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事故防止

2018年10月13日 (土)

ミス撲滅宣言は逆効果、IT職場にはびこる隠蔽体質

ミス撲滅宣言は逆効果、IT職場にはびこる隠蔽体質 日経XTECH (2018/08/23)
(↑会員登録が必要)

 結論は、

 インシデントが起きたら、すぐに報告してくれた担当者を褒めるくらいでちょうどよい。「インシデントを発見してくれて、ありがとう」の一言を、上司が部下に言えるかどうかで、現場の雰囲気や体質は全然違ってくる。それがインシデントやヒヤリハットを健全に見える化できる組織風土を醸成する

というもの。

Photo
(↑出典:ミス撲滅宣言は逆効果、IT職場にはびこる隠蔽体質 日経XTECH
https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00205/080200008/
)

インシデントが無くならない原因は

★インシデント発生
↓再発防止検討会
↓個人攻撃される
↓個人のスキル気合に依存した対応
↓ヒューマンエラー発生確率上昇
インシデント発生

★インシデント発生
↓インシデントではないことを証明する仕事(言い訳)
↓生産性低下
↓ヒューマンエラー発生確率上昇
インシデント発生

という2つの悪しき負の連鎖が発生している。ループになっているので、通常の問題解決方法でも解決は難しい。

 さらに、トップが「インシデントの絶無を期す!!」など言うと

★インシデント・ゼロを組織の目標にする
↓ダブルチェック、トリプルチェック、チェックリストの乱立
↓生産性低下
↓ヒューマンエラー発生確率上昇
インシデント発生

インデントが減少するどころか、インシデントが発生しやすくなる

さらに、副次的な影響として、隠蔽体質が生まれる。

★インシデント発生
↓インシデントではないことを証明する仕事(言い訳)
↓生産性低下
↓インシデントを報告すると責められる
↓インシデントを報告しない文化が生まれる
隠蔽体質

 悪しき負の連鎖はどこかで断ち切らなければならないから、風土を変えることから始めるのも一つの手段だけど風土を変えるには時間がかかるし抵抗も多い。人は明確な理由は無くても変わることに抵抗するものだ。 

 経験では、解決策は組織風土改革というと反応がない人が多い。 絵空事のように聞こえるのだろうか。

 インシデントを減らす方法を考えてみる。

〇 インシデントがゼロにならないことを全員が認識する。

 これが全ての前提だ。 その上で、全員が、全ての階層で役割に応じてリスクを減らすための負担をする。

 負担は、金銭、労力、時間、精神的負担など。

〇 全員が負担する

と言えば簡単だ。 しかし、たいてい、リスクを取らない者、負担をしない者が現れる。

  • インシデントをゼロにしろという経営者
  • 原因追求という名の個人攻撃をする中間管理職
  • 効果を考えずヒューマンエラー防止対策を徹底する現場責任者
  • ヒューマンエラーを報告しない担当者

など。

 リスクを管理してインシデントを減少させるための活動は、目に見えないから、評価もされない活動だ。 誰でも、余分な負担はしたくないものだからバックレる輩が出てくる。

 たいていは、自分は負担せず体よく部下に負担を強いる。 そして、負担が集中する下っ端は上の理解がないから無理だとあきらめてハイリスクな行動をとる。

 本当にインシデントを減少させようとするならば、評価されなくてもインシデントを減少させるための負担をする覚悟が必要だ。

〇 リスクを取る覚悟、負担する覚悟 

 方々で覚悟が必要と説いているのだが、ハイそうですかと覚悟する人も少ない。

 全員に覚悟を強いるのは人の言葉より空気の方が重要だ。 人は空気には抵抗できないから、「評価されなくてもインシデントを減少するために負担しなくてはならない」という空気ができていれば、リスクを取らない者、負担をしない者を排除する力になる。

 では、空気を作るにはどうするか。

〇 それには、組織風土を変えなければよい。

 同じ結論になってしまった。

 インシデントが減るかどうかは、結局組織風土なんだと思う。

###

☆ インシデントを減らそうと言い続ける人

 人は安きに流れ、決まり事は形骸化するものだから、インシデント対策もいつしか実効性の無いものになる。 そのようなときに「インデントを減らそう」と言い続ける人の存在は重要だ。 しかし、誰か特定の個人に頼っていたのでは限界がある。 そこで組織風土が重要だ。

 鉄道関係者は必ず指差呼称する。組織風土がそうさせているのだ。だから百年以上もの間継続できている。

 ウチは鉄道関係ではないけれど、現場にいたころ上司に指差呼称するように指導された。「横着するな」と。 当時はそういう組織風土があったのだと思う。

 IT関係の職場に移っても、rmやddなどの危険なコマンドを実行するときには、ディスプレイに向かって指差呼称して、深呼吸してEnterを押していた。

  最近現場の人に聞くと、指差呼称もしないし、「指差呼称しろ」と言う人もいなくなったそうだ。

 失われた組織風土を取り戻そうとすると、年寄りができることはたくさんある。



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2018年6月27日 (水)

事故がなくならない理由 安全対策の落とし穴

事故がなくならない理由 安全対策の落とし穴 芳賀 繁

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事故が無くならない理由を心理学から説明した本。

この本を読んで分かったことは、

  • 高い技能を提供するなら、リスク・マネジメントが必須で、大きな事故を想定しておく。
  • 最悪は能力を過信し、リスク・マネジメントもできないこと

リスク・ホメオスタシス理論

この本の中で「リスク・ホメオスタシス理論」が紹介されている。

(1)
 どのような活動であれ、人々がその活動から得られるであろうと期待する利益と引き換えに、自身の健康、安全、その他の価値を損ねるリスクの主観的推定値をある水準まで受容する。
(2)
 人々は健康・安全対策の施行に反応して行動を変えるが、その対策によって人々が自発的に引き受けるリスク量を変えたいと思わせることができない限り、行動の危険性は変化しない。

 簡単にいうと、「人はリスクが一定になるようにネガティブ・フィードバックが働く」というもの。

 例えば、防波堤ができると津波警報で非難しない人が増えたり、ABSの装着を義務付けると雪道を平気で運転するため事故が減らななどが挙げられるそうだ。

 フィードバック・ループの外側にある知覚的技能、意思決定の技能、運転操縦の技能がどれだけ改善されても事故率に影響を与えないということも、リスク・ホメオスタシス理論の重要な主張である。

2

まず、リスクの基準を下げることが必要らしい、では、安全運転対策(事故対策)無駄かというと、そうではないことは説明してある。 

 事故防止を考える人は、人にはこのような性質があることを理解しておく必要がある。人はリスクを避ける性質があるという前提は危険だ。

リスク・アセスメント

 リスク・マネジメントの勉強した人は理解できるだろう。

 普通の人はリスクを受容するという観点がないからリスクゼロを目指してしまう。 ハイリスク・ハイリターンと言われるようにリターンに見合うリスクを取ればよい。 しかし、特に減点主義の組織では、取ったリスクに見合うリターンが得られないことが多いから、リスクは取らない。

リスク・マネジメント

3

 自動車の運転を例に、リスク・マネジメント能力と運転技能で評価する考え方は参考になる。 注意しなければならないのは、事故は無くならないということ。

  • リスク・マネジメント能力が高ければ事故は減り、低ければ増える。
  • 運転技能が高ければ事故発生時の被害は大きく、低ければ被害は小さい。(運転技能が低いことを認識していることが必要)
  • 最悪なのは、運転が下手なのにそのことを自覚せずに能力を過信し、リスク・マネジメントもまともにできないドライバーである。

 この理論が人間個人から個人の集合である組織に適用できると仮定すると、

  • 高い技能を提供する業務では、リスク・マネジメントは必須。
  • しかも、大きな事故が起こる可能性がある。
  • 最悪なのは高い技能がないことを自覚せず能力を過信し、リスク・マネジメントができないマネジャ

ということだろうか。逆に、

 高い技能を必要としない業務は、リスク・マネジメントができていないとしても、技能が低いことを自覚していれば、事故は発生するが被害は小さい。

ということだろうか。


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2018年6月20日 (水)

軌道 福知山線脱線事故

軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い 松本創 東洋経済

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 福知山線脱線事故の遺族の淺野弥三一氏がJR西日本に対して事故の原因究明、安全体制の改革を求めた記録。

 事故発生時のJR西日本の対応や事故後の補償問題ではなく、組織的な事故防止という観点で読んだ。
分かったことは、

 組織的対応は、組織=経営層ではないから、事故防止の意識が末端まで浸透して初めて実現できる。

ということ。

 関西大学の阿部誠治教授は、福知山線脱線事故直後からJR西日本に対して

「鉄道は人とシステムの組み合わせであることを経営陣が理解できていない。人間のミスをバックアップするシステムを整備すべきなのに、社員に厳しい教育を強いればミスを犯さなくなるという誤った人間観がある」

と指摘されている。

 組織が大きくなって、現場と経営層が離れるとこのような考え方を持つ者が増えてくる。

元社長の井手正敬氏はインタビューで

「事故において会社の責任、組織の責任なんていうものはない。そんなのはまやかしです。組織的に事故を防ぐと言ったって無理です。個人の責任を追及するしかないんですよ。

 鉄道に『絶対安全』なんてあり得ない。一つ事故があったから、ここを直そう。また事故があって、あそこを直そう……その積み重ね、経験工学なんですよ。むしろ、絶対事故を起こさないという慢心こそが事故を起こすんです。事故の芽は無数にある。どれが大事故につながるか、予測できる人なんていません。だから、本社・支社の幹部は日々現場を歩き、小さな芽を見つけたら一つ一つ潰していかなきゃならない。その努力が不足していた。放っておけば、現場はすぐに緩む。楽をしようと元に(国鉄時代に)戻るんです。

 管理をするべき幹部が現場を歩いていなかったから事故を防げなかったんです。」

と発言されている。

 現場を経験していない経営層にとって事故は事後に対応すべきことだ。
分かりやすい原因は担当者のミスだ。しかし、トヨタのように5回も原因を問わない。
改善すべきは現場の担当者であって、システム、ましてや組織の風土ではないと考えている。

 そして、現場の担当者を厳しく指導すれば改善すると考えたり、気合と根性でミスを無くせと指示したりする。

 現場の経験が無いから現場の立場で物事を考えられないのは仕方のないことだろう。

 一方、現場にいるマネジャは、厳しく指導しても、気合と根性でもミスが無くならないことは知っているはずだ。 だから、経営層が考える効果の無い対策を、効果がある対策に変えることができるのは現場のマネジャしかない。

 JR西日本は事故から10年以上かけて変わったようだ。 JR西日本の安全憲章には、

私たちは、2005年4月25日に発生させた列車事故を決して忘れず、お客様のかけがえのない尊い命をお預かりしている責任を自覚し、安全の確保こそ最大の使命であるとの決意のもと、安全憲章を定めます。

とある。

 JR西日本の経営層は変わろうとしていることが伺える。 ところが、2017年12月に新幹線で重大インシデントが発生した。 新幹線台車の安全確保について (2018/2/28)

 この本は、事故の遺族vsJR西日本という構図で描かれているから、組織=経営層という暗黙の前提があるようだ。 しかし、この重大インシデントの例でも分かるように、組織的な事故防止は経営層だけで実現できるものではない。

 組織=経営層ではない。
 組織的対応は事故防止の意識が末端まで浸透して初めて実現できるものである。


 2018/6/14に山陽新幹線で人身事故が発生した。 山陽新幹線 博多~小倉駅間で人と列車が接触した事象について (2018/06/15)
 前回の重大インシデント同様、「なぜ列車を止めることができなかったのか?」が問われている。 JR西日本変わろうとする意識が経営層から現場まで浸透しているのか注目しよう。
(2018/6/20 追記)


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2018年6月18日 (月)

管理部門はなぜ現場のサポートができないのか

 現場のマネジャが集まる会合に出席したらミスのチェックの話になった。
現場のマネジャが技術レポートをどうやってチェックするかという問題だ。

 たいてい技術レポートを書く人の方がマネジャより詳しい。 たたき上げのマネジャなら技術レポートを書いたことがあるからハマりどころも分かっていてチェックできるだろう。 しかし、技術レポートを書いたことがないマネジャが多い(ほとんど)から、読んだだけでは理解できないレポートをチェックしなければならない。

 しかも、その技術レポートはクオリティが必要だから、間違いの指摘があったら直そうという気楽なレポートではない。

 管理部門の人は演習を用意していて、ミスの多い架空の技術レポートを配って参加者にミスを見つけろとおっしゃるのでやってみた。

 そのような技術レポートを書いたこともあるし、チェックしたこともあるので、ミスは簡単に見つけられるだろうと思ったら全て見つけられなかった。 orz

 管理部門の人がミスの解説してくれるのだが、「正直全部見つけるのは無理!!」と思った。
技術レポートを書いたことも、チェックしたことがあっても全部見つけるのは無理と思ったくらいだから、書いたことがない人はかなり難しいと思う。

 そして、管理部門の人は理不尽にもおっしゃる

  • ミスを見つけられない場合の影響は大きい
  • ちゃんと見ればわかる
  • 自分も見つけられたから見つけられるはずだ
  • ミスを見つけられなくては困る
  • 最近の若者はミスが多い

最後にマイクが回って来た。

 最近考えている、ヒューマン・エラーのことを話そうと思っていたのだが、あまりに理不尽なので、

  • 何かにつけて若者の気質を原因にしてはいけない
  • 気合と根性やべき論ではミスは減らない
  • チェックする人もミスする
  • 我々はミスを減らす具体的方法を知らない
  • 現場からミスを減らす風土が無くなりつつある

など発言した。 すっかり管理部門の人に対する反論になってしまった。

 会合が終わってから考えた。

 ミスの原因などの解説を聞くと理解はできる。 しかし、理解したところでミスを減らす行動ができるわけではない。 ミスの原因が分かるのは後知恵だからだ。

 簡単に言うと、管理部門の人は「発生したミスの指摘はするがミスを減らすサポート」をしていないということだ。

 残念ながら、自分にも思い当たる節がある。
サポート部門にいたときは、ミスを減らすサポートについてあまり気にしていなかった。
管理部門の人たちに対して感じた理不尽さは、自分に対する指摘でもあることに気が付いた。

 なぜミスを減らすサポートができないのか考えた
技術レポートをのチェックは暗黙知の部分が多く、「チェック方法を具体的に教えてくれ」と問われると困ってしまう。

 一部は形式知になっているものの、その形式知の妥当性を評価していないないし、体系化していない。 経験がない人にそのような不十分な形式知を伝えるとチェック漏れが増えそうだ、と思ってしまう。

 つまり、管理部門もサポート部門ももちろん経営層もミスを減らす方法を知らないのだ。
厄介なのは、ミスを減らす具体的な方法はもちろん、具体的な方法を見つける術も知らないことだ。

 だから、方法論は指示できないが、顕在化した問題は明らかになっているから、「ミスを無くせ」のような気合と根性の指示になってしまう。

 ミスが顕在化するのは現場だから、現場での活動は重要だ。 しかし、管理部門もサポート部門もミスを減らすためにすべきことはたくさんある。

###
 サポート部門にいるときには気づかなかったが離れてようやく気づいた。


2018年6月14日 (木)

つくばエクスプレス 20秒早発の謝罪

 2017年11月14日に、つくばエクスプレス(TX)の下り列車が南流山駅を定刻より約20秒早く発車したとして、TXを運営する首都圏新都市鉄道が謝罪文を発表していたらしい。

この謝罪は外国もメディアで取り上げられたこともあってか、ネットでは、遅れではないとか、20秒は細かすぎるとか、謝罪文化だとか総じて批判的な意見が多い。

 そのなかで乗り物ニュースは早発が鉄道運輸規定に違反する行為と解説している。さすが乗り物ニュースだ。

 東洋経済は早発が発生する前に、つくばエクスプレスの事故の多さに着目している。 20秒の早発に対する謝罪広告は事故の多さと無関係ではないだろう。

 東洋経済は、2017/8/21の記事で、

TXは茨城県など沿線自治体の出資によって第三セクター方式で設立された。設立当初は西武鉄道や東京地下鉄(東京メトロ)などの鉄道各社からの出向者や転職組に支えられていた。
前出のTX社員は「西武からの出向者が各部署で目を光らせていた」と当時を振り返る。出向者は事あるごとに「西武ではこうやっている」と話し、“西武流”が職場に規律をもたらしていた。
だが、近年は西武からの出向は減り、逆に畑違いの業界からの中途採用や新卒採用が増えている。その過程で、組織のタガが緩み始めたとも考えられる

と報じている。

 つまり、これまで現場主導で保ってきた安全意識が風土として根付く前に低下しているということだろう。 組織風土を作りそれを維持するのは難しい。

 これは、現場にとっては切実な問題だ。

 さらに、東洋経済は

の記事で

早発以外の運行トラブルとして、TXは2015年から2017年にかけ3回のオーバーランを起こしている。その原因はいずれも運転装置の切り替えミスでブレーキ操作が遅れるという基本動作に関連したものだった。これまではトラブル発生の都度、「基本動作の励行の再徹底」といった精神論的な対策にとどまっていた。

しかし、JR西日本の言う「ヒューマンエラーは結果であり、原因ではない」という考え方に照らせば、基本動作を再徹底しても問題は解決しない。エラーの原因を探る必要がある。TXは運転装置の切り替え間違いという部分に着目し、すべての列車の運転台に運転状態が表示されるよう改修を施すことを決めた。5月15日までに完了する予定だ。

と報じている。

 安全意識を現場の組織風土にしてそれを維持するのが現場の問題だとすると、「基本動作の励行の再徹底」では事故は防止できないことを認識するのは、経営層の問題だ。

 現場と経営層両方がこのことを認識し、実行して初めて初めて重大な事故を防止することができる。

 「たかが20秒ではない」と考えている人がつくばエクスプレスにはいるのだろう。

 翻って、
ウチは人様の命に係わる業務ではない。 しかし、

  • 失敗を防止するための具体的な行動が伝えられなくなった現場
  • 失敗に対して注意喚起しか思いつかない管理部門

という、構造的な問題は同じだ。

 「たかが20秒ではない」


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2018年6月 9日 (土)

「事故防止を徹底せよ」と言えば事故は無くなるのか?

 昔通信インフラ部門にいたときに叩きこまれたことは、回線断になる事故を起こさないこと。

 当時、管理部門が合理的でなく気合と根性的なところがあることは気になっていた。
「事故防止を徹底せよのような指示があると、現場では「また言ってるよ」的な空気があったが、事故防止の意識や基礎的な行動などの「基礎の基礎」は叩きこまれた。 本当に叩かれた人もいる。(今ではパワハラだ)

 最近、「事故防止を徹底せよ」のような話を聞いた。 昔も聞いたよなと思いながら聞いていたのだが、ふと心配になった。

 管理部門の年寄は、発生した事故がレアケースだと思ってるのではないのか?

 確かに、年寄りたちが若いころ現場にいたときには発生していなかった事故が起きるとレアケースと考えがちだ。 年寄は事故を起こさないための具体的な手順を知っていて、それを誰でも知っている「基礎の基礎」だと思っているからだ。

 しかし、「基礎の基礎」を若い人に伝えているのだろうか? 

 「基礎の基礎」を伝えていなければ、年寄りだったら起こさないような事故が発生する。
このことを年寄りは認識しているのだろうか?

 「基礎の基礎」を伝えられていない若い人が失敗すると、「最近の若いやつらは...」と若者の気質に原因を求めているのではないだろうか?

 管理部門が「事故防止を徹底せよ」というのは今も昔も変わらない。 それを現場で具体的な行動に落とし込んでいる人はいるのだろうか?

 ハインリッヒ先生によると、1つの重大事故の裏には事故に至らない300の失敗があるという。重大事故に至らない失敗を検知して問題を解決し共有する仕組みは機能しているのだろうか?

 歳をとると心配性になるなあ。老婆心というやつか。


2018年5月30日 (水)

失敗の科学 改善すべきは、人間の心理を考慮しないシステム

失敗の科学 マシュー・サイド  ディスカヴァー・トゥエンティワン

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 航空機業界も医療業界も人命にかかわる仕事だ。失敗の捉え方失敗を繰り返さない仕組みについて2つの業界を比較している。

最も大きな相違点は、失敗後の対応の違いにある。医療業界には「言い逃れ」の文化が根付いている。ミスは「偶発的な事故」「不測の事態」と捉えられ、医師は「最善を尽くしました」と一言言っておしまいだ。 しかし航空業界の対応は劇的に異なる。失敗と誠実に向き合い、そこから学ぶことこそが業界の文化なのだ。彼らは、失敗を「データの山」ととらえる。

らしい。

 どちらの業界も歴史は長いから失敗例は数多くある。大きな違いは失敗した者の命だろう。 航空業界では、失敗は操縦士などのコックピット・クルーの命に係わる。墜落や、空中衝突のような重大インシデントが発生すると彼らは命を失う可能性は高い。 しかも、乗客や住民など大量の命が失われる可能性がある。

 一方、医療業界では失敗で医療従事者が命を失う可能性は低い。 命を失うのは患者で、一度の失敗で大量に命が失われる可能性は低い。

 この差が、失敗を減らすためのモチベーションの差ではないだろうか。

 失敗を組織的に扱うとき

問題は当事者の熱意やモチベーションにはない。改善すべきは、人間の心理を考慮しないシステムの方なのだ。

は重要だ。

 ところが、失敗に向き合わない人や組織は、問題の解決を安易に当事者に求める。そして、たいていその手法は「気合と根性」だ。問題の真の原因を追究せず、フェールセーフ、プールプルーフも考慮しない。

 事故防止やヒューマン・エラー減少の具体的な考え方は航空業界から学ぶことが多い。
ネットから比較的容易に知識を得ることができるし、書籍で体系的に学ぶこともできる。

 ところが、
具体的な行動を考えるとなかなか難しい。知識を得るの作業は自分だけで良いが、実際に対策しようとすると、他人に行動を求めなければならないから、 事故防止に対するモチベーションの差が如実に表れる。

 失敗が原因で事故が発生したとき、自分自身に重大な影響が及ぶ人はモチベーションが高いが、失敗が原因で事故が発生しても影響が及ばなければ、積極的に事故防止の行動をするモチベーションは生まれない。 人はそういうものだろう。

 この構図は航空業界と医療業界の例に似ている。 人の生命を扱うための高い倫理観を持っている医師でさえそうなのだから。

事故防止は、

  • 人の心理を当てにしないシステム
  • 事故を防止しようとするモチベーション

が重要ということだろう。
厄介なのは後者だと考えて啓蒙活動を始めた。


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2018年5月 6日 (日)

失敗の防止 <とどの詰まりは風土>

 失敗への対応は、個人、組織を問わず大きな課題だ。

 個人では、失敗の原因を考える人と対策を実施する人が同じだから、考え方や心がけ次第で失敗が減ったり被害を回避できたりする。 ところが組織では原因を考える人と対策を実施する人が異なることが多いから、原因は分かっていても失敗が減らなかったり、失敗したときに防げるはずの被害を被ったりする。

 組織的な失敗の防止、被害の回避について考えてみた。

よく見かけるのは、 管理部門が失敗の原因と対策を考え、現場が実施するパターン。 これは、たいていうまくいかない。 原因は。

原因1:管理部門が神目線になっている

 原因を究明するために事実の検証をする場合は後知恵になりやすい。
客観的に考えるために第3者的な観点は重要だ。事実としてとらえられるわずかな兆候を察知して対策することが可能になる。 ところが、客観性をこえて神目線になると、事実が無い状況で次に起こる失敗さえ防ぐことができると考えてしまう。

 神目線になった人は、失敗の対策として「思い込みで作業しない」などとおっしゃる。
しかしである、そもそも思い込みで作業している者は自分の行動が思い込みによるものかどうか判断ができない。

 思い込みで作業していることが認知できると考えるのは、現場の作業を神目線で見ているからだ。つまり、思い込みで作業している者がいて、このまま作業を続けると失敗してしまうのが分かるのは神くらいのものということだ。

 思い込みで作業をしている者を第三者が認知するにはどうするかが本当の対策だろう。

原因2:現場が責任転嫁しようとする

 管理部門が思い込みで作業しないように指示するのは、現場で作業する者からすると管理部門の責任逃れのように感じる。 ところが、現場の管理者は、管理部門の指示どおり作業したその上での失敗だという理由で責任転嫁したいという誘惑に駆られる。 誘惑に負けると責任逃れの指示と思っても素直に実行してしまう。

 いくら責任転嫁したところで、現場で失敗が起こり、被害が出た場合には、現場の管理者が後始末をしなければならないことに変わりはない。

 しかし、悪運が強ければ被害に合わないのである。 その結果、人は易きに流れる。

原因3:職場の風土

 失敗の防止や被害の回避は、管理部門、現場の管理者、現場の作業者が失敗の防止を自らのこととして捉えられるかにかかっている。それはおそらく職場の風土に根差している。 とても厄介だ。

 失敗は無いことになっていて、しかも減点主義の職場は、失敗の原因究明や失敗の対策を自らのこととして捉えられない。

 このような職場で、失敗事例から真因を究明し、数ある問題の中から解決すべき課題を決めて、課題を解決する対策を立案し、対策を実施し、効果を検証するのは、口で言うほど簡単ではない。

 人は、風土や職場の雰囲気、リーダーからの強い要請がなければ、これらの行動をしようとしないものだ。

 言い換えれば、組織的に失敗を防止し、被害を回避しようとするなら、各階層にリーダーシップを発揮する者が必要ということだろう。 評論家ではなくリーダーがいれば、職場の雰囲気が変わる、職場の雰囲気が変わると風土が変わる。

 旧国鉄で働いていた人に指差し呼称のことを聞いてみたら、どの職場でもあらゆる場面で必ず指差し呼称しているそうだ。 人の命を預かる仕事で、しかも歴史もあるから、そういう風土ができているのだろう。  とあるところで、失敗の防止の話をしたときに、作業時に指差し呼称している人に手を上げてもらったら、1人だけ手を上げた... 残念ながらそういう風土だ。

###

 またまた、とあるところで「失敗を防止しようとする風土が無い」と発言したら、体制批判だという意見があったらしい。(陰で ^^;)  批判を恐れずに問題点を指摘しただけではなく、合わせて具体的な提案もしたのだけれど...

 人は問題点を指摘したところで考え方が変わるわけではない。 でも、1人にでも届いていればそこから広がるだろう。きっと。


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2018年1月31日 (水)

ヒューマン・エラー <「気を付けろ」が有効なのは>

 仕事をしているとヒューマン・エラーが原因で事故が起こることがある。(「事故」は「交通事故」の意味ではない)

 航空業界や医療業界のように人の命に関わるような事故ではないが、事故が発生する管理職や管理部門は何かと大変だ。

 とある人から「部下に注意したのにヒューマン・エラーが原因の事故が起きた」という話を聞いた。引っかかったのは、「注意したのに」という部分だ。

 注意することで事故が減るのは、注意された人が、なぜ事故を防止しなければならないのか、どうやって事故を防止するのかを知っている時にだけ有効だ。

 事故は起きても仕方ない。事故を防止する具体的な方法を知らない者に対して単に「気を付けろ」と言っても効果は無い。 「気を付けろ」と言う側の気休めだ。

 経験則では管理職は単に「気を付けろ」と言うことがある。
若い頃、何度か失敗はした。致命的な事故は無いけど事故になったこともある。
そんな粗忽者だから「気を付けろ」と言われていたのかもしれない。でも、捻くれ者だから、「気を付けろって何に気を付けろって言うんだヨ!」と思っていた。

 中間管理職になっても、あい変わらず上からは「気を付けろ」と言われる。そして、部下に対して「気を付けろ」と言う立場になった。

 中間管理職になって分かったことは、当時の上司は事故を防止するための具体的な行動が分かっていなかったのだろうということ。おそらく上から言われた「気を付けろ」をそのまま部下に言っていたのだろうということ。そして、その上も分かっていないのだろうということ。

 実は、この構造は今でも変わっていないと思う。組織として事故を防止するための体系的な知識が無いのだ。研修もいくつか受けたことがあるけど、ヒューマン・エラーや危険予知、危機管理、事故防止について教えてもらったことはない。

 当時の上司も事故防止に関する教育は受けていなかったのだろう。だから「気を付けろ」と言うしかなかったのだろう。 そして、無知の連鎖が起こっている。

 誰も教えてくれないので勉強してみた。
人の命に関わる航空業界や医療業界の取り組みは参考になる。昔と違ってネットが使えるから情報はたくさんある。事故防止は最先端のICT技術とは違って歴史は長いからセオリーがある。

 まず、事故防止のセオリーを知らなくては話にならないと思う。 勉強して実践すれば無知の連鎖が止まるだろう。

###

 つづくかも


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2018年1月23日 (火)

ANAが大切にしている習慣

図解版 ANAが大切にしている習慣  田口昭彦 ANAビジネスソリューション

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 著者の田口昭彦氏はANAで航空機整備の一線で勤務された方だ。
前半はリーダーシップの話しで後半がヒューマン・エラーをどうやって防止するかという話。

 航空機においてヒューマン・エラーは人命に関わる。それは航空機を操縦するパイロットだけでなく整備士も同じだ。 航空機業界はヒューマン・エラーと向き合ってきた歴史があるから学ぶことがたくさんある。

 ヒューマン・エラーは航空機業界はに限らずどの職業にもあって、航空機業界のように人命に直結する業種やトヨタのようにヒューマン・エラー対策を品質向上の一環と捉える業種もある。 現場でなんとなく対応している業種は多い。

ダブル・チェック

 ご多分に漏れずウチの職場でもヒューマン・エラーは大きな問題だから、オフサイト・ミーティングのテーマに挙がることも多い。 その議論の中で、ヒューマンエラー防止策に2人によるダブル・チェックを挙げる人は多い。

 確かに2人によるダブル・チェックは一定の効果はある。しかし、人が減っている現場ではチェックのための1名を確保する負担が多いことや、効果が無くなるケースが考えられるから盲目的にダブル・チェックに頼るのは危険だと思う。

 日本人は、上位者の誤りを指摘できない。
ダブル・チェックしようにも、部下は上司の誤りに気付いたとしても、指摘はためらわれるものだ。 また、ベテランと新人のように技術と経験に差があるような場合でも、新人はベテランの誤りを指摘できない。

 今時は勤務年数が長いから業務経験が長いとは限らない。
業務経験の短い上司と業務経験の長い部下の組み合わせでダブル・チェックすると、互いに誤りを指摘できなかったり、互いに相手がチェックしているだろうと思いこんだりする。
そして事故が起こる。

 ANAでは

これを回避するため、ANAグループの整備部門では「セルフインスペクション」という制度を取り入れています。これは作業の担当者本人がチェックする、という仕組みで、自分が不安な部分を再度確認し、自覚と責任をもって作業を最後まで終わらせる、というものです。

ダそうだ。
ヒューマン・エラーの防止策がダブル・チェックだけというのは、思考停止している可能性がある。

事故防止

 ヒューマン・エラーによる事故を防止しようとすると、組織の風土が大きな障害になる。
「エラーや事故はあってはならない」という風土の組織は「事故の絶無を期し~」という指示が多い。

 この真意が「事故の絶無を期し、日々工夫改善せよ」ならばわからなくもない。
ところが、「気合と根性で事故を絶無とせよ」のことがある。
ヒューマン・エラーがゼロにならないように事故はゼロにはならないから絶無は不可能だ。

 後者の場合、事故が発生したときに現場の当事者は気軽に相談できない。そして、ニッチもサッチも行かなくなって相談すると、何故早く相談しないのかと叱責される。叱責されるから、益々相談しにくくなる...エンドレス。

 指示した側はたいてい「相談するなと言った覚えは無い」と言うのだが、相談しやすい雰囲気を作る努力はしていないことが多い。

 失敗の相談には信頼関係が必要だから、まず信頼関係を構築しなければならない。事故が発生すると、信頼関係が有ろうと無かろうと事故の後始末しなくてはならない。ならば、信頼関係があった方が精神衛生上良いと思うのだが。

 風土は簡単には変わらないよなぁ...

と考えて、気がついた。

 ヒューマン・エラーは必ず発生し、それが原因の事故も必ず発生することを前提にして、事故の絶無を期して日々工夫・改善する。そのような風土を作り、維持するのはリーダーの役割だ。 だから田口昭彦氏は紙面の半分を割いてリーダー・シップについて説明されているのだろう。

  • ヒューマン・エラーを減らす方法
  • ヒューマン・エラーが発生してもダメージを最小にする対策
  • ヒューマン・エラーが発生することを前提に、それを減らすために日々工夫・改善する風土

を現場だけでなく組織全体で考えてこそヒューマン・エラーによる被害が防げるのだろう。


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