、天に唾する行為か (2015/06/17)や年功制 (2017/10/11) に書いた。

 世代間で賃金(労働力)の貸し借りをしていた(いる)ことが問題だ。 つまり、若い時期は給料は安く付加価値生産量は多かったから生産性は高い。 そして、オジサンになると給料は高く付加価値生産量は少ないから生産性は低い。 新卒採用から退職するまで勤め上げればトータルで生産性は一定になる。

「働かないおじさん」だって、心底悩んでいる 東洋経済Online (2017/07/05)に分かりやすいグラフがある。


↑(https://tk.ismcdn.jp/mwimgs/c/a/1000/img_caba6869dfd3c87c44a9b5870ca92797127250.jpg)

 このシステムは定年まで同じ職場で働きその職場が存在し続けるならば合理的だ。 ところが、今時は、定年まで同じ職場で働くとこも無いし、職場が存在し続ける保証もないから、若い世代は世代間の貸し借りをしたくないということだろう。

 実は、おじさんたちが若い時期に付加価値生産量が多かったのは残業や休日出勤などで労働時間が長かっただけだ。 つまり生産性は決して高くなかった。 馬車馬みたいに働かされていただけだ。

 そして、年を取ったら馬車馬のようには働けない。かといって時代に合わせて必要なスキルは身につけていないので生産性は低いままだ。労働時間が短くなったので付加価値総生産量は減る。 というのが、本当のところかもしれない。

 おじさんたちは、若いころ安い賃金で馬車馬みたいにコキ使われたときのツケを回収しているという大義名分がある。 幸いなことに傾きかけていても会社は続いていて定年までは持ちこたえそうだったら貰えるだけ貰おうと考えるだろう。 おじさんたちは定年後市場価値は無くなるから、収入は激減するのは目に見えているのだから。

 ホワイトカラーの生産性を向上させるには中高年の生産性を上げなければならないのは事実だ。

 生産性=付加価値生産量/労働時間 

で、おじさんたちは残業時間に仕事はしていないので生産量は変わらないから、残業代を払わないようにして労働時間を制限すると見かけ上生産性は上がる。

 重要なことは、おじさんの賃金を減らして見かけ上生産性が上がっても、おじさんの生産量は増えていないことだ。 物が売れない時代だから生産量を増やす必要はないという職場では、おじさんたちの賃金をを削減するのは合理的だ。

 しかし、この方法では、今後労働人口が減ったら生産量は減ることになる。 今後、生産性を上げて1人当たりの生産量を増やさざるをえないから、生産量を増やさないで見かけ上生産性を上げる方法では根本的な解決にならない。

 逃げ切り世代(現在の50代)の意識を変えるは難しい(無理か)ので、おじさんたちの賃金を抑制すると当面効果があるだろう。しかし、世代間の闘争になる。

 本当の問題は、現在、昔のおじさんのように長い労働時間に頼って生産量を確保している生産性が低い若い人達だ。 彼らは将来おじさんたちのように今の安い賃金を回収できない。

 つまり、日本の将来を考えるなら、若い人たちの生産性を向上させることの方が必要だと思う。



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2018年5月26日 (土)

急ぎの仕事はないけど「残業しろ」 <相手の忖度力を期待しないで伝える>

 特に急ぎの仕事はないけど「残業しろ」と言う管理者がまだいるらしい。

 世間の動きに敏感な管理者は理不尽に「残業するな」だが、まだ意味もなく「残業しろ」という人がいたんだ...

 まだ若かった頃(35年くらい前)に上司から同じようなことを言われたことがある。
その時は「上司より先に帰るな」だった。理由は、分からない。 今でも分からないままだ...

閑話休題

 オヤジたちと若者の意識にはギャップがあるので、「残業しろ」ならば、なぜ、急ぎの仕事は無いけど残業しなければならないのか理由を説明すればある程度ギャップを埋められるのではないかと思う。

なぜイマドキ社員は定時で即帰ってしまうのか (2016/09/21)は、オヤジたちの意見だ。 オヤジは若者に「残業しろ」ではなく、「残業している人に手伝うことはありますかと問え」と言えば良いのではないだろうか。 もちろん、仕事は個人ではなくチームで担当していることを説明しておく必要がある。

 若者は経験も少ないから、ちゃんと説明しなければ分からないことは多い。 それでも、日本人は忖度力が高いから理不尽なルールでも従ってしまう人は多い。

 日本人のコミュニケーションは聞き手の忖度力に依存しているから忖度力が足りないコミュ障と呼ばれる人はコミュニケーションが上手く取れない。

 問題が発生するのは、忖度力が低いとかコミュニケーション能力が低くてギャップが埋められない若者だ。(昔の自分だ)  「なぜ、用もないのに残業するんですか?」などと口に出してしまう。

 忖度上手な上司は「答えられない問い」に弱い。「分からない」とも言えないし、若い頃から考えないで命令に従っていただけだから、用もないのに残業する理由など考えたことすら無かったりする。

 そこでオジサンは、自分が答えられない問いかけをする若者を、「ワガママな奴」とか「デキナイ奴」とか「この職場には向かない」とか、エスカレートすると「早く辞めさせたほうが良い」と非難するようになる。

 「上司より早く帰るな」の意味が分からなかったときから35年過ぎて上司と呼ばれるようになって思うのは、自分から部下へのコミュニケーションは部下の忖度力に依存しているということ。

 「ウチの若い奴らはコミュ障が多い」と思っているオジサン達は相手の忖度力に依存しないように話してみるといいんじゃないだろか。  そのためにはオジサンたちは、本当に用も無いのに残業しなければならないかを考えなければならない。 それは、若い人たちにとって価値があることかを考えることと同じかもしれない。

 「ワガママな奴」とか「デキナイ奴」とか「この職場には向かない」とか「早く辞めさせたほうが良い」と断定するのは理由を説明した後でも良いのではないだろうか。

 もちろんこれだけで、オジサンと若者のギャップが全て埋まるわけではないけどね。


なぜイマドキ社員は定時で即帰ってしまうのか (2016/09/21)


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2018年2月 4日 (日)

働き方改革(4) <時短勤務>

 今はまだ時短勤務は女性の方が多い。しかし、今後少子高齢化が進むことを考えると男性も時短勤務するようになるだろう。

 既に育児に参加する男性も増えている。残業して当然の職場で残業しないで定時で帰るのも時短勤務のようなものだ。

 時短勤務の負担について考えてみた。

 例えば2時間の時短勤務をした場合、つまり1日6時間労働した場合を考える。(皆2時間残業している職場で定時に帰るのも同じ)

心理的負担

 負担感は同僚が働いているときに1人だけ早く帰ることへの罪悪感だろう。正当に認められた権利とはいえ、日本人的な感覚では後ろめたさを感じてしまう。 これは、自分が時短勤務者に抱いていた感情の裏返しではないだろうか。

 時短勤務者が残した仕事をかたずけていた人は、他人の仕事をやらされていると感じるものだ。 いつか自分が時短勤務する側になると分かっていても釈然としないものは残る。
そして、自分が時短勤務するようになると、同僚に良く思われていないのではないかと疑心暗鬼になる。

 労働集約型の仕事でありがちだ。労働時間が減った分のツケを他の社員に転嫁している管理者に問題がある。

業務的負担

 時短勤務が出来ることだけでもラッキーという職場もあるが、時短勤務できても成果を配慮しない職場がある。

 時短勤務すると当然給与は減る。これはいたしかたない。
困るのは、フルタイムで働いているのと同じ成果を求められることだ。2時間の時短勤務では6/8時間分の成果になるのが道理だが8時間分の成果を求めてしまう。つまり、時短勤務者にガンバりを求めてしまう。

 メディアで取り上げられる人は、自主的に業務を効率化して時短勤務でもフルタイムと同じ成果を上げた人だ。 このような人は労働時間以上の成果を上げているハイパフォーマーだから基準にしてはいけない。

働き方改革

 では、2時間の労働時間は誰が負担するのか?。
知識集約型の業務は成果は労働時間に比例しないので同じチームで吸収できる。(業務内容は同じでないと難しいが)

 労働集約型の業務では、アウトプットが減る。
同じ成果を維持しようとするならば、業務の効率化か成果の見直しが不可欠だ。
多くの場合アウトプット全てが成果になるわけではなく、成果にならないアウトプットはあるものだ。

〇理由はわからないけどなぜかやっている成果にならない仕事を止める。
〇それができないなら、成果を定義し直してやらない仕事を減らす。

 業務を効率化、合理化しなければ、時短勤務していない者にガンバりを求めてしまう。

 昔からやっているからという理由で、漫然と仕事をしていては働き方改革は夢のまた夢だ。

 時短勤務は誰かにガンバりを求めないことが重要だと思う。

###

 今の職場は、知識集約型の仕事だ。 成果はチーム毎に定義してもらうようにした。さらに、ガンバリは評価しないと宣言した。

 時短勤務には、良い環境ではないかと思うのだが。(自画自賛か^^)



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2018年1月13日 (土)

大分県庁の過労死問題 <残業時間は主因ではないのでは>

残業」管理怠慢県認める 15年男性職員過労死 遠慮?月107時間を78時間と申告 再発防止へパソコン履歴で監視 [大分県]
(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/oita/article/379877/)

 西日本新聞 (2017/12/13)

 西日本新聞によると

月107時間を超える時間外労働(残業)が原因で県職員の男性=当時(34)=が過労死していた。県は残業を78時間と把握していたが実態とは約30時間の開きがあり、管理態勢の甘さが露呈。県は「業務管理に怠慢があった」として職員の遺族と慰謝料など約7千万円を支払うことで合意する一方、再発防止に乗り出した。

らしい。

再発防止策はというと、

 職員の「自己申告」だけでなく、客観的に勤務時間を把握できるようパソコンの使用履歴で管理するシステムの導入を検討。今年4月には、午後10時以降のパソコン使用履歴を基に職員の勤務時間を監視し、長時間労働が続いた場合、業務の分担に取り組むよう指導。勤務時間削減に向けて、職員の行動指針の策定も進めている。

らしい。

 残業時間の管理の徹底と言ってる時点でダメダメだ。 この問題は残業時間が管理できていないことが原因ではないのだから。

 パソコンに管理ソフトを入れて残業時間を管理しても、パソコンを使わない残業をしたり、「風呂敷残業」が増えるのがオチだろう。 私物パソコンを持ち込んで仕事をするようになるとセキュリティ上の問題も発生する。

 月100時間の残業はどれくらいか考えてみる。

  • 毎日5時間残業すると100時間を超える。徹夜無しで土日は休める。
  • 毎日4時間残業+3日休日出勤すると100時間を超える。徹夜無しで土日どちらかは休める。

 おそらく、「そんな時もあったよな~若かったよな~」と言うオジサンは多いのではないだろうか。

 本当にツライのは労働時間ではなくて、周りに相談できなかったり、仕事の意味が解らなかったり、パワハラがあったりする場合、つまり、職場環境が悪い場合ではないのか。

 例えば、金曜日の終業間際に「月曜日の朝イチでいいよ」というオーダーや、「その資料この前似たやつを作ったじゃない!」のようなオーダーは、残業時間以上の攻撃力だ。

 残業時間と健康被害との間に相関があるというけれど、これは擬似相関で、本当に相関があるのは職場環境と残業時間、職場環境と健康被害ではないか。

 つまり、残業時間と健康被害との間に因果関係は無いから残業時間を管理しても健康被害は減らない。 残業時間は健康被害リスク増大の指標(モニター用の数値)にしか使えない。

 主因の職場環境を改善しなければ健康被害は減らないのではないか。

 おそらく、このことは皆知っているはずだ。

 職場環境を改善せず、残業時間を厳しく管理すると言っている時点で

 「職場環境を改善するつもりはない。健康被害を減らす努力はしない。」

と公言しているのと同じだ。


 職場の安全講演を聴いてきた。講師の先生によると、自殺の原因は労働時間ではなく精神疾患だそうだ。 精神疾患になる要因は労働の環境や本人の性格など。 労働環境の一要因として労働時間がある。 (2018/7/6追記)


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2018年1月11日 (木)

ムダな仕事が多い職場 <生産性向上を考えてみた>

ムダな仕事が多い職場 太田肇 筑摩書房

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 日本の組織は生産性が低いといわれる。

 組織は効率が悪くなる方向には簡単に動くが、効率が良くなる方向にはなかなか動かない。忙しい時に残業して仕事を終わらせると、忙しくない時にも残業するようになる。 業務量が増えた時に人を増やすと、業務量が減っても人は減らない。 

 組織の生産性は一定かもしれない。

生産性

 生産性について考えてみた。

 経済の世界では

 付加価値労働生産性 = 付加価値 / 労働量

 付加価値額 = 営業利益 + 人件費 + 減価償却費
 労働量 = 従業員数

らしい。ざっくりいうと利益を従業員数で割った値だ。

 自分の職場の生産性を考えると、職場の付加価値額は分からないので、定性的に

生産性 = 総付加価値額 / 総労働時間

と考える。

 労働集約型の職場は 総付加価値額は労働時間と従業員数に比例する。 つまり生産量を上げるには労働時間を増やす(残業する)か、人を増やせば良い。 

 労働集約型の業務はマニュアルやツールを使うことで、個人の能力の影響が少なくなる。 典型的な労働集約型の職業であるファーストフード店の従業員(バイト)は日本語が理解できる以上の能力を求められないから、労働力を安価に調達できる。(ちょっと乱暴ですが...)

 一方、知識集約型の職場は 総付加価値額は労働時間にも従業員数にも比例しない。
できない時にはどんなに時間をかけてもできるようにならないし、人を増やしても無駄なことが多い。 個人の能力に依存する。

 日本の社会は、明治時代も戦後の高度成長時代も付加価値額を増やすために労働時間を増やし労働人口を増やしてきた。

 バブル期にこの成長モデルの行き詰まりは指摘されていたが、考え方を変えることができなかった。そしてバブルが弾けてもまだ考え方を変えることができない人は多い。 残念ながら、成長する方法として、長時間働く、人を増やすことしか思い付かないのである。

管理とマネジメント

 知識集約型の業務は、価値を提供する方法が確立すると、分業やマニュアルを使って労働集約型の業務にできる。

 労働集約型の業務は管理しやすいし管理方法も確立されている。マネジメントしなくても管理すれば良いので、マネージャーは少なく管理者は多い。一方、知識集約型の業務は管理しにくい、能力を発揮する方向を考えて、能力を発揮できるようにしなくてはならないので、管理者でなくマネジャが必要だ。

 困ることは、たいていの職場には労働集約型の部署と知識集約型の部署があって、知識集約型の業務を労働集約型のように管理しようとする管理職がいることだ。

 生産性を向上するためには、付加価値額をそのままにして労働時間を短縮するか、付加価値額をそのままにして従業員数を減らさなければならない。

 労働集約型の業務では総付加価値額は労働量に比例するから労働時間や従業員数を減らすと総付加価値額も減ってしまう。労働集約型の部署の管理職はそのことに気が付かないのだろう。

生産性向上

 生産性を向上させるには、能力を向上させなくてはならない。労働集約型の業務では個人の知識・技能などの能力を向上させるコストは高い。さらに、コストをかけても能力が上がるかどうかは人次第だから、マニュアルを整備したり、業務を機械化・自動化したりする方がコストが低い。

 労働集約型の業務はITと親和性が高いのでITを利用して従業員の能力を向上させることで、総付加価値額を減らすことなく労働時間を減らすことができる。 従業員数も減らすことができるが、従業員の労働時間は減らないため「働き方改革」の観点では問題がありそうだ。

 知識集約型の業務は、総付加価値額と労働量は比例しないから、労働時間を減らすことができる。 しかし、現実は生産に寄与しない雑用などの時間が労働時間に含まれ、しかもこの時間は減らないので、労働時間が減ると雑用が増えたように感じる。

 知識集約型の業務は、知識を活用して付加価値を生むための一見無駄な時間が必要だ。 労働時間を減らすとこの一見無駄な時間が無くなり付加価値が生まれにくくなる。そして総付加価値額が減ってしまう。

 さらに、知識集約型の業務は労働集約型の業務のように定型的でないことが多く、現状ではITを利用した能力の向上は労働集約型の業務ほど有効ではない。しかし、今後AIの利用が一般的になることを考えると、AIやITを利用することにより従業員の能力を向上させることが可能になるだろう。

 また、ITにより生産に寄与しない雑用を機械化・自動化することで、総付加価値額を減らすことなく労働時間をを減らすことができる。

生産性を向上させる方法

  • 労働集約型の業務
     ITを活用して業務の機械化、自動化する
  • 知識集約型の業務
    •  AI,ITを活用して業務の機械化、自動化する
    •  ITを活用して雑用を合理化する

う~ん。AIの導入とIT化かぁ... 情シス部門の生産性はどうやって向上すべきか...。



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