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2024年4月22日 (月)

心に折り合いをつけてうまいことやる習慣

心に折り合いをつけて うまいことやる習慣
 中村恒子 奥田弘美
 株式会社すばる舎

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中村恒子先生は、
抱えているもの、背負っているものをできるだけ下ろして、軽く生きておられるように見える。

そのような生き方ができるようになるまでには、語られていない多くのご苦労があったのではないかと思う。

いまかかえている重いものは誰かが降ろしてくれるわけではなく、自分で下ろすしかない。
下ろせないなら、向き合うしかないけれど、必要以上に苦しむ必要はないということか。
年の功だなあ。

私の座右の銘の一つは、「一隅を照らす存在になれればよし」というものです。
 成功や活躍せずとも、自分の置かれた環境で一隅を照らしていければええ。そんな考え方です。
 職場でも、家庭でも、自分のまわりにいる人に温かい光をささやかでも送れればそれでええやないかと思うのです。

とおっしゃる。

11年前に、一隅を照らす(2013/04/04)について書いていた。
読み返してみると、自分の考え方より中村恒子先生の方が軽いなぁ~と思う。
(「軽い」は軽薄ではなく軽やかという意味)


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2024年3月24日 (日)

会社を正しくデジタル化する方法 <必要なのは経営マインドを持った幹部候補>

会社を正しくデジタル化する方法 鈴木純二 株式会社日本実業出版社

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デジタル人材の不足と経営者の理解が不足している中小企業でデジタル化を進めるための指南書。

今流行りの「DX」というフワフワした言葉を使わず、「デジタル化」と言う言葉を使っているけれど、内容は「DX」に必要な考え方が盛り込まれている。

紹介されている例は、バックエンドの業務改革だ。
バックエンドの業務が紙とハンコと電卓と電話を使った昔ながらのやり方で、業務もフローも昔のままでは「DX」は難しい。
このような状態で今流行りのクラウドサービスを導入しても、かえって負担が増える。よくある話だ。
「DX」に失敗する原因は、経営者(層)がICTへの理解が不足していることもあるが、社員の意識が変わらないことも大きな要因だろう。

鈴木氏は、デジタル化人材について、

ややもすると、「デジタル化人材=技術者」と誤解されがちですが、顧客接点改革によるカスタマーサクセスを実現するデジタル化に必要なのは、技術者ではなく、経営マインドを持った幹部候補です。

とおっしゃる。
デジタル化は経営課題だから、デジタル化するには経営マインドを持った社員が必要だ。
鈴木氏があえて幹部候補としたのは、デジタル化は一過性のものではなく、継続が必要だから、恒例の経営者ではなく、次にデジタル化を主導する幹部候補が必要という意味なのだろう。

もちろん、デジタル化するために技術者が不要という意味ではない。
デジタル化に必要な技術を持った技術者や、部門があるに越したことはないが、中小企業では、技術者やIT部門がある企業は稀だろう。
しかし、技術はアウトソーシングが可能だから、デジタル化しようとする中小企業では、技術者は不可欠ではないという意味だろう。

ちなみに、IT担当やIT部門がDXの抵抗勢力になることはよくあることだったりする。


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2024年2月11日 (日)

なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか

なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか
〝ゆるい職場〟時代の人材育成の科学
古屋星斗
日経BP

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今時の若者に対して感じていることとをアンケートを基にしたデータで検証している。
今の若者を世間はZ世代と一括りにするが、到底一括りにはできない多様性があるようだ。

これまでの日本の社会構造は世代の一様性を前提にしてきたように思う。
年寄りたちは、本当は存在しない一様性を前提にZ世代を理解しようとしているため、これまでにない世代ギャップを感じているのではないだろうか。

古屋星斗氏は

「やりたいこと」や本人の希望を尊重しそれを過剰なほどに求める現代の学校教育に始まる状況は、それが〝ある〟若者にとっては最高の環境になりうるが、それが〝ない〟若者には辛く苦しく、〝ある〟若者との差が広がる一方である

とおっしゃる。

◯やりたいこと
進学や就職の際に「やりたいこと」を求められる。
そして、娘が就職する際に「やりたいことは何?」と訊いた。
それは、自分が子供の頃から「職人」になりたいと思い、就職してからも「技能者」に拘っていたから、「やりたこと」が無いことがよくわからなかった。
だから、悪気なく「やりたいこと」をつい訊ねたのだと思う。

特に「やりたいこと」がない人に対して「やりたいことは何」という質問がつらいならば、「とりあえず興味があることをやってみたら」というアドバイスを思い付く。

◯まずは行動してみたら
ところが、古屋星斗氏は、今時のマネジャーは「まずは行動してみたら」「やればわかるよ」と伝えるよりも「行動のための言い訳」を提供することを提案しておられる。

◯マネジャーの成功体験
「行動のための言い訳」としてマネジャーの成功体験は有効ではない可能性は高い。
昔の成功体験に普遍性はないから。

マネジャー自身に「やりたこと」があったか、なかったによらず、マネジャー自身の成功体験、失敗体験に拘らず、「行動のための言い訳」になりそうなネタを見つけて提供することが必要なのだろう。


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2023年12月24日 (日)

苦しかったときの話をしようか <働くことの本質>

苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」
 森岡毅 ダイヤモンド社 (2019/4/10)

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就活中の我が子に向けた人生の指南書。
自分の価値観を整理するために、自分の頭の中を文章として出力するのは有効だ。
とても、ここまで整理できない。

森岡毅氏は

自分が主役の人生を送りたいならば、ゾンビが平和に暮らしていた昭和のファンタジーにつきあっていてはいけないし、自分の職能を自分以外の誰かに決めさせてはいけないし、プロを育てない組織に身を委ねてはならない。一人の人間として、一人のプロとして、特徴を活かすことでキャリアを自律していかねばならない。

とおっしゃる。

長年働いていれば、成功も失敗も体験する。
理想もあるし、現実も知る。
それが、自分の働き方、生き方だ。

その働き方や生き方は一般的でも普遍的でもなく、その人独自の特殊な例だ。

そもそも、t他人とは時代背景や環境が異なる。

ところが、人は自分を否定したくないので、自分の生き方を一般的・普遍的なものだと思おうとする。
それは、仕方のないことだ。

問題は、一般的でも普遍的でもない価値観を、伝えてしまうことだ。

40年以上働いてきた。
その大半の30年はいわゆる「失われた30年」だ。
行政が無策であったことは否めないが、その30年を働いてきた者もまた無策だったと思う。

つまり、我々の世代は、環境が変わったのに失わる前の昭和的な価値観を変えなかったから30年を失ってしまった。

子供たちは、失われてしまった社会で働かなければならない。

もう、昭和的な価値観は、時代に合わないのに。

我が子の将来を想うならば、昭和的な価値観を、さも普遍的であるかの如く伝えてはならないと思う。

それは、昭和的な価値観を我が子に伝え、失われた30年にしてしまった年寄りの後悔でもある。


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2023年7月30日 (日)

仕事がなくなる! <その成功例に普遍性はあるのか?>

仕事がなくなる! 丹羽宇一郎 株式会社幻冬舎

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長く生きていると数えきれないくらいの失敗を経験する。それは成功の数とは比較にならないくらい多い。

成功者は、失敗を分類、分析、一般化して失敗しないようにしているのではないだろうか。
多くの失敗を試行錯誤で克服して成功した場合、多くの失敗と1回の成功を経験することになる。
他人の参考になるのは、多くの失敗と失敗を克服した過程だ。

ところが、成功者は、自分に特有のしかも少ない経験を、一般論化して普遍性があるかのように語りがちだ。
しかも、何十年も前の成功体験が環境が変わった現在でも普遍性があるかのように語ってしまう。

そして、多くの人は成功者のわずかな成功例に着目しがちだ。
それが、数少ない成功例が巧みに一般論化してあっても参考にしてしまう。
人は、辛い思いをした失敗体験より、成功体験を語りたがるものだから、受け取る側が取捨選択しなければならないのだろう。

この本で引っかかったのは、

今後は、マニュアルに沿ってなされる仕事はすべて、AIが行うようになります。どれだけ仕事に自分の気持ちを込められるか、どうすれば顧客を感動させられるか。そのようなことを真剣に考えて、主体的に取り組まない限り、今の仕事を続けることはできなくなるでしょう。
 脅すつもりはありませんが、

の部分。

直感的には正しいような気もするが、よく考えると、昭和の高度成長時代に一般的だった、終身雇用と所得は増加するという前提に依存しているような気がする。

話は変わるが、
かなり前に、マクドナルドは「笑顔0円」というCMを流していた。
自分の行動様式を思い出してみると、笑顔の店員さんがいる店を選ぶ可能性はかなり高い。
つまり、対面での接客では、笑顔はかなりの価値があると思う。

ところが、その価値の対価は支払われないのである。
笑顔がすてきなマクドナルドのバイトさんの方が時給がが高いという噂は聞いたことがない。

マクドナルドに限ったことではなく、日本の社会全体に言えることだが、目に見えない価値に対価を支払わない。
「お客さまは神様」とか「お値段以上」などのスローガンはほぼ、社員の目に見えない価値を売り物にしながら、その価値に対価を支払っていない。

では、従業員はなぜ対価が支払われない価値を提供してきたのだろうか?
それは、昔は終身雇用と所得は増加するという社会背景があったからだろう。
おなじ職場で長く働けば、「笑顔」の対価を回収することができるだろう。
しかも、昭和の高度成長時代、バブルの時代には、評価によらず給料が増えていた。

つまり、
古き良き時代には、直ちに「笑顔」の対価が支払われなくても、長期的に回収することができたのだ。

ところが、浅ましい経営者は、それを短期雇用の従業員に求めるようになった。
長期雇用なら対価が回収できる価値を短期雇用に求めるのは、搾取だ。

また、

その人にとってコスパやタイパはよくなくとも、達成感や満足度が高く、社会の役に立つことは、いくらでもあるからです

とタイパやコスパに拘るべきでないとおっしゃる。
確かに、古き良き時代にはタイパやコスパに拘らない生き方ができた。
しかし、古き良き時代社会背景を前提にした、成功例が、AI時代に適用できるのだろうか?

成功した経営者は、
若い人、雇用される人に対して、今の時代でも普遍性がある成功の秘訣を伝えてほしい。
古き良き時代社会背景を前提にした働き方で幸福になると伝えるのはミスリードだ。

また、
現役の経営者にむけて、時代背景が変わっても、目に見えない価値に対価が支払われる社会、タイパやコスパにこだわらない働き方ができる社会、を実現する極意を伝えてほしい。


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2023年7月19日 (水)

読書感想文 <読書感想文用に作ってしまえ>

「夜のピクニック」読書感想文をプロが書いた結果
書評家・三宅香帆さんが課題図書の定番に挑戦
三宅 香帆 東洋経済 (2023/07/09)

三宅 香帆 氏は、褒められる読書感想文を書く方法として

① 自分の嫌いなモノについて書いた本を選ぶ
② その本を読んで「嫌いだったモノが、好きになった」内容の感想文を書く

を勧めておられる。

なるほど、自分が好きな内容は共感したり感動したりするが、なかなか文章にできない。
嫌いな内容は、批判的に読むので、文書化しやすいのかもしれない。

子供の頃、読書感想文は苦手だった。
子供の頃この方法を知っていたらどうだろうか?

嫌いな内容の本はそもそも手に取らないし、最後まで読めないと思う。

閑話休題

誰でも簡単に「褒められる読書感想文」を書ける手法があります。

は、キャッチーだ。
更に

読書感想文とは、「この本を読んで、私はこう変わりました」と言えばいいジャンルの作文だから。

とおっしゃる。
更に畳み掛ける

しかし、なかなか読書して良い人間に変わる体験なんて、めったにあるものではありません。ならば、読書感想文用に作ってしまえばいいのです。

三宅 香帆氏は、読書感想文は感想を書く必要はなくて、先生の好むパターンで書けば良いとおっしゃる。

痛快だ。

三宅 香帆氏はこの記事を子供達ではなく、大人向けて書いているのだろう。
だから、子供達に対する裏ワザ指南ではない。
この記事の冒頭の感想文に込められた、本当の感想は、

本を読んだくらいで、嫌いな運動が好きになるわけがない。

ではないだろうか。

本来本を読んだ感想は自由だ。
他人の感想に優劣を付けるなど、思い上がりも甚だしい。
というのは自分の意見だけど。


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2023年6月 7日 (水)

トビウオが飛ぶとき

トビウオが飛ぶとき 桑原亮子 株式会社KADOKAWA

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NHKの連続テレビ小説「舞いあがれ」の脚本を書いた桑原亮子氏の歌集。
ドラマの中で、重要な役割を果たした歌や、登場人物が詠んだ歌が収録されている。
すべて、桑原亮子氏の作品らしい。

俵万智氏が解説を寄せている、NHKのあさイチに出演した際にも同じことを言っていた。
脚本家の桑原亮子氏は登場人物がその場面で詠むであろう歌が詠める紫式部のような人らしい。

ところで、
写真がカメラでこの世のある一瞬を切り取るように、短歌もある一瞬を31文字で切り取るのだろう。
短歌は言葉を使うので、その一瞬の心情まで切り取ることができる。

写真も短歌も、それを見たり読んだりした人が心を動かされるのは、同じような景色を見た経験同じような体験から、その時の心が動かされたことを思い出すからではないだろうか。

写真の被写体は実際に存在しているが、小説は必ずしも事実や実体験でなくフィクションでよい。
フィクションかノンフィクションかが問題ではない。感じるのは読者だから。

短歌も同じようにノンフィクションでなくてよいと、この歌集を読んで分かった。


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2023年4月30日 (日)

IT素人を説得する技術 <ヘルプデスクはコミュニケーションの仕事>

IT素人を説得する技術
〜相手を説得し納得させるエバンジェライズ(伝道)の極意
黒音こなみ
株式会社シーアンドアール研究所

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黒音こなみ氏のプロフィールのよると、カスタマーサポートと情報システム部門で社内外でIT関連の問い合わせに対応してきたらしい。
そして、

ヘルプデスクはコミュニケーションの仕事だ。

とおっしゃる。
IT素人と関わる人に伝えたい十か条は

IT素人と関わる人に伝えたい十か条
 一、 はじめの一歩は、助けが必要
 二、 専門用語は、まず説明から
 三、 あなたが怒ると、相手も怒る
 四、 きっと、一度には覚えきれない
 五、 きっと、一回では覚えられない
 六、 やり方を押し付けるより、やりやすい方法を探してみる
 七、 万能ではないけれど、便利だと伝える
 八、 便利と一緒に、危険も伝える
 九、 あなたが我慢するのは、解決ではない
 十、 みんな、最初はIT素人

らしい。
時にヘルプデスクとして質問を受け、時にメーカーのヘルプデスクに質問する立場だから、どちらの気持ちももっともだと思う。

昔、技術部門で仕事をしていたときは、ユーザから技術的な質問を受けることがあった。
専業ヘルプデスクでなかったので、この本に書いてあるような素人からの質問に辟易し、ぞんざいな対応をしていたように思う。

質問されたことに答えるのではなく、質問者と一緒に問題を解決するようにすると、うまくいくことは多くなるのだが、どうしても、うまくいかなことがある。
質問者の目的は、不具合を解消することではなくて、自分の業務を遂行すること、目的を叶えることだ。
しかし、質問者とヘルプデスクが同じ会社にあれば、最終的な目的は同じ(はず)だ。そこから始めると、円滑なコミュニケーションのはずだ...
ヘルプデスク業務を外注している場合、ヘルプデスクの業務は質問者の不具合を解消することだから、ゴールが違うことはよくある。

ユーザがいつも使えているサービスや機器がいきなり使えなくなるとかなりのストレスを感じる。
だからだろうか、ヘルプデスクや情シスへの相談は、大半が通常の精神状態ではないようだ。

理性的な人は、早く復旧させたいと思っているので、コミュニケーションに困ることはないのだが、理性を失った人は、受話器越しにイライラが溢れる話し方なので、冷静なコミュニケーションを始めるまでに手間取ってしまう。

メーカーやプロバイダーなどの相談窓口に電話すると、流石にプロの対応は違うと感じる。
資料やFAQが整理されているのだろう、オペレータ個人の技術力に頼らない仕組みがあるのだろう。
気を効かせて、エラーメッセージや初期診断など必要と思われることを調べて、電話するのだが、素人に聞くような質問が続くと、つい、「それはも調べたヨ!」と思ってしまう。
しかし、オペレータにしてみれば、電話をかけてきた人が、社内のヘルプデスク担当なのか、IT素人なのかは分からないから仕方がない。

効率よく解決するには、オペレータに主導権を渡すことだ。
調べたことを全て、一気に伝えようとしてはいけない。
尋ねられたことを的確に返すと効率が良い。プロの仕事に触れると、不具合のストレスを忘れて清々しささえ感じる。

ヘルプデスクでも質問者でも、良好なコミュニケーションに心がけよう。


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2023年4月 9日 (日)

「置かれた場所で咲きなさい」に共感する人たち <置かれた場所から一歩踏み出そう>

「置かれた場所で咲きなさい」と言うリーダーは無責任 必要なのは「便所のネズミ」話 GLOBE+ 桃野泰徳  (2022/08/06)

「置かれた場所で咲きなさい」この言葉は人それぞれの価値観や置かれた状況によって様々な解釈がある。
渡辺和子氏の著書がこれだけ売れているところを見ると、共感する人が多いのだろう。

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著者の渡辺和子氏はキリスト教の聖職者でその言葉の解釈は著書のとおりだ。聖職者としての覚悟がある。

この言葉は、雇用する側、管理者にとって都合の良い言葉だ、労働環境や生活環境に起因する問題があっても、不便や不利益を被る側に我慢や努力を求めることができる。
だから、経営者や管理者がこの言葉を使うと、胡散臭さを感じる。

この言葉を使うリーダーは無責任と断じる桃野泰徳氏は経営者で雇用する側だから便利な言葉だ。
しかし、この言葉の使用を真っ向から否定する。
経営者として、便利な言葉に安易に頼らない覚悟を感じる。

さて、
この言葉に共感した人は聖職者や経営者だけではないだろう。
雇用される側、管理される側の多くの人たちがなぜ共感するのだろうか?

想像するに、
現状を変えたくない、今の場所から変わりたくない、と思っている人が大多数ではないだろうか。
この言葉は。現状に閉塞感や息詰まりを感じていながら一歩踏み出すことができない自分を肯定することができる。

つまり、
渡辺和子氏の解釈に共感しているのではなく、踏み出せない言い訳として使っているのではないだろうか。



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2023年3月 7日 (火)

脳の闇

脳の闇 中野信子 新潮社

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中野信子氏は、前書きで

本書は表面だけ読んでもそれなりに読めるようにはしたつもりだが、本意は声にならない声を聴くことのできる人だけが読めるように書いた。

と読者に警告を与え、あとがきで

本書を理解することが困難な人がもしいたとしたら、あなたの知的水準がいまいちなのは私のせいではないので、どうかそのことだけはご理解いただきたい。

とどめを刺すのだが、もともと、行間は読めない性格だから、中野信子氏の本音はわからない。

「第七章 女であるということ」で田中みな実氏についての記述があって、ベタ褒めのように読める。

田中みな実氏は、アナウンサー時代に、アナウンスや司会進行技能よりも、容姿や所作で注目を浴びていた印象がある。
「あざとさ」が批判されることもあった。転職してからは「あざとさ」を止めて「ストイックさ」を感じる。
「あざとさ」が男性にウケ、「ストイックさ」が女性にウケているのは、女性としての容姿を活かした戦略なのだろう。(と中野信子氏は思っている)(のではないかと思う。)

一方、中野信子氏は研究者だ。研究者は性別に関係なく研究成果や論文で評価されるべきだ。
ところが世間は、職業にかかわらず、先ず性別ありきで評価する。

中野信子氏は

女には二つの選択肢がある。女であることを感じさせないように生きる回避的な方法と、テストステロンが充満している男たちの、女への視線を利用する戦略。

とおっしゃる。
前者は、キューリー夫人や中野信子氏自身で、後者は田中みな実氏であろうことはわかる。
しかし、表面をそれらなりに読んだだけでは、この章の結論が分からない。知的水準がいまいちなのだろう。

そうそう、知的水準がいまいちなのは中野信子氏のせいではない。


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