「俺はだいじょうぶだったから、あなたも」 <他人の辛さはわからない>
「俺はだいじょうぶだったから、あなたも大丈夫だよ」という言葉は、全く慰めになってない。 Books&Apps (2022/3/14)
しんざき氏は
他の誰かの悩みを聞いた時、「自分はその状況でそれ程辛くないから」「相手も大丈夫」という論法を「慰め」として使う人がいるが、痛みは決して相対化出来るものではなく、誰かの痛みの度合はその人だけにしか分からない
とおっしゃる。
経験がある。つい、悪気なく言ってしまう。
「その辛さ、分かるよ。自分も経験があるから」も同じようにわかっていない。
相手の、辛さ、寂しさ、悲しさなどの感情は、他人には分からないのだと思う。
でも、弱音を吐いている相手を前に、「分からない」とは言えないから、つい自分の経験で慰めてしまう。
マネージャになると、メンバーから辛さの解決や軽減を期待されていることは多い。
辛さの要因になっている環境を変える権限も持っていることも多いから、限界が迫っているメンバーの辛さを軽減できるように環境を変えると、贔屓していると感じるメンバーもいる。
自分は辛さを我慢しているのに、なぜ我慢できないのかと思ってしまうのだろうか。
自分が、これ以上辛くなって限界に達したときに、誰か助けくれるのだろうか?という不安感があるのだろうか。
そういう職場は辛い。
人は大なり小なり辛さを抱えているものだ、しかし、多くの人は辛さを我慢して、表面化しないことが多い。
マネージャをやっていたとき、年1回メンタルヘルスチェックのフィードバックがあった。
個人情報は開示されないのだけれど、辛さ、は傾向として現れる。
辛いと感じているメンバーはいないか、辛くなったときに誰かが助けてくれるという安心感があるのか、考える機会だった。
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