バイブコーディング <割を食う人>
なぜ、世間はバイブ性=ゼロのAIコード生成作業を「バイブコーディング」などと呼ぶのか?
Zenn pdfractal (2026/04/05)
pdfractal氏は、
世間がこの語を好んだ理由は、作業の中身にバイブ感があったからではありません。
むしろ、軽く見える名前で参入障壁を低く見せられ、非技術者に希望を売りやすく、企業にも営業的に使いやすかったからです。言い換えれば、技術用語として流行ったのではなく、物語として流行ったのです。
とおっしゃる。
そして、この呼び名で得をする人と割を食う人について、
得をする人は、
- ツールの提供者
- 内製化や少人数化を進めたい企業
- 教育商材や周辺コンサル
割を食う人は、
- 出口(完成後)の責任を負う技術者
とおっしゃる。
とりあえず動くコードが生成できたとしても、使った結果の責任や、保守の責任は、人が引き受けなければならない。
コードを生成した責任を負わない者にとって、AIの生成効率の良さは大きなメリットだが、
責任を負う技術者にとっては、大量に生成されるコードが、負える責任のキャパシティを超えてしまう。
最近、AIを使用したプログラミングが楽しくないとか、AIが書いたコードのレビューの負担が大きいという投稿を見ることが多くなった。
責任を負えるコードの生産性が、プログラマーの能力だとすると、負うべき責任の大きさに応じてコードの生産量はほぼ決まってくる。
AIは責任を負わないから、大量のコードが生成可能になるが、人はAIが作成した大量のコード全ての責任は負えなくなる。
責任を負わない生成AIのコードの生産量と、人が責任が負えるコードの量との間には、容易に縮められない差があるということだ。
つまり、誰も責任を負わない(負えない)コードが蔓延する可能性がある。
人の命に関わる分野では御免こうむりたい。
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