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2017年3月 1日 (水)

広島人に告ぐ! <広島県人には耳が痛い>

広島人に告ぐ! 金文学 南々社

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 中国生れの韓国系三世で日本に帰化し広島在住している金文学氏の広島というフィルターを通した日本論である。
殴られる覚悟で書いたというだけあってかなり辛口だ。

 本棚を眺めていたら、ふと目に付いたのだが読んだ記憶がない。おそらく広島に帰省した際に買って読みかけのまま持ち帰り、そのまま積読したのだろう。

 この本で金文学氏が繰り返し主張していることは、広島が「平和」を叫びすぎることである。初版は2011だが、指摘されていることはは今でも変わってない。

 子供の頃8月6日は登校日で、毎年原爆の記録映画を見せられていた。物語ではなく当時の映像を使った映画だから子供心には結構衝撃的な映像である。直接的な戦争の悲惨さを見せられると、「平和」→「反戦」→「核兵器反対」が刷り込まれる。

 それでも、中学になると、アメリカの核の傘の下にいながら「核兵器反対」言うことに矛盾を感じていた。しかし、その矛盾は口には出しにくい。「核兵器反対」と「平和」がセットになっているので「平和」まで否定しかねないと思ってしまうのだ。刷り込みは怖い。

 戦争末期には大きな都市では空襲があって、街が焼け多くの人が死んだことを知ると、広島との差は何かと考えるようになった。至極簡単に言えば違うのは投下された爆弾の数だ。(後遺症の問題もあるけれど)毎年8月6日の広島の主張はこの疑問に答えないで、「平和」を叫ぶ。

 18才で広島を離れて名古屋や岡山、鳥取、千葉に住んでみて分かったことは、広島以外では原爆の関心は高くないということ。

 広島が被爆者援護法の制定を訴えていた時に、この法律の制定に反対している人がいることを知って驚いた。刷り込みは怖い。

 金文学氏の主張ははまさに、小さい頃から感じていて口に出せなかったことだ。金文学氏も感じているように、広島にはそのような空気がある。

 平和を否定する人はいない。平和は原理主義からもたらされるのだろうか、それとも現実主義からもたらされるのだろうか。



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