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2026年2月

2026年2月26日 (木)

混然一体Excel

データ再利用性の高いExcelブックの設計指針を考える 
~整然データをExcelテーブルで管理する~
Qiita @mochimo (2020/01/01)
Excel

@mochimo氏は「Excel方眼紙は悪か?問題」の中で、

~ 即ち「データから切り離された表現シートについては、Excel方眼紙を用いることは全く悪ではない」むしろ「Excel方眼紙を使わない」が教義と化してしまい、無理やり他の方法で表現を作り込むほうが生産性を落としてしまう可能性が高い。という立場だ。

とおっしゃる。

重要なことだと思う。
データ → Excel方眼紙 → 印刷 という使い方をする場合は、Excelは便利だ。
表示フォームや印刷フォームを作るのは面倒だが、Excelが使えると自分で作れるようになる。
特にExcelの印刷機能は充実しているし、PDFファイルにも出力できる。

「Excel方眼紙」だけで完結していて、データと表組が分離しない使い方をやめようということだ。

Wordが使いにくい <アプリの種類以前に問題がある> (2026/2/8) で
WordだけでなくExcelも清書(印刷)のためのツールとして使用していると書いた。

日本の罫線文化は、表計算ソフトと相性が良いので、Word vs Excelのような議論になりがちだ。
清書(印刷)の前に、データと表組(View)の分離が重要だと思う。

【昔話】(年寄り与太話がうっとうしい人は読み飛ばしておくれ)
40年くらい前に、表計算ソフトが使えるようになった時に、まず明細表を作った。
品名、規格、単価、数量、小計を入力すると自動的に小計、合計が計算できて、印刷できるのはありがたかった。
きれいな字は書けないし、注意散漫な性格なので、手書き・手計算で作成していると、何回計算しても合計が合わないのだ。
そろばんが使える人とか、ブラインドタッチで電卓を使っている人は神だった。

最初の頃は、前回作成したシートをコピーして使っていた。
使っているうちに、同じ品名を入力することが増えてきたので、品名、規格、単価を集めた表を作って、参照するようにした。
データと計算、印刷フォーマットを分離したのだが、今ほど機能がなかったので、同一シート内で工夫していた。
異なるシートのデータが参照できるようになってすごく便利になったのを覚えている。

その頃はまだ、案件ごとに、データと計算とフォーマットを混然一体に扱っている人が多かった。
アプリの機能が足りなかったし、PCのリソースも少なかったから、その方が手っ取り早かったのだ。

【そして時は流れ】
元号は2回も変わったのに、未だ渾然一体のExcelシートを見かける。

渾然一体Excelはデータだけ取り出すのが難しい。
取り出せたとしても、データベースとして使うには、手入れが必要だし、データの保守という概念が無い。
だから、そのデータを使い続けることが難しい。

クラウドやAIが使えるようになって、処理や出力は飛躍的に便利になったのに、渾然一体Excelのおかげで、便利な機能が使えないのだ。

【Excel活用能力】
Excel活用能力には
入力できる < 関数が使える < VLOOKUP関数が使える < マクロが使える
という段階的なレベルがあるといわれている。

未だに、VLOOKUP関数が使えると能力が高いという認識が残っている。
正直なところ、今時、せめてXLOOKUP関数を使うとか、FILTER関数を使おうよ、と言いたい。

VLOOKUP関数を使えることが能力が高いわけではなく、データとビューを分離することができる人だろう。
だから、VLOOKUP関数より、使いやすく、関数を入力するセルが少なくて済むXLOOKUP関数やFILTER関数を使うことで、データとビューの分離が簡単になることを広めるとよいと思う。



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2026年2月23日 (月)

蓋をしていること <ライトな視聴者は見守るだけ>

【ライトな視聴者】
主に歌唱中心に活動しているVtuber(VSinger)の配信を視聴している。
何人かの配信や投稿動画を視聴しているなかで、woucaさんと藍海のんさんもよく視聴するVSingerだ。
とはいえ、コアなファンというわけではない。
ライブに行くわけでもないし、グッズを買うわけでもなく、スーパーチャットを投げるわけでない、ライトな視聴者だ。

(https://youtu.be/qpNMlxGD1Uw?si=4KkOemSZuDhacazO)

(https://youtu.be/cqJHfSXiZTE?si=NsYeLXINjzNwijIu)

【心に蓋をしてきたこと】
この2人が偶然、配信で最近身内に不幸があったことを話していた。
その配信を聞いて、30年くらい前に父が亡くなった時のことを思い出した。

大きな出来事だから、普段考えていなかったことを考えざるを得なくなる。
当時、思いがけない感情が湧き出してきたことを覚えている。
それまで、家族の関係の辛い記憶は自分の中で解決したつもりになって、蓋をしてきたことが、あふれてくるので困惑した。(虐待したわけではないし、ネグレクトされたわけでもない)

蓋をしてきた負の感情があふれてきても、客観視してやり過ごせばよいのだが、傷つけられる。
自分の感情に傷つくだけでなく、負の感情を持ち続けている自分に困惑してしまう。

そんな時に、「家族でも嫌いでよい」という投稿がSNSで流れてきて、楽になった。
「家族であること、血縁があるという事実」と「好き嫌いという感情」はリンクしなくてよいと考えると楽になった。

【できること】
同じようなことで困っている人に、アドバイスはできない。
困っている人に、自分も困っていることや、経験、共感、励ましを伝えたところで解決にはならない。

おそらく、関心を持っておくことくらいしかできないのだと思う。
woucaさんも藍海のんさんも、紆余曲折がありながらも、自分の夢をかなえるために活動している。
「ライトな視聴者」としては、思いついたときに歌が聞けるなら、それが一番嬉しい。



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2026年2月20日 (金)

Wordが使いにくい <アプリの種類以前に問題がある>

筒井.xls氏のWordの使いにくさを指摘する、Xへの投稿がバズっているようだ。
Photo_20260208221701

Wordの使いにくさに共感する人は結構いて、一太郎がよい(かった)、とか、方眼紙エクセルがよいとか、皆さん工夫しているようだ。

どのアプリが良いという議論はあまり意味がないと思う。目的に応じたアプリを使えばよい。
(どのアプリを使用してもよいけれど、いきなりマイナーなアプリのファイル形式で送ってこないで欲しい。.jtdとか...)

バズったスレを読んで違和感があったので考えてみた。
Word、一太郎、Excelが良いとか悪いとか、いずれも下書き兼清書ツールとしての使い勝手のようだ。
日本では印刷を前提としたドキュメント作成が未だに重要なのだろう。

最近年金関係の手続きが多いのだが、印刷された入力フォームに手書きで書いて郵送しなければならない。 さすがにハンコは不要だが...
この職人芸的申請用紙を作らなくてはならないから、清書アプリとしての、Word、一太郎、Excelは重要なのだろう。

違和感の根源は、データとフォーマットを区別していないことだと思う。
フォーマットは簡単に、使い回したり、共有したりすることが可能だ。
しかし、特定のフォーマットありきで作成されたデータは、データとして再利用が困難だ。

40年くらい前からワードプロセッサ(アプリ、ハードウェア)を使っている。
データを再利用しようとして困るのは、

・半角英数と全角文字が混在している
・手作業で改行する
・手作業でインデントする
・手作業でナンバリングする
・複雑な表組が多い

印刷するために作成された文書に多い特徴だ。
このような文書からデータを再利用しようとすると骨が折れる。

「2月13日」を「2月13日」と書いても人間が読む場合は変わらない。原稿用紙大好きな人は、「2月13日」と書きたがる。(←最近はフォントが良くて違いが分かりにくい)
コンピュータにとっては異なる文字列だから、ソート、検索できない。

PCが普及し、ネットワークで接続され、クラウドサービスが使えるようになったが、未だに、共有・再利用できるデータがないのだ。
AI技術が進歩・普及したのにAIが使えるデータがないのだ。

たぶんつづく。次はExcelについて考える。


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2026年2月17日 (火)

そんなのAIでできます <非クリエイターの言いぐさ>

なぜ「そんなのAIでできます」と言う人は3流なのか…納品主義者となったインチキビジネスパーソンの末路「LLMの使い方に根本的な間違い」
鈴木俊之 MINKABUマガジン (2026/1/23)

Vs 記事一覧
鈴木俊之氏は

特にメディア業界に限らず、商品やサービスを提供する事業会社において、プレスリリース、メルマガ、LPといった文字コンテンツの制作が、「作ることそのもの」、つまり「納品」にのみ関心が向いています。この状態を私は「納品主義」と呼んでいます。

とおっしゃる。

生成AIを使うと、文章やイラスト、デザインなどそこそこのできの結果を出力してくれるようになった。
これらのコンテンツを提供する会社で「作ることそのもの」にのみ関心がある「納品主義」が蔓延しているという指摘だ。

顧客の指示どおりにコンテンツを作るだけならば、生成AIで効率化できる。
ユーザが生成AIをそこそこ使えるようになると、安定して、そこそこのクオリティの結果が出力できるようになる。

ところが、顧客の目的は、そのコンテンツを作ることではなく、そのコンテンツの効果だ。
簡単に言うと、多くの人に刺さるコンテンツだ。

人間のクリエイターならば、顧客の目的に沿ったコンテンツを作ろうとするだろう。
そうしなければ、仕事が無くなるから。

生成AIを使っても、多くの人に刺さるコンテンツを作ることはできるが、
人間が考えたイメージを生成AIが認識できるような言葉にして指示しなくてはならない。

生成AIは道具だから、生成AIを使ってイメージどおりの出力が得られるようになれば、クリエイターとして認められるようになる。

クリエイターは、わざわざ自分が使っているツールを説明することはない。
顧客にとっては、ツールは関係ないことを知っているからだ。

冒頭の「そんなのAIでできます」と言う人は、顧客の目的を考えていない、生成AIがそこそこ使えるだけの、非クリエイターなのだろう。


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2026年2月14日 (土)

LINEヤフーの宮澤弦氏へのインタビュー <AI使用義務化の向こう側>

生成AI活用義務化でLINEヤフーはどう変わったか グループAI推進担当の宮澤弦氏が語る CNET Japan (2026/1/28)

Yahooという会社は、インターネット黎明期のADSLの普及(Yahoo BB)や、スマホへの移行(Yahoo Mobile)など、予定調和を求めない強さがあると感じる。

Yahoo
(↑ChatGTPさんのちょっと過激な表現、YahooBBとYahooMobileが対立しているわけではないのだけれど)

最近、LINEヤフーは、全社員にAIの使用を義務付けて話題となった。(AI利用義務化 <必要なことは終わってる> (2025/8/30))
そんなLINEヤフーの宮澤弦氏へのインタビュー記事で、気になったところを考えてみた。

因みに、LINEヤフーさんとは公私ともに関係はないので、メディアを通じて知っているだけで、内部の事情は知らない。

【現状認識と行動力】
宮澤弦氏は

AIが普及した今、AIのない時代に戻ることは絶対にありません。運送会社を営むために運転免許が必要なのと同じで、世の中は馬車には決して戻りません。

とおっしゃる。
イノベーション前の世界に戻ることはないことは、歴史が証明している。
誰でもわかっているのだが、行動できる人は少ない。 経営者も例外ではない。

インターネットが普及した際にも世界が変わったが、AIによる変化は、それよりはるかに速いと感じる。
周りをみると、まだ、様子見を決め込んでいる人は多いような気がする。
とりあえず影響の少ない所で使ってみようとか、とりあえず調査してみようとか、とりあえず技術的に研究してみようとかだ。
世の中は、馬車から車になっているのに...

【7割程度しか使わない】
宮澤弦氏は、「環境を整えたままでは7割程度しか使わない」とおっしゃるのだが、
環境を整えたまま放っておいて使うのはせいぜい3割、良くて5割程度だと感じていた。

この差が、Yahooという会社の、経営者の危機意識、社員のITリテラシーの差なのかもしれない。
そもそも、Yahooは「AIを使いましょう」ではなく、「Agentを普及させましょう」だ。
個人が使うAIは作業を効率化するだけだが、Agentは会社の業務を変えることができる、
この差は果てしなく大きいような気がする。

【プログラミング教育】
宮澤弦氏は、
この先プログラミング教育は不要で、人間にしかできない能力を磨いて「また会いたい人」になることのほうが重要だとおっしゃる。

プログラミング教育が、プログラミング言語の習得やコーディング能力の取得を意味するのならば、そのとおりだ。
しかし、プログラミングの肝は、問題解決する際に、どの部分にどうやって、コンピュータを使うかを考えることだから、人間にしかできない能力だ。

これまで重要だった、コンピュータに指示する手段としての、プログラミング言語を使用したコーディングは、今後、AIに対する自然言語を使用した指示に代わるだろう。
しかし、プログラミングの重要な部分は変わらないから、プログラミング教育の重要性も変わらないと思う。

【まとめ】
LINEヤフーは、大企業になっても相変わらず先を行く会社と感じる。AI時代に最初の一歩の差は極めて大きい。


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2026年2月11日 (水)

還元教養(2) <未導入と形骸化>

還元教養 <形骸化の弊害> (2026/2/7)で、形骸化した還元教養の弊害について書いた。
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最近実施した研修で感じたことがきっかけだった。
その研修の参加者は異なる職場から参加していて、「還元教養」という言葉がピンとこない人もいたし、「還元教養」を求められていない人もいたようだ。
このような参加者の組織では「還元教養」を行っていないのだろう。

改めて「還元教養」について考えてみた。

【まず結論】
「還元教養」を行っていない組織は、組織を拡大できない。
「還元教養」が形骸化した組織は、組織が衰退する。

「還元教養」は
個人がOJTなどの研修で得た知識を持ち帰り、受講者が講師となって研修で得た知識・技能を職場の人に教えること。
くらいの意味だ。

【知識・技能の継承】
組織的に、新しい知識や技能を獲得し、継承することは、組織の継続のために必須だ。
「還元教養」は個人が習得した知識や技能を、組織で活用できる形で共有する活動といえる。
そして、共有した智慧は「部内研修」で多くの人に伝えることができる。
つまり、新しい知識や技能を習得するのは個人で、それを継承するのは組織である。

知識や技能を特定の個人だけが持っている組織は脆弱だから、知識や技能の継承は、事業継続に不可欠だ。
その個人が、何らかの事情でいなくなった場合、最悪の場合事業が継続できなくなる。

昔は、「見て盗め」という考え方が主流で、積極的に共有しようとしなかったから、継承に長い時間がかかっていた。
今時は、技術の変化が速く、転職の障壁も下がってきたから、知識・技能を持っている人が、ある日突然いなくなるというリスクは高くなっている。

冒頭で紹介した、「還元教養」が行われていない組織では、知識・技能の継承を行っておらず、リスクが高い状態ではないだろうか。

【継承のフェーズ】
1. 外部の研修で新しい知識・技能を習得する
2. 習得した知識・技能を自組織で活用できるようにして共有する
3. 共有した知識・技能を組織内に展開する

これらの活動を絶え間なく行うことが必要だ。

「還元教養」を行っていない組織は、1、2ができていない。
つまり、知識・技能を組織的に共有しようと考えておらず、属人的でもよいと考えているのだろう。
小さい組織では、属人的でも実業務を回すことができるが、組織を拡大する際に障害になる。

「還元教養」が形骸化した組織は、以前は1、2、3を実施していたが、現在はできなくなっているのだろう。
大きい組織では、属人的では実業務を回すことができないので、組織が衰退する。

【結論】
「還元教養」を行っていない組織は、組織を拡大できない。
「還元教養」が形骸化した組織は、組織が衰退する。



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2026年2月 8日 (日)

VTuber事務所設立 <ChumuNoteの決意>

「今更V事務所なんて……」と言われた僕が事務所を作ったワケ ChumuNote (2026/2/6)

VTuberとして活動している ChumuNoteさんがVTuber事務所を立ち上げ、設立のお知らせを投稿した。
(https://x.com/tmgnrei/status/2019650501911183815)

VTuber事務所を立ち上げるという話題は、ちょっと前からXの投稿で流れてきていたし、YouTubeの配信でも説明していた。
「社長になる覚悟が見えない」などの、厳しい意見も少なからずあったが、説明したくても公表できない事情があったためか、歯切れの悪い説明になっていた。

そして、今回発表されたメッセージが、代表としてのChumuNoteさんの答えなのだろうと思い読んでみた。

ChumuNoteさんは代表メッセージの中で

MOLA STUDIOのメンバーは、ただのタレントではありません。
全員が「マニュアルを書く人間」です。
運営やクリエイターを含むすべてのメンバーがこの役職を持ちます。
自分の経験を言語化し、
失敗も成功も残し、
誰かの未来を速くする。
感覚だけではなく、再現性のある“強さ”を、
チームとして積み上げています。

とおっしゃる。

個人のノウハウは属人化しやすく、属人化したチームは脆弱だ。
ノウハウを持っている個人がいなくなるとチームを維持できなくなる。
個人の経験を言語化して、チームのナレッジにすることで、そのリスクを減らすとともに、少ないリソースでスケールできるようになる。
ChumuNoteさんは、最初からスケールすることを考えているのだろう。

事業のことを話している配信を聞くと頭の良さを感じる。情熱もある。
ならば始めるしかないだろう。

音楽を中心に活動するようだ。
アイドルとして活動しているVTuberはかなり前から飽和状態で、音楽を中心に活動しているVTuberも多くなったから、歌のほかに何かが必要な時代になっている。

以前から発表していた音楽番組「ちゅむステ!」に期待している。
出演者に新人枠があるらしい。新人が、この番組への主演を契機に、多くの人に認知されるようになれば良いと思う。

そしてメッセージの最後の部分、

誰かの人生の中に、 静かに、深く、長く残る音楽を。
それを生み出す才能と努力が、二度と孤立しないように。
それが、MOLA STUDIOの約束です。

この部分に、商業的な成功だけを求めていない、大きな決意を感じる。
それは、所属していた事務所が突然解散し、活動を継続できない期間を乗り越えて、独自の活動を続けているChumuNoteさん自身の経験から生まれたものだろう。

注目しておこう。



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2026年2月 7日 (土)

還元教養 <形骸化の弊害>

相変わらず「還元教養」という言葉に反応してしまう。
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「還元教養」は

個人がOJTなどの研修で得た知識を持ち帰り、受講者が講師となって研修で得た知識・技能を職場の人に教えること。
くらいの意味だ。
「教えることは最大の学び」の格言があるように、他人に教えることで、不足している理解に気づいたり、知識を定着させることができる。
また、個人が得た知識・技能を組織の智慧として蓄積・活用できるようにする、効果的な取り組みだ。

ところが、これが形骸化すると、研修でもらったテキストをコピーして配るだけになったり、テキストを読んでお茶を濁すだけになったりする。

「還元教養」を実施したという実績が欲しいだけの管理職は、受講者の理解や、組織の智慧にしようという意思は無い。

実は昔「還元教養」をやっていたことがある。
その「還元教養」の席には知見を持った人が参加していて、生煮えの知識で説明すると鋭いツッコミが入るという、まるで終了試験(口頭試問)のような場だった。

だから、「還元教養」を行う人は受講後すぐに実施できない。まず復習して、理解できた部分を説明していた。
(理解していないまま説明すると墓穴を掘るから)

自分の理解を説明するので、説明用のスライドは自分で作っていた
研修でもらった資料は他人が作ったものだから、他人の資料で説明できるくらいの知識があるなら、研修を受けなくて良い。

いつからか「還元教養」が形骸化して、もらったテキストをコピーして配布し、説明用のスライドまで欲しいという、研修の受講者が大量発生するようになり、管理職もそれでよしとするようになった

受講者の知識を深めるわけでもなく、組織の智慧にするわけでもなく、「還元教養」の実績だけ欲しいのなら、研修で使用したスライドをもらうと効率的だ。

「教養」という言葉を広辞苑で調べると
1. 教え育てること。
2. 学問、知識、道徳、芸術、心身の修練などによって、個人の人格を練り上げ、豊かな精神生活を営めるようにすること。
3.(文化の所産としての)知識。
の意味がある。

単に知識の伝達だけでは、研修受講者個人の知識・技能は向上せず、組織の智慧も蓄積しない。
「個人の人格を練り上げる」という教養本来の意味を失った、組織は衰退する。


研修内容を還元すべきか? <還元は目的ではない> (2018/07/27)


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