研修の価値 <「知識を得ること」のその先>
結論を先に書く。
研修の価値を
「知識を得ること」に限定するならば、ICTで代替できる。
「分かる」「できる」とすると、価値と考える人は少ない。
【研修講師はオワコンなのか?】
Facebookに投稿された中土井 僚氏による投稿
中土井 僚氏は、
研修コンテンツが、アーカイブ化され、著作権保護が有名無実化され、その結果、営業相手が競合相手になると指摘しておられる。
以前社内研修の講師をやっていた際、
受講者自身は理解を諦めていて、研修テキストを持ち帰ることを目標にしている人が少なからずいた。
上司の圧力もあるらしいのだが、研修で使用したテキストを手に入れることが目的なら電子データで送った方が効率的だ。
研修テキストを読んだだけで理解できる人は少ない。
研修テキストを読んだだけで理解できる人は、既に理解しているか、その資料が無くても理解できる人だろう。
受講者自身が理解しようとしない研修が増えると、組織の知識レベルや技術レベルが低下する。
本当に伝えたいことは、学ぶ方法なのだが、ハウツーの方が価値があると思っている人は多い。
中土井 僚氏は、
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「研修講師業」という仕事は、かつての鉄道における「切符切り係」と同じように、テクノロジーがなかったから存在していた仕事なのかもしれないという観点に立つべきではないでしょうか。
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人材育成という観点では、
研修で得た知識を現場で使用して、知見を積んだ者が次世代を育てる講師になる、エコシステムを構築することが重要だ。
これまでは、内部に無い知見は外部の研修で得て、それを部内の研修に反映することは多かったが、しかし、丸パクリは無かった。
欲しい情報は研修の一部であったり、現場で活用する際には別の知見が必要であったりなどで、丸パクできるような外部研修が存在しなかったからだ。
研修の目的は「分かること」「できること」で「知識を得ること」ではなかったから、「理解する」「活用する」ためには部内研修の実施が必要だった。
そして、受講者の理解度、熟練度などの状態に応じて、必要な知識は異なるから、外部研修のコンテンツを丸パクリするのは無理だ。
研修の目的が「知識を得ること」ならば、「特定のコンテンツ配達員」だから、ICTで代替できる。
これは、中土井 僚氏の指摘通りだ。
ICTで代替できない研修の価値は何か?
「知識を得ること」だけでなく、「分かる」「できる」ための方法とサポートではないかと思う。
しかし、「分かる」=「「知識を得る」と考えている人にとっては、価値とは考えない。
有料の研修の場合は、価値が認められなければ、受講者は増えないので、研修が継続できないという問題がある。
つまり、研修の価値を
「知識を得ること」とに限定するならば、ICTで代替できる。
「分かる」「できる」とすると、価値と考える人が少ない。
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