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2025年11月16日 (日)

Hukyu <諸星めぐる氏が帰属しているバーチャルとは?>

Hukyu  編 諸星めぐる GOMABOOKS
Hukyu
編集長の 諸星わたる氏によると、民俗学の定義は、

様々ある民俗学の考え方の中で諸星は「歴史からこぼれ落ちそうなあたり前の文化を今と昔でつなぐまなざし」であると定義しています。

らしい。

VTuber学(2024/10/03)は、より根源的、哲学的に「VTuberとは何か」を問う内容だ。
この本は、民俗学の観点から、VTuberの存在を記録し未来につなぐ(「今を」留める)ことを目的としているようだ。

多くのVTuberへのインタビューが掲載されている。
対象は、アイドルだけでなく、様々な分野で活動しているVTuberや絵師、Live2Dモデラー、リスナー、VTuber学の著者など、アイドルVTuberに限らずインタビューを収集している。

諸星めぐる氏は、VTuberの定義について、

「魂」がバーチャルに帰属しているのであれば、アバターは関係ないのかもしれないと思っています。

とおっしゃる。

「バーチャルに帰属」がよくわからないのだけれど、
現実のリアル空間に対比される、仮想的な空間(バーチャル空間)として、VR空間はわかりやすい例だ。
その他に、VTuberが行う配信や
ライブを行う空間が考えられる。
また、仮想空間はディスプレイを通して2Dや3Dのアバターが動く配信環境でははなく、立ち絵と文字で活動する場もまた仮想空間なのだろう。
そして、活動者がその空間を自分の居場所と認識していることと理解した。

インタビューの対象のVTuberは活動歴が長い人が多い。
最近は、VTuberの活動形態が増えるにつれて、学術系や音楽系など現実空間での職業や専門知識を広める目的で、VTuberとして活動している人も多くなってきた。

リアルな姿でも活動しているVTuberや、学術系や音楽系など本業があるVTuberのインタビューも読んでみたい。
Hukyu Vol2に期待しよう。

はて、書店員VTuberを自称しておられる諸星めぐる氏の「バーチャルへの帰属」とは何なのだろうか?



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2025年10月10日 (金)

世界一流エンジニアの思考法 <技術軽視の風潮を改める>

世界一流エンジニアの思考法 牛尾剛 文藝春秋
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牛尾剛氏のソフトウェア開発現場での思考法と日本の現状への提言。

牛尾剛氏は
---

技術軽視の風潮をあらため、ソフトウェアの技術者を専門家として大切に扱い、彼らが働きやすい職場環境へと刷新していくことだろう。今後取り合いになる優れたエンジニア(インテグレーションができる専門性のあるソフトウェアエンジニア、データサイエンスのAI専門家)を惹きつけて、獲得する必要があるのだ。

---
とおっしゃる。

人手不足は、
何十年も前から分かっていたことだけど、昨今どの業界も人手不足だという。 
御多分に洩れず技術者も不足している。
最近まで、IT業界が言う「人手不足」は、デスマーチができる人の不足だった。
つまり、技術者を育成せず、使い捨てにできる多重下請け構造の下位層で働く人が足りないと言っていたのだろう。

使い捨て人材は、生成AIで代替できるのだけれど、人手不足は解消しないようだ。
使い捨てにできない技術者も足りなくなっているが、生成AIでは代替できないから、牛尾剛氏の指摘どおり、技術軽視の風潮を改めなければならないだろう。

転職
転職市場の流動化が進み、転職する人が増えている。
労働者にとって、今の職場が自分が描くキャリアパスから離れたり、働きにくかったりして、違う職場の方が良いと判断したということだ。

転職しやすくなっていることは良いことだが、牛尾剛氏が指摘されるように技術者を専門家として大切に扱っているのかは疑問だ。

組織的には転職した人の抜けた穴を埋める必要があるので、次の人を採用する必要がある。
採用には、次の戦略が考えられる。
---

  • 提供できるキャリアパスや風土を変えず、適応できる人を探す
  • 提供できるキャリアパスや風土を変えて、採用可能な人を増やす

---
組織の戦略の良し悪しは一概に言えないのだけれど...
提供できるキャリアパスや風土を変えなければ、採用できたとしても、居つかず、転職する可能性は高い。
(経験では、一度転職すると、転職に対するハードルが下がる)

ところが、キャリアパスや風土を変えるのは難しい。
特に、年功序列傾向が強い職場は、簡単にキャリアパスや風土を変えられない。
年功序列は、世代間の報酬の貸し借りだから、ベテランは、若い頃の貸しを回収しようとしている。
だから、年功序列の職場で、キャリアパスや風土を変えようとすると、世代間に軋轢が生まれて、職場の雰囲気が悪くなる。
そして、優秀な若手が転職するから、人手不足がますます深刻になる。


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2025年8月29日 (金)

ForbesJAPAN 2025/10 <表紙はスターの原石さん>

ForbesJAPAN「世界を変える30歳未満30人」2025年10月号

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紹介された30人に共通していることは「固定観念を超える存在」ということだ。

【VTuberのトップランナー】
表紙を飾った、星街すいせいさんは、Youtubeのチャンネル登録者数も多く、Youtube以外での知名度も高い。
The First Take出演や武道館ライブなど、「VTuber初」の企画も多いから、Vtuber界のトップランナーとして紹介されることが多い。

2023年1月に出演したThe First Takeの動画公開後の配信で、
「自分より歌が上手な人はたくさんいて、まだ発見されていないだけ」
のようなことを言っていた。
謙虚さからの言葉ではなく本音だと思う。

VTuberに限ったことではないが、バズっている人は皆バズるだけの努力をしている。
努力をすれば必ずバズるわけではなく、バズるのは運かもしれない。
しかし、単に運だけでバズるわけではないようだ。

星街すいせいさんも、バーチャル空間以外で見つけてもらうための努力をしていたし、Singerとして楽曲を発表していた。
だから、The First Take出演という幸運が訪れたときに、多くの視聴者に知られることになったのだろう。

【VTuberに対する固定観念】
多くの人に知られる存在になれば、バーチャル空間以外で活動を快く思わない人にも見つかりやすくなり、アンチコメントも増えるようだ。

星街すいせいさんがNHKの対談番組に出演した際に、まだVTuberに対する偏見が多いと言っていた。
その番組に出演した若者が言っていたことは「〇〇なのに~」という前置きが多いことだった。
つまり、多くの人はVTuberの外見からアニメ声でアニソンを歌うという固定観念に縛られているから、そのような反応になるのだろう。

星街すいせいさんのアンチに限らず、古い固定観念に縛られている人は多い。
FrobesJapanに取り上げられた30人だけでなく、若者は、古い秩序や固定観念に縛られず、自分の感性で、好き嫌いを決めたらよいと思う。

還暦を過ぎたおやじは、しみじみとそう思う。



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2025年8月18日 (月)

君と夏が、鉄塔の上 <忘れられること>

君と夏が、鉄塔の上 賽助 ディスカバー・トゥエンティワン

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「鉄塔」に引っかかり読んだ。
著者の賽助氏はあとがきで自身は鉄塔マニアだと書いておられる。
中学生の主人公3人の中で1人が鉄塔マニアだ。

惜しいのは、「高圧電流が絶えず流れていて」という表現だ。
素人なら仕方のないことだけど、自称鉄塔マニアなのに「高圧電流」は無いだろう。

閑話休題

「忘れられること」が重要なテーマだ。
主人公らは中学生だから、将来多くの人と出会い、進学や就職で世界が広がると忘れてしまうことも多いだろうし、自分自身が忘れられることもあるだろう。

それは仕方のないことだけど、大切な人に忘れられるのは辛いものだ。

60年生きてきて、たくさん忘れてきて、たくさんの人から忘れられてきたのだろう。
そう考えると、忘れられることの恐怖は感じなくなっているような気がする。


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2025年7月 7日 (月)

シン読解力 <読んだらわかるとは?>

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「シン読解力 (2025/06/29)」で小学校のときに割合で躓いたことを書いた。
「読めばわかる」ように書いてある教科書を読んで、何故わからなかったのだろうかと考えていたら「わかる」に嵌ってしまった。

この本でいう「読んだらわかる」は、その文章が表している状況や状態を正確に把握できる、くらいの意味で、数学的な「わかる」ではないことに気がついた。

割合の定義に登場する項目は、比べる数と比べられる数、そして2つの数の倍数だから「日本語としてわかる」けれど、現実にある2つの数に定義を適用できるという、「数学的にわかる」とは違う。

例えば、クラス全体の人数に対する男子の人数の割合とか、商品の販売価格に対する消費税の割合など、実際のケースを割合の定義に適用し、数値を求めことができるという、数学的な理解ではない。

つまり、日本語的な理解があっても、数学的に理解できるわけではない。
しかし、日本語的理解がなければ、数学的な理解はない。



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2025年7月 2日 (水)

この世界を科学で眺めたら

この世界を科学で眺めたら ―― 真理に近づくための必須エッセイ 技術評論社
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吉田伸夫氏は

AIが人間の知性を越える「シンギュラリティ」の到来を心配する人がいる。しかし、深層学習やらニューラルネットやらの既存技術をどんなにバージョンアップしても、人智を超える AIを作れる可能性などない。心配なのは、 AIのことをよく知らない人が、怪しげなご託宣を真に受けてしまうリスクである

とおっしゃる。

閑話休題

虚数(複素数)と三角関数を習ったのは、高校のときだろうか。
虚数は意味がわからず、計算方法だけ覚えた。
三角関数は複素数よりも具体的なので理解しやすかった。
その後、電気通信分野に進んで交流回路を習ったら複素数と三角関数が必須でしかも仲良しだった。

数学で習った複素数は、頭の中の世界に存在する概念だったが、交流回路では、抵抗(R)、コイル(L)、キャパシタ(C)を組み合わせた回路の特性を複素数で表すことを習い、複素数が現実世界に存在するものになった。

工学は理学とは違って理論の便利な部分を使えば良いし、近似で問題ない。都度公式から計算せず数表や早見表を使う。
でも、基礎くらいは理解していないと、トラブルが発生したときに、目の前の現象が理解できずトラブルが解決できなかたったりする。


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2025年6月29日 (日)

シン読解力 <読んでもわからない子だった>

シン読解力 学力と人生を決めるもうひとつの読み方 新井紀子 東洋経済新報社
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AIvs教科書が読めない子供たち」に続く読む技術に関する本
読むことができる子は国語だけでなくすべての科目の成績が良いらしい。
新井紀子氏は学者らしくエビデンスを基に説明されているのは好感が持てる。

シン読解力
「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」を正確に読み解く力を「シン読解力」と定義し、国語教育で行われている、文学作品の解釈や行間を読むという従来の「読解力」とは異なることを明確にしている。
AIvs教科書が読めない子供たち」に関する無意味な議論が多かったのだろう。

読めばわかる
教科書などは「読めばわかる」ように書かれているらしい。(断言しないのは読んでもわからないことがしばしばあったから^^;)
成績の良い人で「教科書しか読んでいない」という人は、「読んでわかった」人なのだろう。

「読めばわかる」という人は、「読んでもわからない」、「読めない」人がいることがわからない。
ほとんどの教師は「読んだらわかる」人たちだから、「読めない」子供たちの支援ができないのかもしれない。
その結果、読んでもわからない子供を分かるようにできないのではないか。

割合でつまづく
この本で小学生が割合計算でつまづくことが指摘されている。
ご多聞に漏れず、小学生のときに割合でつまづいて、理解できたのは中学生になってからだった。

「クラス全体の人数は〇人で、そのうち男子は△人です。男子の割合は何割ですか?」
のような問題は、小さい数を大きい数で割ると覚えて対応していた。
この解法では、
「去年の売り上げは◯円でした。今年の売り上げは△円でした。今年の売り上げは去年の何%でしょう」
のような、答えが100%を超える問題は答えられないことは、分かっていた。

割合の定義を理解しないで、安易な解法を覚えたことが原因だ。
定義を理解していなければ、問題を正確に読めても答えを導くことができない。

割合の定義は算数の教科書には小学4年生が読んだらわかるように書いてあるのだろう。
とすれば、小学4年の時の自分は「読んでもわからない子」だったのだろう。(ほかにも心当たりはある)

読み方のモード
この本に何問か例題があったので答えてみたら、1問間違えてしまった。 orz
未だに「読んでもわからない年寄り」だ。++)

問題に答えるための読み方は、エッセイやネットの記事を読んでいる時とは、モードが違うことに気が付いた。
リラックスして、エッセイやネットの記事を読んでいるときは、引っかかるキーワードを探している感じ。(リラックスモード)
問題に答えるための読み方は、問題を分解して、それを組み立てなおしている感じで、パズルを答えているときの感覚に似ている。(パズルモード)

小学校のころからパズルは好きだったから、小学校の自分に、教科書を読むときはパズルモードで読むようにアドバイスできたら、「読んだら分かる子」になれたかもしれない...集中力が続かないから難しいだろうな。



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2025年2月21日 (金)

鈴波アミを探しています <喪失感は誰でも共感できる>

鈴波アミを待っています 塗田一帆 早川書房
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推しのVTuberが失踪した、オタク君が主人公のお話。
主人公の行動がキモいという書評は多いのだけれど、結末を読むとちょうど良いバランスかもしれないと思った。

「推し」がリアルの場合は、失踪しても捜し出して復活するよう説得することは現実的ではないから、時間の経過とともに「思い出コレクション」になる。
この物語は、「推し」がVTuberだからこそ、リアルでは到底できそうにない物語が現実味を帯びてしまう。

オヤジが若かった頃には「推し」という言葉なかったけれど、ファンだったアイドルが引退したり、追っていたバンドが解散したり、毎週聞いていた深夜放送のパーソナリティが交代したりした時の喪失感と同じものではないかと思う。
おそらく「推し」がいなくなったときの喪失感は、VTuberでもリアルでも変わらないのではないかと思う。


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2025年2月15日 (土)

チーズはどこへ消えた?

チーズはどこへ消えた?
著者  スペンサー・ジョンソン
訳者  門田美鈴
扶桑社
2017083

最初に
変わるきっかけを与えてくれた本。
何度読んでも読むたびに新しい気づきがある。

今回引っかかった部分は、

自分が変わるには、自らの愚かさをあざ笑うことだ。

自分の
愚かさを笑うには、自分から離れて第三者目線で自分を見る必要がある。
しかし、何かに固執していると自分から離れることができず、自分を客観視できない。
自分を客観視できると、何故こんなくだらないことに拘っているのだろうと思うことができる。

拘りは
自分自身が大事にしていることだから、自分の拘りを捨て去ることは難しい。
特に長年拘って大事にしてきたことを、捨て去るには大きな決心が必要だけれど、捨て去る必要はなく自分の中で大事にしておけば良いのだろう。
他人に対して主張しなければならないほどのものは多くないのだ。

できることではなく、やりたいことを大事にしようと考えていたのに、つい、できることに拘ってしまった。
もう一回スニーカーをはいて、チーズステーションを探しに行こう。


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2024年10月 3日 (木)

VTuber学

VTuber学 
編著者:岡本 健(オカモト タケシ)
    山野弘樹(ヤマノ ヒロキ)
    吉川 慧(ヨシカワ ケイ)
発行所:株式会社 岩波書店

Vtuber

VTuberに関する学術書。
VTuberの歴史、ビジネスモデル、エンターテイメント性、存在論に関する哲学的思考まで網羅している。

VTuberの儒烏風亭らでん氏と哲学研究者山野弘樹氏の対談で知った。

儒烏風亭らでん氏は、これまでの VTuberの主な活動である、歌、ゲーム、雑談の他に学術的な内容を扱っておられる。
自身の専門分野である美術の解説や専門外の分野の識者との対談などの活動で、これまで多くのVTuberがターゲットとしていなかった層の視聴者を増やしている。

この書籍は、哲学研究者山野弘樹氏との3時間に亘る配信の中で紹介された。

定義
この書籍でVTuberのバーチャル美少女ねむ氏のVTuberの定義3要件が紹介されている。

  1.  アバター活動:アバター技術を利用して,バーチャルキャラクターとして動画配信・ライブ配信・静止画配信等で情報発信活動をすること(後述するように,活動するプラットフォームをYouTubeに限定して語る意味はないと私は考えている)
  2. インタラクティブ性:ライブ配信やSNS(X(旧Twitter)が使われることが多い)等を通じてキャラクターとして視聴者と双方向にコミュニケーションをとること
  3. 自己同一性:キャラクター設定として統一された個性と名前を持って継続的に活動し,中の人(声優)としてではなく,「生きた」バーチャルキャラクターが実際に存在するかのように振る舞うこと

この投稿で「VTuber」は上記↑の定義を使用する。

配信者とモデル(中の人とアバター)
3名の哲学研究者が「VTuberは如何なるものか」についてそれぞれの説を述べておられる。
哲学研究者の諸説で共通している認識は、配信者とモデルは一体であるということだ。

キズナアイさん(書籍の表紙の人)を初めて見たときに、配信者(中の人)とモデル(アバター)は分離していると思った。
「アニメのような」とか「初音ミクみたい」と言う人たちは、配信者とモデルは分離している思っているのだろう。

アニメのキャラクタと声優は別の名前と個性で活動しているが、VTuberは統一された個性と名前で活動している。
また、アニメキャラクタの声優は、台本通りに演じているが声優の意思で言葉を発しているわけではなく、アニメのキャラクターに声を操られている存在と見ることができる。

初音ミクはボーカロイドソフト、およびソフトを使用したバーチャルシンガーだ。
一見、歌をメインに活動するVTuber(VSinger)のようだから、VTuberを「初音ミクのような」と感じる。
初音ミクを構成するのは、楽曲を提供する人(ボカロP)と、ダンスなどの動きを担当する(モーションアクター)だ。
初音ミクミクは、ボカロPの指示どおり歌い、モーションアクターと同じように踊る。
つまり、初音ミクには意志はなく、ボカロPと、モーションアクターに操られる存在だ。

つまり、アニメキャラクタと声優や初音ミクとボカロP、モーションアクターは、分離しているので、VTuberとは異なる存在だ。

今後のVTuber
VTuber界隈では6年も活動していれば古参と呼ばれるほど変化が早い界隈だ。
ようやく世間に認知され、一過性の流行りではなくなりつつあるから、哲学的に存在論について議論する価値がある。

昔々、歌手、役者、芸人など表現者は鑑賞者と空間・時間を共有していた。
放送技術の進歩により空間を共有する必要がなくなった。
次に、録音、録画技術の進歩により、時間を共有する必要がなくなった。

初期のVTuberは視聴者と空間・時間を共有しない動画投稿が多かったが、最近VTuberは視聴者と時間を共有する配信が多い。
一方で、奏みみさんや七海うららさんのようにライブの臨場感を志向するVSingerは空間と時間を共有するために、リアルな姿で活動している。
リアルな姿になると、VTuberに対応した設備がない小規模のライブハウスで活動できるメリットもある。

今後VR技術が普及すると、視聴者もアバターとモーションキャプチャを使用してVTuberと同じ空間と時間を共有できるようになる。
VRを使用すると、距離を超えられるので小さいライブハウスでなくても、VTuberのまま臨場感を保ちながらライブができる。

視聴者もアバターとモーションキャプチャを使用して参加するようになると、配信者とモデルは一体化しているのか分離しているのか明らかになるだろう。



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