フォト
無料ブログはココログ

MyList

« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »

2016年10月

2016年10月31日 (月)

看護倫理教育 <倫理の衝突のケアが重要?>

教育者側に焦点を当てた看護倫理教育に関する研究の動向と課題
遠藤由美子 つくば国際大学医療保健学部看護学科
医療保健学研究 3号:125-135項

によると、

 1976年までは「看護倫理」の授業があったが、単に看護婦の礼儀作法や処世術を教えているにすぎないのではないかという批判があり、看護学校で単一科目として教えることを止め「看護学総論」で触れるだけになったらしい。

 看護業界において看護倫理教育は大きなテーマらしく、ネットで看護師の倫理教育に関する論文を探すと結構な数の論文が見つかる。ところが、看護倫理教育について論じている論文は少なく多くは現状の看護倫理教育に関する調査論文である。

遠藤由美子氏は「教育者側に焦点を当てた看護倫理教育に関する研究の動向と課題」で

 筆者は、約10年間、看護倫理を教授してきた。
看護は看護倫理そのものであるという強い思いから、看護行為の根底にある人間に対する尊厳や生命に対する畏敬の念を大切にできる人間になってほしいと願い、講義・演習を組み立て実践してきた。しかし、どれだけ学生に伝わったのか確信が持てないでいる。どのようにしたら現代の学生が、卒業後、自分で考え判断し倫理的行動がとれるようになるのか試行錯誤しているのが実状である。

教育方法の確立以前の問題として、看護倫理という言葉の概念規定も不明確なままであり看護界においてもコンセンサスを得ていない。倫理教育の目的も曖昧なままである。倫理的判断や倫理的感性の成熟が求められる昨今の医療界で、その責任を充分に果たせるだけの能力を培ってきたとは言い難い。社会のニーズに的確に対応できる看護職を育成するため、看護倫理教育の体系化、教育方法の確立は、早急に取り組まなければならない課題である。

と述べておられる。考えている人がいないわけではなさそうだ。

 さらに、ネットで検索すると、「新人看護職員研修における看護倫理教育」というテーマも多く見つかる。

 看護師は、国家試験を受ける前に現場に研修に出る。すると、学校で教えていることと、現場で行われていることのギャップに直面する。看護師の仕事は人の生命に関わる。そして、現場は忙しく過酷だ。現当然倫理的な問題もあるようだ。

 現場での研修を行う者の年齢は20才前後だ。20才前後しかも未就業時で倫理の衝突を経験するわけだ。この経験が看護師人生に大きく影響することは想像に難くない。

 この点は、技術者と大きく異なることではないだろうか。もう一つ技術者の育成と異なる点は、

 看護師を育成する教師は臨床経験が必要らしい。 つまり、看護師の教育には実務経験者が携わっているということである。。

 20才前後しかも未就業時に経験する倫理の衝突に対するアドバイスは実務経験者にしかできないだろう。この点については、看護師育成システムはよくできていると思う。


最近の投稿】【最近のよしなしごと

2016年10月29日 (土)

新しい時代の技術者倫理

情報のセキュリティと倫理 山田恒夫 放送大学教材

Photo

 {情報のセキュリティ}と{倫理}ではなく、情報の{(セキュリティ)と(倫理)}だった。

 人材育成に関する項目は少なく、「14章 技術者倫理と情報セキュリティ人材育成」だけだった。さらに、技術者倫理から人材育成まで網羅しているけど、概論だった。

 本章では、技術者としての倫理の導入を行うので、詳細については放送大学では放送大学の科目「技術者倫理」をぜひ学んでほしい。

そうだ。倫理葛藤や内部告発は詳しくない。詳しくは、「技術者倫理」の科目で、ということのようだ。

ということで、放送大学の「技術者倫理」のテキストを買ってみた。

新しい時代の技術者倫理 札野順 放送大学教育振興会

Photo_2

 職に就く前の学生には難しいのではないだろうか。知識lとして習得する(覚える)だけなら可能だ。

 しかし、技術者になり、倫理の衝突がおきたときの参考になるのだろうか?

時には、組織の利害を越えた意志決定と行動が必要な場合もあろう。公衆の安定を守るために、本店からの指示に反して、海水を注入し続けた原子力発電所長を思い起こして欲しい。

政治家や経営者は指示を出すことはできるが、現場で実際にモノを創り、モノを動かし、社会を変えるのは、技術者なのである。「新しい時代」においては、必要な場合は、社会のために組織を変えることも、技術者の役割である。
セブン・ステップ・ガイドのステップ7を、常に意識して欲しい。

は正論である。

 正論は重要だが、倫理の衝突がおきたとき正論では解決できないことは多い。

 正論とバランスをとるために実務経験者の体験談が必要なのだろうと思う。。



最近の投稿】【最近の書籍・雑誌

2016年10月27日 (木)

気楽にまじめな話 <今年もオフサイトミーティング>

 今年も、有志のマネジャを集めてオフサイトミーティングを企画した。

 今年は参加者が増えたので世話役をお願いして2人で開催した。もう1人増やして3人いると、発言のチャンスが増えるのだが、会議室が足りない。

 ことしも、話したいことがある人に集まってもらった。話したいこともないのに参加する人が多いと、話したいことがある人も話せなくなる。

 去年も参加してくれた人だけでなく、今年初めて参加してくれた人もいる。春頃出張したときに直接会って話した人が新たに参加してくれた。直接話した機会が無い人達の参加は少ない。(やっぱり警戒するよね。(^^;)
顔見知りになるというのは大切だ。

チームワークの7段階

↑(http://www.scholar.co.jp/workcollaboration/img/level/img_lv01.png)

でいうLEVEL1(知っている)とLEVEL2(話をする)の差は大きい。 さらに、オフサイトミーティングでLEVEL3(理解する)まで到達できるといいなと思う。 LEVEL4(共通のものをもつ)まで到達すると、組織風土が変わってくると思うのだが、一気に変えるのは難しい。

 課題は、

  • 勝手にやっている勝手世話人(σ^^)の能力
  • スポンサーシップ
  • 勝手世話人を引き継いでくれる人

だ。

 次世代のマネジャー候補の人にも参加して欲しかったのだが、残念ながらタイミングが悪かった。

 参加者はオヤジが多い。自分のことは棚に上げて退職金を数えているオヤジに改革は無理と日頃から言っているのだが、オヤジも捨てたもんぢゃない。



最近の投稿

2016年10月25日 (火)

R-SIM10+ <Cellular Paryloadってなに?>

 SoftBankのiPhone5とBiglobeSIMがR-SIM10+で使えるかためしてみた。

 BiglobeSIMがiPhone5が使えないかと調べてみたら、R-SIM10を使うと使えるようになるらしいことが分かった。

Rsim0

 以前Sonet 0SIMを使おうとUltraSを買って失敗したことがある。普段使っているiPhoneがiPhone4Sと思いこんでいたら、実はiPhone4だったというオチだった。orz
今回はiPhone5だからR-SIM10+で使えるはずだ。

 Amazonでポチった。UltraSと違って専用トレイは必要ない。
 拡大↓

Rsim

iPhoneのトレイにR-SIM10+をセットして、上にSIMを載せる。
Rsim2

手順は省略、ググるとたくさん見つかる。

 ところが、何回やっても圏外になってしまう。いわゆる「圏外病」というものらしい。
 「圏外病」になったSIMはdocomoの端末に挿して電波を掴むと使えるようになるらしいが、ウチはNTT freeだからdocomoの端末が1台もない。

 docomo以外のiPhoneの場合、使おうとするSIM(BiglobeSIM)を使って1回は電波を掴んでおかなければならないようだ。

 しかたないので、中古携帯(P-06B)を買ってきた。

P06b

P-06Bでなくてもよかったのだが一番安かったガラケーを買った。

 「圏外病」になったSIMをP-06Bに挿すとアンテナが立ったので、SIMをiPhone5に挿しなおすと、
Rsim3

無事docomoの電波を掴むようになった。

 ところが着信しない。電話もSMSも発信はできるが着信ができない。着信があるとSMSが届いている。この現象もよく発生するらしい。

 そういえばAPNの設定をしていないと思い、itunes storeからBIGLOBE SIMアプリをインストールして、ログイン画面に下のほうにある、[APN設定プロファイルのインストール]ボタンを押して、APNプロファイルをインストールしてみたら、着信できるようになった。

 4GをONにすると圏外になりやすいらしいので4GはOFFで使うしかない。
と思っていたら、最近のAPNプロファイルを使うと4Gでも安定しているらしいことがわかった。

  APN設定プロファイルを調べてみた。

APN構成プロファイルの変更でiPhone・iPadの通信が安定? てくろぐ 2015/7/13 (http://techlog.iij.ad.jp/archives/1574)

によると、APN設定プロファイルの通信設定には、APN Payloadと Cellular PayloadがあってiOS6まではAPN Payloadが使われていたけれどiOS7以降はどちらでも使えるようになったらしい。そして、APN payloadCellular Payloadを使うと4Gの通信が安定するらしいという。(間違ってましたCellularPayloadが正しい 2016/10/27)

 Payloadの説明は、「 構成プロファイルリファレンス – Apple Developer (日本語版)」にある。 APNの設定が <Key>APN</Key>で記述されていればAPN Payloadで、 <Key>AttachAPN</Key>で記述されていれば Cellular Payloadだ。

 プロファイル自体はxmlなのでテキストエディタで読むことができる。 Cellular Payloadのプロファイルを作ってくれるサイト「iOS用APN構成プロファイルジェネレータ」(https://mobileconfig.azurewebsites.net/)もある。

 BiglobeSIMのサポートサイトから、プロファイルををダウンロードして記述を確認したら、Cellular Payloadだということが分かった。

 ↓ biglobe_lte_3g_ver.3.mobileconfig

          (
      )
<key>AttachAPN</key>
<dict>
     <key>Name</key>
     <string>biglobe.jp</string>
     <key>AuthenticationType</key> 
     <string>CHAP</string>
     <key>Username</key>
     <string>user</string>
     <key>Password</key>
     <string>0000</string>
</dict>

          (
      )

 4GをONにして運用できるかも。


 4GをONにして使えるようになった。
しかし、

  • スリープ状態で着信しない
  • SMSが送信できない

という問題がある。

結局、携帯電話としては使えない。データだけなら使えるかも。
(2016/11/8)


最近の投稿】【最近のiPhone

2016年10月21日 (金)

Linuxの革命 <ハッカー倫理とネット社会の精神>

Linuxの革命 -ハッカー倫理とネット社会の精神- ペッカ・ヒマネン リーナス・トーヴァルズ マニュエル・カステル 河出書房新社

Photo

 「Hacker Ethic」の翻訳本。なぜか邦題は「Linuxの革命」 Linusが書いているのはプロローグだけだけどタイトルにLinuxを入れないと売れないと思ったんだろうね。まあ「ハッカー倫理」では売れそうにない。

 マスコミの無知が原因でHackerの意味が間違って広まってしまったことは、ペッカ・ヒマネン氏が指摘するとおりだ。

 最近のWhiteHackerという言い方には違和感を感じる。EticalHackerに至っては違和感を通り過ぎて腹立たしささえ感じる。

 もともとHackerには善悪の意味は含まれていないので、善悪を意味するWhite/Blackを付けるのは間違ってはいない。(いわゆるBrackHackerはCrackerというのだけれど、Crackerは広まっていない。)

 Hackerは反権力主義の人が多いから、権力主義の人にとってHackerは悪のイメージがあるのではないだろうか。 また、EticalHackerとわざわざEticalを付けるのは、一般的なHackerは、倫理的でないと思っているからだろう。

 HackerにはHackerの倫理がある。倫理は人それぞれだし、国、民族、企業、職業など集合体ごとに存在するものだ。Hackerが倫理的でないと考えている人は、自分の倫理こそが正義だと考えている原理主義的な人達で、自分とは異なる倫理を認められない人達ではないだろうか。

 ペッカ・ヒマネン氏は、Hackerの労働倫理をプロテスタント的労働倫理と比較して説明している。 「プロテスタント的労働倫理」はいかにも欧米的で、キリスト教由来の倫理に基づいている。

 つまり、ペッカ・ヒネマン氏のHackerの労働倫理に関する考察はキリスト教由来の倫理から始まり、これと対比することで理解しようという試みだ。では、キリスト教由来の倫理を持たない民族にはHackerの労働倫理がないのだろうか?

 Hackerの労働倫理は、プロテスタント的労働倫理との対立として存在しているのではなく、もっと普遍的に存在するのではないだろうか。例えば、Hackerは日本にも存在し、同じようなHackerの労働倫理も存在する。それは、ペッカ・ヒネマン氏が述べているプロテスタント的労働倫理との対立で存在しているわけではない。

 Hackerという言葉はもともとMITから始まり、ネット社会の起源も米国だから、欧米の価値観でHackerを考えるのは仕方ないのかもしれないけれど、Hackerはもっと普遍的だと思う。

 訳者の一人山形浩生氏が書いた、
Hacker Ethic 訳者(のひとり)による解説 (無削除完全版) (http://cruel.org/books/hackethicnote.html)

を読むとよくわかる。

閑話休題

 HackerにはHackerの倫理があるけれど、数ある倫理のうちの一つに過ぎない。当然ながら、他の倫理と衝突することもあるだろう。しかし、この衝突は、技術者倫理が企業倫理と衝突するのと変わらない。

 Hackerは反権力主義者が多いから、企業倫理と衝突することが多いかもしれない。だからと言って、Hacker即ち悪ではない。

Hacker倫理と企業倫理との衝突の例は、

を読むとよくわかる。

 マスコミはハッカーという言葉を使わないでほしいと思う。

 高度な技術を持つ技術者は、わざわざHackerと呼ばず「高度技術者」とでも呼ぶほうが、正確に伝わるのではないだろうか。

 多くの読者は、「高度技術者」が反権力主義者であろうとオタクであろうと関係はない。また、多くの記事が伝えたいことも、「高度技術者」が反権力主義者であろうがオタクであろうが関係ない。 ならば、「高度技術者」と伝えれば良いではないか。

 名刺の肩書きがHackerだったら別だけど:p もっとも本物のHackerは自らHackerと名乗ったりしないけどね。


最近の投稿】【最近の書籍・雑誌

2016年10月19日 (水)

検索サイトのキャッシュ

 今年になってからウイルスバスターのエントリへのアクセスが増えている。1/3がこのエントリへのアクセスだ。

検索サイトから来ているようなので、検索してみたら
googleでは3番目、Yahooは5番目に表示されている。

Google_result Yahoo_result

 検索エンジン恐るべしだ。検索ランキングを上げるノウハウが金になるわけだ。

 しかし、このエントリの方法では効果がなかったので、結局Windows10の64bit版をクリーン―インストールした。

 わざわざ見に来てくれる人に申し訳ないので、効果がなかったことは追記しておいた。それでも、アクセスが減らないので、追記を先頭に書くことにした。先頭は検索結果に表示されるので見に来なくてよいだろう。

 エントリを更新しただけでは、検索サイトのキャッシュは更新されないので、キャッシュを更新する方法を調べてみたら、

 googleは
Search Console(https://www.google.com/webmasters/tools/submit-url?hl=ja) というページがあって、ここでキャッシュを更新してもらいたいURLを入力すると、ロボットさんが早く来てくれるらしい。

 yhahooの
キャッシュを更新する方法は見つからなかった。次回ロボットが来るのを待つしかないようだ。

 ちなみに、件のエントリには過去4週で1,082のアクセスがあり、直帰率は92.2%だから82人は違うページも見てる。皆さん目的があって検索しているから、他のエントリへのリンクは押さないよね。


最近の投稿

2016年10月15日 (土)

180,000アクセス

180,000アクセスを超えていた。

180kaccess

最近のページアクセスランキングは

 やはりウイルスバスターの記事が多い。3~4割を占めている。

 17万アクセスが8/4だから、これまでは3月くらいかかっていたのが2月1/3で1万アクセスを超えている。

 よっぽど、ウイルスバスターに悩まされている人が多いのだろう。

 この記事の対策では効果がなかったことを、記事の先頭に書いたら、googleさんのダイジェストには反映されたが、Yahooさんのダイジェストには反映いされていないようだ。



最近の投稿

2016年10月13日 (木)

思考の整理学

思考の整理学 外山滋比古 ちくま文庫

Photo

 10年近く前に読んだ本をとりだしてきて読んだ。

 教えてもらったり指導してもらわなければ学べない学生と自ら学べる学生を、
誰かに引いてもらわなければ飛べないグライダーと自ら飛べる飛行機に例えて説明されている。

 このような性質は就職しても変わらない。
グライダー学生は就職してもやはり、自ら学ぶようにはならないのである。

 学生時代の自己学習習慣と社会人の自己学習習慣そして収入との関係は、濱中淳子氏の「学歴の効用」(2016/8/18)に詳しい。

 日本型の教育は、グライダー型の学生の方が評価が高い。
企業はそれを心得ているのだが評価の高いグライダー型の人間を採用してしまう。新採用は即戦力にならないことを知っているので、入念な新入社員の研修訓練を行っていた。しかし、今はできなくなりつつあるので「即戦力人材の採用」などと言っている。

 新入社員研修も、自ら学べるようにするための研修ではなく、やはり、自社の中をぶつからないように飛べるようにするために、引っ張って教育する。
つまり、学生時代も就職してからもグライダー型の人間になるように教育・訓練されるから、グライダー型の人間の方が評価が高かったのだろう。

 今でもこのような考え方をしている年寄り(多くは評価する側)は多い。 ところが、「学歴の効用」では、「自己学習」習慣がある人(飛行機型)の方が所得が高いことが示されている。

 この本の初版は1986/4/24だから今から30年前だ。
30年も前に外山滋比古氏が指摘したグライダー型人間が減ったかというとそうではなく、今でも指摘のとおりかもしれない。 そして、グライダー人間はコンピュータに仕事が奪われると指摘されている。これも今でも同じだ。

 社会全体が30年前と変わらず、企業はグライダー型人間の方を評価し、学校はグライダー型人間を育成しているということだろう。


最近の投稿】【最近の書籍・雑誌

2016年10月11日 (火)

なぜ官僚は無能に見えるのか

なぜ官僚は無能に見えるのか ゆるふわ刑法ブログ 2016/3/16

著者のはるの氏は、

ここで重要なことは、官僚に対して「無能だ」「現場を知れ」「当事者の主張に耳を傾けろ」などと言って批判をしても、たとえそれが適切な批判であっても、ほとんど意味をなさないということです。多数人を前にした相対的な情報の不足は、どうやっても解決しようがないからです。この問題を解決する方法があるとすれば、ただひとつ、官僚に期待することをやめ、正確な情報を持つ自らが責任をもって当の問題を解決する行動をとることです。

という。福沢諭吉の「国を支えて国を頼らず」の考え方に似ている。

 また、1%未満の優秀なエリート官僚が持つ情報の総和よりその他の日本の成人全員が持つ情報の総和のほうが「質」が高いという。確かにそうだろう。

 でも、質が高い「その他の日本の成人全員が持つ情報の総和」は使えるのだろうか?「使うことができない情報の総和」を比較することに意味があるのだろうか?

 また、優秀な官僚が持っている情報とその他の成人1人が持っている情報の「質」はどちらが高いのだろうか?

 もし、個人が「その他の日本の成人全員が持つ情報の総和」を使えるなら、官僚にもその情報を与えれば良いのではないだろうか?

 もし、個人が「その他の日本の成人全員が持つ情報の総和」を使うことができないなら、官僚以外の個人1人持っている情報の質よりも官僚が持っている情報の質の方が高くなることはないのだろうか?

 とはいえ、官僚に期待せず、自ら主体的に動くしかないという主張には諸手を挙げて賛成だ。

 体制不備を自ら動けない言い訳にしてはならないと思う。


最近の投稿

2016年10月 9日 (日)

とにかくやってみる! やりゃあなんとかなる!

発明と家族愛ーいかにしてすばらしい発明は生まれるか? 神谷明日香 TEDxKyoto 2016/1/30
(http://www.ted-ja.com/2016/01/fa-ming-tojia-zu-ai-ikanishitesubarashiifa-ming-hasheng-mareruka-shen-gu-ming-ri-xiang-tedxkyoto.html)

「とにかくやってみる!」
それが上手くいかなくても分かることがある。
「やりゃあなんとかなる!」

がいいね!

 こんな簡単なことは小学生に言われなくても分かっていそうなものだけれど、歳をとると忘れてしまうんだよね。

 神谷明日香氏もプレゼンの中で言ってるけど、磁石と金属の性質は小学校3年生で習う。

 重要なことは、小3レベルの知識でも、知識を活用してアイディアを目に見える形にする力だよね。

 現場では、知識だけでは食っていけないから、知識を目に見える形にする力が求められる。 アタマがいい人は知識をたくさん持っているけど...やらないよね。

 「やった者にしか分からないことがある。」っていうのは、学校では教えてくれないこと。だから財産。


最近の投稿】【最近の映画・テレビ

2016年10月 7日 (金)

技術者倫理教育 <実務経験者が参加する理由>

 情報セキュリティ人材育成において「倫理が重要」だと皆さん仰る。
ところが、多くの人は「情報セキュリティ技術者として行うべきこと」ではなく「情報セキュリティ技術者に限らずやってはいけないこと」しか言わない。「やってはいけないこと」は「倫理」ではなく「法」だ。(「倫理が重要」 2016/10/3)

 このように「法」と「倫理」が混同されているのは、情報セキュリティ業界に「情報セキュリティ技術者倫理」がないことが原因ではないかと考えた。

 情報セキュリティの人材を育成しようとすれば、倫理教育は避けて通れない。では、情報セキュリティ技術者を目指す人に、何を「倫理」として伝えるのだろうか。

 そもそも、自分は「情報セキュリティ技術者倫理」を伝えられるのだろうか。

 考えるだけでは始まらない。いきなり「情報セキュリティ技術者倫理」は難しいので、大きい概念である「工業倫理」、「技術者倫理」と「技術者倫理教育」について調べてみた。

 ネットを探すと、「工業倫理」「技術者倫理」「技術者倫理教育」を扱った論文はたくさん見付けることができる。

 工業倫理、技術者倫理教育の観点から、三氏の論文を読んでみた。

工業倫理教育のすすめ」 中村収三 大学の物理教育 2000-2号
(http://ci.nii.ac.jp/els/110001942524.pdf?id=ART0002125092&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1475139744&cp=)

 なによりも、学生たちに,「技術者は社会に対し特別の責任を負う職業である」という専門家意識を持たせることが肝要である.
 繰り返しになるが,「特別の責任」とは、「技術が危険なものとを安全に利用する智恵である」ことと,「技術が高度化すればするほど,一般大衆には理解し難くなっている」ことからくる責任である.

 仮想事例よりは,内外の実事例のほうが興味を引くようだ. さらに,講師の体験事例を話すと,学生たちの目の色が変わってくる. 実社会で技術者を20年,30年とやっていれば,工学倫理に関わる問題で,無念な思いや,恥ずかしい思いや,あるいは,誇らしい思いをした経験の,二つや,三つはあるものだ. それを技術者の卵たちに伝えるのも,教育者としての義務だと考える.

工学倫理と技術者の倫理」 岩崎豪人 京都大学文学部哲学研究室紀要 : Prospectus No.3
(http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/50691)

 倫理問題は、技術者個人の問題であるだけでなく、システムや構造の問題でもある。企業倫理や環境倫理とも絡んでくる。そのような問題を工学倫理外の問題として切り離してしまえば、工学倫理の問題として残るのはエンジニア個人のモラルや問題解決能力という狭い領域になってしまう。その領域のみが工学倫理の専門領域だとして独自性を強調する手もあるが(専門家は往々にしてそうしたがるわけだが)、企業や環境の問題として取り込んで考えていくことの方が、より実りある成果をあげられるのではないだろうか。

 個人が確固とした良心を持つことや、正しい倫理規定をつくることが、ただちに問題を解決する特効薬になるわけではない。個人と社会の相互作用の中で徐々により良い方向へ状況を変え、倫理観を醸成していくという歩みの遅い道しかないのである。その際に注意すべき点は、2節で述べたように、従来の相互監視・相互規制型のモラルや倫理を強化することは弊害が大きいという点である。集団や組織を閉じるのではなく、むしろ情報も開示しオープンにしていきながら、内集団ひいきに陥らないような、公正な新たな仕組みや、倫理を「作り上げていく」という観点が必要になる。

技術者倫理教育の現状と課題」 杉本泰治 土木学会論文集H (教育) Vol1.2, 11-20, 2010.3
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejeep/2/0/2_0_11/_pdf)

 わが国では、倫理と言えば、高いところから権威を持って説かれるものという思い込みがある。技術者倫理についても、「厳格な倫理規範」であり技術者を「厳しく律する」、などと説かれていることが少なくない。これは、しかし、誤解である。このタイプの誤解は、普通の人の倫理が素直に育つのを阻害さえする。
 倫理は本来、わかりやすく、近づきやすいものでなくては、普通の人は守れないし、守る気にならない。
 現代の技術者は、少数のエリートではなく、産業、行政など広範囲にわたる需要をみたす多人数である。どの人も一定レベルの専門的能力と適性をそなえる。という意味で「普通」の技術者であることが期待されている。その倫理は、普通の技術者にとって身近な、お互いに気軽に語り合える等身大の物でなければならない。技術者の就業の期待像は、普通の技術者が、普通の倫理意識をもち業務に従事する、ということだろう。

 技術者倫理教育のにない手は、学生たちを技術者として育てる責任を負い、学生たちの行く末を思いやる立場の人でなければならない。といえば、専門科目の常勤教員である。
 常勤の専門科目教員が責任者となり、しかし、自分だけではできないから、必要に応じて他の協力を得るやり方が、実際に行われていて一般的である。実務経験が十分でない常勤教員が増える傾向にあるが、先輩エンジニアとして実務経験のあるエンジニアの助力が有用である。

中村収三氏は
技術者の個人の専門家意識を持たせること、そのためには実体験を元に体験談を語ることができる教師が必要だという。

岩崎豪人氏は
中村収三氏の論文を引きながらも、
技術者個人のモラルに頼るのではなく業界全体の問題としてとらえ、仕組みや倫理を「作り上げていく」という観点が必要になるという。

杉本泰治氏も
中村収三氏の論文を引きながら、「倫理」は等身大でなければならず、実務経験が十分でない常勤教員が増加しているから、実務経験があるエンジニアの協力が重要だという。
 また、技術者倫理教育においては、雇用労働経験のない学生にとって利益相反、内部告発の学習は難しいため、実務経験がなくても理解しやすい注意義務から学習するべきという。

考察

 杉本泰治氏が指摘するように、利益相反(倫理のジレンマ)や内部告発には正解があるものではないから、労働経験が無い(少ない)学生には難解だろう。 しかも、一般的に理系の人間は正解がある問題は得意だが、正解がない問題や正解が複数ある問題は苦手だ。 

 注意義務(倫理規定)は、知識として習得することは可能だが、倫理規定を単なる知識(問題に対する正解)として学習すると、技術者倫理が「単なる心構」になる恐れがある。

 職に就くと多かれ少なかれ技術者倫理と企業倫理(組織の都合)のジレンマに直面することになる。そのときに、技術者倫理を「単なる心構え」として学習した者は、企業倫理を優先しがちになるのだろう。特に、企業、団体、部署内で技術者が少ない場合には、企業倫理が圧倒的優勢となり技術倫理を体現することが困難になる。(困難になるところか無理だ。)

 実務経験がある技術者が技術者の卵である学生に教える意義は、
利益相反や内部告発に関する体験談はもちろん、技術者倫理は「単なる心構え」ではなく技術者の根源であることを、実務のジレンマを経験した技術者が語ることだと思う。


最近の投稿】【最近のよしなしごと

2016年10月 5日 (水)

他の誰かになりたかった <多重人格から目覚めた自閉の少女の手記>

他の誰かになりたかった -多重人格から目覚めた自閉の少女の手記- 藤家 寛子 花風社

Photo

 22歳のときに、アスペルガー症候群と診断された藤家寛子氏の著書
それまでの間の制御できない自分への苦労を綴ってある。

 藤家寛子氏は、アスペルガー症候群の存在を多くの人に知ってほしいと書いておられる。 しかし、藤家寛子氏の苦労を知っても、やはり、満足な対応はできないのではないかと思う。

 人が他人と接するときには常識的な対応を期待する。常識的な反応が返ってこない場合には困惑する。そして、困惑が高じると相手を責めるようになる。普通の人は、相手の性質がわかっていても、やはり責めてしまうのではないだろうか。

 最近、自分はコミュニケーションが苦手であることが自覚できるようになった。歳をとったので、経験したことがある反応なら対応できるようになった。 しかし、経験したことが無い反応が返ってくると、未だに困ってしまう。

マニュアル作成は、アスペルガー症候群の人間が日常生活を送る上で重要なものになると同時に、アスペルガー症候群の人間を取り巻く人々とっても、彼らとの生活を円滑にするための重要な手段です。

注意事項を言ってもらった方がいいと思う、少なくともコミュニケーションがゼロではなくなる。

 藤家寛子氏も書いておられるとおり、藤家寛子氏のケースが典型的なアスペルガー症候群ではないだろうから、この本だけで、アスペルガー症候群の理解は難しいと思う。

 あとがきに「外の世界」という表現がある。

癒しを求める傾向が、私たちの知らない「外の世界」を物語っているように思わますが、この本を~

私がこの本を書こうと思ったのは、絶望的に不安に満ちた「外の世界」の中にも、少なからず希望に変える優しさが存在することを知ったからなのです。

 σ^^)のことを考えると、「外の世界」と「内の(自分の)世界」は自由に行き来できる。
時々、「内の世界」にいると「外の世界」から呼びかけられたことに気が付かないことがあるけれど。

 他人を見ていると、「内の世界」が「外の世界」と融合していてないんじゃないだろうかと思う人もいる。きっとこういう人は「外の世界」から「内の世界」見られるのだろう。おそらく他人の「内の世界」も見られるんじゃないだろうか。

 藤家寛子氏のいう「外の世界」はσ^^)の考える「外の世界」とは違うかもしれない。
ただ、藤家寛子氏にとって「外の世界」に出ることはかなり大変なことは想像できる。
そして「外の世界」とのコミュニケーションを取りやすくするのがマニュアルなのだろう。

###

1

 なぜ2冊あるかというと、Bookoff Onlineで注文したら。在庫がないとメールがきたので、Amazonで買ったら、Bookoff Onlineも送って来た。ちゃんと、代金は引き落とされていた。



最近の投稿】【最近の書籍・雑誌

2016年10月 3日 (月)

倫理が重要 <倫理と法はちがう>

 情報セキュリティ技術者の育成の話をすると、多くの人が「倫理が重要」と言う。
しかし、情報セキュリティ技術者を育成すると言っている人の多くは、「倫理」と言いながら、「やってはいけない」ことしか言わない。

 情報セキュリティ技術を悪用したら他人や社会に大きな被害を与えることが可能だ。情報セキュリティ技術者の育成に関わると、悪人を育成したくはないから、やってはいけないこと教えることは重要だ。ちゃんと教えなければならないと思う。

 しかしである。 やってはいけないことは、「倫理」ではなく「法」だ。

 医療業界では、「法」と「倫理」の関係は昔から考えられてきのだろう。

に解説がある。日本看護協会の方が分かりやすい。

倫理
「どのような行為が正しいか」を示す 「どのような行為が正しくないか」を示す
内的な自律から生じる 外的強制力によって作られる

 情報セキュリティ技術者育成で「倫理」を教える目的は、情報セキュリティを扱う技術者は医療従事者のように「法」だけでなく「倫理」も重要であるから、自律的に自己を律するために倫理も教えなければならないという趣旨だと思う。

 以前に教育機関で開催されたシンポジウムでセキュリティ人材育成に関するパネル・ディスカッションを聞いたことがある。(情報セキュリティのシンポジウム 2014/07/24)

 そのシンポジウムのパネラーは、尖った人≒オタク?を正しく導くのだと仰る。そもそも 尖った人=悪人予備軍という先入観があるのではないだろうか。放っておくと悪の道に進むから(誰が決めた?)正しく導く(おおきなお世話だ)のだと。

 より良い技術者としてとか、技術者として誇りを持って働くためにとか、技術で社会に貢献するとかではないようだ。

 倫理の衝突(ジレンマ)があった場合でも自分が不幸にならないようにとか、他人を不幸にしないように。ではないようだ。

 「ヤバイテクニックを教えてやるけど悪用するなヨ」 これが、現在の日本の情報セキュリティ人材を育成している人達の認識のように感じる。

 情報セキュリティ業界にいる人(有識者?)も、ちゃんと「倫理」について考えたことが無いのかもしれない。ひょっとして、自分もアブナイから人にもちゃんと教えなければと思うのだろうか?

 元凶はこれか?

 昔から情報セキュリティ業界の端っこで働いていた身としては、最近になって情報セキュリティに目覚めた役人に、アブナイ人間扱いされるのはハッキリ言って心外だ。

 一方で、情報セキュリティ人材育成に関わる立場としては、「法」だけではなく、ちゃんと「倫理」を教えなければならないと思う。

###

 情報セキュリティ人材を雇用する人やマネジメントする人には企業倫理を学んでほしいものだ。


最近の投稿】【最近のよしなしごと

2016年10月 1日 (土)

メールアドレス <「全部小文字で」は正しいか?>

 休日に車に乗るとFM(Tokyo Bay FM)を聞くことが多い。最近のリクエストやメッセージははがきではなくメールやTtwitterだ。

 前々から気になっていたのだが、メールアドレスを紹介する際に「全て小文字で」を前置きするパーソナリティが結構いる。その都度「メールアドレスは大小文字を区別しないんだけど...」と一人でツッコミを入れている。

 若い人たちには、「原典にあたる」ことを進めているので、RFCを調べてみたら、

2.4.  General Syntax Principles and Transaction Mode に
SMTP implementations MUST take care to preserve the caseof mailbox 
local-parts.  In particular, for some hosts, the user "smith" is
different from the user "Smith".  However, exploiting the case
sensitivity of mailbox local-parts impedes interoperability and
is discouraged.  Mailbox domains follow normal DNS rules and are
hence not case sensitive.

と書いてある。

 RFCではメールアドレスをMailboxと呼んでいて、そのフォーマットは、"local-part@domain"なので、

  • domain
    DNSルールに従うので大文字小文字の区別なし。
  • local-part
    大文字・小文字を区別しなければならない。
    しかし、local-portでの大文字・小文字の区別は相互運用性を妨げるので推奨しない。

ということらしい。

 とすると、パーソナリティの人は間違っていないことになる。現実には大文字小文字を区別するメールサーバは見たことが無いので、あえて言う必要はないと思うのだけれど。

 オジサンの知識ではSMTPはRFC821だったりする。RFC821は2001/4にRFC2821に変更されたくらいまでは追いかけていたのだけれど。

 改めて確認するとSMTPは 2008/10にRFC5321になっている。(^^ゞ

知識の棚卸が必要だ。


最近の投稿

 

« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »