「天賦の才」と「努力」と「運」
天賦の才をもつ人がさらに努力すると、凡人は絶対に追いつけないっす! Note イトーダーキ (2023/5/9)
イトーダーキ氏がオリンピックに出るような人と話した時に彼ら彼女らが共通して言っていることは、
「私は運が良かったんだよ」
「自分が人生をかけてやるべきことを、ただ見つけただけなんだから」
らしい。
「天賦の才」という言葉を久しぶりに聞いたので、「天賦の才」を考えている時にこの記事を見つけた。
ネットには、その分野で秀でるには、持って生まれた才能だけではなく、努力や運が必要だとおっしゃる方が多い。
「生まれた才能」「努力」「運」について考えてみた。
ほぼ60年の経験則だから一般的ではないかもしれない。
◯「生まれた才能」と「努力」
才能を持った人が努力すると凡人は敵わないのは、残念ながら事実のようだ。
だから、努力は裏切らないという意見には否定的だ。
◯「努力」と「運」
「運が良かった」という人は、意識せず努力ができる人だと思う。
側から見ると、大層努力しているのに、当の本人は努力を楽しむかのように、大した事はないと言う。
この手の人には、凡人は到底敵わない。
◯「天賦の才」
還暦過ぎのオヤジが、今考えている「天賦の才」は、
天賦の才は誰でも持っているけれど、それだけでは大したことがないレベルだ。
例えば、子供の頃駆けっこしたら他の子より早かったとか、九九を早く覚えられたとか、絵本の中の登場人物の気持ちがなんとなく分かったとか、ごく僅かなもので、凡人が努力すれば容易に逆転できるレベルだと思う。
この僅かな「天賦の才」の分野で努力すると凡人以上になれる可能性は高い。
更に、その分野が好きになったりして、他のことをやらずに集中すると超人レベルになれるのだと思う。
◯自分の「天賦の才」はわからない
ただ困ったことは、自分の天賦の才はなかなかわからないことだ。
だから、気になったことはなんでも、やってみるしか無いと思う。
石の上に3年もいる決心は必要はない。
そのうち、やってみたことにわずかでも天賦の才があって、しかも、気に入って集中が苦にならないという幸運がやってきたら、石の上に3年以上座れるようになる。
◯集中を邪魔する人
もう一つ困ることは、努力や集中を邪魔する世間や大人がいることだ。
「オタク」とか「変人」とか「そんなことをやっている人はいない」などと言われている人は、受け流して(スルーして)おけば良い。
自分の「天賦の才」の分野で凡人以上になった方が、楽しい。
◯自分の天賦の才を考えてみた
(人生の折り返しもとうに過ぎているけど)
自分の「天賦の才」は
- 好奇心
- 過集中
かもしれない。
面白そうなこを見つけて没頭して凡人以上になれたことがある。
ところが、好奇心と集中力が持続しないので、達人レベルになれない。orz
60年生きてきて極めたのは「中途半端」だったような気がする。
還暦過ぎて「ほぼ1人情シス」をやっていて、ほとんど困らないのは、これまで中途半端を極めたおかげだと気がついた。
達人レベルの人に頼らなくても、そこそこできてしまう。
ところが、極めた中途半端はた経歴書に書けないんだよぁ。
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