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2015年10月 5日 (月)

幹部育成 <幹部が育たないのは幹部のせい>

幹部があまり育ってない *1 白潟総合研究所株式会社

に幹部育成がうまくいく幹部の条件がある。

  • 【質問1】幹部は社長のゆずれないおもいや考えに賛同していますか?
  • 【質問2】幹部として最高の熱意はありますか?
  • 【質問3】部門で成果を出した実績がありますか?
  • 【質問4】部下から信頼を失う言動をしていませんか?

つまり、「幹部育成」と言う前に、現幹部は幹部として相応しいのか?ということだ。(キビシイな)
更に、どのよう人を幹部に登用すべきなのか *2に、幹部候補になれる前提条件条件がある。

  1.  自部門だけでなく他部門の成果に貢献する意欲・力があるのか?
  2.  今期の成果だけでなく、将来も成果を出し続ける可能性・力があるのか?
  3.  成果を上げているから幹部にするのではなく、徳の高い人を幹部へする。

この条件は、あくまで幹部候補で、前提条件をクリアした者を幹部候補者として選抜して教育した後に、幹部として登用するというものだ。

 成果を上げている人を幹部に登用するのはありがちだ。(御多分に漏れずウチも...)

 成果は客観的に評価することは可能だけど、徳を客観的に評価するのは難しい。
白潟氏は、徳を判断する方法として、孔子の人物観察法を紹介している。
 『論語の読み方/渋沢栄一(三笠書房)』(視・観・察の三つをもって人を鑑別しなければならない)
にあるらしい。その方法とは、

  1. 第一に、その人の外面に現れた行為の善悪正邪を視(み)る。
  2. 第二に、その人のその行為の動機は何であるかをとくと観(み)きわめる。
  3. 第三に、さらに一歩を進めてその人の行為の落ち着くことろはどこか、その人は何に満足して生きているかを察知する。

この方法は、個人が個人を観察するならできるだろうが、客観的ではないから、組織的に実現するには複数で評価しなければならない。360°評価等を使って既存の人業績評価システムに組み込むとできそうだ。

 前提条件をクリアした者を幹部候補者として選抜して教育したのちに、幹部として登用するのは理想的だ。

 官僚的組織では、これまでの「成果や事務処理能力」に着目しているように見える。
官僚組織では上の意思決定を下が実施するのが基本だから、幹部にも事務処理能力が求められ、事務処理能力の高さを客観的に示す指標が成果だから、「成果や業務処理能力」に着目して昇任させるのは建前的には合理的である。

 幹部も更に上の幹部からの指示で行動するので、個人の価値観や「徳」は幹部登用に関係しないことが多い。

 ところが官僚組織にはピーターの法則が適用されるから、各階層は無能レベルに達した者で占められる。また、価値観が異なる者や「徳」がない者が幹部になると組織は機能不全に陥る。

 価値観が異なる者や「徳」がない者は、自己の否定にならないように官僚主義者になり、幹部に必要な要素は「成果と業務処理能力」だと主張する。

 そして、必要な価値観を持った者や「徳」ない者が幹部に登用されるという悪循環に陥る。

 自分より、「徳」が高い者、より組織の価値観と同じ価値観を持った者を、幹部として選ぶと解決しそうだが、自己否定は勇気が必要だ。

 無能レベルに達した幹部は始末が悪いので、無能レベルに到達しない者を幹部に登用するか、登用したあと無能レベルから有能レベルに引き戻すことが必要だ。

 能力は幹部に登用した後でも向上することができる。「徳」は登用した後から高めることができるのか。そこが問題だ。

 人は、価値観を変えることが困難なように「徳」も後から高めることはできないのであろうか?

 長く生きていても分からないことはある。


*1 幹部があまり育ってない(http://www.ssoken.co.jp/theme69.html) ←リンク切れ
*2 どのよう人を幹部に登用すべきなのか(http://www.ssoken.co.jp/theme72.html) ←リンク切れ

 

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