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2016年11月21日 (月)

マニュアル <使うこと自体は悪いことではない>

マニュアルについて考えてみた。

 マニュアルには、

  • 経験の少ない者でも一定のサービスが提供できる。
  • 個人差によるサービスのバラツキを少なくすることができる
  • 普段経験することが困難な緊急時の対応に有効である。
  • 組織や個人の暗黙知を形式化したり、ノウハウを伝承することができる。

などの効果がある。気をつけて運用すれば、マクドナルドやトヨタの例を引くまでもなく極めて有効なツールだ。

 マニュアルが文字どおり手順書であれば良いのだが、「作業要領」になり、「作業規則」になってしまうと、改訂が極めて困難になる。

 このように、運用を間違えると、マニュアルが教条的になり、現状からズレた非効率的な手法を強制されるから、個人が勝手にマニュアルを変えて運用するようになる。

 この時点で、状況に合わせてマニュアルを改訂すればよいのだが、教条的な運用になっていると、マニュアルは改訂されない。その結果、変更してはならない重要な部分や手法までも勝手に変更されるようになり、東海村JCOのように大きな事故につながる。

経営側と現場の思惑

 先を見ない、刹那的な経営者やマネジャは、唯一無二のサービスが提供できる者を育てるより、マニュアルを使って全員がそこそこのサービスを提供できるようにしたいと考えるようだ。自分がそのポストに長く止まらないのであれば、マニュアルのアップデートも真剣に考えなくてよいから、お手軽に成果が期待できるのである。

 マニュアルは、ノウハウなど暗黙知の形式知化であるから、作成には多くの労力が必要だ。最低でも暗黙知を持っている者と、それを形式知にする者と、ドキュメント化する者が必要である。どれかが欠けても使えるマニュアルはできない。

 ところが、お手軽成果が欲しいマネジャはマニュアル作成を1人に任せがちだ。前述の3つの能力を併せ持つ者は極めて稀だからマニュアルを1人で作ると使い物にならないことが多い。

 使い物にならないマニュアルができても、お手軽成果が欲しいマネジャは、マニュアルを作ったことが成果だと主張する。使い物にならないマニュアルなど成果になろうはずも無いのだが、それを成果と認める風土があるのだ。

 いきおい、マニュアル=胡散臭い物、使い物にならない物という考え方になる。

 しかも、マニュアルが「作業規則」として運用にされようものなら、作業に支障を生じる。しかも、容易に改訂できない。

 業務の妨げとなるマニュアルを多くみていると、とりあえずマニュアル作りには反対しておいた方が、相対的に害が少ないと思うようになる。

 悲しいかな、このあたりが、トヨタと違うところだと思う。

マニュアルを有効に使うには

  • マニュアルを使う目的を共有すること。
  • 現状に合わせて随時更新すること
  • 運用の主体は現場であること。現場が作り現場が更新する。
  • 単なる手順書ではなく組織の智慧を伝えるものであること
  • マニュアルから先人の智慧を学ぶ文化を持つこと

 能動的であれ受動的であれカイゼン運動の主体は現場だ。
 当然マニュアルも、お上から与えられたマニュアルを使うのでではなく、マニュアルを使う現場が作成し現場に合わせてアップデートするべきだ。

 と、そもそも論を持ち出すと、嫌がる人が多いんだよね...


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