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2026年1月 6日 (火)

今時の50歳(その2) <AIさんに訊いてみた>

Xに投稿された記事をネタにブログを書いた。
今時の50歳(その1)

ネタにした元投稿に違和感があり、感想を書いて、思考を整理すると違和感が増してきた。

元投稿を読んで感じることは、良く書けていて、まるでドラマのワンシーンのようだということ。
登場人物は、仕事ができるけれど、社内政治に疎く左遷され、自嘲的な台詞を言う、という年寄りが感情移入しそうなシーンが目に浮かぶ。
しかし、40年以上働いてきて、こんな分かりやすいシーンに出会ったことはない。

Geminicopiotchatgtp

もしや、AIの出力ではないか?と思い、
・論理展開の完全性
・文体の揺れ
・独自性
という観点で、AIの出力にありがちな特徴があるかAIさんに訊いてみた。


【結論を先に】
・AIさん曰く、元投稿はAIで生成した特徴がみられる。
・AIさん曰く、自分が書いた感想文もAIっぽいとおっしゃる。
・AIを使う/使わないではなく、足りない能力を補い、優れた能力を伸ばすためのツールと考える。


元記事に対するAIさんの見立ては以下のとおり。

【Geminiさん】
この文章は、**「SNSで共感されやすい要素(哀愁、教訓、意外な弱音)をAIに組み込ませて出力させたもの」**である可能性が濃厚です。

もしこれが人間による執筆だとしたら、その人は「自分の体験を語る」ことよりも、「いかに効率よく他人の感情を動かすか」を熟知した、プロのライター(あるいはAI使い)であると言えます。

【ChatGTPさん】
・AIが下書きを生成し、人間が軽く手直しした可能性:中〜高
・完全なAI自動生成:中
・人間が体験を元に書いた文章:十分あり得る

特にAIらしい兆候
・構成が崩れない
・主張が綺麗に「教訓」に着地する
・読み手の共感を外さない安全な表現選択

一言でいうと、「よく書けすぎている」のが、最大のAI疑惑ポイント。

【Copilotさん】
・構成が整いすぎている
・文体が均質で揺れが少ない
・テーマが典型的で既視感が強い

これらはAI生成文にしばしば見られる特徴。

ただし、
「文章が上手い人間がSNS向けに意図的に整えた」
という可能性も十分ある。

AIさんの見立てに共通しているのは、

  • 構成が整っている。
  • 典型的で、どこかで見た内容
  • 人間が関与している可能性

これが感じた違和感の正体だろう。

結果を見てわかったことは、

  • 構成や表現の揺れから典型的なAIの出力は判別できるかもしれない。
    データを集めるときに、プロンプトを工夫すると、典型的なAIの出力を排除できる
  • 人の下書きをAIで成形した場合の判別は難しい
    独自性に着目すると、完全AIによる生成は判別できるけれど、人の経験を基にした下書きをAIが成形したものの判別は難しそうだ。
  • プロのライターの出力の判別は難しい。
    プロのライターがスキのない文章とAIの出力の判別は難しそうだ。

ところで、自分が書いた感想もAIに訊いてみた。

【Geminiさん】
この文章は**「人間が作成した可能性が高いが、AIによる校正や構成案の提示を受けた可能性、あるいはAI的な論理構成を意識して書かれた」**ものと推測されます。

補足
もしこれがAIによるものだとしたら、「キャッチーなブログ記事風に、SNSの投稿を批判して」という具体的なプロンプト(指示)を与えられた、かなり精度の高い出力結果と言えます。

【ChatGTPさん】
AI生成の可能性:中程度

人間が書いた思想・問題意識を土台にしつつ、
整理・一般化・論理補完の段階でAI的な特徴が混在している印象。
・人間が書いた原案や考えを、AIで整理・再構成した可能性
・もしくは 「AIっぽさを抑えたAI生成文」

【Copilotさん】
・論理展開 ★★★★☆ 過度に整理されている
・文体の揺れ ★★★★☆ 随筆と評論が混ざる不自然さ
・独自性 ★★★☆☆ 一般論の寄せ集め感が強い

人間が書いた可能性ももちろんあるが、
「AIが書いた文章を人間が少し整えたような印象」も受ける構造になっている。

AIさんの見立ては
人間の下書きをAIが校正、再構成した。
または、AIが書いた文章を人間が整えた。
らしい。(★全て人間 σ^^) が書きました)

【考えた】
50代60代の働き方についてはたくさん書いてきたし、多くの文章を読んできた。
だから、元投稿に既視感があったのだろう。
それだけではなく、それに対する感想も、一般論の寄せ集めのようになってしまったのだろう。

AIを使用することが悪いわけではない。
実際、ブログで書いてる文章の誤字脱字、"てにおは"のチェックにAIを使用している。
自分が書いた文章をチェックする能力が著しく低いことを自覚しているので、
低い能力は、AIで補えば良いと考えている。

問題を認識して、考えて、わかったことを、誰かに伝えるために、文章を書く。
この過程で、足りない能力はAIで補い、優れている能力はAIで増幅すればよいのだと思う。

見慣れた話題に、つい反応して、駄文を書いてしまったので、別の観点で考えてみた。


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2026年1月 4日 (日)

今時の50歳(その1)

SNSで流れてきた投稿を読んで考えた。

 

50歳で希望せず、閑職に異動した人の お話 だ。

会社はテストじゃない。
正解を書いた人が評価される場所でもない。

誰と、どう折り合いをつけられるか。
そこを読み違えると、どれだけ優秀でも外される。

は、正しいこともある。
しかし、普遍的な正解よりも組織の都合が優先さる、職場に適応すべきだという意味ならば、正しいとは言えない。

このお話には、終身雇用、60歳定年、出世競争という昭和的価値観が前提としてあるような気がする。
また、働き方が変わる前によくあった話のように感じる。

例えば、
50歳で左遷されたら、そこで終わりという価値観はいかにも昭和の価値観だ。
役職定年が導入されている職場では、仕事ができても、できなくても、強制的に役職を剥奪される。
昭和的価値観では役職は重要だが、組織の中でうまく立ち回っても、うまく立ち回ることができなくても、それまで積み上げてきたことの大半がリセットされる。
ならば、左遷されたことを憂いたり、これまでの働き方を悔やむこともないと思う。

さらに、
定年は65歳になり、再雇用などで70歳まで働く人も増えてきた。
登場人物は50歳だから、あと20年働く時間がある。
今時は、5年先でさえ見通すことができなくなっている。ましてや、20年先を予測することは不可能だ。

つまり、
あと20年あるなら、やり直すことは十分に可能だと思う。
組織に適応した評価が失われても、汎用的な能力が失われるわけではない。
今時の50歳は、自分の過去に恋々とするには早すぎるのだ。

つづく... その2は別の観点で。


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2025年6月23日 (月)

労働者の価値 <時価vs骨董的価値>

最近、転職した人の話をよく耳にする。
Gemini

例えば、望まない異動は転職のきっかけとなるが、望まない異動に従うことにはメリットもデメリットもある。
昔と違って、メリデメの判断が逆転する人が増えてきたのだろう。

組織と個人の利害が相反したときに、転職する(できる)選択肢があることは良ことだと思う。
いずれかを選択しても、その結果は自分自身が引き受けるしかないのだから。

閑話休題

労働者の価値には、何を知っていて、何ができるかという「時価」と、過去の実績や経験、人間関係などの長期間積み重ねてきた価値がある。
(良い言葉を思いつかなかったので「骨董的価値」と呼ぶことにする)

「時価」は、相場だから、需要と供給で決まる。
だから、いくら高いスキルを持っていても、需要が無い場合や供給が多い場合は、時価は安くなる。
一方、高いスキルが無くても、需要が多い場合や供給が少ない場合は、時価は高くなる。

「骨董的価値」は、積み重ねだから、需給によらず働いた期間によって決まる。
多くの経験により得た暗黙知もこの価値に含まれるので、今現在価値が無いという意味ではない。

年功序列の組織は「骨董的価値」を重視し、能力主義の組織は「時価」を重視していることが多い。
一般的には、年齢とともに「時価」が下がり「骨董的価値」が上る。
時価で働きたいと思って働いていても、ふと気がつくと「骨董的価値」で評価されていた経験がある。

長く働いていると、病気や怪我で体を壊すこともあるし、借金や学費で収入を確保しなければならないこともある。
そのようなときには、「骨董的価値」での評価はありがたいと感じる。

定年後再就職すると「骨董的価値」はほぼリセットされ、自分の時価を痛感した。
定年後に「骨董的価値」で再就職できれば良いが、「時価」で評価される場合は、ギャップを感じる。
IT関係の技術者は人手不足と言われているが、不足しているのは、デスマーチに耐えられる人材のようだ。

「好き好んで年寄を雇うところは無いヨ」と自虐的に言う人は多い。
しかし、自分のスキルを棚卸しして(特に暗黙知や非認知能力)みると、思いの外「時価」が高かったり、リセットされたと思っていた「骨董的価値」が残っていたりすることがわかった。

偶然「1人情シス」の仕事に就いたのだが、情シス関係の仕事を1人で一通りこなせる人が少ない(希望する人はいない)、つまり供給が少ない。大幅にスキルが上げたわけではないけれど、供給が少ないから、「時価」が高かったのだろうか。

油断すると骨董的価値に頼ってしまうけれど、骨董的価値に頼らず、新しい価値を提供したいと思う。


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2025年2月27日 (木)

適性とか適職とか

適性とか適職ってホントにあると思う? しばたともこ@キャリアコンサルタント note (2024/12/5)

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しばたともこ氏は適職について、

今仕事が合わなくてつらくて、これは適職じゃないのかも、と思うのはよいが、どこかに適職ってやつがキラキラ待っててくれるってことはなくて、そっちを見るまえに

「仕事内容」「人間関係(環境)」「役割(期待)」の要素を一つ一つ探っていって、何がどう合わないのか、何がどうつらいのか、それはどう解決の方向があるのかを一緒に考えよう。

とおっしゃる。

娘たちが就職する際にはしきりに「自分探し」や「適職探し」をやっていた。
40年前くらいに就職するときには「適職」など考えたこともなかったが、働く前から「適職」があるものという暗黙の前提を疑わなかった。
還暦を過ぎて転職する際に「適職探し」をやったら、見事に見つからなかった。

そもそも、ジグソーパズルのラストピースのようにぴったりはまる仕事はなかなか無い。

しばたともこ氏は、

適職=自分はこの仕事していて楽しいし周りの役に立てているって思える、くらいのこと。

とおっしゃる。

この条件でも選べなかったら、
 自分はこの仕事をしていると楽しくない、または、周りの役に立っていないと思う仕事
を選択肢から外してみたら、選択肢はかなり少なくなると思う。

じゃあ、今の仕事が、
 自分はこの仕事をしていると楽しくなかったり、周りの役に立っていないと思う仕事
だったらどうするか?

・自分はこの仕事をしていると楽しくない、しかも、周りの役に立っていないと思う仕事
だったら、ほかの仕事をしてみるのも良いと思う。

自分はこの仕事をしていると楽しくない、または、周りの役に立っていないと思う仕事
・自分はこの仕事をしていると楽しい、または、周りの役に立っていると思える仕事
だったら、続けてみるのも良いと思う。


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2021年6月28日 (月)

ICT部門に求められること 

 以前働いていたICT部門が再編・縮小されるという話を聞いた。

 その部門は、CTの土管から、ITのコンピュータシステムまでカバーする部門だ。ここまで広い分野をカバーできる部門は貴重だ。
しかも、世の中は猫も杓子もDXだし、DXに必要な要素技術は持っている。
なのに、再編・縮小されてしまうようだ。

 

 ところで、4月から転職して「ほぼ一人情シス」をやっている。
昔、UNIXとWindows95のころ小さな事業所で「ほぼ一人情シス」をやっていたことがある。その後、情シス部門に異動した。正直、大きい情シス部門は楽しくない。

 4月に転職する際に情シスと聞いて、面白くなさそうだとためらった。しかし、やってみると「ほぼ一人情シス」は結構楽しい。
今時もうUNIXはない。ユーザ管理はAzureAD、グループウェアはMicrosoft365だ。Azureは知らないことが多すぎてダンジョンみたいな感じで日々新しい発見がある。

 そしてもう一つ発見したことは、情シスに求められているのは管理ではなく問題解決だということ。

  • 課題を解決すること
  • 課題解決をサポートをすること

が求められている。

 今時は、業務の課題を解決するために何年もかけてシステムを作る時間的余裕はない。時代の変化は速いのだ。
さらに、流行りはノーコード、ローコードプログラミングだからコードが書けなくてもよいし、AIやRPAは開発する必要はなく部品感覚で使えるサービスがあるから、問題の整理と課題の抽出ができれば、技術者でなくてもちょっと勉強すれば課題が解決できる環境が整ってきた。

 つまり、今重要視されているのは技術力ではなく問題解決能力。現状維持マインドではなく変革マインドだ。楽しくないと思っていた「ほぼ一人情シス」が結構楽しいのは、前々職で問題解決法や組織風土改革に取り組んでいたことが影響しているのではないかと思う。解決できそうな問題があって、自分で解決できそうな手段がある。そして何より、解決のために行動することができると、結構楽しい。

 ところで、冒頭に書いたICT部門が再編・縮小されるのは、現状、時代の流れに対応できてなくて、今後も対応できそうにないと経営層が判断したのかもしれない。


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2021年6月15日 (火)

言語化する

キャリアの棚卸しは毎日やれ! 能力に気付く努力が必要 伊藤羊一 (2020/3/11)

何か行動すると、必ず言語化する。これはどういう意味があるんだと。取材を受けた後、何であの話をしたんだっけ、とか、会社の研修に呼ばれて講演したとき、何であの話はウケたんだろう、とか。それを言語化して気付きがあれば、次に生かせますよね。それは、仕事に対してだけではなく、人生に対しても同じです。

 考えたことを言語化することが重要なのは伊藤羊一氏が指摘するとおりだ。

 転職する前に若い人を相手に研修の講師をしていたときに、雑談で技術者・技能者として生きていくための考え方を話していた。(狙って脱線していたんだけど) 自分のキャリアを考え始めた人にはウケるのだが、10年先も今のままと疑わない人にはウケなかった。ナニイッテルノ?コノオジサンという反応だった。

経験を振り返りながら言語化していると、必ず新たな気付きがあるんです。ある意味、講演や取材など自分の経験を言語化する機会を強制的につくっているようなものです。

 技術者・技能者としての価値を保つ方法は、若い人に話すために考えたわけではなく、自分が迷っていたから考えたことだ。 それを、講演や講義など誰かに話そうとすると必然的に言語化しなければならないから、自分の考え方を見直す良い機会だった。

 人前で話す機会が無いならBlogなどに書いてみるのも良いと思う。思いついたことを書いて、後日読み直すと自分の考え方が妥当か客観的に判断することができる。

 整理した考え方を基に自分のキャリアを考えてみたら、転職という選択肢があることが分かったのだが、なかなか決心できなくて最後は伊藤羊一氏と同じように、

最後は“follow your heart and intuition”という、スティーブ・ジョブズが言ったようなことに従うしかなかった。

だった。


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2020年11月17日 (火)

一生使える技術? <惑わされないように>

一生使える技術を身につけ、あなた自身の力で勝ち取る人材に
大変革時代!人生を変える新たなスキルを身につけろ!
(https://www.arciszewska.com/society/lp02/)

 今後、多くの仕事がAIやロボットに代替されていきます。そこでAIやロボットなどに代替されない人間しかできない仕事はとなると、テクノロジーを使って課題を解決したり、何か新しいものを創造するといった仕事になってきます。

とおっしゃる。 これは間違っていないと思う。

 だから、IT(情報技術)を学び理解するために、まずはプログラミングを学ぶことを勧めている。技能習得サービスの広告記事だから、プログラミング技能修得を薦めるのはわからなくもない。

 しかしだ。

 40年技術の世界で働いてきた経験では、「一生使える技術」があるとすれば、それは「新しい技術を短期間で習得する技術」だろう。 決してプログラミング技能ではない。

 「プログラミング」は文脈によって「プログラミング技能」とも「プログラミング的思考」ともとれる。義務教育で始まったプログラミング教育は後者だ。「プログラミング技能」は技能で「プログラミング的思考」は、ものの考え方や思考様式だからどちらが長く使えるかは言うまでもない。

 IT業界で職を求めるときに、「プログラミング技能」は評価される。しかし、「プログラミング的思考」は評価されないだろう。評価しようがない(雇用側に評価できる者がいない?)のだ。

 IT業界には「プログラマー35歳限界説」という伝説がある。プログラミング技能を習得しているがプログラミング的思考を修得していない者は10~15年働くと燃え尽きてしまうのだ。 だから、いつまでたってもIT技術者の不足が社会問題になったままだ。そこで、政府はようやく義務教育でプログラミング教育を始めたのだろう。
 
 今後働き方は変わるから、稼げる技能がなくなった者は、なんとなく会社にしがみついて人生を過ごすことができなくなるだろう。だから、新しい技能を習得しなければならなくなる。

 そのときに、「一生使える」に踊らされないようにしなければならない。

 プログラミング技能を学んで首尾よく職を得たら、仕事を通じてプログラミング的思考(思考様式)を習得すれば一生使えるだろう。


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2020年11月 2日 (月)

定年後も働きたい。 

定年後も働きたい。 人生100年時代の仕事の考え方と見つけ方 松本すみ子 ディスカヴァー・トゥエンティワン

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人生100年時代という言葉がよく聞かれるようになった。来年から人生100年時代になるわけではないとはいえ、60歳のオジサンの平均余命は22.84年だ。60歳の定年後、5年再雇用で働くと18年くらい隠居生活が待っている。18年は結構長い。定年が5年延びても素直に喜べない。

 先輩たちのような生き方はもうできないから、生き方を変えなくてはならない。そのためには、まず、オジサンが意識を変えなくてはならないのだろう。

 松本すみ子氏は、

  • 長寿とは、何もしない時間が長くなることではなく、社会のために生きる時間が長くなること。
  • 働きたければ、再雇用だけを当てにせず、自分から動くことが大切。
  • 自分の経験と知恵を生かせる職場や環境を探そう。
  • 即戦力として自分自身を生かせる機会を探そう。
  • 定年後の生き方が定まっていないなら、むやみに焦らず、悩む時間を意識的に作ろう。
  • ただし、考える期間はせいぜい半年から1年に。それなりに悩んだら、まずは動いてみて、そこから軌道修正していこう。

とおっしゃる。

 この本では触れてないのだが、ローンはとても重要だ。50歳を過ぎて、あるいは60歳を過ぎてから、真剣に次の仕事を考えようとした時にローン残額の制約は大きい。

 35年の住宅ローンを組んでいると60歳で返済が残っていることが多く、退職金で一括返済すると老後の資金が足りなくなるので、次の仕事を選ぶ時に、収入で選んでしまう。 いきなり収入が1/3になるとローンが支払えなくなるから、働かないおじさんと言われようが妖精オジサンといわれても我慢してしまう。

 一番の問題は、35年ローンを組むのが30代~40代で、定年ははるか先と思っている世代だ。 そして、定年が現実味を帯びてきたときには手遅れになっている。

閑話休題

 60歳で定年して65歳まで働くとしたら、5年再雇用で働くほうが収入は多くなるだろう。 しかし、70歳まで働くとしたら、65歳で再雇用が終わったときの市場価値を考えなくてはならないだろう。

 まあ、今時だから、5年先のことなんてわからないんだけどね。


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2020年9月10日 (木)

50代のキャリアをどう創るかは、いつ考える?

50代のキャリアをどう創るかは、いつ考える? しばたともこ (2020/09/07)

 激しく腑に落ちるのは、キャリアチェンジを経験したからかもしれない。

 柴田朋子氏は40代から準備をしようとおっしゃる。

 余裕があるときから考えた方が良い。50代も後半になって考えると余裕も無いし選択肢も少なくなるし、何より一歩踏み出す勇気が無くなる。

たとえば役職定年の55歳まで長く同じ組織で働いてきて、そこそこ評価もされていたりまあ平和に働いていたような人は、自分が組織に履かせてもらっているゲタに無自覚です(特別な役職にいなくてもです)。いくらいい仕事をしている自覚があっても、それ、そのまま横展開することはできないし、その「実績」と思しきものは、あなた単独になったとたん、タヌキの葉っぱみたいに変身が解けて見えちゃう。

これは、よく言われることだ。50代後半で受講したキャリア・シフトチェンジ・セミナーでも言われた。
そして、本当にそうなった。

 過去の「実績」は近所のスーパーのポイントカードのようなものだ。他のスーパーでは使えないから、引越ししてそのスーパーで買い物しなくなったら紙屑だ。「実績」も同じように他の組織では価値は無い。

 「過去の実績」というポイントを使おうとすると、定年(役職定年)しても再雇用などでその組織に居続けなくてはならない。しかし、(役職)定年後の再雇用でポイントを使い切るとキャリアがリセットされる。

 なんだか実態のよく分からない「過去の実績」で実力以上に評価されていたのが実力通りに評価されるようになるだけなのだが、この事実を受け入れるには準備が必要だ。

 経験では、50代も後半になると「過去の実績」は組織の外では価値は無かった。 経験の中には価値がある経験が混ざっているようだ。しかし、価値がある経験を見極める方法がわからない。面接官にはなれないなあ。

 40代後半から意識的に組織外の人と交流したり、著名人の講演を聞きに行った。 組織の外で話を聞いて組織の外の基準で自分を評価することが必要だと思ったから。それでも、自分自身は客観的に評価できないものだ。そんなときは、自分の組織で評価されている人を組織の外の基準で評価してみるとよい。そして、その人と自分を比べてみると間接的に自分を評価できる。

 この事実を受け入れるまでに時間が必要だから、しばたともこ氏がおっしゃるように、40代から準備を始めた方が良いと思う。


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2020年8月31日 (月)

意外にも30年前の経験が役立った

 客先でICT機器の使い方やアプリの使い方をサポートする仕事に転職して1月が経過した。座学の研修と実務研修で仕事が見えてきた。

 現職は前職の隣接分野で職務経験はないので不安はあった。意外にも、前職で無線関係のフィールドエンジニアをやっていた経験が役立っている。

 無線関係のフィールドエンジニアをやっていたときは、客先に出向いて、偉い人に挨拶して、担当者に故障した機器がないか訊く。 故障した機器があることが事前に分かっていれば取り替える。分かっていなければ、障害箇所を特定して一時対応する。 そして、エリア内に不感地帯ができていないか確認する。

 この仕事をやっていたときに上司や先輩に教えてもらってことは、困ったら本部に電話するということ。一人で全て解決できなくてもよいということだ。 これは今の仕事も同じだ。

 現職は障害箇所の特定は範囲が室内に限定されているから、パイプシャフトや天井裏に入ることもなく、机の下に潜ることもない。作業服を着なくなったのは、ちょっと寂しい。

 現職は業種という観点で見るとフィールドサービスだが、業態の観点で見るとサービス業だ。
自分の知識や知見を提供することで顧客の問題を解決するサービス業であるということ。
そしてサービスの提供は目的ではなく手段であること。 これも前職と似ている。

 ICT関係の知識は隣接分野なので使えるだろうと思っていたが、意外にも40~30年前の経験が役立った。それと、マネジメントをやっていたときに、自分たちの仕事の基本と原則を考えたことが役立っている。

 年寄りも捨てたもんじゃない。

 と自画自賛しておこう。


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