「わたし、管理職になりたくありません」
20~30代が出世を望まなくなってきた本質
「わたし、管理職になりたくありません」
東洋経済ONLINE (2017/12/04 )
この記事は、年寄りの読者を想定しているようだ。 何を今時感がある。
部下から見ると、今の管理職は厳しくなるビジネス環境のしわ寄せを一身に抱え込まされている存在に見えています。にもかかわらず、それに見合うだけの報酬を得られない。おカネという報酬だけでなく、管理職だからこその喜びや意義ある貢献という報酬が見えてこない。自分の生活を犠牲にしてまで、そんな負荷を背負う存在にはなりたくない。これが2つ目の理由です。
年寄りが若手の価値観が理解できないのは今に始まったことではなくいつの世もそうだ。 若いころ新人類と呼ばれた年寄りも歳をとって若手の価値観が理解できなくなったと考えることもできるのだが...。
しかし、実は年寄りは分かっているはずだ。 少なくとも若手は自分たちの価値観とは次元が違うと思っている。
新人類世代(年寄り)は一生懸命団塊世代の価値観に合わせてきたのに、それが否定されるのが辛い気持ちはある。 しかし、既にアラ定だから覚悟はできているのではないだろうか。
それより厄介なのは、その下のバブル世代かもしれない。 まだ、あきらめ切れないので古い価値観にしがみつこうとしているのではないだろうか。
と考えると、自分の価値観が唯一の価値観ではないことを受け入れる覚悟ができた新人類世代(年寄り)は、多様化した価値観を持つ若い世代を応援するという、活躍の場があるのではないだろうか。 (年寄りの価値観を押し付けないように。)
ライタの高橋克徳氏は、
管理職を魅力的な存在に変えられるのか、若手の価値観や意識を変えるのか、あるいは管理職という存在を軸に動かしてきた企業システムそのものあり方を根幹から変えるべきなのか。少なくとも、このままでは今の管理職を中心にしたマネジメント構造を維持するのは難しくなるでしょうし、自らリーダーシップをとる人も生まれなくなります。
とおっしゃるのだが、若手の価値観や意識を変えるという発想はキモチ悪いなあ。
同じ変えるなら年寄りの価値観や意識を変えた方が良いのではないだろうか。 年寄りの方が早く死ぬ。 長生きする若者が年寄りに合わせるのは不合理だ。 それに、これからの社会を担うのは若者たちで年寄りではない。
年寄りは自分たちの価値観を否定されたくないのだろうが、普通に考えて、
- 負担が多い
- 給料安い
- やりがいなさそう
な仕事を誰がやりたいのだろうか。こんな仕事だったら、年寄りでもやりたくないはずだ。
ところが、やりたくない仕事を乗り越えてきた年寄りは既得権を得てしまった。 そして、その既得権を賄っているのは若者たちだ。 だから、若者たちの気持ちはわかるけど、やりたくないと言ってもらっては困る。
この記事のターゲットは年寄だから、高橋克徳氏は読者の年寄に気を遣っているのだろう。
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