子育てと余裕
毎日新聞の読者投稿欄に↓のような投稿が掲載されていた。
若かった頃の母は余裕がなかっただけで、ちゃんと愛情をかけて育ててもらっていたと、子育てを経験したことで分かったという内容。
自分が子供だった頃を思い起こしてみると、褒められた記憶がない。かまってもらえなかったというほうが正しいかもしれない。父が大きな交通事故に遭い九死に一生を得たが、生活は楽ではなく父と母は余裕がなかったのだろう。
娘が産まれた頃を思い出すと、仕事にかまけて家事も育児も妻に任せきりだったと思う。
転勤で何度か引っ越ししたこともあり、妻は知り合いもいない土地で余裕がなかかったのだろう。そして、余裕のなさは長い時間一緒にいる娘達に向けられたのだろう。
そんな余裕のなかった妻を気遣うことができなかったと30年経って思う。後悔先に立たずだ。
40年働いて、人を育てるには自分も成長しなければならないことが分かった。子供を育てることで少しは成長したのかと思うけれど、子育て中はずっと未熟なままだだった。
たいていの親は未熟なまま子育てをしている。人類永遠の問題か?
最近の投稿
【Yoshiのよしなしごと】【Yoshiのブログ】【よしなしごと】【最近の書籍・雑誌】
« 余人をもって代えがたし | トップページ | ICT部門に求められること »
「よしなしごと」カテゴリの記事
- VTuber学(2024.10.03)
- 広島平和記念式典(2024.09.27)
- プログラミングと「写経」 <バグ対応経験が重要>(2024.10.06)
- 技術者としてよい職場 <技術者の報酬とはなにか>(2024.09.30)
コメント